嫌悪
犯人宅の前に着くと、昨日と同じ様に記者が集まっていた。
住宅街にあり、どの家も同じような造りになっている。
記者たちに捕まるのを恐れてか、近隣住民の姿はみられない。
集団の中にユウヤの姿は無かった。
今日も一人で取材にあたることになっていた。
正直、今の出版社は他社に比べ、情報収集力は劣る。
他社は、ロボット記者などの機材も最新のものを揃えていて、裂ける人員も多い。
それに比べ、うちは機材も古く、人員も少ない。
対抗するには、独自性が大切だ。
他社とは違う切り口で、事件を追う必要がある。
その為には、記者の力量が試される。それが、今の会社を選んだ理由でもある。
家族からは無理でも、近隣住民の話は聞けるかと思ったが、この状況では難しい。
ただ、このまま家の前で待っていても、新しい情報は得られないだろう。
どうするべきか、記者たちの様子を見ながら考える。
ゴウヘ相談しても、きっと何のアドバイスも貰えないだろう。
ここでの取材をあきらめ、元来た道を戻る。
犯人が留置されている警察署へ向かう。地下鉄に乗り込み、携帯を確認する。
ゴウから、進捗確認のメールが届いている。自然と顔をしかめてしまう。
前の座席に座るおばさんが、怪訝な顔で見てくる。
これから向かう警察署前の状況を、ネットニュースが伝えている。
犯人は依然として、黙秘を続けているようだ。
ネット上では、犯行に及んだ原因についての憶測が飛び交っていた。
いじめや家庭環境の問題など、犯人と関係の無い者が好き勝手に騒いでいる。
その中には、過去に同じクラスだったという者までいた。
どちらにしても、本当かどうかは怪しい。
最寄り駅に着き、警察署へ向かう。先ほどのニュースと同じ光景が目に入る。
報道している集団の中にユウヤの姿を発見する。カメラを女性リポーターに向けている。
存在に気づかれない様に距離を取り、携帯で電話を掛ける。
期待していなかったが、予想に反し、数コールで相手は出てくれた。
「久しぶりだね。サハルちゃんどうしたの?」
調子の良い、甲高い声が耳に届く。未だにこの声に慣れない。
声の主は、警察官のプロトだ。まさに目の前にある、警察に常勤している。
数年前の取材で知り合ったのだ。
「昨日起きた、事件のことについて聞きたいなと思って」
全てを察したように、プロトは大きな相槌を打つ。
電話越しに浮かべている表情が、ありありと想像出来た。
「電話じゃなんだからさ、近くにあるデーニーズで待っていてくれる?
丁度、昼時だからさ。ご飯でも食べながらゆっくり話そうよ」
まるで、友達と世間話でもするかのように軽い口調だ。
こういう所が、彼と馴染めない。
だからと言って、他に手はないので誘いに応じるしかない。
店に着くと、ロボット店員が人数と禁煙か喫煙席かを聞いてくる。
プロトは喫煙者なので、仕方なく喫煙席へ向かう。
幸いにも、客は少なく、席の近くには誰もいない。
これだったら気兼ねなく話せる。
ロボット店員が注文を取りに来たところで、プロトが店に到着した。
私に気づくと、表情が明るくなり、スキップの様な軽い足取りで近づいてくる。
「本当、久しぶりだね。元気だった?」
店員の存在を全く気にせず、プロトが席に着きながら言う。
自嘲気味に返事をする。
一定の距離を保とうとしているのを、気づかせる必要がある。
注文を取り終え、店員が去った所で話を切り出す。
「昨日の犯人がそちらに収監されていますよね?」
プロトが少し面食らったような表情になる。世間話をしている場合では無いのだ。
「そうだね。何か聞きたいことあるの?
残念ながら、担当では無いけど、情報は流れて来るからね。役に立てると思うよ」
嫌らしい目つきをしながら、プロトが言う。
切れ長の目が、余計にそれを強調する。
「知りたいのは新しい情報です。他が手に入れていないような」
体裁を気にせずに本心を言う。
目的を達成するためには、手段を選んでなんかいられない。
「変わってないね。サハルちゃんのそういう所が、俺は好きだな」
口角を上げて笑うプロトから、視線を移したくなるのをぐっと堪える。
「まぁ、ご飯を食べてからゆっくり話そうよ。
朝何も食べてないから腹減ってるんだ」
店員が料理を持ってきたのを一瞥し、プロトは言う。
食事中は、プロトが一人で盛り上がり、話し続けた。
元カノがどうだったとか、女はこうあるべきだとか。
偏った女性像の話を延々とするのだった。
適当に相槌を打ち、美味しくも無いナポリタンを口に放り込む。
食後のコーヒーを味わいながら、プロトは呑気に欠伸をする。
彼がここへ来て一時間が経つ。
ちゃんと仕事をしているのかと疑いながら、餌を待つ犬の様に黙って待つ。
「事件の情報についてだったよね。何が良いかな。もちろんオフレコでお願いね」
悪びれる様子も無く、プロトは取り調べの状況を話し出す。
「報道では、犯人は黙秘を続けているってなっているけど、本当は違うんだよね。
既に犯行に及んだ動機も分かっているし、拳銃の入手ルートも分かっているんだ」
余りの驚きに、言葉を失ってしまう。
プロトが嘘を言っているのではないかと、疑いの気持ちが芽生える。
「その顔は信じてなさそうだね。でも真実なんだ。
俺が今までサハルちゃんに嘘をついたことなんて無いでしょ」
さっきまでとは打って変わって、プロトが真剣な眼差しになる。
確かに、プライベートはだらしないのかも知れないが、情報に関してはどれも本当だった。
「まぁ、信じられないのも仕方ないか。
では、なぜ警察はその情報を発表しないのか。
そこに、この事件の面白さが隠されているんだよね。
サハルちゃんが聞いたら、きっと驚くだろうな」
コーヒーカップを口に運び、ニヤついた顔でこちらを見てくる。
プロトはこの状況を楽しんでいるのだ。
まるで、ポーカーで勝利を確信した者のように見える。
情報と引き換えに何を要求されるのかは分かっていた。過去の記憶が蘇ってくる。
吐き気に襲われながら、真っすぐにプロトを見つめる。
「教えて貰えませんか。情報元の秘匿は守ります。
もちろん、タダで教えて欲しいとは思っていません」
「サハルちゃんがそこまで言うなら、仕方ないね。本当、変わってないんだね」
他人をこんなにも、醜いと感じることは無いと思っていた。
他人に対し、そう思ってしまうのは、自分自身が醜いからなのかも知れない。
自分の姿を写す鏡のように、他人も存在している。
いつしかそう思うようになっていた。
「ここでは、流石に話せないからさ。今夜、二人きりで話そうよ」
プロトは意気揚々と、警察署に向かって歩いていく。
私は、覚束ない足取りで地下鉄へ向かう。
早く家に戻り、シャワーを浴びて休みたい。
脳裏に焼き付いた、プロトの醜い笑顔を頭の中から消し去りたい。
ふと、あの美しい森の光景が浮かんでくる。ウィトゲンが住んでいる、保護区域。
あそこなら、今のこの気持ちを静めてくれるかもしれない。