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エピローグ 必然が起こした奇跡

 心地よい風が吹いている。昨日雨だったのが嘘のように、太陽は燦々と輝いていた。

 結っていない亜麻色の髪をなびかせながら、花束を抱えてセシリールは建物の扉を潜った。向かうは三階の奥にある個室。意気揚々と進み部屋に入ると、焦げ茶色の長い髪の少女がちょうどクッキーを頬張っている時だった。

「あ、セシリール!」

 ドアを閉めながら、呼ばれた少女は溜息を吐いた。

「ちょっとコルナ、またお医者さんたちに隠れてお菓子を食べているの? 食欲があるのはいいことだけど、加減を考えてよね」

 ベッドの傍に行くと、彼女の布団の中からクッキーがたくさん入った袋が見えた。これを買い与えた兄も兄だと思いながら、花瓶に花を追加した。するとクッキーを一枚差し出された。

「この店、セシリールが兄さんに教えたんでしょう? お菓子を大量に買えるお店。味も美味しいし、気に入ったみたい」

「……まったく、あの人は……」

 溜息を吐きつつ、クッキーを受け取って食べる。チョコチップが含まれており、甘く美味しかった。彼女や兄さんが気にいるのもよくわかった。

 セシリールはぼんやりと目の前で美味しそうに食べている少女を眺める。

 技術披露会が終わり早一週間が経過した。

 あの日に目覚めたコルナ・サーベンは、少しずつ体力を取り戻しつつあった。



 * * *



 技術披露会の若手の部では、セシリールが最後まで観客の気を引き付けて終わることができた。割れんばかりの拍手がひたすらに鳴り響いていた。

 壇上から降り、結果発表がでるまでに、セシリールはフィックと共にイルマと合流した。

 観客席の後ろにある死角に行くと、彼女は仲間と共に縄で拘束した男を取り囲んでいた。男はセシリールを見て睨みをきかせてきたが、フィックがそれを遮り、逆に睨み返した。

「お疲れ、セシリール。遠目からだったけど、見事だったよ」

「色々な幸運に助けられながらもどうにか終われました。イルマさん、この人が……」

「マナ生物や魔物を操っていた、フェルドル工房の出納を担当している男。現行犯で捕まえたから、これで確実に檻に入ってもらえる。出納のことは置いても、魔物を私的に扱うのは違法だからね」

 提案した作戦通りに事が進み、セシリールはほっと胸をなで下ろした。

「ありがとうございます、皆さん。約束通り捕まえていただき」

「礼を言うのはこっち。今回の功労賞は体を張ってこいつを炙り出してくれた、セシリール。危険すぎる作戦だったけど、おかげで助かった」

 フィックが診療所で休んでいるときに提案した作戦は、セシリールが囮となることで男にマナ生物を操らせ、その間にイルマたちが男を捕まえるというものだった。

 男の目的はセシリールに賞を取らせないこと。開催までに怪我をさせて、舞台に立たせないのがもっとも確実だが、仮に披露時に大失敗すれば結果として賞を取れないのは明白だった。

 そんな中でセシリールの発表題目である『マナ生物の浄化』というのを、マナ生物や魔物を操るのを得意としている男が聞けば、当日マナ生物を乱入させてくると踏んだのだ。マナ生物がセシリールのことを襲えば、たとえかすり傷であっても浄化などできないと証明でき、駄目な技術だということを観客に見せつけられる。それはリスクよりも見返りの方が上回っていた。

 こちらの予想通り、予定外のマナ生物と魔物が五匹出てきた。一匹一匹綱渡り状態で、フィックの援護もありつつ浄化していった。最後の魔物はなかなか浄化できず、ここまでかと思われたが、予想外の助けにより浄化しきれたのである。

「セシリールが慌てずにマナ生物を浄化していくものだから、この男も焦ったんでしょうね。私たちが傍に寄るまで次のマナ生物を送り出そうと必死だった。おかげであっさりと捕まえられた」

 イルマが右手を腰につけて表情を緩ます。セシリールもつられて微笑んだが、後ろにいた青年だけが腕を組んで眉をひそめていた。

「……まったく無謀すぎる。お前馬鹿だろう?」

 セシリールはむっとした表情で振り返る。呆れかえった青年が立っていた。

「綱渡りすぎる。結果としては成功したが、失敗したら自分だけでなく、工房の信用も落ちていたぞ? 工房長たちは詳細な作戦を知らないんだろう。いったいどんな気持ちであの場面を見ていたんだろうな。さぞ肝を冷やしていただろうな?」

「それは……」

 事実を言われてしまい、反論の言葉が出てこなかった。

 セシリールは自分自身がよかれと思い、マナ生物たちに立ち向かっていた。だが知らない人から見れば、力を持たない少女に凶悪な生物が迫っている、震えあがる光景にも見えただろう。それに気づき、急に申し訳なさでいっぱいになる。

 視線が下がっていると、フィックがぐしゃりとセシリールの頭を掴んだ。

「まあもしものことを考えて、俺を傍にいさせたんだろう?」

 口元ににやりと笑みを浮かべて、自信満々に青年は発言する。

 セシリールは胸の奥が熱くなる気がした。そして微笑みながら頷いた。



 奇跡とも言われることが起きたのは、セシリールが会場を後にする時だった。フィックの知り合いの人間が息も切れ切れになりながら走ってきたのである。

「おいおい、どうした?」

「今すぐ病院に行ってくれ!」

 フィックの表情が固まる。セシリールの脳裏に最悪の展開が思い浮かぶ。

 だが男は首を横に振っていた。

「目が覚めたんだ、コルナが!」

 すぐさまフィックは周囲に目もくれずに走っていった。セシリールも必死に追いかけたがすぐに距離が付いてしまった。フィックだけを先に行かして、呼びに来た男と向かった。

 コルナが眠っている部屋に着くと、医者や看護師が慌ただしく出入りしていた。セシリールは状況を見計らって中に入り込む。全開になったカーテンの部屋の中はランプの光りで包まれていた。

 フィックがコルナの手を握りしめながら声をかけている。隣では彼らの母親が口元を両手で覆いながら、涙目で見つめていた。

「コルナ、俺が分るか!?」

 少女はゆっくり顔を動かし、青年に向ける。口をもごもごと動かし、声を絞り出した。

「……にい……さん? おかあ……さん……?」

 フィックはそれを聞き、コルナを抱きしめた。母親は手で顔を埋めて、その場でわっと泣き出す。医者に離れるよう言われるまで、彼はいつまでも妹の温もりに浸っていた。

 彼がコルナを離し、再び横たわらせる。医者たちは彼女に触れて、状態を体の節々から確認していった。

「あたし、どうしたの……?」

「マナ中毒で一年以上眠っていたんだ。もう目覚めないかと思った……」

「うそ……」

「本当だ。俺が護れなかったばかりに。本当に目が覚めて良かった……!」

 フィックはコルナの手を再び握る。その一部始終を壁に沿って立っていたセシリールは、ほっとした顔つきで眺めていた。少女の視線がふとした拍子でこちらに向けられるなり、目を丸くされた。

「そこにいるのは……」

 フィックが振り返り、軽く頷かれる。セシリールはゆっくり彼女に近づいた。

「久しぶり、コルナ」

「セシリール……? どうしてここに」

「今はこの町で働いているの。詳しい話はまた後でする。……よかった、目が覚めて。変な風に作用するとかなくて」

 その言葉を出すと、フィックに肩を持たれた。

「どういう意味だ?」

 セシリールはカーテンが閉じられていない、窓に視線を向けた。

「今晩はカーテンを開けておいてくださいって、お願いしたんです。……マナ中毒を解消するためには、マナを浄化することが一番です。ですがマナ生物や魔物相手に使っている物質を直接使うと、人間には影響が強すぎて逆に体を狂わせてしまうので推奨されていません」

 だが見せるだけならどうだろう。感じるだけなら、濃度の低い範囲で影響を与えられるのではないだろうか。

「そこで今回、私は浄化の意味を込めた華を空に飛ばしました。それをコルナの体に見させることで、何らかの影響を与えられるのではないかと思ったのです」

 セシリールは深々とサーベン家に向けて、頭を下げた。

「何も相談せず、申し訳ありません。窓越しである、そして威力的にも強くないと踏まえて実行しましたが、万が一の時はどう説明したら……!」

「……万が一が起きないよう、中毒を緩和させる石を増やして置いたんだろう。顔をあげてくれ」

 フィックに促されて顔をあげると、彼はベッドの四方に括り付けられている石を見渡していた。

「四方に展開させることでコルナの全身の浄化が進むようになる。さらに外からの影響も護ることができる。それぞれが同じぐらいの量になるよう、マナを込めた粉を調整したのはお前だろ。バランスが崩れれば、この作用は充分な効果が期待できない」

「……気付かれましたか」

「何となく雰囲気でわかるんだよ。……ったく、忙しい時期に何やっているんだ」

「好きでやったことですので、気にしないでください」

 四つが均等になるように調整するのは、注意を払う箇所も増えるため大変だ。だがそれよりもやらねばならないという想いが勝っていたため、まったく苦にならなかった。

「セシリール」

 フィックの両手がセシリールの手に伸ばされる。彼にされるがままに両手を握らせた。そして彼は深々と頭を下げた。

「ありがとう」



 その後、セシリールは見事に若手部門で最優秀賞を得ることができた。総合部門でもまずまずの成績で、工房で新しい技術を生み出すには潤沢な資金が手に入った。

 フェルドル工房の発表も素晴らしいもので、あの男の介入がなくともそれなりの賞金を手に入れることができていた。己が所属している工房の力を信じずに裏で手を引いていた男を見ると、哀れにも思えるほどだった。



 * * *



「やっぱりセシリールはすごいよね。初めて会った時、あ、この子、できるなって思った」

「そうだったの?」

 丸椅子に腰をかけて、セシリールはコルナを見返す。彼女はにやりと笑みを浮かべた。

「ちょっとした直感よ。昔からそれはいい方に働くの。本当にたまに失敗するけどね……。理論詰めてやりつつ、恐れを抱きながらも最後は思い切って行動するのが、技術者としては必要な要素だと思うんだ」

「そういうものなのかな……? とにかくコルナが無事に目が覚めてよかった。元気になったら、工房に戻るんでしょう?」

「もちろん。戻ったら、セシリールに負けないくらいの技術を生みだすからね」

「期待している」

 互いに笑い合いながら、穏やかな時間を過ごした。



 病院の外に出ようとすると、ちょうどフィックと擦れ違う時だった。彼と視線が合うと、ちょっと話をしないかと言われて、庭先にあるベンチに案内された。今日の差し入れは甘くて赤い林檎らしい。毎日に近い勢いで持ってこられたら、食べるに食べきれないのではないだろうかと、ふと思った。

「コルナは元気だったか」

「元気ですよ。今すぐに会いに行けばいいじゃないですか。大好きな妹を」

「だ、大好きって、ちげぇよ!」

 顔を真っ赤にされて否定されても説得力が皆無ですが、と言いかけてやめた。護れなかったと思った妹が目覚めて心底嬉しいのだろう。

「あの今更な感じの質問をしてもいいですか」

「なんだ」

「私の発表、どうでしたか?」

 視線を地面に向けたまま、ぽつりと尋ねてみる。フィックは少しの間の後、頭をがりがりかいた。

「……すごく良かった。綺麗だった」

「本当にそう思っています?」

 顔をあげると、額を指で突かれた。

「ここで嘘を言ってどうする。本当だよ」

 風が吹き抜けながら、フィックは視線を逸らした。まだ大好きな妹発言が響いているのか、顔が赤かった。

「……またマナ生物に会いに行ったり、マナを集める旅に行くときは付き合ってやる」

「おいくらですか?」

「タダに決まっているだろ! 揚げ足をとるような発言するな!」

 言葉を吐き捨てると、フィックはすっと立ち上がった。そしてベンチから離れて、ちらりと横顔を向けてきた。

「気を付けて帰れよ」

「お気遣い、ありがとうございます。――フィックさん」

「何だ?」

 セシリールは流れ出るままに口を開いた。

「フィックさんに出会えて良かったです。これからもよろしくお願いします!」

 笑顔で言うと、彼は適当に相槌を打ち、耳まで赤くして、さっさと立ち去っていった。

 心地よい風が吹いていく。セシリールは耳に髪をかけながら、空に目を向けた。

 今日は晴れ晴れしいくらいの快晴だ。たまにはこういう風にゆっくりと空を見る時間があってもいいかもしれない。


 どこかでドゥルンガの鳴き声が聞こえてくる。

 優しく包み込むような声は、耳に入った人の幸福も願っているようだった。



 了





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