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作者: 影山 コウ

 

「猫ってよ、飼われてる自覚が無いよな」


 仕事の休憩時間に、先輩がそう言った。


「自覚……ですか?」

「おうよ」


 テーブルに置いてあるお菓子を食べながら、先輩は話を続ける。


「昔、実家で猫を飼ってた事があるんだけどよ。随分と可愛げのない奴でな、気分が乗らないと近寄っても来ないし、触ろうとすると引っ掻きやがる。何でか母ちゃん達は可愛がってたけどよ……俺は昔っから猫が嫌いだったぜ。偉そうなんだよなーなんかさ」

「……はぁ」


 随分と傲慢な考えだな。そう思いながらお茶を一口啜る。元々お喋りな人だが、今日は一段と口が回るみたいで更に話を続けた。


「ペットだって当然、人間と同じ命だとは思うぜ? でもよ、主従関係ってのはあるんだからもうちょい愛想を振り撒いて欲しいと思うんだよな俺は。お前はそう思わないか?」

「思いませんね……特に」

「けっ、相変わらず可愛げのねー奴。猫飼ってると飼い主まで可愛げが無くなるのか? はは」


 悪態を付きながら、やっと話を終えた。

 二十過ぎた大人に可愛げなんか求めるなよ。子供じゃあるまいし。


 やがて休憩時間が終わり、社員それぞれが持ち場へと戻っていく。今日は長くなりそうだな、一刻も早く帰れるように頑張らないとだ。


 *


 時刻は午後九時手前。長かった仕事が終わり、帰路に付く。電車の心地良い揺れに誘われ、眠りに落ちそうな意識をなんとか引き締める。

 寝落ちして家を通りすぎたら洒落にならん。こんな時間に乗り過ごしたら帰れなくなるからな。


 家から一番近い駅に到着し、疲れ果てている体をなんとか起こしてホームへと歩いていく。

 ごはんを待っているだろうな。急がないと。


 ホームを出て、歩くこと数分。アパートの入り口までたどり着いた。鍵を開け、扉を開いて中に入る。


「ただいま」


 真っ暗な玄関に声を響かせ、明かりを付けていく。すると、トトトと可愛らしい足音が近付いてきた。


「ニャン」

「お、ただいまーチョコ。ごめんな、遅くなっちゃって」

「ウニャウ」


 艶やかな体毛と、長い尻尾が特徴の黒猫が姿を現す。名は直感で決めた、チョコという名前だ。

 足下にすりすりと頭を擦り付け、黄色の綺麗な瞳を輝かせている。


「お腹空いたろ。すぐごはんを用意するからな」

「にゃー!」


 ごはんという言葉に反応したのか、人一倍大きな声で鳴いて見せる。かわいい奴め。


 手荷物や衣服を片付け、買ってきた弁当をレンジに突っ込んでから猫のごはんの用意をしていく。

 残業の多い仕事だから、自動で猫のごはんが出る機械とかあると便利なんだが……結構高いんだよな。(チョコ)の為に金を渋るつもりは無いが、流石に生活に影響が出てしまうのは頂けない。


 足下をうろつくチョコを撫でながら、皿にカリカリを用意していく。キラキラとした瞳が、より一層輝いた……様に見える。

 なんてかわいい奴なんだ。素晴らしい。うん。


「ほら、お待たせ」


 コトン、と皿を置き、チョコは直ぐ様飛び付いた。小気味良い咀嚼音が静かな部屋に流れ出す。

 この音を聞くと、家に帰ったという実感が湧く。

 思えば、幼少期からずっと猫が側にいた。実家でも独り暮らしでも常に側には猫がいた。

 もはや、生活の一部となっているのだろう。


「ゴロゴロ……」


 ━━食事を済ませ、シャワーを浴びてから録画していた番組を見る。膝にはチョコ。喉を鳴らしながら、すやすやと眠っている。

 そしてふと、先輩の言葉を思い出していく。


「猫は飼われている自覚が無い……か」


 確かに、猫は気まぐれでワガママだ。

 機嫌が悪ければ何をしても怒るし、こっちが忙しくても甘えてくる場合もある。

 ごはんだって気に入らなければ口に付けず、トイレの置き場所や綺麗さにも口うるさい(実際に喋っている訳ではないが)。

 もし人間に例えたとしたら……うん、お近付きになりたくはないな。


 それでも、僕は猫が好きだ。

 高級毛布の様な手触りの良さ、綺麗な瞳と鳴き声、ワガママな所だって慣れてしまえば愛嬌だ。

 あの先輩とはつくづく気が合わないな。人間の方が立場が上であるという事に拘りすぎている。

 猫は飼われている自覚が無い? 上等だよ、それの何が悪い。

 こんなに可愛い生き物が人間の側にいてくれる……それだけで幸せだろう。


「……な、チョコ」

「ンミャ?」


 頭を撫でてやると、チョコは寝惚けた顔で瞳をぱちぱちと動かしていた。


「そろそろ寝るかい、チョコ?」


 そんなこんなで時間はもう11時。そろそろ寝ないと明日に響く。

 ソファーから立ち上がろうとすると、チョコは不服そうな顔をしながら下へと降りた。僕だってずっと乗せていたいけど、時間は待ってくれない。


 布団を用意し、照明を消す。

 布団に体を潜り込ませ、スマホを充電し眼を瞑る。そして、足下でもぞもぞとチョコが動いていた。寒かったのかな、布団に入るとは珍しい。


 疲れていたのか、もう意識が落ちかけている。明日も仕事だ、頑張らないと。

 …………。


 *


 気が付くと、僕はぽつんと部屋で立っていた。

 外の景色がぼんやりとしていて、手足の感覚も薄い。……ああ、夢を見ているのかもな。


「ねぇ」


 すると、聞き覚えのない声が背後から聞こえて振り返る。そこにはチョコがいた。


「チョ……コ……?」

「そうよ。お腹が空いたわ、早く食事を用意しなさい?」

「え……うん……」


 まさか喋るとは。夢の中はむちゃくちゃだな。

 混乱する思考とは裏腹に、手際よくご飯を用意してチョコの前へと差し出した。


「ご苦労様。後で私を撫でさせてあげるわ」

「あ、ありがたき幸せ?」


 いつもの音が響き渡り……僕はなんとなく、その様子をじっと見ていた。


「━━ご馳走さま。さ、ソファーに座りなさい。私が膝の上に座って上げるわ」

「う、うん」


 チョコの言われた通りにソファーへと座り、チョコが膝の上に飛び乗った。そのまま座り込む。


「撫でなさい」

「分かった」


 感覚はあまり無いが、チョコの頭をいつもの様に撫でていく。何なんだ、この夢は。


「お利口ね。貴方は良い()()()だわ」

「ペット? 僕がかい?」

「ええ」


 チョコは顔を上げ、吸い込まれるような綺麗な瞳が僕を見詰めた。


「貴方を飼ってあげているのは私だもの。私の世話をしてもらう代わりに、ご褒美として私を可愛がらせてあげているのよ」

「……!」


 夢の中であるのに関わらず、僕は妙に納得してしまっていた。

 確かに、僕はチョコがいないと生活もままならないだろう。猫がいないと癒しが無くなり、仕事も手に付かなくなる……そんな気がする。

 なら僕は、飼っているのでは無く飼われているのでは?


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、何処かそう思っている僕がいた。


「確かに、そうかもね」

「そうよ」


 何だか面白くなり、笑ってしまった。やがて、視界が更にふやけていく。


「━━はっ!?」


 そして、意識が急に引っ張られて……太陽の光を浴びていた。

 現実に戻った……のか。妙にリアルな夢だったな。


 時間は朝7時。そろそろ身支度をして、会社に行かなくてはならない。


「にゃん?」


 布団を畳んでいると、物陰からチョコが現れた。もう喋らなくなっている。当たり前か。


「なぁ、チョコ」

「……僕は、君に飼われているのかな?」


 なんとなく、チョコに問い掛ける。答えなど、返ってくる筈もない。だが


「にゃ!」


 チョコは元気よく、鳴いた。

 その通りよ。……と、返事をした様に。


「ふふ……そっか、そうかもな」


 愉快な気持ちになりながら、カバンを持って立ち上がる。


「行ってきます。()()()


 見送るチョコを尻目に、外へと出た。なるほどな、猫がワガママな理由が分かったよ。



 (あるじ)(しもべ)に、命令するのは当たり前だもんな。




猫はかわいいよねって話です。

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