事件
「そんな顔してるってことは、収穫は無かったみたいだな」
ゴウが口角を上げ、嫌らしい顔でこちらを見てくる。
さっき、森から帰って来たばかりなので、まだシャワーも浴びれていない。
間が悪い時に連絡が来るのは、いつものことだ。
イデアが映し出す上司に向かって、今日の進捗を一通り話す。
ゴウは話を聞きながら、携帯を見ている。
今に始まったことではないので、気にせずに話を続ける。
「そんなわけで、これからどうしようか迷っています」
あてにならないとは思いつつも、相談を持ち掛ける。
このまま取材を続けるべきかどうか、答えを出せずにいた。
他にもネタはあるので、この件にだけとらわれる必要はない。
ただ、ウィトゲンが言った言葉が頭に引っかかっている。
ゴウは何日も洗っていないであろう髪をかきながら、こちらを見てくる。
決めるのは俺じゃないという気持ちが、ありありと伝わってくる。
沈黙に耐えられなくなり、とりあえずは直接の訪問は避け、情報収集する方向で落ち着いた。
地下鉄を乗り継ぎ、国立図書館へ向かう。
図書館の最寄り駅に到着した時、ゴウからの連絡が入った。
近くのベンチに座り、テレビ電話を取る。
画面越しに、昨日と同じ服装のゴウの姿が映る。
また風呂に入らなかったのだろうか。
画面越しに菌が届く気がして、嫌な顔になる。
ゴウはそれに気にも留めず、要件だけを伝える。
「ポルソネス学院で発砲事件が起こったらしい。至急現場へ向かってくれ。
必要あれば応援を送るから。とりあえず状況が分かったら連絡くれ」
こちらの返答を待たずに、電話が切れる。
事件が起きるなんて、何年ぶりだろうか。
ポルソネス学院の場所を携帯に告げると、瞬時に地図が画面に表示される。
ここから歩いて15分の場所にある。走れば数分で着くだろう。
偶然にも現場に一番近くにいたので、自分が選ばれたのだ。
運が良いのか、悪いのか。
頭を傾げ、小走りで地上へ繋がる階段へと向かう。
学院の前には、複数の取材班が既に駆けつけていた。
大手のネットチャンネルのロボット記者が門の前に立ち、現状をユーザーに伝えている。
記者の比率で言うと、ロボットと記者が半々だろうか。
上空にはいくつものドローンが飛んでいる。
どうしようか右往左往していると、その集団の中に知った顔がいることに気づく。
他社の取材班に所属しているユウヤだ。
視線を送っていると、程なくしてこちらの存在に気づいてくれた。
ユウヤは片手を上げながら、笑顔でこちらに向かってくる。
「サハルちゃんも来ていたんだね。
本当にこんなことが起こるなんて信じられないよ。
犯人は捕まって、少し前に連行されたらしい。被害者が結構な数いるって」
先ほどの笑顔が嘘のように、神妙な面持ちになってユウヤが伝えてくる。
ユウヤが私に対して、好意を持っているのは分かっている。
過去に何度か、2人で食事に行ったこともある。
また誘われるかもしれないと思いつつ、それを餌に状況を確認する。
犯人は17歳の少年で、同じクラスの生徒や先生を銃で撃ち、重軽傷を負わせている。
既に数人の死亡も確認されている。
犯行の動機や、銃をどうやって手に入れたのかは、現在取り調べ中だという。
ここ数十年を振り返っても、大きな事件であることは明白だった。
殺人が起きたことなど、私の記憶ではない。
それも、学生がこんなにも凄惨な事件を起こすなんて。
携帯にゴウからの着信が入る。こちらから、連絡をするのを忘れていた。
現状分かったことを、端的に話していく。
一通り聞き終えた後、応援が必要かを確認してくる。
それを断ると、ゴウは引き続き調査を続けるように言い、電話を切る。
門を越えた向こう側で、多くの人が傷つき、苦しんでいる姿が頭に浮かぶ。
それが、9.11のテロの光景と重なってくる。
あの時よりも、現実として受け入れられないでいる。
まだ死を、現実のものとして理解出来ていないのかもしれないと思った。