プロローグ
命というものは儚い。
そんな曖昧で漠然とした言葉の意味を理解する日は、きっとまだまだ先のことだろう。
そう思っていた矢先のことだった。
「――あなたの命は、よくもって半年でしょう」
貧血で倒れただけだと思っていた私に、かかりつけの病院の先生がそう告げた。
瞬間――私の頭は、色が落とされる前のパレットみたいに真っ白になった。
私が? なんで? いい子にしてたよね?
そんな地に足つかないような言葉が、ぐるぐると頭の中を木霊する。
これは悪い夢なんじゃないか、そんな思考までもが頭を駆け巡る。
けれど、後ろで咽び泣くパパとママ。
ただただ俯いたままの病院の先生に、涙を落としながら顔を覆う助手のお姉さん。
それは、紛れもない現実だった――。
余命宣告から二ヶ月が過ぎた。
病院の先生に告げられた通り、私の身体は悪化の一途を辿る一方だった。
ピッピッピッという心拍数を測る機械音に、鼻や手足から伸びる透明のクダ。
まるで生きてる心地がしなかった。
これが私の身体なの?
そう頭に疑問符を浮かべるたびに、強烈な嘔吐感に襲われる。
確実に近づいている死の足音に、パパやママ、友達の前ではいつも強がっていたが、一人になった途端に恐怖が沸き上がり枕を濡らす日々が続いていた。
そう――それは、そんなある日のことだった。
「僕は死神。キミの願いを一つだけ叶えてあげるよ」
どこからともなくそんな声が聞こえた。
私は、涙を拭ってベッドしかない殺風景で無機質な病室を見渡す。
だが、声の主と思わしき人影はどこにもいない。
とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったのか、と涙が流れそうになって――
「幻聴じゃないって。キミの頭に直接、声を送っているんだ」
その声が耳からではなく、頭の中から聞こえていることに気づいた。
「ほんとうに、死神……なの?」
どこに目を向けていいのかわからず、真っ白な天井を眺めながら私は呟く。
「ああ、死神だとも。君の願いを一つ叶えてあげるために来たのさ、それが僕――いや、死神の仕事だからね」
「仕事……?」
「そう、仕事。死者になってから未練で地縛霊になられたらたまったもんじゃないからね、そうならないために願いを一つ叶えて未練を解消してあげるのさ」
願いを一つ叶えてくれる。
もしそんなことが起きたらなんてファンシーなことをよく考えていた私にとって、それは願ってもない出来事だった。
「私は――」
私は、届かない天井の先に広がってるであろう青空に向かって手を伸ばす。
未練……。
そう言われれば頭に浮かぶことが一つあった。
ただ、私は別に死ぬのを許容したわけじゃない。本当に死ぬのなら、死ぬその瞬間まで必死に足掻いてみせる。
後悔だけはしないような人生を送りたい、そんな思いが私を背中を押してくれてる気がした。
だから私は、
「――二年前、高校三年生のあの夏に戻りたい。戻って、あの人に想いを伝えたい」
そう口にした瞬間――薄れゆく意識の中、「その願い、聞き届けた」と声が聞こえて……。
あの夏が、また始まった――。