表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界  作者: 田島 学
8/16

不穏

エントランスを抜け、指定された部屋へ向かう。

エレベーターに乗り、フロアボタンを押す。筐体がゆっくりと上昇し始める。

微かにタバコの匂いがする。清掃が行き届いていないのは、見ていて分かる。

もう少し、マシなホテルが取れないのだろうかと不満を漏らす。

急に予約が取れるのはこの程度なのか。

それともこのくらいのホテルで十分な女だと思われているのか。

既に暗い気持ちを抱えた所で、チンという音と共に扉が開く。

右に曲がって突き当りの部屋みたいだ。安っぽいリノリウムの廊下を歩いていく。

部屋の前に着き、大きく息を吸って気持ちを落ち着け、チャイムを押す。

程なくして、頬を赤くしたプロトが出てくる。

私を招き入れ、角にあるベッドに腰かける。

ベッド脇のサイドテーブルには、ボトルと赤ワインが注がれたグラスが一つ。

プロトがグラスの残りを一気に飲み干すと、私にワインを進めてくる。

プロトは既にバスローブを羽織っており、胸が少しはだけている。

ワインを断り、ドアを入って直ぐのバスルームへ向かう。

服を脱ぎ、熱いお湯で体を温める。

このままやり過ごし、プロトが眠るのを待とうか。

ただ情報だけは手に入れる必要がある。

プロトのことだから、きっと目的を達成するまでは決して話さないだろう。

観念し、浴室を出てバスローブを羽織る。

先ほどより、赤みの増した顔でプロトがこちらを見てくる。

その視線を無視し、テーブルに置いてあるワインをグラスに注ぎ一気に飲み干す。

急なアルコール摂取で、頭がぐらぐらと揺らつく。

半ば、自暴自棄になりワインを煽る。

どういうことか、どれだけ飲んでも意識ははっきりとしたままだ。

陰鬱な気持ちのまま、ベッドのプロト横へ座る。

プロトの吐く生暖かい息が、顔にかかる。

ゴツゴツとした手が、バスローブの中に入り、胸を優しく愛撫してくる。

私は目を閉じて受け入れる。

プロトの鼻息が次第に荒く、胸を揉む手の力も強くなってくる。

上半身を脱がされ、ベッドに仰向けに倒される。

続けてプロトが覆いかぶさってくる。

意識を別へ向ける必要がある。そうしないと、この状況を耐えられない。

ウィトゲンが住んでいた森。あの澄み切った川が流れる景色を頭の中で反芻する。

触覚などのあらゆる感覚を排除し、意識を別の場所へ。


どれだけの時間が経ったのか。隣ではいびきをかきながらプロトが眠っている。

裸のままベッドから降り、浴室でシャワーを浴びる。

浴室から出ても、まだプロトはいびきをかいたままだ。

ここへ来てから、数時間が経っていた。このまま帰るわけにはいかない。

ズキズキと痛む頭を気にしながら、携帯でネットを見る。

事件に関する情報で真新しいものは無い。

プロトのいう警察の情報操作が効いている証拠なのか。

テクノロジーが進むにつれて、情報の中央集権化が顕著になってきている。

政府や企業はそれを否定する。利便さや安全を盾にして、個人から情報を搾取している現状を見て、彼らの言う事を信じる者がどれだけいるだろうか。

服を着て、窓に広がる景色を見渡す。ビルが乱立し、見上げても星空は見えない。

街は静まることなく、ロボットが道路や空を占拠し、動き回っている。

自分はここまでして、一体どうしたいのだろう。

もう一度、あのテロの恐怖を味わいたいのだろうか。

現実から離れ、死を感じたいのか。あの少年もこんな風に思ったのだろうか。


待ちきれなくなり、プロトを揺り動かす。プロトが不機嫌な顔をこちらに向けながら、体を起こす。交換条件のことなど、完全に忘れてしまっているようだ。

プロトは頭を抑えながら、ベッドから降りて浴室へ向かう。

聞こえて来るシャワーの音が、私の心を苛立たせる。

浴室から出てきたプロトの顔に感情は無かった。

する前と後でこんなにも変われるのかと、感心するほどだ。

「昼の話の続きが聞きたいんだよね?」

さっきまで体を重ねたとは思えないほどに、他人行儀で話してくる。

そのような態度に反感を覚えながらも、ゆっくりと頷く。

「どうして、捜査状況を世間に隠しているのか。

それは、事件に使われた銃の入手経路が関係している」

マジックの種明かしをするような、誇らしげな顔をしてプロトが言う。

確かに銃の入手経路には、疑問があった。

この国では、銃規制が進んでおり、銃を持てるのは警察組織だけだ。

外国からの締め出しも厳格に行われている。

密売組織というものが過去あったようだが、貨幣が無くなった今は存在しない。

では、どうやって少年は手に入れたのか。

不思議とメディアでは、この点について取り上げられることは無かった。

警察とメディアが繋がっているということなのか。

「少年は友達に貰ったって言っている。

その友達っていうのが、要人の息子らしいんだ。

ほら、話が面白くなってきたでしょ」

私の反応を楽しむように、長い間を置いた後にプロトが言う。

いつもの不快を感じさせる顔に戻ってきている。

この国では国家の運営に携わる人間を要人と呼ぶ。

噂で、要人は五人程度しかいないと聞いたことがある。

国家のトップである首相は、ただのお飾りで、この要人達が実権を握っているという話まである。話の通りだとすると、要人が拳銃を持っていることになる。

息子が親の目を盗んで手に入れたのか、それとも護身用にと渡されていたのかは分からない。だとしても、これは重要な問題だ。

何のために要人は拳銃を持つ必要があるのか。

「確かにそれが本当だとすると、すごいことになりますね。

きっと、これを記事にしたら反響はありそう。

でも、報道したとしても、誰も信じてくれないかもしれない」

プロトはテーブルに置かれた瓶が空なのを確認すると、冷蔵庫からワインを取り出す。手際よくコルクを引き抜くと、グラスに注ぎ、渡してくる。

さっき飲んだ物より苦みが強い。思わず目をつぶり、顔をしかめる。

プロトはそれを見て、不敵に笑う。

自分の弱みを見せてしまったようで、気落ちする。

「警察はこの事実を隠したままにするんでしょうね」

批判の色を隠さずに言う。

「まぁ、そうなるだろうね。警察だって、国家あっての組織だからね」

ふっと鼻で笑いながら、プロトが言う。

「このことを報道しても良いんですね?」

プロトがワインを飲み干し、じっとこちらを見つめてくる。

「それは、僕が決めることじゃないよね」

窓の外に気配を感じ、そちらを見る。

暗闇の中、一台のドローンがビルの谷間に消えていく。

今まで監視されていたのだろうか。

プロトはそれに気づかず、空になったグラスにワインを注いでいた。

この時はまだ、これから起こる事に気づかないでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ