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第三話 青年の過去と少女の未来(三)

 大通りを駆けていると、フィックは一瞬足を止めて、ちらりと横目でどこかを見ていた。彼の横顔が過去のある人物と重なっていく。コルナと繋がっているとわかった途端、様々な事象が繋がっていった。

 見とれていると、突然彼は裏通りに飛び込む。セシリールはその行動に驚き、一瞬躊躇した。あれだけ人がいない道を通るなと言っていたのに、なぜ。

 戸惑っていたが、裏通りの半ばで止まっている彼に気付き、我に返って裏通りに入った。

 フィックとセシリールは建物と建物の間を走っていく。鬱蒼とした空気は大通りとは比べものにならないほど漂っていた。

 しばらく走り、息も絶え絶えになっていると、フィックが唐突に止まる。そして彼は振り返るなりセシリールの腕を握ってきた。驚くまもなく引っ張られて、彼の背中に体を追いやられる。

「突然な――!?」

 尋ねようとしたが、視界に入った光景を見て、言葉を飲みこむ。

 セシリールたちが通ってきた道から、肉を容易に切れそうなナイフを抜いている黒ずくめの男が歩いてきたのだ。ゆっくりと一歩一歩近づいてくる。

「意外とすぐに顔を出したな。よほど自信があると見た。こいつの部屋では俺のことを見るなり逃げたくせに」

「……その怪我で俺を倒せると思っているのか?」

 男が口を開く。思ったよりも低い声だ。

 フィックもナイフを抜いた。右手でそれを前に突き出す。

「なるほどな、そういうことか。やってみないとわからないだろう。……どうしてこいつを執拗に追う?」

「雇い主からの命令だ」

 男は腰を低くして、突っ込んでくる。フィックはセシリールをさらに後ろに押してから、自分のナイフで相手のを弾いた。

 押されたセシリールはとっさに壁に触れて、転ぶのを防いだ。数歩先ではナイフとナイフが交じり合う甲高い音が鳴り響いた。

 フィックは怪我をしているのかと疑ってしまうほど、的確に攻撃を防いでいた。刃が交わり、つばぜり合いになる。顔を近づけあって二人は睨み合った。

 だがフィックの顔が徐々に歪んでいく。左腕に力が入らないのか、足がうまく踏み込むことができないようだ。

 セシリールはとっさに自分の鞄を探りだす。護身用のナイフ、マッチ、火のマナが込められた粉など、反撃の糸口になりそうなのはいくつかあった。しかし今は地面を打ち付けるほどの雨が降っている。これでは存分に力を生かしきれない。

 男とフィックが擦れ違うと、彼の左脇腹が切られた。セシリールは思わず声を漏らす。歯を食いしばりながらも、フィックは男に立ち向かっていく。それが何度か続き、彼の体には多数の傷が入っていった。

 口を手で押さえて見守っていると、男がフィックのナイフを跳ね上げた。青年の体ががら空きになる。男は口元に笑みを浮かべてナイフを突っ込むが、彼はそれを右手で支えた左腕で受け止めた。ずぶりとナイフが食い込んでいく。くぐもった声をあがった。

 セシリールは駆け寄りたい衝動を抑えて、左手で右手を握りしめた。

 助けを呼ぶべきか。だがここから大通りに出る道には二人の男たちが攻防している。他の裏道を通って大通りに出ることもできるが、もしその途中で男の仲間がいた場合、挟み撃ちにされてしまう。

 焦げ茶色の長い髪が濡れ、彼の首に張り付いている。それを見て胸が引き締められる。フィックの腕から赤い血が落ちるが、それは雨で洗い流されていた。

 セシリールは半歩前に出て、男に近づいた。両手を握りしめながら口を開く。

「……貴方の狙いは私なんでしょう」

「ああ。安心しろ、殺しはしない。事後が面倒だから殺すなとお達しがでている。表に出られないよう、その腕をしばらく再起不能にするだけだ。さっさと差し出せばこいつのことは見逃してやる」

 それを聞いて軽く腕を撫でた。もしこの話を受け入れなければ、男はさらにフィックを傷つけるだろう。男の雇い主の狙いはセシリールに発表をさせないこと、または満足な発表をできないようにすること。ここで彼が傷付く理由はまったくない。

 唇を噛み、さらに一歩踏み出すと、男の口が大きくにやけた。それを見たセシリールは背中に悪寒が走り、近づこうとしていた足が止まってしまった。

 男はセシリールの動きを見て、躊躇いなくフィックの腕に深くナイフを差し込んだ。彼の表情がさらに険しくなる。見ていられなくなり駆け寄ろうとすると、青年が声を押し殺した。

「……来るな」

「フィックさん!?」

「……お前はお前の為すべき事をしろ。俺は俺がすべき事をする」

 セシリールは泣きたくなるのを堪えながら、首から下げている花のような石を握りしめた。フィックの背中をうるんだ目で見ていると、彼が空に視線を向けたのに気づいた。

「予想以上に血を流しすぎた……」

「降参か。呆気ないものだな。まずは右腕を潰し、次に両足を再起不能にしてやろう」

「――断る。さすがに両足まで潰されたら、今後こいつを護れないからな」

 フィックがにやりと笑みを浮かべる。男ははっとした表情をした。その僅かな隙に彼は右足で男を足払いした。威力はないが、男の態勢を若干崩すには充分である。

 男のナイフがフィックから離れた。彼はたたらを踏みながら後ろに下がる。そんな彼をセシリールは後ろから受け止めた。彼が通ってきた道には雨で滲んだ血が流れている。

「この野郎……」

 男が悪態を吐きて、態勢を立て直そうとする。フィックは腰が曲がった状態で、腕を広げて壁を突き、セシリールを前に出さないようしてきた。彼の腕を両手で掴んで叫ぶ。

「お願い、これ以上無理しないで! 私の腕を差し出して、披露会を辞退すれば――」

「技術屋が手の感覚を失ってみろ。二度と戻れないかもしれないぞ!?」

 突然の大声にセシリールはびくりとした。肩で呼吸をしながら、フィックはナイフを持った男を睨み付ける。

 その時、通りから一人の男が現れ、指をさしながら声をあげた。

「こっちだ!」

 その後ろからさらに二人の男が現れる。三人が集まると、裏道を塞ぐようにして、横に広がりながら駆け寄ってきた。ナイフを持った男が歯をぎりっと噛み締める。さらにセシリールたちの後ろから、別の二人の男たちが駆け寄ってきた。あっという間にセシリールたちは男たちに囲まれる状態になる。

 フィックの腕をきつく握りしめると、彼は囁いてきた。

「……こいつらは仲間だ」

 彼の言葉を聞いて、目を軽く見開く。ナイフを持った男は踵を返して、その場から逃げようとした。だがすぐに男たちに取り押さえられてしまった。濡れた地面の上で羽交い絞めにされる。必死にばたつくが、大の男が三人で押さえているため、ほとんど身動きがとれなかった。

 男はフィックのことをぎろりと睨み上げる。彼は壁から手を離して自力で立った。

「ここにおびき寄せて、仲間が来るまで時間稼ぎをしたのか」

「ようやく気づいたか。わざわざ危険を冒してこんなところを通らねぇよ」

「体を張ってよくやるな」

「護衛者を守るためには、どんなことをしてでも犯人を捕まえるのが一番いいんだよ」

 男は両手を拘束された状態で立たされ、三人の男たちに囲まれながら大通りに向かって歩かされた。

 途中で足を止めると、フィックたちの方に振り返った。

「俺が捕まって一安心か?」

「大元が捕まっていないから、まだだ。魔物を操るやつが」

 男はふっと笑みを浮かべる。そして周囲にいた男たちに押されていった。

 彼らの背中が雨で薄れゆくまでフィックは眺めていた。しかし姿が見えなくなると、途端に崩れ落ちる。セシリールは彼の全身が地面につく前に受け止めたが、重さに従って、そのままずるずると座り込んでしまった。彼を受け止めた手を見ると、真っ赤な血がついていた。左脇腹の傷も深いのか腹の辺りも血が滲んでいる。声を失って手を見下ろした。

「……ちいっと傷が深いみたいだ。あとのことはイルマに頼んである……」

 ぼそぼそと出される声に反応し、セシリールは彼が雨でうたれないよう抱え込んだ。

「縁起でもないこと言わないでください。私のことを最後まで護ってくださいよ……」

 雨に紛れて、涙が頬を伝っていく。フィックの顔を真上から見ると、彼が右手を伸ばしてきた。その手が軽くセシリールの頬に触れる。

「そんな顔をするな……。ちゃんと披露会は見届けてやるから、それで許してくれ……」

 フィックの手が地面に落ち、瞼も閉じていった。呆然としていたセシリールは彼の頬を軽く叩くが、びくともしなかった。

「フィックさん、フィックさん!」

 セシリールの声は雨にかき消されていく。イルマが駆け寄ってくるまで、ずっと名を呼び続けていた――。



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