第8話 勇者御一行と謎のレアアイテム
爆音とタバコの煙に満ちた、決して環境が良いとは言えない室内。
ギルバートは眉間にシワを寄せながら、一点だけを注視する。
「くっ……」
捻ったハンドル。打ち出された銀玉はカシャンカシャンと甲高い音を立てながら、真ん中に設けられたスタート口を目掛けて次々と射出される。
が、そのどれもが、銀玉と同程度の広さに釘で調整された賞球口に入らない。
ギルのコメカミを一筋の汗が滴り落ちた。その汗を、顔まで覆うローブで拭いながら、
「くそっ……もう1000G! これで……これで当たるはず! 強運なんかじゃなくていいです……奇跡もいりません……! 起こってください! ごく普通の現象! 確率!!」
「怒ってるわよ。私が」
ギルが見つめる盤面のガラスに反射する黒ローブ姿の人物。
突如としてカットインしてきたローブの中から覗く瞳は怪しく光っていた。
「お前は……」
「ひっ! ニアさ────」
それがニアだと理解すると同時に、ギルの頭は鬼神ニアによって盤面のガラスへと叩き付けられた。
「この一大事に何してんだぁああああッ!!!」
ガシャアアアアン! と言う粉砕音が、カジノ店内の爆音をも打ち消す勢いで轟いた。
ガラスを突き破ったギルの頭を引き抜くと、そのままニアは周りで驚愕の顔をする遊戯客達の事など気にも止めず、既に動かないギルの首根っこを掴み、身を引きずりながら店内を後にする。
「お前ら、そこに直れ」
拠点である祠の前、小高い丘に戻ったニアは、ギルを乱暴に地面に投げ捨て、腕組みをしながら俺達に向き直る。
「……」
既にその場に正座させられていた俺とエイオスは、ギルの亡骸を見、お互いに顔を見合わせ、身を震わせる。
この様だと、恐らくギルも俺達と同じく調査と関係ないことをしていたのがニアに見つかったのだろう。しかもここまで痛めつけられたとなると、余程の事をしていたか。
しかし、このままでは下手したら俺達も命はない。
「前話のラスト、魔術に精通してそうな人を……って事で威勢良く分かれて終わったわよね? あんたら、その間何してたか言ってみ? ちなみにコイツはまたパチ◯コ屋でアツくなってた。だいぶ頭に血が昇っていたみたいだから抜いてあげたの。ほら、あんた達も、怒らないから言ってみ?」
ニアは般若の如く形相だ。ギルに向けられていたその目が、今度は俺へと向けられる。
「勇者よ、これ怒らないと言っておいて何言っても怒られるヤツだ。回避しようがないヤツだよ」
なんて、エイオスは捨て身で俺に耳打ちするが、ここは正直に言い少しでも罪を軽くしようと思う。
俺はギルみたいにはなりたくないんだ、すまん、エイオス。
「お、俺は……魔術の本を探しにネットカフェに……」
「ハンターハ◯ター読破して魔術に精通してそうな人のヒントは得られた? ドリンクバーまでついてさぞ快適だったでしょうね」
「すみません……」
「で、あんたは何してた?」
あの目が、次はエイオスに。
「お、俺はぁ……豆柴カフェでコーヒーを……いや、でも! 何か心が洗われた気分だぞ! 呪いも解けて────」
「解けてねぇから。豆柴が可愛かっただけだろうが。私も好きだけどさ」
言って、ニアは俺達の前にヤンキー座りで腰を下ろすと、順々に俺達を一瞥する。
そして、
「二章になって舞い上がる気持ちもわかるけど、どいつもこいつもいい加減にしなさいよ? ここからって時に何やってんのよ」
「今のは皆が悪いと思うよ」
と、ニアの隣に同じように座り込んだアネモネにも追撃される。
おっしゃる通りで……
「違うん……ですよ……」
「うぉ!? 生きてた!」
突然、すっかりお亡くなりになったと思っていたギルが弱々しく起き上がった。
何が違うってんだ?
「カジノの景品に……あったんです……」
と、ギルがニアを見据えた。
「あった? 何がだ?」
「“聖なる魔物の心臓”と言う、見たことも聞いたこともないレアアイテムです。魔物なのに“聖なる”ですからね……もしやこの呪いを解くキーアイテムじゃないかと思って……」
「聖なる……魔物の心臓?」
エイオスが訝しげに復唱する。
が、
「うん、気のせいだ。聞いたことないわ」
「私もアイテムの調合とか色々齧ってきたけど、そんなアイテム聞いたことないわ? 素材なのかしら?」
ニアも首を傾げた。
とは言え、ギルよ。だからって一人でカジノに行くなんて無謀だぞ!? 俺達が二人がかりでも負けたのに一人で突撃だなんて!
「だからカジノじゃないって。ただのパチ◯コ屋だって」
またもやエイオスのくどいツッコミが始まるのかと思いきや、そこまで言って何かに気付いたようで、
「てか、ギルちゃん軍資金そんなに持ってたの? 俺ですらお小遣いやりくりして貯めてた分で豆柴と戯れていたのに」
「やっぱり戯れていただけかい!」
と、再び般若の顔となったニアがエイオスの首を締める。
そう。俺達のパーティはお小遣い制となっている。一番信用出来そうと言う理由から、何故かリーダーの俺ではなく、ニアが総資金を管理し、毎週500Gずつ俺達にお小遣いとして支給してくれるのだ。
俺達はその500Gでやりくりせねばならない。
今回ハンターハ◯ターを新巻まで読めたのだって、コツコツその500Gを貯めていたからだ。
総資金を管理しているニアは、街に立ち寄る度、見覚えのないきらびやかなアクセサリーなんかを身に付けている気がするが、俺の気のせいだろう。
万が一、買ったとしても総資金からではなく自分もお小遣いから買ったのだと思いたい。
しかしだ、そんな僅かなお小遣いだけでギルはカジノに一人立ち向かったと言うのか?
最近は甘デジでさえ10000Gあっても心許ないと言うのに、ミドルなんて打った日には────
「待て……」
モノローグの途中、俺は気付いてしまった違和感、ギルの姿をただただ見つめる。
「どうしたの?」
俺の隣に来たアネモネも、一緒になって俺の感じた違和感へと視線を向ける。
そして、
「ギル……お前……魔剣……どうした?」
思い切って口にする事にした。
そう、ギルがいつもその身から肌身離さず持っていた魔剣・雷轟。
しかし、今のギルの腰にも背中にも、雷轟の姿はない。もしやニアがギルを引きずって来る時に落としたか? とも思ったが……
俺の中で少しずつパズルのピースがハマって行く。
俺達のただでさえ少ないお小遣い。
一人果敢にカジノに挑んだギル。
軍資金もそこそこあったはずだ。
そして消えた魔剣。
「え、マジで? もしかしてもしかすると……ギルちゃん……え? 雷轟……売っちゃった……感じ?」
と、俺と全く同じ推理に行き着いたエイオスが、さすがにそれは無いだろうと引きつった笑いを浮かべながら言ってくれた。
俺達に雷轟の売却疑惑を掛けられたギルは、やれやれと首を振り、
「魔王は倒したじゃないですか。これからは魔物とも共存していこうって流れですし、もう使うこともないのかなって♪」
あっけらかんと言い放った。
ギルの告白を聞いた俺達は何も言わない。
もう世界は平和なんですと言わんばかりに満ち足りた笑顔のギルをただ見たまま、俺達は動かない。
時が止まった感覚と言うのを、俺は初めて経験した。
そして、いつの間にか動けるようになったギルは、よっこいしょと立ち上がり、
「何はともあれ、皆さんにもあのアイテムを見てみて欲しいのです」
「「じゃねぇだろぉおおおお!!」」
ドゴォ────!
俺とエイオスの腹からの叫びよりも早く、ニアの拳がギルの左頬にヒットした。
鈍い音を上げながら吹き飛んだギルの体は、地面に何バウンドかした後、ズシャアアアア!と転がる。
「バカ! バカバカバカ!! あんたはどこまでバカなの!? あんなモノを誰でも買えるような所に売り払ったりしたら……魔物は大人しくなるかもしれないけど、きっと邪心に心を支配される人が出てくる!」
「いや、でも────」
「でもじゃないでしょーよ! ギルちゃん正気かい!? キミは本当にお馬鹿なんだから! 普通いないぜ!? 魔剣を武器屋に売っちゃうバカ!」
「ちょっと待っ────」
「ギル様! 何やってんの!? 未だかつてこんな冒険者見たことも聞いたこともないよ!?」
ギルに喋る間も与ず、ニアもエイオスもアネモネも捲し立てる。
まぁ当然の結果だろうな。
「で、いくらで売れたんだ……雷轟は」
腐っても魔剣だ。さぞ高値で売れたに違いない。
店での売値もかなりの価格になるはずだ。
そうなれば、そう易々と売れたりはしないだろう。ある程度の価格なら、俺達の総資産的に買い戻す事も出来る。
「い、10000Gで売れました……」
さすがに皆にきつく言われすぎたせいか、落ち込みながらギルが答えた。
いや、安くね? ボス倒した時の方がもっと貰える額だぞ?
ハード◯フに売った方がまだ高値付きそうなレベルじゃねぇか。
しかし買値が10000Gか。
となると、店の売値的には50000G……
いや、10万Gくらいになる可能性もあるか。ちょっと裕福な人なら簡単に買えてしまう額だ。
「ニア、総資産はいくらある?」
と、俺は顎に手を当てながら問う。
「え? 今は……50万Gって所かな?」
結構あるじゃないか。
それを聞いた俺は一度大きな溜め息を吐き、
「仕方ない。誰かに買われる前に、雷轟を買い戻すぞ」
次なるクエストを公表する。
「それしかないわな」
と、エイオスも頷いた。
「折角ここまで貯まったのに、もう少しで欲しかったアクセサリー買えたのにこのバカのせいで……」
と、ニアも賛同する。
けど、ちょっと待て! 今なんて言った!? 小遣いからだよな!? 今まで買ったのも小遣いからだよな!?
「ギル様。魔剣、買いに行くよ」
言いながら、アネモネがギルの手を引き起こした。
「うぅ……すみません……」
起こされたギルはさぞ申し訳なさそうに謝った。
謝るくらいなら最初からバカな真似するんじゃねぇよ。
俺達はローブの乱れを直し、ギルが雷轟を売った武器屋へと向かった。
◇
「嘘でしょ?」
武器屋の中で、エイオスが口をあんぐりと開け、その口からは魂が抜け出そうになっている。
アネモネはその魂をエイオスの口の中へと押し戻してやった。
残念な事に、
雷轟は売れてしまって……
はいなかった。
ちゃんとヴィンテージモノとして売られてはいた。
しかしだ。
「100万Gって何だよ」
そのプライスカードに書かれた額を見て、俺達は絶望した。
10万Gじゃなくて100万G?
0を数え間違えたのではと何度数えても間違いなく1000000Gだ。
え? 買い取り1万Gだよね?
それがこんな売値になっちゃうの?
ぼったくりも良いところじゃねぇかよ。
何よりドン○ホーテの様な、手書きで作られたポップな感じの商品POPが付けられているのが余計に腹立たしい。
何が『魔剣を持てば君はもう誰にも負けん』だよ。ふざけやがって。
「……とりあえず一回出よう」
唖然とするメンバーの背中を押しながら、俺は一時撤退する事にした。
さすがにあの値段だ。そう易々と売れたりはしない。
しかしどうする。冒険の中で結構な額を貯め込んでいた俺達ですら簡単に買い戻せる額ではなかった。
総資産約50万。50万足りないだと?
どうする? 増やすか?
まさかのこのままパチ◯コ編突入か?
カ◯ジじゃあるめぇし、俺達の博才でどうこうなるとも思えない。
なんて、店の外で途方に暮れている俺達に、
「ねぇ!」
と、場違い甚だしい元気な声を投げ掛けた空気読めない子。アネモネである。
「なんだよ、今俺は必死に作戦を練ってるんだ」
「良いこと思い付いたよ!」
「良いこと?」
話を聞いて貰える事が嬉しいのか、アネモネはニッシッシッと笑い、
「買えないなら、盗んじゃえば良いんだよ!」
悪びれる様子もなく言ってくれた。
さすが魔物だ。悪いことをするのに抵抗はないようだ。
「いや、アネモネちゃんね、いくら何でもそれは……俺達まがりなりにも勇者御一行だからね? さすがに盗みを働くなんて、そんな盗賊みたいな事……落ちぶれるワケには……」
と、エイオスがアネモネの意見を真っ向から否定する。
もっともだ。
「エイオスの言う通りだ。俺はこれでも勇者。いくら何でも盗みを働くワケにはいかん」
が、
「しかし作戦くらいは聞こう。そうまで言うくらいだ。何か作戦があるんだろう?」
「嘘でしょ? え? 盗むの?」
「まぁ……他に方法もないか……」
未だ抵抗のあるエイオスを他所に、ニアも鼻の頭をかいた。
「えぇ……魔物……悪者退治してた俺達が悪者になっちゃう? マジで? こんなのアリ?」
「元はと言えば僕が撒いた種です。アネモネさん、作戦を……」
と、ギルが申し訳なさそうに言ってくれるが、
「ギル様には荷が重いかも……やるなら、身軽な……エイオスとかが良いかも」
作戦の発案者、アネモネもここまでギルのお馬鹿っぷりをたっぷり見てきた。
さすがにギルでは失敗すると思ったのだろう。
悪いが俺も同感だ。誰がやる事になってもギルにだけは任せられん。
「して、作戦は?」
「えへへ、それはねぇ……」
いたずらっ子の様な笑顔を浮かべると、アネモネはヒソヒソと、その作戦の概要を話し出した。
呪いのカウントダウン
運命の刻まで
あと6日 (レベル151)