堕落
ホテルを出ると、生暖かい風に包まれる。
プロトの体温を感じさせ、不快になる。
携帯には、ゴウからの着信が多数入っていた。それがまた、憂鬱にさせる。
手に入れた情報を、どこまで報告するのかを決めかねていた。
ゴウならば、この情報を臆することなく報道するだろう。
権力に対抗する気概は無いが、それを気にする繊細さを彼は持ち合わせていない。
言ってしまえば無神経なのだ。
相手が女だろうが関係なく物を言うし、それが国家になった所で変わらない。
ゴウに情報を伝えるかどうかで、報道の是非がきまってしまう。
そんな重大な決断を、おいそれとは出来ない。
相談するにも、誰にすれば良いのか。
家までの道のりで悩んでみたが、答えは一向に出ない。
折り返しの連絡はあきらめ、シャワーを浴びてベッドに入る。
外は白みがかり、朝を迎えようとしていた。
昨日の自分の行動を後悔しながら瞳を閉じる。
携帯の着信音で目が覚める。
確認すると、一時間おきにゴウからの連絡が入っていた。
気が乗らないが、返信の連絡を入れる。
数コールもしない内に、相手が電話に出る。
「今頃になって、連絡してくるなんて良い度胸をしているな」
声色だけで、憤然としているのが分かる。
なぜ音声電話なのか問われたが、化粧をしていないと適当な理由で誤魔化す。
テレビ電話にすることで、表情の変化に勘付かれるのが怖かった。
「これだけの時間があったんだ。きっと大きな収穫があったんだろう?」
「すみません、真新しい情報が無くて。本当、困っていまして」
言い終えない内に、耳をつんざく声で罵声を散々浴びせられた。
「俺の采配ミスだったようだ。お前は山籠もりの変人でも追いかけてろ」
耳を塞ぎたくなる罵詈雑言を言われた後、電話が切れる。
回線が切れた音がむなしく耳に響いていた。
ゴウからの連絡の後は、ただ漫然と過ごしてしまった。
外は日が沈み、暗闇が広がっている。
空腹を感じ、起きてから何も口に入れていないことに気づく。
どうするべきなのか、未だに答えは出ていない。
担当を外された今、こうやって悩んでいること自体に意味は無いのかもしれない。
混乱と虚無感に襲われ、体を動かすのも億劫だ。
このまま、記者の仕事を辞めてしまっても良いのかもしれない。
別に記者でなくても、リアを稼ぐことは出来る。固執する必要なんてない。
辞めれば、ゴウと顔を合わせる必要は無くなる。
プロトに対し下手に出なくても良い。そう思うと、心がスッと軽くなる。
とにかく、今は空腹を満たすことだけを考えよう。
冷蔵庫を開けるが、水とアルコールしか入っていない。
外に出るのも煩わしく、携帯で宅配を頼む。
待つ間、アルコールを片手にイデアで映画を観る。
程なくして、宅配ドローンがピザを届けてくれた。
ただ飲んで食べ、一日はあっという間に過ぎていった。
歯を磨くのも面倒で、ベッドに横たわり天井を見つめる。
人生には、こんな時間も必要なのかもしれない。
考えてみれば、これまでに人生を振り返った事はなかった。
これは良い機会なのかも。
ずっと気にかかっている、ウィトゲンの言葉について考えても良い。
取材としてではなく、一人の人間として訪ねれば、また違った結果になるかも。
そんなことを考えていたら、自然と心が落ち着いてきた。
目の前が、パッと開けたような感覚になった。
目を閉じると、保護区の美しい森の景色が浮かんでくる。
眠りに落ちる寸前で、鳥たちのさえずりが微かに耳に届いた気がした。