第三話 青年の過去と少女の未来(四)
* * *
『ねえ、セシリール、その素敵な粉を使って、皆に綺麗な炎を見せてみない?』
四年前マルドゥーラ町での降臨祭の時に言われた、その台詞がすべての始まりだった。
自分で何気なく作った粉が、ここまで喜んでもらえるとは思っていなかった。
家族も驚いてはくれたが、それ以上に初めて出会った彼女は驚きと嬉しさが溢れんばかりの表情をしていた。それを見て、この粉を使えば多くの人に喜びを与えることができるのではないかと思った。
だがまだ粗削りの粉だ。どうにか炎に色が付くとはいえ、燃え方にはムラがある。絶え間なく、そして美しく燃え続ける炎を作るためにも、徹底的に作りたかった。
その後、必死になって、マナを込めた粉作りに奮闘した。上手くいかないことは何度もあったし、実家の工房の一角で小さな爆発騒ぎを起こしたこともあった。それでも諦めなかったのは、彼女の言葉があったからだろう。
祖父母に会いにマルドゥーラ町に来た彼女と再会する時までに、もっと素敵な物を作り上げる。そう心に決めて作り続けていると、父に声をかけられた。
今度の町の収穫祭では、小さな舞台が用意される。踊りや歌以外にも好きなことを発表していい。まだ枠は空いている。たまには黙々と作業するのをやめて、皆にセシリールがやっていることを披露したらどうだ?
父の提案を聞いて、すぐに思い浮かんだのはあの少女の顔だった。祭りだし、また顔を出しているかもしれない。もし見てくれたらさぞ驚くのではないだろうか。
小さなきっかけを踏み出すため、そして両親の後押しにより、舞台に立つことを決めた。
そして祭り当日、舞台の上に立った瞬間、セシリールの技術屋としての時が動き出した。
* * *
静かに降り続けていた雨は、夜明け前にはほとんど止んでいた。それをぼんやり見ながら、セシリールは欠伸をかみ殺す。目の前にはベッドの上で目を閉じて横になっているフィックがいた。彼の胸は規則正しく上下に動いている。彼が生きていると実感できて、強張っていた筋肉が緩んでいくのを感じた。
怪我自体は命に関わるようなものではなかった。だが傷を負って冷たい雨に打ち付けられていたため、体力の消耗が酷かったようだ。そのため意識を失ってから、まだ目を覚ましていない。医者からは心配せずともじきに目を覚ますと言われ、帰宅も進められたが、セシリールは片時も離れることができなかった。
「……セシリール、仮眠くらいとったら?」
女性がドアを軽くノックして入ってくる。肩をすくめたイルマだった。
「酷い顔。寝ないのならせめて顔くらい洗ったら?」
「ですが……」
「もう一人の追っ手の存在が気になる? じゃあ一緒に行きましょう。……その顔、フィックが見たら、笑われるよ」
セシリールはむっとした顔をして立ち上がった。そして意識を取り戻さない青年を一瞥してから、イルマについていった。
洗面所で顔を洗うと幾分さっぱりした。タオルで顔を拭いて、自分の顔を鏡越しでまじまじ見る。思っていた以上に、自分の顔はぼろぼろだった。目元には隈さえ見える。今まで一晩徹夜したくらいで、ここまで崩れたことはなかった。鏡の前で無理矢理口角をあげる。作り笑いだがほんのり気分が軽くなった気がした。
廊下に出ると、壁に背中をつけて腕を組んだイルマが待ってくれた。彼女はセシリールを見て、少しだけ微笑む。
「そうそう、しんどくても笑いなよ。その方が前向きに生きられる」
そしてフィックが眠る病室へと歩き出す。
「表面上は似ていないけど、中身はどこか似ている」
「誰にですか?」
「フィックや彼の妹。頑固で意地っ張りのところが特にね」
「私は頑固者ではありませんよ。……もしかして妹さんはコルナさんと言う方ですか?」
イルマは立ち止まり、目をぱちくりした。
「そうだけど……、フィックから聞いたの?」
「いえ、違います。ちょっと心当たりがありまして……」
過去に会った少女の容姿とフィックを見比べれば、同じ血筋の可能性を薄々察することができた。
イルマは軽く目を伏せてから、足を動かした。
「妹のことはフィックに聞いて。私は数回しか会ってないの」
「とても明るく元気な人ですよね」
「そうね。太陽っていう言葉がぴったり当てはまる子だった」
部屋の前に戻ると、イルマは一度動きを止めた。
「今後に関しての詳細は、フィックが目覚めたら聞いて。とりあえず主の護衛は私がつく。何かあっても逃がすくらいはできるから……」
「ありがとうございます、イルマさん。何かが起きないよう、行動する際は細心の注意を払います」
「そうしてくれると助かる。マナ生物はどうにか退けられても、さすがに魔物は太刀打ちできない。それよりも魔物を操っている人間を捕まえないとよね。もう一歩なんだけど、それが難しくて……」
「もう一歩?」
言葉を反芻させると、イルマは軽く腕を組んだ。
「この人が犯人だといえる証拠。犯行をしている最中なら、楽に締め上げられるけど、さすがに犯人も馬鹿じゃない。余程ではない限り、表に出てこないと思う」
つまり充分な見返りがあれば、危険を冒してでも現れる可能性があるということだ。
セシリールは左手を軽く口元にあてて考えていると、イルマはふっと表情を緩めた。
「これは私たちの仕事だから、セシリールは自分のすることを思いっきりしてちょうだい。二人が体を張って実行犯を一人捕まえてくれた。そいつから聞き出せることは聞き出して、私たちも全力で追いつめる」
「その人は今、イルマさんたちが働いている職場にいるのですか?」
「いいえ、自警団の詰め所よ。そこと私たちの仕事が繋がっているから、比較的自由に話を聞くことができるの」
「そういう立場だったんですが、知りませんでした」
「フィックは必要なこと以外は、あまり喋らないからね」
イルマはくすりと笑った。
部屋に入ると、横になっていた青年が薄ら目をあけていた。セシリールたちはすぐさま駆け寄る。するとぼんやりとした表情の青年が、こちらに顔を向けた。彼はセシリールを見て、ほっとした顔つきになった。
「無事だったか……」
「フィックさんが護ってくれたおかげです。ありがとうございます。それよりもご自分の心配をしてください」
「お前に説教されるとは……」
彼は腕を軽く顔の上に乗せて、口元に笑みを浮かべる。やがて腕を退けると、今度はイルマに真顔で視線を向けた。
「少し席を外してくれるか。俺からこいつに必要なことはすべて話す」
「目覚めたら医者を呼ぶよう言われているんだけど……」
「すまないが、こいつのためにも先に話をさせろ。俺自身が大丈夫って言っているんだから、別に構わないだろ」
「……わかった。お願いだから無理しないでよ。セシリールも変だと思ったら、すぐに呼んでね」
イルマは息を吐き出し、踵を返して部屋から出ていった。
セシリールが彼女の背中を見送ると、フィックに座るよう促された。うたた寝していた椅子に軽く腰をかける。彼はちらちらとこちらを見て、言葉を探しているようだった。
「あの、まだ本調子でないなら、話はあとでも……」
「いや、さっさと話をして、お前は披露会の準備を進めろ。時間は有限だ。……どこから言っていいかわからねぇが、まずは嘘をついていたことは謝ろう。俺はお前とは以前会ったことがあるから、初めましてじゃない。……四年前のマルドゥーラ町での降臨祭で顔を合わした」
「犬のマナ生物を元に戻して、追い払った人ですよね」
あっさり答えると、フィックが目を丸くした。
「気付いていたのか?」
セシリールは微笑を浮かべながら頷いた。
「あのときの出来事は私にとって稀にみる体験でしたから、色々と印象に残っているんです。フィックさん、当時は眼鏡をかけていましたよね?」
「ああ。少しは凛々しくみせろって言われて、眼鏡をかけさせられた。視力自体はそこまで悪くないから、今ではほとんどしていない」
眼鏡をかけていない彼と再会した時はすぐに気付かなかった。だが横顔を見た際、おぼろげに残っていた記憶が一致したのだ。
「セシリール」
「はい」
名前を呼ばれて、ゆっくりと返事をする。
「聞いてほしいことがある。ずっと言うか言わないか迷っていたが、お前には聞く権利があると思った。これから言うことを受け止めてくれるか?」
緑色の瞳に射抜かれる。窓にかかっているカーテンが風によってはためいていた。その先に広がる夜空では、月は見られなかったが星々が輝いていた。
「受け……」
言葉に出すと声がかすれた。両手が汗をかいている。同時に脳裏に嫌なことがよぎっていく。しかしそれを含めて飲み込んだ。
「……受け止めます」
膝の上で手をぎゅっと握りしめた。




