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第一話 技術屋と護衛(二)

 マナで溢れる世界にて、各国がそれを使いこなそうと躍起になっている中、ホプリシア国では一歩進んで技術が発展している国だった。そのせいか国内の大きな町では昔よりも人の流入が多くなり、いつも賑わいを見せていた。

 セシリールはホプリシア国出身であるが郊外の出だ。数か月前にここアルーム町に来たばかりで、未だに人の量に慣れなかった。

 工房への出勤が遅れるのは明らかだったため、最短距離の裏道を通るのはやめて表通りを歩いた。目移りする店を横目で見ながら進む。

 フィックは彼自身が言ったとおり、少し距離を空けて歩いていた。人混みの中に入るなり、途端に彼の顔が見えなくなる。とっさに顔を後ろに向けると、すぐに確認できた。視線が合った彼はうるさそうな顔をしている。さっさと行けという意味なのだろう。護衛とその対象でなければ、決して出会わなかった人だとつくづく思った。

 表通りを抜け、人がまばらになってきたところに、明るい色の木で造られた二階建ての建物が見えた。入り口に近づくと‟サンドリア工房”と書かれた看板が見えてくる。そのまま扉まで行き、守衛に挨拶をした。

「おはようございます。セシリール・アスタです」

「アスタさん、おはようございます。後ろの方は……」

 フィックに視線が向けられる。セシリールは彼をちらりと見てから口を開いた。

「トミ工房長と面識がある方です。工房長と話があるようなので、お連れしました」

「そうでしたか、失礼しました。確認のためにそれを証明するようなものはありますか?」

 フィックは表情を変えずに、先ほどセシリールに見せた書面を手渡す。守衛が開き、さっと見る。確認を終えた守衛は、にこにことした表情で返した。

「ありがとうございます。どうぞお入りください」

 建物の中に入ると、始業時を過ぎて間もないのもあり、廊下に人の気配は感じられなかった。大広間を右に曲がって足早にある部屋を目指す。セシリールは肩をすくめながら呟いた。

「工房長、昨日は護衛をつけるなんて一言もいわなかったのに……」

「お前に余計な気を使わせたくなかったんだろう。俺だってお前が直接襲われない限り、出るつもりはなかった」

「え?」

「止まってないで早く行け」

 命令口調に苛立ちつつ進むと、右側に扉が見えてきた。その扉の先にはセシリールたち技術屋の居室がある。その前で扉をノックし、返事を聞いた後に扉を開いた。

 扉の隙間からまず見えたのは、眼鏡をかけた副工房長の中年男性と、彼と話している白髪が目立ち始めた工房長の姿だった。普段は工房長室にいる彼がいて、目を見開いた。

「トミ工房長!?」

 思いっきり扉を開け放つと、トミは目を丸くしてセシリールに顔を向けた。室内にいた二十人程の人間たちも一斉に視線を向けてくる。

「おはよう、セシリール。珍しいな、寝坊でもし――」

 彼の視線が背後にいるフィックに向けられる。途端に眉をひそめた。

「もう何かあったのか」

 それに応えるように青年は頷く。トミは額に手を添えて、溜息を吐いた。

「ただの噂だと思っていたが、本当のようだな」

「工房長、今後彼女をどうするつもりですか?」

 副工房長が心配そうな声をもらす。トミは彼の肩に軽く触れつつ、入り口に歩み寄った。

「なに、こちらも相応の対処をするまでさ。せっかくの若き才能が発揮できる機会を奪われたくない。――セシリール、場所を変えて今回の件に関して話をしよう」

「わかりました……」

 セシリールとフィックを廊下に連れ出したトミは、先に歩きだした。入口近くにある階段から二階へとのぼっていく。

「怪我はないかね?」

「はい。彼のおかげで助かりました」

「それはよかった。まさか初日から仕掛けてくるとは思わなかった」

 トミは階段からすぐ近くにある部屋の鍵を開け、取っ手に触れた。そしてまじまじとセシリールを見てくる。

「自分が狙われた理由はわかっているかい?」

「ええ、薄々は……」

「それなら話は早い。必要なことを話し終わったら、披露会に向けて邁進してくれ」

 そしてトミは扉を押して、二人を部屋に迎え入れた。

 セシリールたちは、机の前にあるソファーに座るようトミに促される。座りごこちのいいソファーに、二人は並んで腰を降ろした。そしてトミが持ってきた一枚の紙を受け取る。

 日付は今日付け、内容はマナに関する技術披露会に関してで、町の工房の人間たちが発表するという、職人ギルドからの通知文だった。別紙に工房の一覧と、若手部門と総合部門の発表者の名が書かれている。若手部門の中にはサンドリア工房代表としてセシリール・アスタの名前が載っていた。

「話が後になってすまない。何かあるならば通知された後だと思い、取り急ぎ今日の朝から彼に護衛を頼むことにした」

 トミは二人の前に座り込んだ。そして両手を組んでセシリールに顔を向ける。

「結論から言おう。セシリールには披露会が終わるまで、彼に一日中護衛についてもらう」

「一日中……!?」

 とっさに声に出してしまった。すぐに口に手を当てて言葉を飲み込む。技術披露会が開催されるまで残り一ヶ月もある。それまでの間、フィックと共に行動をしなければならないのか。

「何か不満でもあるのか? 既に襲われたのだろう。特に工房までの往復は不特定多数の人間と擦れ違うため、危険が伴う」

「その通りだと思います。……フィックさんの強さは目の当たりにしましたので、護衛される側から見れば、とても心強い存在ですし……」

 性格的に合うかどうかは首を傾げざるを得ないが。それも含めてその場で逡巡する。

 彼の言い分を思い出すと、何かあった場合のみ動くと言っていた。つまり何も起こらなければ、彼の方からもこちらからも接触することはない。

 下手に断ったり駄々をこねたりして、波風を立たせたくない。ただでさえセシリールは、サンドリア工房に入ったのに負い目を感じている。自分勝手な発言をして迷惑をかけたくなかった。そして当たり障りのない言葉を出した。

「……一緒に行動できれば安心感を持てる存在です」

「そうか、なら彼に護衛についてもらっても構わないな」

「はい。彼ならお任せできます」

 トミはフィックに顔を向けた。

「では予定通り彼女の護衛を頼む」

「わかりました。嫌がられているようですが、仕事ですので全力でお守りします」

 一言多い! と内心毒づく。口が悪いとはまさにこのことを言っているのだろう。

 トミはフィックの嫌みを聞いても害した様子を見せず、むしろ声を出して笑っていた。

「ははは! まだ出会ったばかりだ、わからない相手を拒みたくなるのも当然だ。セシリール、時間があれば彼と話してみろ。こう見えても彼は――」

「工房長、それは本件とは関係ないでしょう」

 フィックが冷めた目で言葉を遮ってくる。鋭い目つきを横から見て、どきりとした。同時に既視感がした。彼とは初めて会ったはずだが、その横顔が誰かに似ていたのだ。

 トミはソファーに座り直して、フィックに向けて軽く手を振った。

「脱線して悪かった。――さて、話を元に戻そう。なぜセシリールは狙われたと思う?」

「技術披露会でサンドリア工房の若手代表として出るからですよね。この披露会で若手部門であっても最優秀の成績を収めれば、会の出資者から多額の賞金をもらうことができますので……」

 四年に一度開かれる、アルーム町のマナに関する技術披露会。それは工房同士の熾烈な対決の場でもあった。ホプリシア国内でも五本の指に入る規模のアルーム町にて、二十の工房の人間たちがマナに関する新しい技術を披露する日なのだ。

 自然界に漂う元素を凝縮しているマナをどう扱うかは、依然として無限の可能性に溢れている。それをいち早く解明し、日々の暮らしに役立たせることが、ホプリシア国では急務とされていた。そこでアルーム町では新しい技術を披露するという公の場を用意したのである。

 会が開かれた当初は、マナを宿した物を発表する場とされていた。だが最近では宿すだけでなく、それがどう使われるかまでを紹介する場になっていた。日々の生活をより豊かにするものから、大発見と呼ばれるものまで、多種多様な技術が披露されていた。

 もはやただの技術発表ではなく、今後の国の未来を占う、多くの人が期待する場となっていたのである。そのため出資者もかなりの数となり、最優秀の賞金額は工房によっては年間運営費に迫る額となっていた。

 そのような大イベントの一つである若手部門に、過去にある事象を起こしたことで、セシリールが工房の代表として選ばれたのである。

 トミは首を縦に振って、セシリールの言葉に対して相づちを打っていた。

「今年の出資額は近年稀にみる額だ。どの工房も喉から手がでるほど欲しいだろう。特にフェルドル工房は切実に欲しがっているだろうな。事業を広げている最中、金はいくらあっても足りないはずだ」

 フェルドル工房は、アルーム町でも上位の規模を誇る工房だ。サンドリア工房の二倍の人数を抱えており、従来から優れた技術を披露していた。しかし、ずば抜けた技術はもっていないため、それなりの成績は出せても、最優秀賞まで手が届かない順位なのである。

 四年前の技術披露会の若手部門ではフェルドル工房が最有力であった。しかし当日、発表者がうまく事を進められなかったため、他の工房が最優秀賞をとったのである。

「フェルドル工房の資金事情はわかりませんが、今回こそ若手部門はそちらの工房が有力かと思いますよ」

 視線をあげながら言うと、トミがあからさまに肩をすくめていた。

「謙虚なのは悪くないが、今の発言を他の人に言ってみろ。あまりいい顔はされないぞ。――いいか、披露会で要求されるのは、発表するときの度胸とマナを扱いこなす技量だ。セシリールのマナを入れこむ技術は、他の人よりも遙かに優れている。その時点でお前は一歩先を進んでいるんだぞ」

 ここ数年でよく言われていることだが、セシリールには事の凄さが未だにわからなかった。



 * * *



 セシリールは十五歳の時に、とある細かな粒子にマナを込めることに成功した。その粒子は炎に触れると、炎の色を変化させる力を持っていた。

 水のマナを多く含んだものであれば青系統に、日の光を多く含んだものであれば橙から黄色系統に炎の色を変えられたのだ。

 当初は色の種類も少なかったが、マナをかき集めるコツを掴んでからは、多種多様な色に変化させる粉を作ることができた。

 やがて一握りの粉で炎の色を七段階に変化させたものを生まれ育った町の祭りで披露したら、サンドリア工房長のトミの目に留まったのである。その後、彼の誘いを受けて今の工房で働き出した。

 アルーム町は職人の街とも言われるほど、多様な種類の工房が連なっている。職人ギルドの地位も非常に高く、職人であればまずこの町を目指すと言われていた。

 その中でもサンドリア工房は、規模は大きくないが近年名の知られた工房の一つだった。細かな技術には定評があり、それが表に出たのは前回の技術披露会だった。そこで若手部門、総合部門共に上位三番以内に入ったのだ。さらには口コミで評価が広がり、注目の工房となったのである。

 工房に入るためには、自ら弟子入りを志願するのが一般的だ。だがセシリールは工房長から引っ張られたという立場だった。そのため否が応でも周囲から注目せざるを得なかった。

 若手部門の代表として発表してほしいと言われたとき、正直言って断ろうと思っていた。所詮自分は一発屋。粒子にマナを込めることしかできない、技術屋としての強みがあまりない人間だ。そんな人間が四年に一度の大舞台に立てる素質があるとは思えなかった。

 だがトミからの期待と、副工房長から「やってみな」という言葉に抗えず、渋々承諾したのである。



 * * *



「ちなみにセシリール、どんな技術を披露しようと思っている?」

 目の前にいるトミが目を輝かせている。彼は叩き上げでのし上がった根っからの技術屋の工房長だ。

 セシリールは俯き、両手を握り直しながら口を開いた。

「まだ決まっていません……。七色の炎を発する粒子は既に知れ渡っていますから、それ以外のことか、それを応用したものにしたいと思っています」

「残り一ヶ月だが、大丈夫か?」

「……どうにか頑張ります」

 無理矢理笑顔を作って、そう言った。

 名前が載ってしまった以上、やらなければならない。周囲からの圧力を感じながらも、やり遂げねばならない。セシリールはそれらを自分に言い聞かせた。

 会話が一区切りついたところで、ある疑問が思い浮かんだ。

「工房長、総合部門の発表者や他の工房でも護衛はついているのですか?」

「他の工房は知らないが、総合部門の発表者には特に付けていない。工房に寝泊まりしている人間だ、出かける時は一人で行くな、危険な所には踏み込むなと言っているくらいだ」

「どうして私だけ……」

「ある工房で働いている人間の過去に、セシリールの実績が大きく関わっているからだ。それらを考慮した結果、お前は狙われる可能性が高いと思い、護衛を頼んだのさ。そいつが今回の件の犯人とは限らないから、まだ名前は伏せておく」

「私の実績がその人に?」

 自分の実績と言えば、七色に変化する炎を出す粉を作ったくらいだ。

 トミはセシリールの群青色の瞳をじっと見つめていた。

「いいか、よく聞け。新米の技術屋にはいつも言っている内容だ。技術は先に表に出すか出さないかで、その後の技術屋としての立場が大きく変わってくる。いくら優れた技術を生み出しても、それを人々に見せない限り何も変わらない。まずは技術を表に出して、自分がこの技術の第一人者だと強く訴える必要があるのさ」

「第一人者……ですか」

「そうだ。一番人目に晒しやすい場として、アルーム町の技術披露会がある。あの会で披露すれば、町だけでなくホプリシア国全体からも注目を浴びることになるからな。だがそれ以外にも、この町では毎年大小問わず披露できる場がある。もちろん他の町でもその機会はあるだろう」

 それを聞いて、セシリールはどきりとした。かつて生まれ育ったマルドゥーラ町でのとある華々しい祭り。そこで余興の一つとして皆の前で技術を披露したことがあった。それが今回の件と関係あるのだろうか。

「工房長、もしかして一年前のあの時――」

「あの時セシリールはより優れた技術を皆の前で見せただけだ。七色はそうできるものじゃない。たとえ誰かの後だったとしても、その人物の技術はすぐに上書きされていたさ。……まったく今回の件は逆恨みもいいところだ」

 トミは深々と溜息を吐いた。それから彼の視線がフィックにちらりと向けられた。

「仮にセシリールがそういう過去を持っていなくても、護衛はつけたさ。若手は工房の中で大人しくしてくれないからな。――この護衛の青年は本当に頼りになる人間だ。どんな時でも守ってくれるだろうから、安心して披露会に向けて準備してくれ」

「わかりました……」


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