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第一話 技術屋と護衛(三)

 工房長の部屋から居室に戻る間、俯きがちに歩いていると後ろから声をかけられた。

「背中が曲がっている。そんな姿で披露会に出るつもりか」

 沈んでいるセシリールに対してフィックが鋭い言葉を突き付けてくる。わかっていることを指摘されて、いらっとした。眉間にしわを寄せて振り返る。

「今は人前に出ているわけではありません。私がどんな格好をしてもいいじゃないですか」

「緊張している場では意外と素がでる。今から正しておかないと、当日どうなってもしらないぞ」

「そうですね、ご忠告ありがとうございます!」

 フィックの言葉を叩き切るようにして言い返す。そして大股で廊下を歩いていった。部屋の前につくと、フィックが再び口を開いた。

「俺は基本的には隣の部屋にいる。居室の中であれば他に人がいるだろうから俺が一緒にいる必要はない。建物の外に出る時は必ず声をかけてくれ」

「え、隣の部屋ですか?」

 その部屋は資料などが置かれている物置部屋だ。かつて一人で何かに集中したい、狭いところが好きな人間がいた時もあったらしいが。

「ああ。誰かいるのか?」

「いえ、物置ですから普段は誰もいないです。本を広げたりするための机や椅子はありますが、埃っぽいですよ?」

「適当に空気を入れ替えるさ」

 そう言って彼は小部屋に引っ込んでしまった。工房の中まで一緒に行動するのは控えて欲しいと思っていたため、ある意味では助かった申し出だった。

 居室の取っ手に触れ、息を吐き出してから中に入った。入るなり副工房長の質問責めにあった。なぜ遅れたのか、工房長と何を話していたかなど、根ほり葉ほり質問されていく。戸惑いながらも答えていくと、副工房長に大きな声で復唱された。二人の会話は部屋の中にいる人たちには筒抜け状態となった。

「とにかく大丈夫だったんだな!? 怪我とかないんだな!?」

「大丈夫だと言っているじゃないですか。護衛の人も雇って頂いているのですから、安心してください」

「気を付けろよ、本当に」

「はい。なるべく皆さんにご迷惑をかけないよう振る舞いますし、披露会の準備も進めますので」

「迷惑ってなぁ、セシリール……」

 彼は何か言いたげだったが、一度口を閉じた。そしてセシリールの肩を軽く叩いて前に押し出した。

「技術屋は一人で作業することが多いが、この工房では皆で協力して作りあげている。あまり根詰めるなよ。何かあったらすぐに言え、些細な事でもいい。俺でも誰でもいいから、決して一人で抱え込むな」

「ありがとうございます」

 微笑を浮かべて礼を言い、自分の席に向かった。部屋は横長でセシリールの席は手前右奥にある。机の合間をぬって移動をし、席に辿り着くと左右の机には人の姿はなかった。工房長室で思っていたよりも長い時間を過ごしていたらしく、既に多くの人が作業に移っているようだった。

 この部屋は書類などを作成する場として使われている。始業時と帰宅時には皆来るため、他の人と顔を合わす場でもあった。他の時間帯は別の部屋で作業を行ったり、外出する人が多いため、二十人が在籍しているこの工房でも昼間居室にいる人間はあまりいなかった。

 セシリールは荷物を机の上に置き、椅子に腰掛けた。部屋の中に残っている数名の人たちは、こちらを見ることなく黙々とペンにインクを付けて書きものをしていた。お喋り好きな人がいないからか、とても静かだった。

 息を軽く吐き出してから、机の上にある分厚い本を開く。マナに関して記されている本だ。町から出るときに馴染みの古書店の主人からもらったもので、今でも愛用している。

 マナが発見された歴史からマナを物に込める手法まで、基本から応用まで載っている優れたものだ。息詰まったときは必ずこれを読んでいる。新たに読み返すことで何かが思い浮かぶかもしれないからだ。

 だが今日は脳内に文字が通過していくだけで何も残らなかった。表向きでは大丈夫なように振る舞っているが、朝襲われたことの動揺は未だに残っているようだ。セシリールの過去の行いがきっかけで、今日の事件が起こったという経緯も衝撃的だった。

 これでは何をしても脳はまともに動かないだろう。こういう時は手を動かすのに限ると思い、席を立って部屋を出た。ちょうどフィックも隣から出るときだった。セシリールを見た彼は目を丸くしている。

「どこに行くつもりだ?」

「そんな風に睨んで聞かないでください。作業部屋に移動するだけです。この建物から出るときは必ず声を掛けますよ」

「どんな作業をするんだ?」

 淡々と話をしていたフィックの表情にやや変化が見られた。好奇心を抱いているような表情だ。セシリールは目を瞬かせる。

「粉にマナを込めるんですよ。いつも発注を受けているお店から、新しいのが欲しいとの注文がありましたので。炎の色を段階的に変える粉は、女性の中では密かに人気があるんです」

「そうらしいな。俺も聞いたことがある。……なあ、その粉は炎の色を変える以外に何かできないのか?」

 セシリールは軽く腕を組む。

「私が知っているのは物に粉をかけたり混ぜたりして、マナの効力をつけるというものがあります。家具にマナが含まれていると、お金は張りますが耐久性はいいですからね。ただし結構な量の粉を作る必要がありますので、今の私には難しいです。量を作るのはちょっと苦手でして。既に一般的に使われている技術ですから、新しいとは言えない技術でもありますね」

 小柄な人間の背程度の本棚を例にとると、全体の耐久性を上げるなら大きな樽くらいの量が必要となってくる。セシリールが一日あたりに作成できる量から計算すれば、すべてを作り上げるには何十日もかかることになっていた。

「仮に作れたとしても段階的に物の色を変化させるという事象は、皆に見せるほどではないと思います」

 おそらく綺麗だとは思う。だがそれだけだ。人々を感動させる水準には達せられないだろう。手間暇だけかけた結果としては、あまりにも割が合わない。

 多くない粉であっても、人々をあっと驚かすようなものが閃けば――。

 だが思いつかないものは思いつかない。今は目の前のことをしよう。

 息抜きも兼て作業部屋に移動する。するとフィックも後ろに付いてきた。セシリールは振り返り、目をぱちくりする。

「何か?」

「……マナを粉に込める様子を見てもいいか」

 ぶっきらぼうな口調で聞いてくる。セシリールはきょとんとした。

 彼からの接し方が素っ気なかったため、こちらに関心はないと思っていた。しかし先ほどの質問の返し方といい、今の申し出から総合すると、フィックはこの技術に興味があるのだろうか。

「私のでいいのですか? 世間一般的に使われている手法で、珍しいものではありませんよ」

「別に構わない。ただ単にお前が作業しているところを見たいだけだ」

「そうですか。ではついてきてください」

 そう促すと、彼は大人しく後ろを歩いてきた。

 平均的な男性よりも背が高く、体つきも引き締まっている青年。仕事ぶりを見ても、体を動かすのだけが好きかと思ったが、ただの思いこみなのかもしれない。

 フィックを部屋に案内をすると、ちょうど中にいた人が出てくるときだった。三十過ぎの工房内では数少ない女性と鉢合わせする。

「セシリールじゃない、工房長との話は終わったの?」

「はい、ちょっと注意事項を言われただけです」

「工房長の用心深さは今に始まったことじゃないから、素直に受け止めてあげて。――あら、後ろの人は?」

 女性がフィックのことをじっと見てくる。彼は軽く頭を下げた。

「工房長が雇ってくれた護衛の方です。しばらくこの建物の中でも会うかと思いますので、よろしくお願いします」

 女性は目を丸くしている。

「もしかして貴方……めが――」

「自分は彼女にとってただの護衛です。お気になさらないように」

 フィックは表情を変えずに、きっぱり言う。女性は口を開きかけたが、彼の瞳を見て視線を下げた。

「……護衛さん、ね。頼もしそうな人がついて良かった。彼女、たまに抜けた行動をするから、そこも含めて護ってあげてください」

 フィックはセシリールを一瞥してから頷く。女性はセシリールの横に来て顔を向けた。

「披露会の準備で困ったことがあったら、早めに言いなさいよ。総合部門の方が何かと優先されるけど、若手であっても立派な代表なんだから。たとえ手伝いたくても、貴女の考えが伝わらないとこっちは何もできないのよ? 発表時にマナを扱うのはセシリールだけだから、他の人からどの程度力を借りるか検討するのは面倒だとは思うけど……」

「そうですね。皆さんの力を借りる状況になった時は、すぐにご相談します」

「うん、待っているね」

 彼女が手をひらひら振りながら去っていく。その背中を見つつ作業部屋に入った。


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