第四話 空に鮮やかな華を(二)
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披露会当日、セシリールは着替えを終えると鏡の前に立った。真新しい綺麗着に身を包んだ、いつもより大人びた少女がいる。華やかな服を着ろと先輩方からは言われたが、発表内容に合わせて色は抑えさせてもらった。
顔がやや強ばっていたので、無理矢理口角をあげる。それで多少なりとも気持ちが楽になった。
髪は綺麗に三つ編みをし、耳脇にはフィックからもらった髪飾りをつけている。髪型や服装などを最終確認してから、いつもかけている眼鏡を外した。それを箱の中にしまい、荷物と一緒にカバンに放り込んだ。そして荷物を持って部屋のドアを押す。
ドアのすぐ横には黒色のスーツを着こなしている女性が腕を組んで立っていた。彼女はセシリールを見て、腕を下ろした。
「眼鏡かけなくていいの?」
「すみません、あれはほとんど度が入っていない伊達眼鏡なんです」
「え?」
「一時期、生まれた町で注目を集めた時がありまして、少しでも顔を隠すために眼鏡をかけていたんです。気が付いたら癖になってしまい……」
「それならどうして今日は外しているの?」
「眼鏡で誤魔化すのはやめようかなって思ったからです。それに眼鏡がない方が全体を見渡しやすいので」
部屋では外してはいたが、外で眼鏡をかけないのは久しぶりだった。解放された目は当初驚いていたが、徐々に受け入れるかのようにして慣れてくる。
「では行きましょう、イルマさん」
セシリールはにっこり微笑んでから、彼女と一緒に歩き出した。
ざわめく大通りを歩きながら工房に向かい、そこで皆と合流してから会場に赴いた。
四年に一度開かれる技術披露会。町民だけでなく、他の町の住民たちも足を踏み入れているため、普段では見かけない量の人が歩いていた。通り魔でもされては困ると言うことで、イルマがぴったりとセシリールに付いていた。
会は二日間の工程で行われる。今日は昼過ぎから夜まで若手部門の技術披露会、明日は一日かけて研究所ごとの総合部門の披露会が行われる。
会場は町の中心街から少し外れたところにある広場。椅子がずらりと並べられており、そこには既に人々が埋め尽くし始めていた。
壇上の脇にある関係者控え室の仮設小屋近くに行くと、先に来ていたトミが大きく手を振っていた。彼の後ろには男性が三人立っている。
「トミ工房長、お待たせしました。細かい手配を頼んでしまい、すみません」
「いや、これくらいどうってこない。結論から言うと、集められたのは三匹だ。犬と兎、あと少し大きめの鳥だ。どれも瞳の色は赤いが、今は落ち着かせているからすぐに人を襲うようなことはない」
「犬と兎、そして鳥ですか、ありがとうございます。小型の生き物と見ていいですよね?」
「そうなる」
「わかりました」
セシリールは振り返り、一緒に来た工房の人々に向かって頭を下げた。
「今日まで色々と本当にありがとうございました! あとは……頑張ります」
震えを隠すのかのように、手を握りしめる。そんなセシリールの肩をトミは軽く叩いた。
「こちらも勉強になった日々だったよ。自信を持って壇上にあがりなさい。どんな結果でも過ごした時は変わらない。自分の思いを会場にいる人に伝えてきなさい」
「はい!」
元気に返事をし、再び頭を下げると、皆から次々と声をかけられた。
頑張れよ。しっかり声を出せよ。自信を持っていいよ。どうせみんな緊張しているんだ、その緊張を楽しんでこい、など様々だった。
言葉をかわしている内に、開会まで残り僅かだという声が聞こえてくる。それを聞いた一同は最後に声をかけてから、それぞれの席に向かっていった。
ここからはセシリール一人だけの戦いになる。助けはもう誰にも借りられない。
胸元で軽く拳を作っていると、横から帯剣をしている焦げ茶色の髪の青年が歩いてくるのに気が付いた。普通に歩いているが、服の間からは包帯が垣間見える。近づいてきた彼に対し、イルマはセシリールの一歩前に出て、青年と視線をかわした。
「私は所定の場所に移動する。あとは任せた」
「ああ。こいつには指一本触れさせない」
「そっちまで被害がこないよう、こっちも立ち回る」
そしてイルマの視線がセシリールに向けられた。
「いい、くれぐれも無理しないこと。こっちも貴女が無理だと判断したら、すぐに駆除に回る。結果として発表の場を壊すことになるけど、それで構わないのよね?」
「はい、私の発表は二の次で構いません。それは工房長とも相談済みです。私の独りよがりの考えのせいで、他の人に迷惑をかけたくありませんから」
「よろしい。じゃあね二人とも、また後で」
手を軽く振ってから、イルマは踵を返してその場から去っていった。
その背中を見届けていると、フィックが頭をかきながら見下ろしてきた。
「その髪飾り、なんか……ありがとな。似合っているし、コルナも喜ぶと思う」
「そう言っていただけると嬉しいです。これをつけていると、コルナと一緒にいるような気がしてくるんです。きっと壇上でも頑張りきれると思います」
「そうか。……ペンダントは魔除けも含んでいるから、そのままかけてくれると有り難い」
「ええ、もちろん。アクセサリーとしても可愛いですし、この髪飾りとあいそうだなと思って、かけさせてもらっています。……あの、さっきからどうして視線を合わせてくれないのですか?」
眉をひそめて見上げると、彼は逸らしていた視線をちらりと向けてきた。仄かに頬が赤みを帯びているような気がした。
「……眼鏡かけていないのか」
「あれは伊達ですよ」
「そういや昔もかけていなかったな」
「コルナと一緒にいたときですか? 眼鏡をかけだしたのはあの後ですね、マナを込めた粉を作れると町中に広まってから。……四年前のことをよく覚えていますね」
セシリールがフィックのことをぼんやり覚えていたのは、マナ生物との初めての遭遇という、衝撃的な事件があったからだ。いつもマナ生物を浄化している彼からしてみれば、ありふれた日常の一コマだと思うが。
「……コルナも一緒だったから、たまたま覚えていたんだよ。そんなの別にいいだろう!」
「ええ、どうしてこの状況下で怒るんですか。私、何か変なことを言いましたか!?」
腑に落ちなかったため言い返す。フィックは舌打ちをして背を向けた。
「今は披露会に集中しろ! ……披露中はずっと脇にいるから、何かあったら叫べ」
「逆に私が呼ぶまで出てこないでくださいね」
「それは無理な注文だな。危害が加わると思ったら、すぐに出て行く」
「……明らかに他の人に被害が加わりそうでしたら、出てきても構いませんが、私の身に関することであれば、ぎりぎりまで何もしないでください。私の大舞台です、台無しにされては困ります」
フィックが背中越しから見てきたので、不敵な笑みを浮かべた。彼はむっとした表情をして、顔を前に向ける。
「せいぜい頑張れよ」
「フィックさんも無理しないでくださいね」
彼が離れるのを見届けると、もうまもなく開会をするという声が周囲に響く。セシリールと同じく披露者である若者たちは、エントリーを済ませると会場に並べられている控え椅子に向かって歩いた。
四年に一度の技術披露会が始まる。若手にとっては、おそらく初めての大舞台。
そしてセシリールたちにとっては過去を断ち切り、未来を開けるかもしれない舞台。
(逃げも隠れもせず、受けてたつ……!)
拳を強く握りしめ、空を仰いだ。
若手部門は二十人が発表予定で、五人ずつ発表した後に、休憩が入るようになっている。その休みの間に、発表する五人は一時的に控室に移動し、それから順々に司会に呼ばれるような仕組みだった。
抽選と本人の希望の結果、セシリールは最後に発表することになった。先を希望する人が多いので、希望はすんなりと通った。他者と被る前に発表を終わらせたい人が多いようだ。
仮設小屋に移動するまでは会場内にある椅子に座って、すぐ近くで発表を眺めていた。どれも刺激的で面白いものばかりだ。小さな鉢植えで育てている芽を大きくしようとしたり、人が入りそうな大きな箱の色を次々と変えたりと、セシリールができないことを他の工房の人たちは行っていた。
若手部門は自分が突出している技術を披露する傾向がある。そのため単純なものが多かった。時に失敗することもあるが、その伸びしろに対して観客たちはむしろ楽しんでいた。総合部門になると複合的な内容になるため、鑑賞の仕方がまた違うようだ。
三回目の休憩時に、セシリールたちは控え室に移動した。そこには窓がついているため、窓から引き続き他人の発表を見ることも可能である。だが多くの人間は原稿を読み返したり、思いを巡らしたりしていた。
セシリールはぼんやりと椅子に座って外を眺めていた。するとにたにたした顔つきの少年が寄ってきた。身なりの良さそうな服の彼の名札には『フェルドル工房』の文字が書かれている。
「君さ、昔、マルドゥーラ町でマナを込めた粉を使って、七色に変わる炎を作りだした人だよね?」
部屋の中にいた人たちの視線が無言のうちに向かれる。セシリールは毅然とした態度で答える。
「その言い方だけでは私かは判断できかねますが、もしかしたらそうかもしれませんね」
「今回もそれを使って何かするの? 芸がないね。しかも題目はマナ生物の浄化? そんなこと既にできている事じゃないか!」
フィックだけでなくマナ生物狩りの人間は、たいてい浄化できる粉や物などを持っている。彼のいうとおり、確立されつつある技術だ。
「いくら技術力に幅がないとはいえ、数年前のことを掘り返されてもねぇ……」
言われたセシリールは軽く肩をすくめる。すると少年の眉間にしわが寄った。視線を彼からそっと逸らす。
「貴方の題目は踊る人形ですか。面白そうな内容ですね。是非とも楽しみにしています」
「僕の後に発表することをせいぜい後悔することだな」
少年はぷいっと踵を返し、座っていた椅子に戻った。
この町でもセシリールの所業を知っている人は、それなりにいるらしい。
過去の大きすぎる事例が重荷になってくる。だがそれを越えなければ技術屋としては一発屋で終わる。自分と周囲で応援してくれる人のためにも、なんとしても乗り越えたかった。
太陽が徐々に落ちていき、夕焼けがうっすらと見えてくる。披露会も終盤だ。人々のさざめくような拍手が再び鳴り響いていた。部屋の中にいるのはセシリールとフェルドル工房の少年のみ。やがて彼も呼ばれると控え室からさっさと出ていった。
静寂が部屋の中に漂う。ぼんやり発表用の原稿を眺めていたが、今までに聞いたことのない大きな拍手音を聞き、飛び上がった。
視線を窓に向けると、あの少年がいくつかある人形に粉をまき、その直後に人形が自力で次々と起きあがっている時だった。
純度の高いマナを人形にかけることで人の手を加えずに動かす、いわゆる憑依という技術だ。そのマナを作りだすには、通常の方法でかき集めたマナをさらに精製する必要がある。精製というのは、最終的にはきめ細やかな粉を作ることで、それにはかなりの技術力が必要とされた。あれを彼が主体的に作ったのならば、間違いなく非常に優れた技術屋である。
彼はその粉を使って立ち上がらせた人形たちを歩かせ始めていた。
「すごいな……」
思わず言葉を零してしまう。セシリールも何度か精製に挑戦したことはあるが、すべて失敗だった。マナを取り込んだ粉に再び意識を集中させて、不純物だけ弾くよう念じる。そうすると不純物が次々と外に弾き出ていくのだ。だがたいていの人は集中力を切らしてしまい、結果として微小な塵を逆に取り込んでしまうのである。
精製に失敗した後は、質も意識して作業しなさいと、トミに散々言われたものだった。
少年の披露が終わると、盛大な拍手が鳴り響く。それにかき消されそうになったが、ドアが開かれたのを気配で察した。案内人が顔を覗かしている。
「セシリール・アスタさん、準備をお願いします」
「わかりました」
胸に添えられているペンダントに軽く触れてから、カバンを持った。そして案内人の背中を見つつ、胸を張って小屋から出た。




