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第一話 技術屋と護衛(五)

 * * *



「ここで大丈夫ですよ」

 辺りが暗くなる中、セシリールは後ろから付いてくるフィックにやんわりと言った。繁華街から少し逸れたところにある食堂の前。この二階に部屋を借りて、セシリールは一人暮らしをしている。

「ここでか?」

「私の部屋は食堂を通らないと辿り着けません。つまり不審者が入ろうとしたら、食堂にいる人たちに顔を見られることになります。こっそり事を起こしたいという人なら、そんな場所に入るでしょうか?」

「そうだが……」

 朝襲われて護衛についてもらった以降、何も起きていない。極力大通りや人目の多いところを通って、警戒して歩いていた。そのためか特に不審者は寄ってこなかった。

 朝は手薄であり、油断していたから襲われた。警戒を強めていると相手もわかれば、無闇に襲ってこないはずだ。そう判断して、ここで別れようとフィックに申し出たのである。

 彼は食堂を上から下まで見渡す。二階の窓にはカーテンが閉められており、さらに上には三角の形をした屋根があった。

 フィックの視線が再びこちらに向いたのを見て、セシリールは頭を下げた。

「今日はありがとうございました」

 いつまでたっても彼の口から言葉が出なかったため、こちらから別れの言葉を発した。浮かない顔の彼と明朝の打ち合わせをしてから、セシリールは食堂の扉を押した。

「いらっしゃい! あ、セシリールちゃん、お帰り!」

「ただいま、おばさん」

 食堂を経営している夫婦のうち、ふくよかな奥さんに声をかけられる。地方の町からここに移り、どこに住もうか悩んでいるときに、この食堂に入ったのが出会いのきっかけだった。居候もできる部屋があると聞き、彼女のおおらかさと旦那さんの優しさに触れて、ここに住むと決めたのである。

 軽食程度なら部屋で作れるが、夕食はたいてい食堂ですませていた。荷物を置いてから食堂に行くと一言伝えて、階段をのぼった。

 二階に上がり、扉の数が少ない右側に進んだ。この宿には長期に渡って居候できる部屋が二つ、そして短期間の宿泊専用の部屋が四つある。長期用の部屋は、セシリールが歩いている側だ。通路を挟んで一部屋ずつあり、左側の部屋は先日まで人が住んでいたが、今は空だった。

 鍵を取り出して、右側の部屋のドアを開いた。入り口近くにある右の棚の上に置いたマナランプに手を伸ばす。だが思っていた場所にランプはなく、手は空を切った。目を丸くして、視線を手の方に向けようとすると、突然右手首を掴まれた。

「え……」

 抵抗する暇も与えられずに、部屋の中に強引に連れ込まれる。開けかけていたドアは音を立てて閉まった。廊下の明かりが入らなくなった部屋の中は一瞬で暗くなる。

 訳が分からぬまま、右手を握られた者によって、セシリールはベッドの上に投げられた。

 起き上がろうとすると、馬乗りにされてしまう。下半身に体重がかかり、動かなくなってしまった。口を開いて叫ぼうとしたが、馬乗りをしている人物の左手で口を塞がれてしまう。

 視線を正面に向けると、暗い色の服を着た男が、セシリールのことを抑え込んでいた。彼の右手には鋭利な刃物が握られている。それを見て血の気が引いた。

 事の重大さに気づき足をばたつかせるが、体重が直接乗っている腰の部分はびくともしなかった。

 冷淡な男の瞳が見下ろされる。刃物がゆっくり近づき、ブラウスの襟元に触れた。男の口元に笑みが浮かぶ。

 セシリールは固まったまま、男から視線を逸らせなかった。男の手に力がかかる。思わず目を瞑ろうとした瞬間、暗がりの中に明かりが差しこまれた。男の動きが寸前で止まる。

「油断も隙もねぇな!」

 さっきまで聞いていた青年の声が耳に入ってくる。彼が駆け寄ってくると、男はベッドの上から降りて刃物を前に突き出した。

 青年は軽々とかわし、接近しようとする。男は間合いを作ってさらに下がった。

 セシリールはおそるおそる上半身をあげ、眼鏡を直しながら二人の男たちの睨み合いを見守る。

「適当に遊んで精神的に追い詰めようっていう魂胆か?」

 男は答えない。青年は拳を作り、軽く構えた。

「そうしたければ俺を倒してからにしな。それができないならこいつの前には現れるな」

 男は青年の挑発を聞いても微動だにせず、刃物を差し出したままだ。やがてそれを引っ込めると、踵を返して窓から外に飛び降りた。青年は舌打ちをして駆け寄り、窓の外に首を出す。

「逃げ足が速い奴だな……」

 鍵がついている部分の窓ガラスが割られていた。そこを割って中に侵入したようだ。それに気づき、ようやく体の芯から実感した。

 自分は誰かに狙われている――と。

 それを認めると途端に全身が震え始めた。両腕で全身を包み込むようにして抱きしめる。

 窓を閉じた青年が、机の上に置いてあるマナランプに明かりを灯す。卓上用のランプのため、部屋全体ではなく、互いの顔を照らす程度の明るさだった。

 明かりを付けたフィックがセシリールに顔を向けると、目を大きく見開かせていた。

「おい、大丈夫か……」

 大丈夫、と答えたかったが言葉が出てこなかった。ただただベッドの上で縮こまる。フィックが近づき、手を伸ばそうとしてきたが、途中で引っ込められた。代わりに床に落ちた枕をセシリールの前に投げる。

 はっとして顔を上げると、一歩離れたところにフィックがいた。彼は部屋にあった物干し竿を手にとっている。

「しばらく俺は食堂にいる。落ち着いたら降りてこい」

 そして窓枠に棒を引っかけて、外から開かないようにした。それを終えると入り口に向かって歩いていく。彼の背中が小さくなっていくのを見て、急に心細くなった。

「ま、待って!」

 フィックは取っ手に触れる前に振り返る。いつも見せる、気だるそうな表情ではなく、心の底から驚いているような顔つきだった。

「何だ?」

「あの、少しの間でいいので……」

 一呼吸置いて言い放った。

「傍に……いてください」

 フィックはセシリールのことを二度見てきた。

「……は?」

 眉をひそめられる。セシリールは首を激しく横に振った。

「深い意味はありません! ただ、一人でいるのが、その……怖くて……」

 話しているうちに少しずつ震えは収まってきたが、依然として心臓は激しく打っている。一人でいては余計な思考を展開するかもしれない。それもあり、彼にいて欲しかった。

 フィックはしばらく突っ立っていたが、やがて息を吐き出して床に座り込んだ。

「え、いいんですか……?」

 駄目もとで言ったため、まさか受け入れられるとは思わなかった。

 フィックは片膝をたてて、見上げてくる。

「おいおい、お前が言ったんだろう? それで落ち着くのならいてやるよ。今回は俺の落ち度だ。もっと気を付けていればこんなことにはならなかった」

「いえ、私が断ったんです。フィックさんが気にすることではありません」

「たとえお前がそう言ったとしても、護衛側はありとあらゆる可能性を考えて行動すべきなんだよ」

「可能性……」

「そう、可能性。どんな研究でも技術を編み出す際は常に可能性を探るだろう?」

 フィックがさも当たり前のように言ってくる。その言葉を聞いて、自然と相づちを打っていた。

 物事を多角的に見なければ新たな発見は望めない。一方向だけでは日々同じ事の繰り返しなのだ。

「フィックさん」

「何だ?」

「物作りの場に腰を据えていたことがあるのですか?」

 彼の目の動きが止まる。セシリールとしては、ほとんど確信を持って言っていた。返答をじっと待っていると、やがて彼の目は動き出した。

「……ああ、その通りだ」

 彼は頷き、入り口付近に投げられた肩掛け鞄を手元に引き寄せた。そこから羽根ペンが入っている筒を取り出す。

「色々な物を作っている場所だった。俺は羽根ペンを作りながら、世話になっていた。羽根ペンなら質のいい羽根を入手できれば、とりあえず一定の物ができる」

「そうだったんですか……。その羽根はどの鳥からとったのですか?」

 手触りのいい白い羽根。触れているだけで癒されそうだ。

 フィックは羽根を軽く触れつつ、口を開いた。

「これは……白い鳥のマナ生物のものだ」

「ま……マナ生物!?」

 今日何度目かになる驚きは、声を裏返させるほどだった。

 自然界に漂っている、神秘的な力を凝縮しているマナ。それを生物が極端に取りこんでしまうと、マナ生物と呼ばれる凶暴なものに変化する。その特徴でもある瞳が赤い生き物と出会ったら、真っ先に逃げろ――と教え込まれたセシリールには、彼の発言が理解できなかった。

「つまりマナ生物から取ったんですか?」

「ああ。おとなしい奴だったから、腕を引っかかれただけで済んだ」

「引っかかれただけって、危ないじゃないですか! どうして近づくんですか!」

「魔物でなければ、ちょっと殺気だっている生き物だ。そこまで拒絶することでもない」

 さも問題ないと飄々と言われるが、彼の考えをすぐに受け入れることはできなかった。

 セシリールがマナ生物と遭遇した機会は多くないが、ほとんどが身の危険を感じるほどだった。人気のない草むらからマナ生物がすぐ傍に飛び出てきたときは、心臓が止まるかと思った。横から助けてくれた青年によって難は逃れたが、あと少しで爪を突き立てられるところだった。

「たしかにマナ生物は魔物よりも危険ではありません。ですが、どちらも人を――」

「普通の生き物であっても、状況によっては人間たちを襲ってくる。どうしてマナの影響を強く受けているだけで、嫌われなければならないんだ?」

 フィックがセシリールのことを真っ直ぐ見据えてくる。力強い瞳が射抜いてきた。

 言葉が喉までせり上がったが、なかなかそれ以上出てこない。手を握りしめて、思い切って口を開いた。

「……マナ生物は何をしてくるかわからないから、そして危険だと言われているためですよ」

「つまり他人からの受け売りか。実際に触れあってもいないくせに、マナ生物を勝手に悪ものにするな」

 フィックは肩をすくめた。

「他人からの見聞きだけで物事を判断するのは、自らの意志で行動できない者がすることだ。そんなので技術屋としてやっていけるのか?」

「は……?」

 予想もしなかった言葉を発されて、セシリールの目は点になった。フィックは溜息を吐いている。

「技術屋っていうのは、自由に思考を展開させることで新しいものを生み出すことができる。他人に指示されて動き、物事を素直に受け止めている限り、技術屋としては伸びない。このままだと一発屋で終わる」

 事実を言われたセシリールは、その場で固まった。

 フィックは立ち上がり、近寄ってくる。そして右手を腰につけて見下ろしてきた。

「あと今日見て思った、お前は優しすぎる。他人を使う気でいないと披露会では勝てない」

「勝つって、そんな……」

「工房長たちの想いを無碍にするつもりか? せっかく拾ってくれて、目をかけている工房長の想いを。――俺の知っている人間に他人を上手く使って、実績を積み上げた奴がいた。それくらい図々しくないと、新しい物を作ったとしても多くの人に広まらないぞ」

 そして彼は入り口に向かって歩いていく。ドアに触れると、ちらりと見てきた。

「いい加減に落ち着いただろ。飯食うぞ」

「あ、はい……」

 彼の言葉に従ってベッドを降りた。さっきまで命の危険にさらされて怯えていたが、フィックと言い合っているうちに忘れ去っていた。

 彼はとても厳しくも的をついたことを言う。腹立たしい内容ばかりだが、真実であったため、言い返すことができなかった。

 震えは止まり、目頭に溜まっていた涙は消えている。目の前にいる青年の背中を眺めていると、不思議と落ち着いてきた。今は食事と睡眠をしっかりとって、心身ともに落ち着かせることに専念しよう。



 セシリールが部屋で襲われた後、宿を経営している夫婦の計らいで、今は空いている隣の部屋に一時的に移された。

 また襲われるのではないかという恐怖もあったが、こちらの窓は通りに面しているため、窓から男が侵入してくることはないだろうとフィックに言われた。念のため、毎日部屋に入る前には彼が中を確認してくれることになった。

「そんなに心配なら、一緒に部屋の中で過ごせばいいんじゃない?」

 奥さんが微笑みながら言ってくる。悪気はなさそうだが、全力で首を横に振った。

「いえ、狭いですし、彼も住まいがありますので大丈夫です」

「そう? まあ無理にしろとは言わないけれど……。何かあったら叫んでね。私たちが駆けつけるわ」

 にこにこした表情の奥さんはセシリールの耳に顔を近づけた。

「彼、セシリールちゃんが部屋に行った後、伝え忘れたことがあると言って来たの。わざわざ来るなんて律儀な人だと思わない?」

「はあ……」

「それに暴漢から守ってくれるなんて素敵な人よね。しっかり捕まえておきなさいよ」

 それはあくまでも仕事だから……という言葉は飲み込んだ。彼が護衛ということはまだ話していない。話せば酷く心配される恐れがあるからだ。

 フィックはカウンター席に座って、旦那さんから出された定食を黙々と食べている。時折旦那さんから話しかけられると、愛想よく返していた。セシリールには見せたことのない顔を見て、目を瞬かせてしまった。

「大きな荷物の移動は明日以降にしましょう。手伝うから声をかけてね」

「いえ、そんな風に手を煩わせるようなことは……」

「今は大切な時期でしょう。皆でできることは皆でしましょう」

「……はい、ありがとうございます」

 奥さんや旦那さんには前もってセシリールが発表することは伝えてある。発表準備のために帰りが遅くなったり、帰らない場合もあるからだ。今回は既に窓ガラスを取り換えてもらうという迷惑までもかけている。今後は何とかして、迷惑をかけないようにしなければならないと思った。


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