塔暮らしの大賢者ですが、悪の魔法使いだと因縁をつけられたので自己防衛しました
辺境の地にそびえ立つ、塔の最上階。
二人の人間がそこにいた。
一人は可憐な聖騎士の少女。
輝かしい鎧と剣を身につけた、勇ましい格好をしている。
ただその凛々しい姿も、今は椅子に座らされ、光のロープのようなもので拘束されていた。
もう一人は、聖騎士の少女の前に立って彼女を見下ろす、この塔の主だ。
壮年から中年に差し掛かったぐらいの男性で、魔法使いのローブを身につけ、ねじくれた木の杖を手にしている。
塔の主である魔法使いの男は、聖騎士の少女に向かって問答を始める。
それは、こんな話であった。
***
古来より魔法使いがなぜ塔に住むのか、キミは知っているかな?
「そんなこと知らない。後ろめたいことがあるからじゃないの?」
違う。
魔法使いというのは、人々から偏見を持たれやすいからだ。
人間というのはどうも、未知のものを恐怖するようにできていてね。
幽霊などの超常現象も、正体が分かってしまえば怖くない、みたいなことがあるだろう。
あれと一緒で、魔法使いは人々にとってよく分からない力を使いこなすものだから、人々から恐怖されやすいんだ。
そして人は、自らの恐怖の対象が自分の近くにいると、それを何とか排除したいとも考える。
だから魔法使いが人里で暮らすと、いろいろと面倒が多くてね。
力のある魔法使いほど、有象無象の人々と関わるのが嫌になる。
ゆえに力のある魔法使いは、なるべく人と関わらずに済む場所で、隠遁生活を送るようになるわけだ。
だからまあ、別に塔である必然性はないんだよな。
山小屋でも構わない。
山奥に一軒の小屋があって、そこに魔女が住んでいるなんて話もよく聞くだろう?
あれはつまり、役割としては辺境にある塔と一緒なんだ。
ただ、より塔のほうが好ましいのは、敵対的な何者かが襲って来たとき防衛がしやすいってことだね。
そう──つまり今回のように、だ。
「……私をどうするつもり」
そう睨むなよ、聖騎士のお嬢ちゃん。
人の塔に土足で上がり込んで、問答無用で襲ってきたのはそっちだろ?
「それは……この塔に潜む悪の魔法使いを討伐してこいという任務だったから」
悪の魔法使いね……。
どうして悪なのか、具体的な内容は聞いた?
「どうして……? えっと、確か……あなたが村人から、用心棒代と称して金銭を要求しているって。それで、本当は国に税として納められるはずのお金があなたに奪われて、村人は国に税を支払えなくなったと聞いたわ」
ふむふむ、そうだね。
「それで、国から徴税のための兵を村に送っても、あなたが攻撃をしてきて追い返される。そんな村がこの近隣だけで五つもあって、国の治安を乱している──どう、何か間違っている?」
うん、内容は間違ってはいないね。
まったくもってその通りだ。
ただ、それのどこが悪なのかな?
俺はその五つの村の人々から、自分たちの村を守ってほしいと頼まれたんだ。
モンスターの襲撃なり何なり、危険は常にあるからね。
俺はそれに対して、正当な対価を求めた。
何かあったら力を貸す代わりに、その分の報酬を要求するよ、とね。
そうしたら村人たちは、そんな報酬を支払えるだけの余裕はないと言うんだ。
それはなぜか、このあたりはさほど作物の出来が悪いわけでもあるまいと聞けば、国が課す重税のせいだと言う。
だったら国に守ってもらえばいい、税を取っているなら国にはその責務があると伝えたんだが、国は村をきちんと守ってくれないと言うんだ。
救援要請を出しても一週間以上、あるいは一ヶ月も待たされることすらザラだと。
モンスターの襲撃を受けたときに、一ヶ月も待てるわけがないと。
まあ、真っ当な言い分だな。
そこで俺は、村人たちにこう提案したわけだ。
ならば国に払う分の税金を支払わずに、貯めておけばいい。
そして俺に依頼するときに、それを使えばいいだろうと。
村人たちはその提案に乗ったと、それだけの話だよ。
実際、俺が村の防衛のために要求している対価は、これまで村が国に支払っていた税金の半分にも満たないと思うよ。
つまりさ、キミたち聖王国の騎士団が、ちゃんと仕事してないからこうなったんだよ。
それを一方的に悪党呼ばわりは、あんまりじゃないかい?
「そ、それは……! ──私たちだって、人手が足りてないのよ! このあたりの村だけじゃない! 私たちは限られた人手で、国の全土を守らなければいけないのよ!?」
ふむ。
まあそういう事情も、分からないではないけどね。
でもだとしても、俺を勝手に悪の魔法使い呼ばわりして攻め入ってくるというのが正当だとは思わないし。
仮に正当だと主張されても、むざむざ討伐されてやるいわれは、俺にはないよね。
「…………」
あ、黙っちゃった。
分かる?
キミたち聖騎士様はね、何が正義で何が悪かというのを、ちょっと簡単に考え過ぎなんだよ。
こうやって事情を裏返して見れば、正義と悪の構図なんて簡単にひっくり返る。
それでも真の正義を追い求めるっていうなら、それを否定はしないけど、それってかなり難しいことだよ?
少なくとも、キミたちが考えているような簡単な正義論で割り切れる話じゃない。
……っと、悪い悪い、無駄な説教をしちまったな。
この歳になると説教くさくなっていけない。
忘れてくれ。
どうせ自分でつかんだ答えじゃなきゃ、俺たちは納得なんてしないんだからさ。
──さて。
キミをどうするつもりか、という話だったね。
「……殺すなら殺しなさい。……あと、もしあなたが無理やり私の体を奪おうとでもするなら、舌を噛んで死んでやるわ」
だからそう睨むなよ。
そんなことしないって。
だいたいキミの部下たちは、無事に帰してやったろ?
「それは……感謝するわ。ありがとう」
うん、素直でよろしい。
ちなみに言っておくとだけど、俺にはキミが舌を噛まないように魔法で強制しつつ、キミの体を無理やり奪うようなこともできるからね。
それがお望みなら、そうするけど?
「くっ……この外道! 最低! 人間のクズ!」
あははは。
元気がいいなぁもう。
でもキミみたいな若くて綺麗で可愛い女の子が自分の魔法の支配下にあって、それでもなお手出しをしないっていうのは、俺、結構頑張ってると思うんだけどな。
特にね、俺みたいな四十路にもなって嫁さんも持たずに一人暮らしをしている身としてはさ、キミみたいな魅力的な女の子はホント、喉から手が出るほど欲しいっていうのが正直なとこなのよ。
それを我慢してるんだから、俺のこのモラルと精神力、もっと褒めてほしいなぁ。
「……ふん、勝手なことばっかり言って。奥さんが欲しいなら、ちゃんと恋愛して、ちゃんと結婚すればいいのよ」
うん、そうだね。
それがまあ、社会一般的には正当なやり方だろう。
というわけで、キミに一つ提案なんだけど──
「……何よ」
うん、それが、その、な……。
いやぁ、おじさん、キミに一目惚れしちゃってさ。
俺と付き合ってくれない?
「……はぁあ? ……何それ、本気で言ってるの?」
うん、本気も本気。
「だったらキモイ。死ね」
だよなぁ……。
こんなおっさん、嫌だよな……。
「おっさんだからとかじゃない! あんたがキモイのよ!」
…………。
……どうしても、ダメかな。
「ダメ。そんな真剣なテンションで来られたって、ダメなものはダメ」
どうしたら認めてもらえる?
「あのね。そんなの自分で考えなさいよ。そうやって相手に聞くところがダメなんでしょ」
そうかぁ……。
難しいなぁ、ちゃんと恋愛するのって。
「…………。……ねぇ、本当に、本気なの?」
うーん、分からん。
一時の気の迷いかもしれない。
「……はぁ。あなたってひょっとして、ものすごく純粋な人なの?」
どうだろうね。
純粋と評価するには、ずいぶんとひねくれていると自分では思うよ。
「まさかと思うけど……私をこうして人質にとったのも、私に、その……一目惚れをしたからなの?」
うん、キミが欲しかったからっていうのは大きいね。
あとは犬に噛まれっぱなしなのも癪だから、聖王国の連中から何か奪ってやろうと考えたのもある。
「……別に、私なんて奪っても、あの人たちは堪えないと思うけど」
どうかな。
若くて綺麗で可愛くて、剣の腕も立つ可憐な美少女聖騎士。
聖王国お抱えの国民的アイドルとしても、キミの存在価値はかなり高いと思うけどな。
「……そんな価値、嬉しくもなんともない。あなたもそうだけど、人を道具みたいに扱って、最低」
…………。
ただ解せないのは、そんな存在価値のあるキミを俺にあてがったことなんだよな。
俺が舐められていたか、あるいは──
──ひょっとしてキミ、聖王国の騎士団の中でも、結構嫌われてる?
「……うるっさいわね。そうですよ。こんな小娘が隊長の地位にいることとか、偉い人相手でもギャンギャン反抗するとかで、あちこちから嫌われてますよ。悪い?」
なるほど。
疎まれている者同士、俺たち気が合うかもしれないな。
「合いません。あなたと気なんて全然合いません」
ダメかー。
いけると思ったんだけどな。
「……ふっ。……あー、もう、分かったわ」
……ん?
分かったって、何が。
「だから。あなたの申し出を受けて、付き合ってあげるって言ってんの」
えっ。
なんでまた。
さっきまであんなにキモイキモイって。
「勘違いしないでよね。あなたという人を私が少し取り違えていたみたいだから、あなたのことをもっと知るために付き合ってみようっていうだけ。私を信じられるなら、私にかけたこの拘束魔法を解いて」
お、おう。
分かった。
「んっ……! ああ~っ、久々の自由だぁ~! もう、縛られるこっちの身にもなってよね」
いや、それはだから、キミたちが俺の塔に攻め込んできたから──
「そうだったわね、ごめんなさい。でも、もう私を力で無理やり屈服させようなんてしないでね。そうしたら私、またあなたを嫌いになってしまうから」
分かりました。
精進します。
「ふふ、よろしい。──それじゃ、お付き合いを始めましょうか、大賢者様」
ん……よろしくお願いします、聖騎士のお嬢様。