第三話 青年の過去と少女の未来(五)
フィックは軽く天井に視線を向けた後に口を開いた。
「昔話をしよう。――俺には三歳下の妹がいる。お前が四年前の降臨祭で話した女、コルナのことだ。あいつもお前と同じ技術屋で、当時サンドリア工房にて見習いで働き始めたばかりだった。お前と会ったあと、同年代の技術屋と話せて嬉しそうにしていた。すごい技術を見せてくれた子がいるってな。だから俺はお前の名前を当時からよく聞いていたのさ」
彼女が兄に向かって、そんな風に話をしていたとは。恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような気持ちになる。
「コルナは親父みたく、ずば抜けたセンスがあるとはいえなかった。だが、たくさんの人を巻き込んで、何かを作り出そうとしていた人間だった。黙々と作業するやつが多い技術屋の中では珍しい人種だな。そんな行動や生み出した技術が評価されて、着々と力をつけていった」
短い時間とはいえコルナと話をしたことがあるセシリールには、頷ける部分が多々あった。彼女の明るく元気で人懐っこい性格であれば、周囲から自然と慕われると思った。
コルナのことを微笑ましい表情で話をしていたフィックだが、徐々に視線が下がっていった。
「だが一年前、あいつと一緒にマナをかき集めるために森に入った時、あいつだけが突然意識を失った。……重篤なマナ中毒に陥っていた」
風がぴたりと止んだ。静寂が部屋の中を包み込む。
マナ中毒は自然界に漂っている濃いマナを取り込んでしまうことで起きる、病気の一種だ。マナの耐性は人によって違うため、同じ場にいても陥る人と陥らない人に分れていた。
セシリールは視線を逸らすことなく、フィックの横顔を見つめた。
「俺はドゥルンガと普通に接せられた点から見ても、耐性がある方だった。だがコルナはなかった……。そのせいで今もこの病院で眠り続けている。死んではいないが、いつ目覚めるかもわからない」
フィックは歯を噛みしめる。
「俺がもう少し慎重になればよかった。まさか同じ血を引いているのに、ここまで違うとは思わなかった……!」
「……マナへの耐性を測れる方法はありません。自分の耐性を知らない人が大多数です」
感情を抑えて当たり障りのない言葉を伝える。彼は躊躇いながらも頷いた。
「……そうだな。だから今は一日でも早く目覚めることを願うしかない。――そんな風に毎日を過ごしている中、お前の護衛の話が来た」
彼の視線がセシリールの方に向かれた。そして少し前に乗り出した。
「あいつが慕っていた人間だ。工房長の恩義も含めて、何としても護りたいと思い即答した」
真っ直ぐ向かれた瞳は、嘘偽りのないものだった。
「正直言ってたいしたことは起こらないと思っていたが、その予想を簡単に覆すくらい、酷い妨害を仕掛けられている。お前、本当は誰かに心底恨みでも買われているんじゃないか? 技術屋としてのお前を消したいと感じるほどだ」
セシリールは自分の利き手である右手を軽く撫でた。
「もしかしたら気付かないうちに、恨みを買われている場合があります。だから技術屋としても重要である、利き手を狙われたのかもしれません。手先を使う作業が多いので、利き手がうまく動かなくなれば、技術屋としての能力は格段に落ちますから……」
腕を噛まれたり、ナイフで刺された場合、完治するまでは時間がかかる。下手をすれば、その後細かな作業ができなくなる可能性があった。
また精神的に傷つけるような行為もされた。作業には集中力を要するため、平静さを保てなければ満足のいく作業はできないだろう。
脇に垂れ下がっていた髪を軽く耳にかけた。今まで疑問に思っていたことが、続々と繋がってくる。頭がすっきりとしてくるが、知らない間に多くの人が動いていたのだと知ると、やるせなくなった。
青年の腕に巻かれている白い包帯に目を向ける。
「フィックさん、今回裏通りに入ったのは、あの男たちが言ったようにわざとですね? もしかして怪我をしたのまで、わざととは言わないですよね?」
そう尋ねると、フィックはばつが悪そうな顔をした。
「……全部考えのうえだ。ずっと一緒にいる奴が怪我でもすれば、相手も油断すると――」
「もし刺されどころが悪くて、死んだりしたらどうするんですか!」
間髪おかずに一喝する。フィックの肩はびくっと跳ね上がった。
「そんな怒るほどでも……」
「お母様を苦しめるつもりですか? コルナに続いて親不孝にでもなるつもりですか!?」
フィックはむすっとした顔で押し黙った。
セシリールのことを護り、犯人を捕まえようとしてくれるのは有り難い。だが命をかけるとなれば、話は別である。護衛であっても一人の人間。帰りを待つ人がいるにも関わらず、無理して欲しくない。
しばらく沈黙が続いた。視線を逸らすフィックと、彼の横顔をじっと見つめるセシリール。やがてセシリールの方が先に折れ、息を吐き出した。
「まあ、もう無茶できない場所に連れ込まれたのですから、このまま大人しくしていてくださいね。イルマさんから少し聞きましたが、もう一歩で主犯格を追いつめられると聞きました。その点はどうなんでしょうか?」
「イルマが言っていたのなら、その通りだろう。俺の仕事はお前の護衛だけだ。今回、あの男を捕まえるためにイルマを表に出させたに過ぎない。あいつは本来裏で主犯格を追い詰めている。工房長が疑っていた人物と俺たちが追っていた人物がようやく繋がりそうらしい」
「主犯格はフェルドル工房にいる誰かなのですか?」
「そうみたいだ。……お前はそっちの工房の人間と話をしたことはあるのか?」
セシリールは天井を見ながら、ぼんやり思い出す。この町に来て日は長くないが、交流会と称してフェルドル工房の人間と会ったことはある。人の良さそうなおじさんや話し上手なお兄さんなどがいた。ぱっと見では悪い人はいないように思われる。
「少しだけあります。皆さん、いい人ばかりでしたけど……」
「技術屋の人間だけと話をしたのなら、そういう感想を持つのは普通だろう。俺たちが目を付けているのは、出納係の壮年の男だ。かつて技術屋だったらしいが、今は金を扱う部署にいる。聞けば裏の世界では有名な奴で、工房の裏金を動かして自分の利益にしているらしい。そのせいであいつが出納係になった後から、工房内での財政は不安定だとか」
「どうしてそんな男を出納係に置いているのですか? いつか食い潰されてしまいますよ?」
「過去に工房が潰れかかった時があるらしい。その時にそいつがどこからか金を工面してくれたおかげで、危機を脱した。だから恩人を切るに切れないそうだ」
フィックは忌々しい表情で言葉を吐き出す。セシリールは腕を組みながら頷いた。
「ではフェルドル工房ではなく、その男単独の仕業と考えた方がよさそうですね」
「ああ、工房は無関係だ。フェルドル工房は町にもたくさん貢献しているから、極力迷惑をかけたくない。今、イルマはそれを考慮して、そいつ単独で動いた証拠を掴むために奔走している」
だがなかなか尻尾を出さないのが現状のようだ。
「犯行の最中なら、工房を巻き込まずに捕まえられると言っていました。ですが話を聞いている限り、その男は直接何かをしようという人間ではありませんよね」
「……いや、そうとも限らない」
フィックは包帯で巻かれた左腕をあげて見せた。
「現段階で調べたところによると、その男は魔物を操る術を持っている可能性がある。あの時、俺たちを襲ってきた生き物も、そいつの手によるものではないかと思っている」
「魔物って、どうやって操るのですか?」
思わず前のめりになって聞く。フィックは腕を下ろした。
「俺が知っている範囲では、マナをうまく利用して催眠術の一種を起こせれば、理論的に可能だと言われている。ただ失敗すれば魔物に返り討ちにされる。そんな危険を冒してまで実行しようという人間を俺は見たことがない」
「でも不可能ではない。魔物を動かせれば、人の手を使わなくても他人を傷つけることができる……」
今回の事件の犯人の人物像を思い描きながら、考えを巡らせる。
その人間は引き続き他者を使って、セシリールのことを執拗に追ってくるだろう。だが実行犯が数人捕まっている状態では、多少慎重になるのではないかと思った。さらにこちらの護衛を手厚くし、セシリール自身も気を付けて行動すれば、機会としては減るのではないだろうか。
しかし犯人の性格、そしてセシリールへの逆恨み具合を考えると、何とかしてあと一回は動こうとしてくるはずだ。相手に察せられることなく、男が自ら動く状況をこちらから作りだせれば、そのタイミングで捕まえられるに違いない。
セシリールの頭の中には、次々と今まで体験したこと、見聞きしたことが思い浮かんでくる。炎に色味を与える粉、不思議な液体で描いた浮かび上がる図、羽根で作ったペン、マナ生物、そして技術披露会――。
点であったそれらが一つの線となって繋がっていく。危険な綱渡りにも見える線が、目の前に現れてきた。やがてそれは一つの明確な線となり、考えとなった。
手を握りしめつつ、セシリールは姿勢を正した。
「フィックさん、私に一つ考えがあります」
「何だ?」
「犯人を確実に炙り出す方法です。ただし私以外にも危険な目に遭わせてしまう場合があります」
「俺たちが危険なことに踏み入れるくらいなら、別に構わないが……」
「いえ、フィックさんたちだけではありません」
青年の目が細くなる。起きあがろうとしたのを見て、慌てて立ち上がって彼の背中を支えた。フィックはセシリールの袖の上から腕を握って見上げてくる。緑色の意志の強い瞳がすぐ目の前にある。
「何をするつもりだ」
強く握りしめられる。セシリールは微笑を浮かべながら、彼の腕に軽く触れた。
「空に彩りの華を咲かせます」
フィックは虚をつかれたような表情をする。彼の手が緩んだ隙に腕を離して彼を再び横に倒した。
そして脳内で固まった考えを、朝日が昇りゆく中、ぽつりぽつりと言葉に出した。
フィックに考えを伝えた後、セシリールは病院を去る前に、長期入院用の病棟に向かった。朝日が昇ったあとの時間帯だったため、出勤してきた医者や看護師たちが少しずつ増えていた。当直明けの看護師に無理を言って、三階にある目的の部屋に案内してもらう。病棟の奥まできて看護師は表札に手を当てた。
「ここです。私も様子を見たいので、一緒に入ってもいいですか?」
「構いません。無理を言ってきたのはこちらの方ですから。顔さえ見られれば充分です」
ドアを開けると、部屋の中はカーテンが閉じられていた。看護師が先に入ってカーテンを開いていく。日の光がベッドの上で横になっている少女を照らし出した。
「コルナ……」
焦げ茶色の髪の少女が静かに目を閉じていた。白い肌やまったく身じろぎをしない姿を見て、思わず生きているのかと疑いそうだった。
看護師はコルナの近くに置かれていた黒みがかった石を黄色の石に交換している。
「マナ中毒を和らげる、浄化石です。マナを自ら取り込む石とも言われますね。定期的に交換していますが、残念ながら目立った効果はありません。あまりに強すぎるのを置いておくと、患者さんの体にどういう負荷がかかるかわかりませんので……」
「この中毒は大変難しい病気だと聞いています。加減がわからないのが難しいところですよね」
微かに胸が上下に動いていることだけが救いだった。
死んではいないが、生きているとは言えない状態。四年ぶりの再会はあまりにも切なすぎる姿との対面だった。
セシリールはコルナの手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「ねえ、コルナ。私、貴女をあっと言わせることをしようと思っているの。その目で見られなくても、感じ取ってほしい。だから――頑張って」
手を離し、そっと頭を撫でる。彼女の穏やかな顔を一瞥してから、セシリールは視線を窓の外に広がる、昇りゆく太陽に向けた。




