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第11話 勇者御一行と賢者の飯

 セレナ・イングナーと言う少女は、この街ではちょっとした有名人らしい。


 旅の途中買っていた魔術雑誌で(いつの間に買っていつの間に読んでいたのかは知らないが)ニアもセレナの名は知っていた様で、ホムワーク魔法学校の入学時点で特待生として迎え入れられ、三年間黒魔術・呪術を選考、しかもずっと主席と言う、卒業後も大魔法使いや大賢者としての活躍が期待される大型新人との事だ。

 ニアはリンクシティに行ったら、この娘に一番に当たりを付けようと思っていたらしい。



 しかし当の本人は何とも謙虚と言うか、全くと言っていい程凄さをひけらかさない。

 魔術の類いには全く縁のない俺からすれば、能ある鷹が爪を隠しているのか、はたまた本人が言う通り実はそんなに凄くない人物なのか、皆目見当が付かない所である。

 見た目は金髪のボブヘアーに丸メガネをかけ、どっちかと言うと地味目な感じ。

 顔の地味さに反して胸の主張はなかなかのモノだが、正直言って俺のタイプではない。が、今はそんな事はどうでもいいな。

 呪いを解ける可能性があるのなら藁にもすがりたい状態なのだ。僅かな希望に、将来の大賢者候補様に賭けるしかない。



 そんな訳で、俺達は街の外れにあるセレナの部屋へと招かれた。

 セレナの部屋はぬいぐるみ等ファンシーな物が置かれている、ザ・女子の部屋! とは違い何とも薄暗く、大釜や魔術関連の本、フラスコや実験道具が乱雑に散らかった、如何にもな部屋だった。

 これは期待が持てそうで、俺達の期待も高まる。


「ニアさんとアネモネさんから、大体のお話は伺いました。まさか魔王討伐をされた勇者御一行様がこんな目に遇われていたなんて、思いもしませんでした」

 言いながら、セレナは俺達に紅茶を淹れてくれた。

 祠で落ち合う前、街で声をかけていた時既にニア達が俺達の事を説明してくれていた事もあり、別にセレナの前で身分を隠す必要もなさそうだった為、今は全員ローブを脱いでいる。


 客人なんて滅多に来ないのだろう。この大人数を前にコップも足らなくなり、俺とギル、エイオスの男三人衆は何故かフラスコに紅茶を淹れられた。

 もう少しそれっぽいモノはないものかね? 


 そして、全員に紅茶が行き渡るとセレナも着席し、

「まず、魔王討伐を果たし世界に平和を取り戻して下さった皆様に多大なる感謝の気持ちと共に、ご冥福をお祈りさせて頂きます」

 改めて深々と頭を下げた。

「祈るな祈るな縁起でもない。まだこっちは何とかなる気でいるんで。ってか、キミの力を借りたいのよ」

 と、いつものニュートラルなエイオス。


 セレナは少し困った様にこめかみをかきながら、

「しかし魔王がどの様な呪いを皆様にかけたのかが解らないと、私にはどうする事も出来ませんので……呪術と一口に言っても、その種類は何千とありますので」

「呪術だけでそんなに種類があるのか?」

「えぇ。でも、お札等の呪い解除アイテムすら効かない、強いタイプの呪いと言うことであれば、数100種類くらいまで絞ることは出来ると思います」

「それでも数100種類あるんですか……」

 気が遠くなりそうな数を言われ、さすがの能天気ギルバートも肩を落とした。


 セレナはエイオスから渡されていた呪いリストに目を落とし、とりあえず、と切り出し、

「一度状況を整理させて下さい。要点をピックアップすると、まず、皆様それぞれの身に、戦闘に支障をきたすレベルの弱体化の呪術、並びに日常生活を妨害し得る呪術、全パラメーター低下の呪術がかかっている……と。そして、一時間毎にレベルが1つずつ下がり、0になったら死ぬ……」

「そう言うことになる」

 頷いた俺と目を合わすと、セレナはおもむろに積んであった分厚い魔術の本らしきモノを二冊手元に置き、パラパラとページをめくり始めた。

 チラリと覗き込んでみたが、文章がずらっと羅列されているだけで、何が書いてあるのかちんぷんかんぷんだった。



「ねぇ、死んだら教会でお金払って生き返る、とかは出来ないの?」

 真面目に本のページを捲るセレナを横目に、アネモネが問うて来る。凄く今更な質問である。


「アネちゃんね。確かにこの世界の至るところに教会はあるよ? あるけど、そんなお金を払えば何度でも蘇られるなんてのはゲームの世界だけのお話であって、実際にはそんな事ないのよ。だから、俺達も死んだら最後。死にたくないから必死なのさ」

 と、エイオスが出来の悪い生徒一人にも分かりやすいように教える教師の様に優しく説明した。


 何度でも生き返る事が出来るなら、俺達だってわざわざレベルMAXまで上げて魔王に挑んでなかったからな。死ねば最期って頭があるから、万全を期したんだ。


「まぁ結果的にレベルをMAXまで上げたのは正解だったと思うよ。こんな呪いかけられると思ってなかったし。何より、この世界のMAXレベルがどこぞの世界みたいに99がMAXじゃなくて良かったと思う。多少タイムリミットまでにも余裕があるしさ」

 言って、エイオスがフラスコの紅茶を飲みづらそうに、ぐいっと一口で飲み干した。


「どうかしら?」

 と、ニアがせっせと魔術書のページを捲るセレナの隣に移動し、一緒になって猛スピードで捲られるページを目で追った。

 さすがはニアも魔術師と言った所か、この意味不明の魔術書を理解出来ている様だった。


「先程ピックアップした通り、皆様は複数個の呪いを一気にかけられた可能性が高いです。本来なら一つずつかける呪いなのですが、それをいっぺんにかけて来たと言うのは、さすが魔王と認めざるを得ません」

 相変わらずハイペースで次のページを捲り続けながら、セレナは冷静に分析する。

 そして、

「ですが、元々は全てが単体の呪いだと思いますので、それらを一つずつ解除して行けば良いのかなと……私は思います」

 丸メガネをキランと光らせ、自分なりの考察を、自信ありげに口にした。


「おぉ……!」

 なんだか知らないが頼もしい! 頼もしいぞ!?

 一筋の希望の光が見え、俺達の顔も思わずほころぶ。

「で! どうなのセレナちゃん! その本に呪いの解き方とかは載ってるん!?」

 すっかりテンションの上がったエイオスの言葉に、セレナは本をパタンと閉じ、

「すみません。どこにも載ってないなぁと思ったら、本を間違えていたみたいです」


「ん???」

 何やら雲行きが怪しそうなセレナの返答に俺達は怪訝な顔をし、顔を見合わせる。

「そうよね? 私も隣で、セレナさん何でハリー・○ッターの原作の本を捲ってるのかなぁって思ってたけど」

「載ってる訳ないですよね☆」

 突っ込むニアに、セレナはてへっと舌を出し笑って見せた。

 ニアもニアだ。気付いたなら途中で突っ込めよ。それっぽい行動しておいてただ小説のページを捲ってただけかよ!?


 俺がこいつ本当に大丈夫なのかと思っていると、

「勇者」

 と、エイオスが耳打ちしてくる。

「なんだ?」

「特待生だか何だか知らないけれども……登場人物全員バカってキャッチコピーのこの作品に、何かを期待しちゃダメだ」

 真面目な面持ちでそう言った。


 早速盛大なボケをかましてくれたセレナは、今の汚名を返上するため、

「えっと……呪い解除の本が手元にないのでアレなんですけど、ひょっとしたら“一時間毎にレベルが下がる”って部分の対策は出来るかも知れないです!!」

 次なる一手を提案する。


 一時間毎にレベルが下がりって言うソレは、正直俺達が一番恐れている部分だ。

 パラメーターが下がったり戦えない体になったりと、その辺は言ってしまえば、気をつけてさえいれば日常生活にはさほど影響はない。(風呂のお湯で火傷したりはするが)

 しかし、問答無用で一時間毎にレベルが下がり、0になった時点で強制的に死ぬと言うソレは、恐怖以外の何物でもないのだ。

 もし本当にソレを対策出来るのなら、これ以上ないくらいに大助かりなのだが……

 このセレナと言う娘はおっちょこちょいみたいだし、本当に対策となるのかどうか、怪しいモノである。


「……して、その対策と言うのは?」

「えっと、ちょっと待ってて下さいね♪」

 不信そうな顔をする俺の問いに、相変わらずセレナは笑顔で答え、部屋の奥へと移動し、ガサゴソと何かを探し始めた。

 やがてその何かを見つけると、

「実は、卒業制作にと作ってみた薬……と言いますか、アイテムなんですけど」

 言いながら、袋に入った何かを机の上に置いた。


「卒業制作? 薬?」

 元闇医者にして調合師のニアは、その薬とやらに興味津々だ。

「はい♪ ホムワーク魔法学校の卒業時には、今まで学んだことを活かし卒業論文然り、アイテムを卒業制作として作るんです。でも、私は論文とか苦手なのでアイテム制作にしたんですけど……」

 言って、セレナは袋の中身を皿の上に開けた。


 皿の上にカランカランと軽快な音を立てて姿を現したのは、赤い色をした6つのキャンディの様なモノだった。

「これは……キャンディ?」

 と、早速ソレを手に取ったニアが、薄暗い部屋を照らすランタンの光に透かす。

 光に透かすと、キャンディは宝石の様にキラリと輝いた。


「はい、キャンディです」

 こんな飴玉になんの意味があるのか。何か凄い物かと思ったが、期待した分の落胆も大きい。

 しかし、そんな俺達の耳に、

「ですが、ただのキャンディではありません。この飴は私が独自に調合し作り上げたモノで、一粒舐めれば問答無用で、無条件にレベルを1つ、上げる事が出来るんです」


 なんだと……!?


 セレナの解説に、俺達は驚愕に満ちた顔で赤いキャンディを見つめる。

 こんなちっぽけなモノで? 戦闘で経験値を得る必要もなしに、舐めただけで無条件でレベルが1つ上がるってのか!?


「名前を賢者の飯と名付けました。卒業後は特許を取り、販売するつもりでいます♪」

 さっきまでのおっちょこちょいは何処へ行ったのか。突然目の前に神アイテムを提供され、俺達は言葉を失う。

 むしろ、おっちょこちょいとか、この娘大丈夫か? とか言ってすみませんでした。


「おぉおおおお! 本当だ!」

 と、言うが早いか、いの一番に勝手に舐めたアネモネが早速その効果を実感したようで、

「レベル98だったのが99になってるぅうううう! セレナ凄いぃいいいい!!」


 まじかよ!? と、改めてキャンディもとい賢者の飯なるアイテムを見つめる。

 てか、何でレベルが下がる心配のないアネモネがこんな貴重な物を舐めたのか、ふと疑問に思ったが、舐めてしまった物は仕方がない。


「え、これ……僕達も頂いていいんですか?」

 ワナワナと震えながら、ギルが質問する。

 これは凄い。凄すぎる。これさえあればレベルが下がっても無条件でまた上げる事が出来る。1日24粒舐めれば、レベル0へのカウントダウンにも臆することなく生活出来るじゃないか。

 今の俺達のレベルは146。こいつを舐めれば147になるって事だ。


「えぇ♪ どうぞ♪」

 今の俺にはセレナが天使の様に見える。

 セレナの承諾を得た俺達は賢者の飯を一口、口の中に放り込んだ。

「もう一個いただきーっ!」

 と、俺達が効果を実感するよりも早く、すっと伸びてきた手が、皿の上に残っていた最後の一個をくすねていく。エイオスである。


「てめっ! 貴重な賢者の飯を!」

 時既に遅し。エイオスはもう一個の賢者の飯を口の中へと放り込む。

「くっ! ギル!」

「任せて下さい!」

 と、自体を把握したニアがギルを使役する。お前はいつからニアの使い魔みたいになったんだ?


 ギルはエイオスの口を開かせようと力任せに襲う。

「あがががが……!?」

 エイオスの口がほんの僅かにだがこじ開けられたのを確認すると、ギルは躊躇う事なく手を突っ込んだ。

 が、

「くっ……!」

 エイオスの顎の力が僅かに勝ち、ギルの手を振り払った。


「くっ……じゃないよ! 正気かギルちゃん!? 良くあんな躊躇う事なく他人の口の中に手突っ込めるね!?」

「チャンスさえあれば胃袋ごと引きずり出すつもりでしたよ、僕は」

「何ちゃっかり一個目のまで回収しようとしてんだよ恐ろしいヤツめ! でも残念でしたー! もう二個とも飲み込んじゃったもんねー!」

 エイオスは顔の横で手をヒラヒラとさせ、ギルを煽った。

 そんなつまらない喧嘩をする俺達を見て、セレナは笑いながら、

「レシピもありますし、また作れば良いだけですから。それより、皆さん、如何ですか?」


 そうだった。まずステータスの確認だ。

 さっきまでの俺達のレベルは146だったから────


「あれ?」

「えぇー!? 145に下がってる!?」

 ニアの絶叫の通りだった。賢者の飯を食べた俺達は、何故かレベルが1つ下がってしまった。

「俺……144になっちゃった……」

 抜け駆けしたエイオスに至っては案の定レベルが2つ下がった様だ。こればっかりはざまぁないとしか思えないが、一体何故だ?

 アネモネはちゃんとレベルが1つ上がったじゃないか。



「ごめんなさい……私のせいで……」

 と、すっかり自分の作った物のせいで俺達の寿命を縮めたと思ってしまっているセレナは、本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。


 セレナは悪くない。現にアネモネのレベルは上がった。賢者の飯の効果は本物だと思う。

 しかし、それ以上に俺達にかけられたこの呪いが尋常じゃないのだ。

 恐らく、俺達にレベルが上がると言う概念はもうない。

【無条件でレベルが上がる】ですら【レベルが下がる】と言う事は、弱体化の呪いを解き戦える体に戻ったとして、戦闘で経験値を積みレベルを上げ、死へのカウントダウンを遅らせる……と言う事も叶わないだろう。

 どっちにしても、この最大の呪いを解かない限り、俺達に未来はない。


「どうする……ジョエル?」

 さっきまでのテンションから一変し、ニアが俺に次の指示を煽ってきた。

 どうするもこうするも、俺が聞きたい。



「皆さん……まだお時間はありますか?」

 と、すっかり自責の念に捕らわれていたセレナが、その目に強い意志を宿らせながら、重い口を開いた。


「時間なら……まぁ。次にどうするかもまだ決まってないし」

「実は……ホムワークの中には、緻密ちみつな部屋と言う隠し部屋があるのですが、その奥に、黒魔術の類いの情報が沢山詰まっているアイテムが保管してあります」

 黒魔術の情報が詰まったアイテム……か。


「それは、簡単に持ち出せる物なんですか?」

 ギルの問いにセレナは、

「いえ……ある意味、黒魔術に於ける禁断のアイテムです。授業で使う事もないですし、誰の手にも触れられぬように保管されています。それを守る意味でも、緻密な部屋の中にはそれはもう様々なトラップが仕掛けられているんです。でも、その禁断のアイテムになら、何かヒントが載っているかも知れない」


 なるほどな。セレナの言わんとしている事がわかってきた。


「つまり、俺達にその緻密な部屋に忍び込み、その黒魔術の情報が詰まった禁断のアイテムを取ってこいと……そう言う事か?」

「はい……でも、私もお供します! 緻密な部屋に行くまでの道案内なら私でも出来ますから!」

 言って、セレナは力強く頷いた。


 やれやれ。剣泥棒と言い、魔法学校への不法侵入と言い、つくづく今日は賊行為に見舞われる1日だ。


「賢者の飯と言い緻密な部屋と言い不穏な感じになってきたぜ、これ? アズ○バンの囚人とか変なプリンスとか出てきちゃうんじゃないの?」

 と、エイオスはエイオスで別の心配をしているようだ。


 こうなったら、いざとなればもう本当にリンクシティに二度と来る事はないと割り切り、やってやるしかないだろう。


「それじゃあ二時間後、陽が落ちたら。忍び込んでみましょう」


 セレナの言葉に俺達も腹を括り、うむ……と頷いた。



 呪いのカウントダウン

 運命の刻まで

 あと6日 (レベル145)

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