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第一話 技術屋と護衛(一)

「あ、あの、あなたたちは何者ですか?」

 息も絶え絶えになった少女セシリールは、振り返った先にいる全身黒い服を着た二人の男たちに尋ねた。緩く一本の三つ編みで結った亜麻色の髪は乱れており、前髪が汗で額に張り付いていた。男たちは黒い帽子をかぶり、サングラスをかけている。知り合いかどうかはっきり判別するのは難しい。だが男たちの物騒な雰囲気から、ほぼ間違いなく知り合いではないだろう。

 彼らはセシリールの言葉に応えることなく、狭い路地裏でじりじりと詰め寄ってくる。相手に近づかれる度に半歩ずつ下がった。しかし袋小路まで追い詰められていたため、すぐに背中は壁に当たってしまった。眼鏡越しで左右を見たが、抜け道は見当たらない。

 男の一人がポケットからナイフを取り出す。それを見て強ばっていたセシリールの表情が固まった。

「えっと、そ、それで、私のことを……刺すつもり……ですか?」

 肩からかけていた鞄を体の前でぎゅっと抱きしめる。ナイフを持った男は躊躇うことなく大股で歩み寄ってきた。セシリールの額の汗が頬を伝っていく。

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか――。

 大通りを歩いている途中で忘れ物を取りに帰り、工房の始業に間に合わせるために近道をしたのが発端だった。裏通りを小走りで進んでいると、セシリールの通行を妨げるように男たちが現れたのだ。見るからに胡散臭く、危なそうな男たちだったため、とっさに道を変えた。しかし男たちが追ってきたので、彼らを撒くようにして路地裏を走ったのだ。

 そして気が付いた時には、袋小路に来てしまった――いや、追い込まれたのである。

 最初は痴漢か通り魔かと思った。だが二人組という点、そして執拗に追ってくることから、明らかにセシリールを狙ったものだと今更ながら気づいた。

「どうして私を狙うの? 毎日地道に生きているだけの人間なのに、恨まれる覚えなんてない! ……たぶん」

 最後は声を小さくした。生まれ育った町では、ある出来事をきっかけに一躍時の人となった。しかしそれ以外は目立たずに生きてきたはずだ。

 ナイフを持った男はセシリールの言葉にまったく耳を傾けず、右斜め前まで寄っていた。非常に鋭利なナイフが太陽の光を反射している。それを真っ直ぐ向けられると、刺されると覚悟し、鞄で顔を覆い、目を瞑った。

 だが次の瞬間、くぐもった声と、ナイフと重い何かが地面に落ちる音がした。

「何者だ!?」

 初めて聞く男の一人の声は焦った様子だった。セシリールは目を開け、鞄を顔の前から退ける。そして目の前に広がる光景を見て、目を見開いた。

 さっきまで襲おうとしていた男が、ナイフを手放して地面の上で俯せになっている。もう一人の男はナイフを取り出して、セシリールに背を向けていた。彼が見据える先には、先ほどまでいなかったベストを着た青年が立っていた。男にしては長い焦げ茶色の髪を首もとで結っている。彼はナイフを持って立っている男を睨み付けていた。

「逆に問おう。お前たちは何者だ」

 やや渋みがある、はっきりとした声だ。彼はベストの襟元を持って、軽く整え直していた。

「こっちが先に聞いているんだ、答えろ!」

 男がナイフの先端を青年に向けて突っ込んでくる。

 青年の胸元にナイフが吸い込まれる寸前、彼は横にそれた。ナイフを持った男の腕が青年の横を通過していく。青年はその腕を握りながら男を足払いして、地面に叩きつけた。流れるようにして男を拘束し、関節技を決めていく。男の苦しそうな声が漏れ出た。

「この、こいつ……!」

「はい、もしくは、いいえで答えられる質問に切り替える。お前らはセシリール・アスタを襲うよう指示された雇われ者だな」

 男は歯を食いしばったまま答えない。青年はさらにきつく捻りあげる。たまらず男は手で地面を叩いた。

「答えろ」

「……はい……」

「二つ目の質問だ。お前らは他の工房から雇われたのか? こいつと同じ土俵に立つ、他の工房の関係者からとか」

 男の動きが固まった。セシリールは思わず言葉を漏らした。

「まさか……」

 笑い飛ばすことができない。今のセシリールの立場であれば、その者たちから狙われるのはあり得る話だからだ。

 セシリールが顔を強張らせた状態で黙っていると、青年が軽くこちらを一瞥した。

「……彼女に聞かせるのはここまででいいだろう。あとは詰所でじっくり聞く」

 青年は男の鳩尾に拳を入れて気を失わせ、縄を取り出して拘束し始めた。慣れた手つきで四肢を縛っていく。それを終えると、先に倒されていた男も手際よく縛っていった。

 セシリールはそれを見つつ、壁に背中を付けながらずるずるとその場に座り込んだ。助かったという安堵感と、狙われたという恐怖感が同時に襲ってくる。やがて恐怖の方が上回り、手が震えはじめた。

 青年は作業を終え、セシリールのすぐ傍にまで寄ってきた。彼と視線があうと、軽く頭を下げた。

「あ、あの、ありがとうございます……」

「護衛の依頼を遂行したまでだ。応援を呼んだらお前を工房に連れて行く。それまでにその重たい腰をあげていろ」

「依頼って誰がしたんですか? あ、貴方のお名前は?」

 ポケットから小瓶と手のひらに乗るくらいの大きさの石を取り出していた青年は、うるさそうな目で見返してきた。ベストの内ポケットから書面を一通取り出す。見せつけられた紙には、知っている名前が書かれていた。

「依頼者はトミ工房長だ。……初めましてだな。俺の名前はフィック・サーベン。今から事を起こすから、少し黙っていてくれないか」

「すみません……」

 質問をしただけだが、なぜか叱られたような気分になる。とりあえず彼は工房長から依頼された人間であり、セシリールの味方ということはわかった。

 フィックは視線を手元にある半球状の石に戻す。それに小瓶に入っている粉を降り注いだ。灰色だった石が粉に触れた途端、黄色に変化する。

「マナが込められた粉……?」

 壁に手を添えながら、セシリールは立ち上がる。彼が石に太陽の光を浴びさせると、より輝いた。

「それは連――」

 声をかけようとして途中で止めた。青年が睨んできたのもあるが、彼の周囲に漂う気配が異質なものに変化したからだ。

 色が変化した石は、おそらく連絡石と呼ばれるものだ。マナと呼ばれる自然界に漂う元素を凝集したものを石に込め、その石を二つに割る。そうすると二つの石は繋がりを持つことができ、離れた場所でも同じような反応をするのだ。

 振りかけた粉もマナをたくさん含んでいたため、呼応するかのように簡単に石の色が変化した。おそらく繋がりを持っているもう片方の石も、同じような色の変化が起きているだろう。

 二つの石が近づくと色や明るさが変化してくるため、その変化を見極めながら石同士が巡り合う仕組みとなっていた。

 理論では知っていたが、実際に見るのは初めてだったた。そのため思わずフィックに近づいて石をじっくり見ていた。セシリールに気づいた彼はうろんげな目で見下ろしてくる。

「お前、本当に技術屋なのか? これくらい珍しくも何ともない。よくやることだぞ」

「そうなんですか? 今まで使う機会なんてなかったので……」

「そうか、お前の田舎はこういう知識も広まっていなかったのか」

「い……!」

 鼻で笑われながら言われる。セシリールは両手を握りしめた。

「田舎じゃないです! この技術、せいぜい旅人くらいしか使わないですよ!」

「旅をしている人間以外にも、少し人と離れて行動するときにはよく使われているものだ。これだから田舎上がりの無知な人間は……」

 わざとらしく溜息を吐かれる。その姿を見てさらにむっとした。言い返そうとすると、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。やがて路地の先から一人の女性が男性二人後ろに連れて現れた。

 肩に触れない長さの紺色の髪の女性は、セシリールを見た後にフィックに近寄る。

「お早いお出ましだな」

「近隣を歩いていたのよ。追っ手は二人?」

「これ以外にあと二人いる。あっちの角に転がしているから、回収しておいてくれ」

 彼は右の角を指でさしている。男が一人そちらに向かった。

「今回は特に容赦がないのね……。ほぼ一発で仕留めるなんて、さすがね」

「先方の動きが早いから形振り構えなかっただけだ」

「私もまさか朝から動かれるとは思っていなかった」

 腕を組んだ彼女は肩をすくめる。そしてセシリールに視線を移動してきた。

「怪我はない?」

「あ、はい、大丈夫です」

「なら彼と一緒に工房に行って。そこで詳しい話が聞けると思う」

「彼と……ですか」

 ちらりと見たフィックは伸びている男たちを片付けるのを手伝っていた。

 ぱっと見だが、彼はとても強く、一緒にいて心強い存在だと思う。だが話をしてわかったが、あまり反りは合わない。そんな人と一緒に行動するのは気が進まなかった。

「もしかして私たちが来る前に、もう言い合っていた? あれでも悪気はないから……。とりあえずここは私たちに任せて早く行きなさい。工房長も心配するでしょう?」

「その通りですね……」

 今すべきなのはフィックに依頼をした工房長から事の詳細を聞くことである。鞄をかけ直していると、彼が近づいてきた。思わず身構える。

「先に歩いていけ。すぐに駆け寄れる範囲で後ろに着く」

「わかりました。よろしくお願いします」

 そしてセシリールは女性たちに軽く頭を下げてから、その場から立ち去った。



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