第二話
第二話 真実の先の笑顔
月夜明かりが辺りを照らしていたとは言え肉眼では辺りをしっかりと把握出来なかった為に崖から川までの高低差が分からなかった。そもそも流水音が聞こえたとしても飛び込んだ先が川なのか?仮に川だったとしても水深はどの程度なのか?飛び降りている間に様々な問題点が浮かび上がり自分が生き延びる為と言え非常に危険な賭けをした事を後悔した。
崖と川との高低差は、予想よりも高く夜と言う事もあってか長い時間落下している様にも感じられた。
突然遠方で空が光り雷の音が聞こえた。
落雷に反応する様に真介の左腕から石造りの腕輪が現れた。
その腕輪は、雷をまるで避雷針の様に左腕に寄せつけた。
雷が左腕に直撃すると左腕から左胸部にかけて火傷跡がついた。心臓が異常な程の早鐘を打ち全身が燃えるように熱い。
髪の毛が黒から白、そして銀色に変色した。
普通、雷が人体に直撃すれば死に至らずとも意識は失う。普通ならば。
彼は死ぬどころか意識も失わず左腕から左胸部にかけて負った大火傷だけで済んだ。
そして大きな水柱を立てて川に着水した。
そして着水すると刺客に自分を射殺させたと錯覚させる為に暫くは川の流れに身を任せた。
崖の上から刺客が顔を覗かせ真介が川に流されることを確認した。
真介は何とか自力で岸まで這い上がったが冬の川に流されて体力を激しく奪われてまともに動くことが出来なかった為暫く休息を取った。不思議な事に体はあまり冷えてはいなかった。
ある程度体力が回復すると自分の所持品を確認した。
ありがたいことに拳銃と退魔石製の警棒、退魔石と蜘蛛の糸を特殊加工して編まれたワイヤーのナイフが二本残っていた。
拳銃は川に飛び込み銃身内に水が浸水して銃身が破裂する事や発砲音で敵に位置を悟られる危険性を考慮して使用は諦めた。
「・・・っ。飛び降りた際に銃弾が左目をかすったか?出血している」
ポケットから取り出したハンカチで傷口を押さえた。
左腕の腕輪に気づいた。
「こんな腕輪をはめていたか?」
腕輪について気になる事は沢山あるが今は追手を撒く為に川に沿ってただひたすらに歩を進めた。
持ち手のスイッチを押しワイヤーのナイフを飛ばし木々に刺して意識を集中させ辺りの状況をワイヤーの小さな振動で認知した。
こちらに近づいてくる足音は無く罠も仕掛けられている様子も無い。
追手が来ない隙にその場を急いで離れた。
朝日が昇るころ真介は、とうとう力尽きその場に倒れた。
山中から猟犬を連れた1人の釣り人の男が歩いて来た。何かの匂いを嗅ぎつけた猟犬は、走り出し倒れている男の前に止まり飼い主に知らせる様に吠えた。釣り人は倒れている髪を縛っている軍隊服の男に近づくと
「大丈夫か?おい!」
と何度も呼びかけた。
反応は無かった。仰向けに寝かし口元に手を当てた。
「息はある」
生きている事を確認するとひとまず安心した。
身分が分かるものを探していると左宛にはまっている腕輪に気づいた。するとポケットから犬笛を取り出しそれを吹いた。
突然、釣り人が連れている猟犬が突然悠長な人間後で喋り出した。
「その男を連れて来い!お頭が一目見たいと言っている」
お頭と呼ばれる謎の人物が真介への謁見を希望している様子だ。
返事を聞くと倒れている真介を背負い近くに停めてある馬車に押し込み発進させた。
3日後の朝。目を覚ますと見知らぬ天井が視界に入った。
心臓の異常な程の心拍数は治まっている。
起き上がって辺りを確認しようとするも体が痛く起き上がる事すらままならなかった。
痛みを我慢して何とか起き上がり丁寧にけがの手当てがされている。
左腕にはまっていた腕輪は消えていたが不思議なことに今も腕輪をはめている感覚がある。
部屋を確認すると壁には三つ目の髑髏が刺繡された旗が飾られていた。
この三つ目の髑髏に見覚えがあった。
「確かこれは・・・御影盗賊団の旗印!という事は、ここは御影盗賊団の塒か?」
ここで疑問が浮かんだ。
何故敵である彼らが自分の手当てをしたのだろうか?
彼らは、自分を助けてくれているのか?それとも堕天使と協力して俺を捕まえようとしているのか?
そうこうしている内に何者かが近づく足音が聞こえた。
狐の面を被った男が部屋の前で真介を呼んでいる。
「朝食の準備が出来ました」
少し考えたが腹の虫が鳴り空腹に耐えられず部屋を出て食事の誘いに乗った。
案内された部屋の食卓に座り無言のまま食事を始めた。
食事が終わる頃、狐面の男は丁寧な言葉を発した。
「天津川真介さん、自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。
私は御影盗賊団・副首領 涼森響陛と申します」
「・・・・・」
「突然ですが頭領が貴方と会いたがっています」
「・・・・・」
真介は完全に警戒している様子だ。
彼が言うにはここに運ばれ三日間も眠っていたそうだ。
なぜ彼らは傷の手当てをしたのか?
見ず知らずの首領ましてや自分自身の敵対組織の首領が自分に会いたいと言うが国家がまだ自分を捜索している可能性があり安心させた所を襲い自分を売り渡すかもしれないと言ったネガティブな考えばかりしか浮かばなかった。
「安心してください。我々は、貴方の敵でない事は保証します。それにお頭は貴方の事をよく知っているお人ですから」
歩を止め振り向きざまに響陛は、真介の警戒を解こうと努めた。
仮面の下の表情は見えないが声を聞いた感じでは演技では無いと判断して彼の言葉をひとまず信じる事にしたが依然として警戒心を解く事は無かった。
屋敷の外へ出て川沿いにしばらく歩くと川を挟む赤い橋が見えた。橋を渡り対岸の山の麓から登山道を上り山林を道なりに暫く歩くと突き当たりに大きな神社があった。
ぱっと見た感じ築年数はかなり古そうである。本堂の前に二匹の黒い番犬が近づく二人の匂いを嗅ぎつけ威嚇をするかの様に唸り声を出したが響陛の姿を確認すると尻尾を振り大人しくなった。
2人が本堂の前に立つと中から若い男の低い声が聞こえた。
「誰です?そこにいるのは?」
響陛は、丁寧な口調で中の男に言った。
「お頭。響陛です。例の天津川真介さんをお連れしました」
「・・・・・どうぞ」
本堂の扉を開けるとギィーと音がした。
部屋は日の光も差し込まない真っ暗闇に包まれている。
人の気配は感じられるが正確な位置までは分からない。
響陛は、何の迷いもなく部屋に入った。
真介も部屋の中に引き込まれる様に入っていた。
突然、中の光景が見える程の明るさの火が燃え盛り奉られている宝刀の前で首領と思われる法衣姿の男が座禅を組んでいる姿が目に入った。
首領は、二人の気配を感じると座禅を一時中断して囲炉裏の前に敷いてある座布団に座る真介にすすめた。
対面して初めて首領は天狗の面を着けている事を知った。
「どうぞこちらへ」
響陛もそれに倣って真介に座布団へかけるようにすすめた。
真介は、座布団に胡座をかいて座った。
客人が座った事を確認すると座布団の前に正座して久しぶりに会うかのような挨拶を始めた。
「おしさぶりです。真介、いや慎也お義兄さん!」
真介は、自分の「本名」を言われた瞬間ぎょっとした。
真介の本当の名前が慎也である事を知っている人物は、数限られているからである。
迅雷特攻隊の隊員達は、堕天使に存在を知られる事を防ぐ為に表向き戸籍上では生きている様に見せているがその裏では別の名前を与えられている。
情報漏洩を防ぐ為に西帝都総合大臣やかつての上司である南原長官も隊員達の本名、戸籍は全く知らないし知らされていない。
首領は両手を頭の後ろに回し天狗面の紐を解き素顔を晒した。
首領の素顔は、かつて堕天使達に無残に殺害されたと思っていた慎也の義弟である孝也だったのだ。
素顔を見た瞬間殺されたと思っていた義弟が生きていて感動のあまり今までの警戒心による緊張の糸が緩み目に涙が浮かび泣き崩れたが無表情のままで表情を変えられなかった。
「た、孝也・・・お前、うっうっ。生きていたのか!本当に良かった」
「義兄さん、僕はこの通り生きています」
二人の感動の再開を目の当たりにしてその場にいた響陛も狐面を外し涙しながら祝福の言葉を送った。
「お頭、良かったですね!本当に良かった」
孝也が言葉を発した。
「お義兄さん、再会出来た喜びに浸りたいところですがそれは後回しです。
貴方には、今すぐにでも耳に入れてもらいたい事があります」
孝也は、真剣な顔だった・・・。
慎也もいつも通りの無表情な顔つきになり話を聞く姿勢になった。
孝也は自分の左袖をまくり慎也と全く同じ石造りの腕輪を露わにするとそれについての説明を始めた。
「この腕輪は、転生魂の腕輪と言います。
転生魂とは、鏡水国語で希臘国の神の生まれ変わりを意味しています。神の力を使う事が出来退魔石と同様、堕天使や天兵に対抗出来る術の一つなのです
しかし退魔石と違うのは、天術に匹敵する神の異能力を使えるのです!」
淡々と説明され普通の人ならぽかんとした表情をするだろが終わった時の慎也の顔は、呆れ顔では何処か無く納得したような顔をしている。
こんな突拍子のない話を聞かされたにも関わらず呆れた顔をしないのはちゃんとした理由があった。
今から10年前の話になる。
考古学者として世界を旅していた彼の父は遥西の国・希臘国の超古代文明の研究チームに参加していた。
当時15歳だった慎也はよく父の研究についての話を聞かされていた。当時は突拍子の無い話でただのほら話だと話半分に聞いていた。
しかし今になって改めて聞いてみると信憑性があるに聞こえるからだ。
孝也がその話を知っていたのは研究助手として慎也の家に居候していたからだ。
「と、希臘神転生に関する説明はこれで終わりです」
「まあ、大体の事は、分かった。でもなんで孝也がその転生魂とやらを使える?何故、迅雷特攻隊の敵とも言える組織の首領にお前がいるのだ?」
慎也は二つの質問を同時に投げた。
孝也は、一つずつ質問に答えた。
「まず、僕が希臘神転生を使うことが出来る理由・・・それは」
彼の口から帰ってきた答えは、今から一年前のある日の夜まで遡る。
東帝都での堕天使からの迫害を逃れるために西帝都への避難を計画した。
ただひたすらに迅雷特攻隊の保護施設を探し求めて歩き続けた。
飢えを感じれども食べるものは少なく渇きを感じれども水もない。
さまよい続ける事一か月、東帝都のとある山中で限界を迎えていた。
夜の山の冷え込む空気は容赦なく体力を奪っていった。
彼自身もまた死を直感し死を受け入れる覚悟をした。
見えてくる走馬灯の中で自身の人生が映画の様に再生された。
その途中で闇の中から兜を被った色白な三つ目の男の幻覚が見えた。
その男は冥府神連想させるいでたちである。
「冥府の神の幻覚が見えるとは、僕は死んだのか?」
孝也は、皮肉を言った。
「いえ、君はまだ死にません。私の転生魂で冥府神として蘇るからです!」
冥府神が優しく答えると孝也が言葉を返す間を与えないばかりの勢いで黒い煙となって横たわっている孝也の口から体内に入り込んだ。
目を覚ますと日を跨いで夜になっていた。
途中までの記憶があいまいだった。
左腕に違和感があり目をやるとからの左腕に転生魂の腕輪がはまっていた。
冥府神として覚醒した彼は、今まで蓄積されていた疲労や傷が嘘のように回復していた。その後迅雷特攻隊の東帝都総支部に救助され西帝都に移り住んだ。
現在の御影盗賊団の隠れ家である農村で一人暮らしをしながら冥府神の能力を自由にコントロールする修行に励んだ。
「これが僕の希臘神転生を使える様に成った理由です。
二つ目の質問の答えについては、義兄さんが鋳衣さんから受け取った手紙に答えが書いてあります」
と左胸を人差し指でつつきながら答えた。
慎也は服の左胸ポケットから手紙を取り出した。
「これに御影盗賊団の秘密が・・・?」
手紙を見つめながら言った。
8月⒓日
「慎介!いやここでは慎也って呼んだ方が良いかな?」
「慎也、お前がこれを見ているという事はお前が無事であるという事と同時に国家の裏切りを知ったという事かな?」
「実は、国家は半年前から俺たち迅雷特攻隊を生贄に堕天使に取りいったらしい」
技術班の機密情報が漏洩していた。
調べてみたところ国家の重鎮達経由で堕天使達に迅雷特攻隊の化学兵器の機密情報を横流しされていた!身内の誰かが裏切ったのだ!」
「秘密を知った俺と鋳衣は口封じに迅雷特攻隊の全員が抹殺される事を恐れお前に全てを打ち明けるつもりだった。しかしそれが間違いだったらしい・・・」
「裏切り者に密告されて全員が土竜(二重スパイ)の疑いを掛けられそれぞれ監禁された。幸い俺たちは事情を知るもの同士で監禁されたからこの手紙を書く事ができた」
「今日で七日目だがもうじき俺たちは釈放されるだろう。次に手紙を読む日は迅雷特攻隊の隊員全員が脱走に成功した時だろう」
8月⒚日
「俺達は、スパイが見つかったと報告を受け七日間の監禁から解放された。
多分俺たちが何日も監禁されている事を怪しまれ誰かに調査される事を恐れて解放したのだと思う。
「俺と鍛冶は、幾日もチャンスを窺ったが正体不明の裏切り者と国家の監視が厳しくて思うように行動が取れなかった」
「ある日、東帝都に駐屯している海兵部隊から武器の修理の依頼が来た。
俺は、東日本に出向き和也に事の全てを明かした」
「和也との会議の結果、東帝都の全迅雷特攻隊の支部を秘密裏に破棄。一か所で雲隠れする事に決めた。そして孝也君と海兵部隊の隊員を秘密裏に西日本に派遣し盗賊団を結成してもらった。東帝都への武器輸送馬車強奪犯に見せかけ西帝都への武器輸送を依頼した」
「お前達が今、どこに身を隠しているのかは分らんが脱出したなら御影盗賊団の隠れ家を訪ねろ!あいつ等は、西帝都の途上都市近くの農村にいるはずだ」
「そして西帝都にいる国家重鎮達と裏切り者を倒したら和也を訪ねろ!あいつらは迅雷特攻隊東帝都総支部で全兵力を集めてお前の到着を待っている」
「最後に一つだけ。俺と鍛冶は、助けに来なくていいからな」
手紙はここで終了した。
少しの間三人の間で静寂な空間が生まれた。
最初に口を開いたのは、孝也だ。
「この日を境に二人からの連絡が来なくなりました・・・。二人とも無事なら良いのですが・・・」
「二人には俺が会った。俺たちのスパイとして諜報活動を行うと言っていた」
「しかし何故連絡が来なかったのでしょう?」
「確かその日の三日後に洗脳型猛毒細菌と言う迅雷特攻隊の最終兵器が完成して臨床実験の結果アンクル殲滅の兵器になる反面、人間を死に至らしめる薬品と分かった」
「恐らく裏切り者は総合技術班の内部の誰かで間違いない!」
慎也は断定した。
「何故、断定できるのですか?」
響陛は、疑問に思った。
「洗脳型猛毒細菌の存在を知っていたのは俺と幹部五名。そして技術班だけだからだ。
そして幹部たち全員は、俺の目の前で殺された」
慎也は、背中越しに涙を啜った。
「孝也・・・いますぐ俺に転生魂の体得方法を伝授しろ!」
彼の顔には、耳まで避ける程の笑顔を浮かびあがっている。
先程までの冷静なしゃべり方も一変して乱暴な口調になった。
一瞬戸惑ったが孝也は静かに頷き承諾した。
「分かりました。明日から修行に入らます」
そして慎也の希神転生を操る特訓が始まった。殺された仲間たちの無念と堕天使と国家機関への復讐心を抱いて。
西帝都・迅雷特攻隊本部にて。
大広間にて西帝都総合大臣の前に南原長官ともう一人軍隊服を着た男が跪いている。
「技術班以外の重鎮は皆始末したか?」
「ええ。完璧です」
「あの目障りな慎介も死にました」
「よろしい」
悪意のある笑みを西帝都総合大臣は浮かべた。
大臣の素顔は、暗闇に包まれており分からない。
この日西帝都の民にとっての希望の砦が一夜にして悪の巣窟と化した事を国民はもちろん迅雷特攻隊の末端兵達もまだ知らない。
―終―