表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

再会、そして

挿絵(By みてみん)

 最後の仕上げが、始まった。


 約束通り兵士たちは工房から見えぬよう距離を取ったらしいが、もはや関係ない。

 部屋を閉め切り、吊り下げランプの中に火焔石を灯して、昼夜を問わず針と糸を動かし続けるだけだ。


 二度ほどロカが訪ねてきたが、一度目は何も言わずに帰し、二度目はもう来ないでくれと書付を渡して追い払った。

 食料を届けに来る兵士たちに対応するのも億劫になり、玄関先に置いておくよう紙を貼った。


 やがて、食事もしなくなった。というより、食事をすると胃痛を感じて吐くようになった。

 身を蝕む呪いが、胃に辿り着いたのかもしれない。水だけを流し込みながら、エリカは遠い意識で指を動かす。


 咽こむ音、衣擦れの音、時折水を煽る音……それ以外はただ、ぷつり、ぷつりと、針と糸の音が室内に響き続けるだけ。

 咽込みながら引き出しを出せば、鋏や道具が床に散らばる。

 ふらついた時に引っかけた棚が外れれば、布地が雪崩落ちた。

 窓辺の菊花が頭を垂れて腐っていくように、工房の中は荒んでいった。


(「手が震える……足が痺れる……息をするたび、喉が掠れる……」)


 だがそれでも【白竜の翼】は、正確に仕立てられていく。

 運命……。

 そう。これは完成するさだめの中にある。

 そして自分は、その為に絞り取られる道具。


 病的なのはわかっている。これを狂気と呼ぶことも。

 だが、妙な高揚と一体感があった。

 線路の上を走るように、向かうべき所に真っすぐ加速していく感覚。

 その先にあるのが破滅であるとしても、止まりはしない。

 乾いた唇を食み、瞳孔を開かせたまま、エリカは没入する。

 大いなる物語の中で役割を果たす……その興奮だけが他の全てを拭い去り、眠ることも忘れさせてくれる。


(「息が苦しい……喉が痛い……」)


 どうにか水を飲み込み、作業に戻ろうとした時。ふと、エリカは鏡に映る自分の姿に気付いた。

 隈がひどく、こけた頬に、白んだ肌。だが、それ以上に……。

 エリカは鏡の前で胸元の紐を解く。そして震える指で、ぐっと服を押し下げた。

 ひび割れのような呪紋は、すでに上体を覆い尽くし、四肢へと這おうとしている。躰の奥深くまで呪いが侵蝕していることを感じてはいたが、こうして目で見ると酷いものだった。

 エリカは近くにあった棚を引きずり出し、適当な長さの布を放って鏡を封じた。


 そしてまた、月が昇り、空が白み、雨が降る……。

 今は一体いつなのだろう。きっと、もうすぐ冬が来る。


(「そんなこと、もうどうでもいい。あと少し……あと少しよ。後数百回……縫い合わせれば……」)


 その時、ぶつりと湿った音を立てて、針が指を裂いた。痛みは痺れの中に混じり、感じるんのか感じないのかもよくわからない。

 だが傷は、かなり深かった。指先から流れ落ちる血は止まらず、舐めとってもすぐにまた筋を引いて、白絹の上を玉になって滑り落ちる。

 ぽたり、ぽたりと、床に出来る紅の染みを、エリカは眺めて。


(「そう言えば月の障りも来ていない……食事もまともに出来ていないし、当然か……いや、そもそも呪いが届いたのかもね」)


 それがなんだ? 呪い子の自覚を持った時から、普通の女のように子を産めるとは思っていない。そもそも、自分が初めて恋した相手は女性じゃないか。


 ……だのに、なんだこの気持ちは。気色悪い。


 エリカはその手に流れる血を握り潰し、針を持ち直した。

 構うものか。耐えるべきはもう僅かだ。その後のことはどうでもいい。

 だって死ぬんだもの。知ったことではない。

 

 口元に引き攣った笑みを浮かべて、エリカは血に濡れた針と糸を動かした。


 あと百数十……数十……もう完成だ。

 それで何もかも終わる。自分など、とっとと死ねばいい。


 窓を叩く音が聞こえても、エリカは指を動かし続けた。というより、気付きもしなかった。

 だが。


「……エリカ! ねえ! 私だよ!」


 それが、もう二度と聞けないものと思い込んでいた声だと思い出した瞬間、エリカの身は跳ね上がった。


(「……!」)


 深い悪夢から、意識を取り戻したような感覚だった。

 作業中の絹を放り出して立ち上がると、外套の端が机に引っかかる。足がふらついて、エリカはそのまま作業机をひっくり返した。引っかかったままの外套を剥ぎ捨てて、窓掛けにしがみ付く。

 そして、引き裂くようにそれを開いた。


「エリカ! 開けて!」


 窓を叩く、最も見たかった顔。丸い瞳、お下げに編んだ髪、濃い色の肌……曇った硝子越しでも、誰かわかる。

 鍵を開ける手が震えるのが、もどかしい。叩きつけるように窓を開くと、エリカは身を乗り出してマイラの首にしがみ付いた。


(「マイラ!」)


 二人は無我夢中で唇を重ねて、縋り付くように互いの頭を抱きしめる。

 髪から香る海の匂い、細い首筋、冷えた頬の感触……実際には前にあってからそれほど長く経ってはいないはずなのに、何もかもが懐かしい。


「エリカー! 会いたかったよ! どーしたの、前よりずっと具合悪そう! この手の傷、なに!」


(「いいの……私も会いたかった……会いたかった」)


 涙が溢れだして、エリカは愛らしい顔を撫でまわす。夢ではないと確認するように。

 丸い鼻の線、耳をなぞればあの青白い耳飾りに触れる。自分が送ったスカーフとボレロを撫でて……ああ、確かに全てマイラのものだ。


 彼女はエリカの指の傷をそっと口に含むと、血の流れ出る指先をぺろりと舐めてにっと笑った。

 二人は無言で頬を摺り寄せる。鼻先をつけ、指を絡ませて、もう一度、唇を重ねて……。


「あの、えと……ゴメン。俺もいるんだ」


 マイラの後ろから響いたロカの咳払いで、エリカは再び飛び上がった。


「あ、そうそう! 勇者さまがね、海岸に迎えに来て、連れて来てくれたんだよ!」


 マイラの方はすっかり忘れてた、という程度の様子で、にこやかに後ろを指す。


 血が逆流したような恥ずかしさで、エリカは咽こみながらしゃがみ込んだ。

 多分、自分の中に、赤面するだけの血と感性が残っていたことを、喜ぶところなんだろう……。


「マイラちゃんを連れてきたら、入れてくれるかと思ったんだけど……ごめん。君たちがそういう関係とは、知らなかった。マイラちゃん、恋人なら先に言ってくれよ……とりあえず、入っても良いかな。見張りには、見られない方がいい」


「先にって言っても、そういうことしたのはまだ一日だけだし。エリカに確認とったわけじゃないから、恋人って言っていいかわかんないじゃん。私はそうだと思ってるけど。ね、中入っていいよね、エリカ?」


 マイラはいつもの笑顔と勢いであけすけに口を走らせていく。

 ロカは「そういうことってなんだよ……」という感じで目を覆う。

 エリカはマイラが黙ってくれることだけを願いながら、二人を招き入れた。


「それにしても、一体どうしたのこれ……このひと月くらいに……」


 マイラは工房の中を見て、唖然とした。

 彼女が最後にここを見たとき、ここはまだ人の住処だった。だが今は、何もかもがひっくり返っている。まるで、家の中にだけ嵐が吹き荒れたかのように。

 エリカとしては、俯くしかない。


「いつも頭巾を被ってるからわからなかったけれど、そんな顔してたんだね。可愛い恋人の前で言うのもなんだけど、君も可愛いよ。エリカちゃん」


 一方、勇者は嫌味のない微笑みを浮かべて、そんなことを言ってのける。

 エリカは慌てて頭巾を被ろうとしたが、ぼさぼさの髪の毛を掴むだけだった。先ほど剥ぎ捨てた外套は、散らかった部屋の布山に沈み、何処にあるかもわからなかった。

 寝食もあいまいになっていたエリカは、外套を脱いだらワンピースの上にコルセット一枚。ほとんど下着姿だった。

 男性にこんな姿を見られたのは、初めてだった。


「あー、勇者さま。エリカは確かに可愛いけど、私のだよ。いくら勇者さまでも、渡さないからね。そもそも、旅に出ちゃうんでしょ」


 マイラはエリカを抱き寄せると、また頬をくっつけた。恥ずかしさに身をよじるエリカを見て、ロカはけらけらと笑う。


「そうだね。二人の関係に、俺の出る幕はないな。ただ、こっちの方は……」


 そして彼は、荒れ果てた工房と痩せこけた己の姿をしげしげと見て、嘆息する。


「……やっぱり異常だよ、エリカちゃん。前に君と町長の様子を見て、どうもおかしいと思ったんだ。正直に答えて欲しい。町長は君に酷いことをしているんじゃないかい? あの日以来、何度か詰め寄ってみたんだけれど、何も問題はない【白竜の翼】はいずれ完成するから、待っていろの一点張りだ」


 マイラもまた、ちらりと心配そうな目をこちらに向ける。

 一瞬だけ忘れていた体の重さと息苦しさが、また戻ってきた。


(「……」)


 自分はこの質問にどう答えればいい?


 呪いのことを伝えて、彼を諦めさせるか?

 だが、その後はどうする。

 自分たちの生死を左右する問題だとなれば、いくら『善良な』街の人々でも自分を許しはしない。義務を投げ捨てた女として、追い立てられる未来が待っている。

 今の生活も人々の希望も投げ捨てて、ダフネの金を掴んで街から逃げ出す以外にない。遠方に去ったという両親に縋りつけば、今を生き延びることは出来るだろう。故郷に後ろ指を指され続ける代わりに。


 魅力的な選択肢とは言えない。


 では何も言わずに【白竜の翼】を作り上げてしまうべきか?

 あの陶酔の中で死ぬのも、考えようによっては悪くない。人に感謝されることは人生の慰めだったし、勇者ロカの記憶にも自分は焼き付くだろう。

 悲劇の聖女として祭り上げられる未来に、歪んだ悦びを見出さないといえば嘘になる。


(「……なんとも即物的で、濁った欲望だわ。純粋で燃えるような想いを、もうこの心は忘れてしまったのね」)


 生き延びたいという気持ちはあるが全てを投げ捨てるのは嫌で、死にたくはないが他者には認められていたい。

 そうだ。自分は、人を救いたいというのが本心であると同時に……。


「エリカちゃん。君の重荷になるのなら、俺が【白竜の翼】を受け取るよ」


 そう問われて、エリカは我に返った。

 煮立った油のような気持ちを払い、適当なロール紙を手に取る。


(「【白竜の翼】は、ほぼ完成してる……でも、まだ渡せない。全ては、この地に掛けられた呪いのせいなの。私の口からは、言いたくない。これを完成させることがどういう意味を持つかは、町長に聞いて……その上で、あなたが選んで」)


 ロカは前と同じく、困ったように眉を寄せた。


「この地に掛けられた呪い……か。なるほど。確かに【白竜の翼】を仕立てられるのは君だけかもしれない。でも辛いことなら、手放してもいいんだ。それでも、かい?」


 生き延びたいなら、そう伝えろ。覚悟を決めるなら、自分は平気だと嘘をつくんだ。

 魂が、激しく己を揺さぶる。

 だがエリカは、首を振ってロカを突き放す以外に、何も出来なかった。


「そうか……わかった。全ての真相は、やはり町長が知っているということなんだね。じゃあ、俺は彼女に全てを訪ねてくる。突然、お邪魔して悪かったね」


 己が咄嗟に出した答えに、エリカは自嘲を覚えた。


 今、ロカに【白竜の翼】を委ねてしまえば、彼は最終的に呪いの仕組みに気付き、二度とそれを返しはしないだろう。だから答えを彼に委ねながらも、決定権を渡すことは渋ったのだ。


 自分では何一つ、決められもしないくせに。


「マイラちゃんはどうする?」


「残るよ? 当然じゃない。エリカ、具合悪そうだし」


 そう言ってマイラは、うなだれるエリカをかき寄せる。


「うん。それが良い。彼女は少し休んだ方が良いから、頼むよ。俺が町長に話を聞いてくる間、ここで二人で大人しくしていてくれ」


 ロカは最後までこちらの身を気遣いながら、来た時と同じように窓から出て行った。




 運命は、選ばれた者に岐路を用意する。

 選び取ることも、選び取らないことも出来る。賽を投げぬこともまた、選択の一つに過ぎない。

 何をしようと物語は、容赦なく進んでいく。


「長いこと一人にしてごめんね。あれから突然、兵士さんたちが来たし、色々……」


 マイラが語るのを押し留めて、エリカはその細い体をぎゅっと抱きしめた。

 彼女の外気で冷えた頬に、そっと自分の頬を摺り寄せる。彼女がいつもしてくれたように。


(「いいの……もう全部、いいの」)


「うん。私も大好きだよ。エリカ」


 マイラはくすぐったそうに笑って、こちらの背を撫でた。

 彼女はここしばらく、どうしていたのか。自分がどうしていたのか。

 話したいことがたくさんある。ああ、でも。


(「それを伝えることは……別れを切り出すことになるかもしれない」)


 マイラが盗みを働いていることを、自分が見たことは伝えていない。秘密を知られたことを悟った彼女が、何か態度を変えるのではないかと思うと怖い。


 自分が【白竜の翼】を仕立て上げたらどうなるか。それを彼女に突き付けたら、彼女はどう反応するだろう。

 彼女がこれから先も生きる人間として【白竜の翼】の完成を望んだら?

 この子のために、自分は【白竜の翼】を作り上げなければならない。

 でも、生きたい。もう一度この子と情を交わして、それで……。

 それで、どうなる? 自分はどうしたいんだ?


 エリカはふらつきながら立ち上がると、作業机をごとりと立てた。


「……? どしたの?」


 マイラが問いかける中、エリカは椅子に座って手を上に向ける。

 布地の山の中から、飛ぶように【白竜の翼】が手元へ戻ってきた。この衣だけは、この部屋のどこからでも、すぐに呼び出すことが出来る。仕立て上げるうちに、エリカは自然とそれに気付いていた。


「エリカ……勇者さまは、仕事しなくていいって言ってたよ。まだやるの?」


 誰も彼もが、決断と選択を他者に迫る。そして運命の決断は、誰かが誰かに押し付ける度、肥大化していくのだ。

 先ほど、自分も同じことをした。

 重すぎる選択を背負いきれず、勇者に全てを押し付けたのだ。


(「でも人って、そういうものじゃない……? だからこうして私、言われたことをただ、続けて……でも、それじゃ駄目なのよね、きっと……」)


「ねえ。もう、休んでいいんだよ? 私、あなたの邪魔はしたくないから、止めはしないけどさ」


 震える指でビーズを縫い付け始める自分を、マイラが後ろから抱き留める。

 だが、エリカの手は取り憑かれたように止まらない。

 運命を振り切るには、強い意志がいる。そして運命に引きずりまわされたエリカに、その力はもう残っていなかった。


(「止まるのも怖い。行くのも怖いよ。マイラ……私、どうしたらいいの?」)


 唇は、そう動いた。もちろん、掠れた吐息しか漏れはしなかったが。

 その想いを汲み取った様に、マイラは笑う。無邪気に、いつも通りに。


「ねえ。きっとエリカは板挟みになってるのよね。じゃあエリカの願いが、全部叶うようにしようよ。【白竜の翼】は完成させて、それを勇者さまにあげよう。それで、エリカはずっと私と一緒にいるの」


 それは単純で明快な答え。だが確かに、そうなれば一番良い。

 純粋な答えで己を励ます言葉に、エリカは逃げ続ける己を恥じた。


「でも多分、それが出来ないと思ってるんだよね? 呪い子が【白竜の翼】を完成させれば、その子は命を失うから。呪いはいつも残酷で、背負いきれないものを呪われた者に背負わせるもの」


 エリカはこくりと頷き……違和を感じて、眉を寄せた。


「ねえ、エリカ。本当はわかってるんだよね? あなたに呪いを掛けているのは、魔王じゃないって。魔王がこの地に掛けた願いは【白竜の翼】を完成させないこと。誰かの命を奪いたいわけじゃない。呪いを恐れずに、街の人みんなが力を合わせて【白竜の翼】を完成させていれば、誰も死なずに済んだはずだよね」


(「え……?」)


「でも街の人は呪いを恐れて、誰かを生贄に差し出すことでそれを解決した……生贄にされた子の全てを差し出すことで、自分たちは何も失わないことを望んだ。あなたを呪って独りぼっちにしているのは、この街の人たちだよ」


 顔を上げる。右を向いて、微笑むマイラの顔を見つめた。

 その間にも、指は動いている。

 運命に従って。無意識に。


「えへへ、凄い? 私ね、実は勉強してるんだよ。エリカより、ダフネより……多分、勇者さまよりね。だって、時間だけならいくらでもあったんだもの」


 耳元で囁く声は、優しく甘い。間近で見つめれば、その瞳は吸い込まれそうなくらいに深い。


「誰も手を差し伸べなかった街の人たちが、憎くてたまらない。でもそんなみんなにも認められたい。誰かに愛されたい……だからいつも、人の間で独りぼっち。全部わかるよ、私。独りぼっちって嫌よね。だから私も、あなたと一緒にいたいと願う」


 意識はマイラに向けているのに、エリカの指はビーズを縫い続けている。

 彼女の張り付いたような笑みが、窓から差し込む夕日に照らされて。


「ねえ、知ってる? 魔物っていうのは人の絶望から生まれて、それを喰らって強くなるんだって。魔王の島を守る最後の怪物、大海蛇はね。独りぼっちの絶望を喰らい続ける魔物。だから誰もいない海の底から、全てを拒む嵐を起こすの……」


 唐突に、彼女との思い出が心を駆け抜けた。


 摺り寄せて来る時、いつも冷えていた頬。

 塩気がわからないように、味の安定しないスープ。

 記憶を手繰っても、彼女が何かを食べているところを見たことがない。

 旅芸人の拾われ子でありながら、すらすらと文字を読み解く知識を持ち。

 市場の露店主の目の前で幾度も盗みを働きながら、一度も捕まらない……。


「お願い、怖がらないで聞いてね。私は……あなたと同じなの。違うのは、呪いの種類だけ……私はこの呪いのせいで、誰にも気づいてもらえなかった。私の歌が聞こえる人……私と同じ、孤独を抱えた人以外には」


(「え、あ……何? そんな、そんな……?」)


「私、早く迎えに来たかったんだよ……でも、困ってたの。だってダフネが掛けた結界が、私のことを拒むんだもん。勇者さまの力が結界を散らしてくれたから、ようやく入ってこれたのよ」


 目を丸くしたまま止まっているエリカから視線をずらして、マイラはひょいとその手から摘まみ上げた。

 【白竜の翼】を。


「あ、出来たのね。【白竜の翼】。ありがと。あとは、私に任せて。だって、最後の最後に必要なのは、私なんでしょ?」


 マイラの耳に下がる耳飾りが、自分が今まで縫い留めていたビーズと同じ色で煌めいている。

 エリカの脳裏に、気に留めていなかった言葉が稲妻のように閃いた。

 極北海から取れる水の魔力を受け止められる海水晶が、特殊な魔力を帯びたビーズの名は……確か……。


 おぞましい不吉を感じて、エリカは椅子から転げ落ちる。


(「あな、あなたは……何者なの? まさか……まさか」)


「怖がらないで。ねえ、お願い……そんな目されたら、寂しいよ」


 マイラは口元に笑みを残したまま、悲しそうに眉を歪める。そしてちらりと窓の外を見た。


「夜が来るわ。ため込んだ日の温かさも、もう使い果たしちゃった。私がこの姿でいることが出来る時間は、もう終わる」


 冷たい手が。いやに冷たい手が、エリカの腕を掴んだ。


「ね。【白竜の翼】の最後の仕上げをしよう。エリカを死なせたりしないから。全部、手に入れよう。ね? さあ。海岸へ来て。物語を、終わらせようよ」


 何も、思い浮かばない。


 わかったことは、唯一つ。


 成されぬ決断に業を煮やした運命が、遂に自分を絡め取りに来たことだけだ。




~つづく

2020年3月17日、ろこさまによる挿絵画像追加。掲載許可済み。

ろこさまツイッターアカウント⇒ https://twitter.com/roko_pallet

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ