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第四話 空に鮮やかな華を(一)

「トミ工房長、少しいいですか? あと皆さんにも聞いてほしいことがあります」

 セシリールは工房の居室を見渡しながら、口を大きく開いた。工房長室ではなく居室に顔を出していたトミは、持っていたペンを机の上に置いた。

 部屋の中にいる人々は皆、セシリールに視線を向けてくる。不思議そうな表情で見ている人が大半だった。その視線を全身で受けると、手が汗ばんできた。ごくりと唾を飲みこみ、手を軽く服で拭った。

「――技術披露会のことで相談があります」

「ほう、何だね?」

 さあ、ここからだ。いかにうまく説明をして、皆の力を借りられるかにかかっている。まずは結論からだ。

「今度の披露会で大規模なことをしたいと思っています。色々と検討したのですが、私だけでは到底間に合いません。もし時間があれば皆様の力を貸していただけませんか?」

 姿勢を正して、はっきりと物事を言った。さらに厳しく突き刺さる視線に耐え、うるさい心臓の音を聞きながら返答を待つ。

 若手部門であっても他の工房では同僚の力を借りて、制作していると聞いている。主に助言、そして軽微な技術的なことは手伝ってもいいと要綱に書かれていた。

 とはいえ当日壇上に立つのは代表一人だ。マナの力を直接引き出すのも、厳しい質問の受け答えも一人でやらなければならない。先輩からの力を借りて背伸びした技術を披露しようとすれば、マナはまともに反応せず失敗するだろう。

 そのため必然的に自分が行える範囲のものしかできなくなる。それらを踏まえた上で、力を貸してもらうよう申し出たのだ。

 トミは部屋全体を見渡した後に表情を崩した。

「やっと言ってくれたか。若手部門とはいえ工房の代表だ。是非とも力を貸そう」

 あっさりと承諾されて、セシリールは目を丸くした。

「いいんですか? まだ何をするか言っていないんですよ」

「その自信を持った顔つきで言われたのなら、どんなことでもするさ。なあ、みんな?」

 言葉を振ると、皆口々に返事をした。その光景を見てセシリールの胸が熱くなる。今まで気を張っていたのが、馬鹿らしく思えそうだった。

「さて、私たちは何をすればいい。セシリールは何をしたいんだ?」

 手をぎゅっと握りしめ、部屋全体に聞こえるように周囲を見渡した。

「空に華を浮かばせたいと思います。そして記録よりも記憶に残る日にさせます」


 * * *


 技術披露会まであと三日と迫った日に、セシリールはイルマと喫茶店でお茶をしていた。たまには気分転換を兼てゆっくり話をしたいと言われたのである。それを受けたセシリールは密かに愛用している喫茶店に彼女を連れていった。護衛者がフィックであれば、絶対に来ない場所である。

 イルマはカップに淹れられた紅茶を口にすると、目をしばたたかせた。

「いい香りのする茶葉を使っているのね。こんな店、知らなかった」

「大通りから少し離れている小さな店ですから、知らない人は多いと思います。イルマさんが快諾してくれて良かったです」

「あの発表以来追っ手の気配がなくなったから、大丈夫だと思ったのよ」

 カップを皿の上に置き、イルマは手を組んだ上に顎を乗せて、セシリールを見てきた。

「寝てないんじゃない? あと食べている? 少しやつれて見える」

「え、本当ですか?」

 思わず横にある窓に目を向けた。全体的に顔がほっそりしたように見えた。

「技術屋って、没頭するととことん自分のことを省みなくなるのよね。頑張るのもいいけど、そろそろ当日を考えて体調を整えなさい。……そうだ、フィックは披露会の日、会場に来られるそうよ。包帯は巻いているけど、激しく動かなければ問題ないって」

「そうですか、順調に治っているようで良かったです」

「時間があるのなら会いに行けば? あいつも喜ぶと思うけど」

「いえ、遠慮しておきます。そんな暇があるなら準備に集中しろって言われそうです」

 セシリールが笑みを浮かべながらカップに口を付ける。優しい香りにつられて、思わず笑みが零れそうだった。

 そんな様子をイルマはぽかんとした顔つきで見ていた。

「二人ともお互いのことが良くわかっているのね。フィックにセシリールを連れてこようかって言ったら、あいつに余計な気を使わせたくないからいいって言われたの」

「真面目で実直なフィックさんなら、そう言いそうですね」

「あの堅物をそう言うか。ますますびっくり。――ねえ、セシリール、一つ聞いてもいい」

「何でしょうか」

「フィックのこと、どう想っているの?」

「……え?」

 聞き間違いかと思い、思わず間の抜けたような声を出す。イルマはにやにやしていた。

「どうってと言われましても……」

 頬がほんのり熱くなる。いい言葉が出てこない。身を挺してまで必死に護ってくれる、すごい人間だとは思っている。だがそれはセシリールが今、抱いている気持ちとは少し違うような気がした。あえて言うのならば、きっと――


「認めてほしい人だと思っています」


 首から下がっているペンダントを軽く指で触れながら言った。

 あんなにも叱咤激励してくれた人間に、少しでも成長した自分を見てほしい。そして多少なりとも認めてくれたら、これほど嬉しいことはない。歩む道は違くても物事を真っ直ぐ見据えて進む姿は、どちらも同じだと思っている。

 イルマは優しげな笑みを浮かべて、カバンの中から小さな紙袋を取り出した。中身を開けてみるよう促され、早速中の物を取り出す。淡い色の華で彩られた小さな髪飾りが入っていた。

「これは……」

「フィックから。よかったら使って欲しいって言われた。一年前、妹さんに渡そうと思ったものだって」

 セシリールは息を呑んだ。色褪せていない髪飾りは、大切に保管されていたからだろう。

「こ、これは受け取れません!」

「そうよね、失礼だけど縁起のいいものでもないしね」

 そう言いながらイルマは髪飾りを下げようとする。セシリールは首を横に振った。

「違います! 縁起とかは関係ありません! 私なんかが受け取っていいのか……って」

「セシリールだからこそ受け取ってほしいそうよ。ただ別に無理はしなくていい。重荷とか感じて欲しくないらしいからって。……失礼な話よね、妹へ贈ろうと思った物を彼女の友人に押しつけるなんて」

 イルマはやれやれと肩をすくめて、息を吐き出していた。

 コルナとフィックが一緒にいる場面は、四年前の降臨祭にて擦れ違った時しか見たことがない。それだけでも二人が互いに信頼しているような雰囲気を出していた。

 頼るべき兄であり、護るべき妹のような間柄。兄妹の絆を強く感じた一場面だった。

 重荷でないと言ったら、それは嘘だろう。しかし彼女の分まで頑張りたいという想いはあった。未だに目を覚まさない彼女の分を。

「……私が受け取ってもいいんですか?」

 そう言うと、イルマは目をぱちくりした。

「セシリールがいいのなら、もちろん」

「では有り難く頂戴します」

 紙袋にいれて、鞄に大切にしまい込んだ。それをイルマはじっと見ていた。

「ねえ、最近周りの人から変わったって言われない?」

「え? いえ、別に」

「私が最初に会ったときは現状を受け入れられなくて、そこら辺で縮こまっているような子だった。でも今はすべてを受け入れて、堂々としている。すごくいい表情だと思うよ」

「ありがとうございます。皆さんの力のおかげですね」

「……謙虚さの程度は変わってないけど」

 そう言うとイルマはぷっと笑った。セシリールもつられて笑い出す。和やかな空気が漂った。それを終えるとイルマの目が細くなる。

「それにしてもセシリール、何を考えているつもり?」

 彼女の鋭い発言に心当たりはあるが、きょとんとした顔つきで首を傾げた。

「何をとは?」

「発表された披露会の題目を見た。『マナ生物の全体浄化』って、本気?」

「浄化自体はできなくないですよね。フィックさんもやっていますし、私もこの前試しにやったらできました」

「マナ生物に対抗できるマナを含んだ何かがあればできる。でもそれを実際に人々の前で実行するとなると、会場に連れ込まなければならないよね?」

 セシリールは紅茶を口にしてから、天井に視線を向けた。

「関係者から大人しそうなマナ生物を借りる予定です。檻に入れてもらうので危険性はないはずですよ」

「全体浄化ってことは、何体かいるってことよね?」

「数は当日のマナ生物の容態によって変えますが、複数なのは確実です」

「一番重要なところをどうして決めていないの?」

 カップをゆっくり皿の上に置き、口元に薄ら笑みを浮かべた。

「当日は何が起きるかわかりませんので」



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