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第二話 羽根を求めて(三)

 天井から漏れている陽の光が、優雅に地面に腰を下ろしている薄ら桃色がかった白い鳥を照らし出している。体長は成人の男性よりもやや大きい程度、羽根を広げれば人間の背の高さの二、三倍以上の長さになるだろう。頭頂部には三本の白色の冠羽がついていた。

 その鳥の美しさに目を奪われていると、隣から腕を叩かれた。フィックが鳥に向かって軽く顔を動かす。

「あれがドゥルンガだ。ゆっくり近づいてみろ。威嚇するかもしれないし、ちょっと引っ掻かれるかもしれないが、噛みつくまではしない。自分の手で羽根をもらってこい」

 フィックが軽くセシリールの背中を押しだす。前に出るとドゥルンガと目があった。その鳥は軽く見咎めただけで、すぐに違う方を向いていた。

 セシリールは胸の前で右手で握り拳を作り、ドゥルンガに歩み寄った。祠の出入り口とドゥルンガとの間に行くと、鋭い視線を突き付けられた。そして威嚇するかのように、唸り声をあげられる。足を止めて真正面から唸り声を受けとめた。

 マナ生物の特徴でもある赤い瞳の鳥だ。マナ生物と遭遇する度に、その色に恐ろしさを感じていた。しかし今回はむしろ白の中に映える赤が美しく見えた。

「綺麗……だね」

 素直に感想を漏らすと、唸り声をあげていたドゥルンガがぴたりと声を止めた。この生物は人間の言葉でも理解できるのだろうか。

 セシリールの後ろではフィックが腕を組んで見守っている。仄かだが口元に笑みを浮かべているように見えた。それに後押しされて、さらに歩を進めた。

 ドゥルンガの傍まで立ち入ると、急に首を伸ばされた。冠羽を付けた頭が目の前に寄ってくる。間近で見ると、毛並みの良さは一目瞭然だった。

「ねえ、触ってもいい?」

 両手を握りしめながら聞くと、ドゥルンガは軽く首肯した。それを了承と捉えて、セシリールは手を伸ばし、鳥の頭にそっと触れた。柔らかく、温かい。自然と安心できる感触だった。

 ふかふかした頭を撫でて、逆の手で顎をくすぐると、ドゥルンガは喉を鳴らした。セシリールは表情を緩めて、さらに撫でていく。足は一歩一歩近づき、首をわざわざ伸ばさなくても大丈夫な場所にきた。

 一度手を離すと、ドゥルンガは瞬きをした後にセシリールの顔のすぐ横に首を伸ばしてきた。顔の横にドゥルンガの首がくる。首に毛が触れると、むずむずした感じがした。

「気持ちいいけど、ちょっとくすぐったいよ」

 くすくすと笑みをこぼしつつ、ドゥルンガと戯れる。しばらくして撫でるのをやめると、ドゥルンガもそれに従うように首を離してくれた。

 赤い瞳の生物が軽く首を傾げている。

「あのね、ドゥルンガ。お願いがあるんだけど……」

 両手を握りなおして、目の前にいるくちばしを持った鳥を見上げる。

「あなたの羽根をくれない?」

 意を決して言うと、ドゥルンガは目をぱちくりとした。それからゆっくりと首を大きく縦に動かした。

「いいの……?」

 ドゥルンガはさらに自分の翼を軽く動かして、羽根を見せつけるかのような行為をした。

 その翼に歩み寄り、おそるおそる手を伸ばした。温かな羽毛がセシリールの手を包み込んでいく。その温もりを感じて、こみ上げるものがでてきた。思わずドゥルンガの翼に顔を埋める。温もりを感じながら、羽根の中で目頭に浮かんだ涙を拭った。拭いきると、腕全体でドゥルンガを大きく撫でる。

「ありがとう……」

 体を離して、ドゥルンガの翼に手を入れる。羽根の根元に触れると、勢いを付けて引き抜いた。思った以上に簡単に羽根は抜け、一本の羽根がセシリールの手の中に収まった。ドゥルンガは特に痛がった様子を見せずに、毛づくろいをしている。

 薄ら桃色がかった白い羽根。光を当てればほんのり透ける。それを握り、頭を下げた。

「ありがとう、ドゥルンガ。絶対に……素晴らしいものを作り上げてみせる」

 決意を込めて言うと、鳥のマナ生物に微笑まれた気がした。まるでセシリールのことを応援しているようだった。

 一歩、そして一歩と後ろ足で下がると、背中が何かに当たる。顔を向けると、フィックが真後ろにいた。

「俺の予想より遙かに早く打ち解けやがって。羨ましいな。もう少し警戒されてもおかしくねぇのに」

「そうなんですか?」

「半日くらいここにいるかと思ったぜ」

 フィックがセシリールの前に出ると、ドゥルンガが首を伸ばしてきた。それに対し慣れたようにぽんぽん撫でていく。

「ドゥルンガは警戒心が強い種だが、心を開いてくれれば非常に友好的なマナ生物だ。お前の嘘偽りのない言葉を信用したんだろう。無垢な子供(がき)はいいな」

「……それって私が幼いってっこと?」

「そんなことどうでもいいだろ」

 頬を軽く膨らませていると、フィックの手がマナ生物から離れてセシリールの頭に乗った。ごつごつとした大きな手が乗せられる。顔を上げると、彼はほんのり笑みを浮かべていた。

 そしてドゥルンガと同じような扱いで軽く叩かれた。あやされている気分になる。だがその励ましが心地よかった。最後にくしゃりと髪を握られて、手が離れた。

「手に入れるもんが手に入ったし帰るぞ。とりあえず羽根を市販のペン先に付ければ、使えるようになる。町に戻ったら、教えてやるよ」

「ありがとうございます!」

 フィックから進んで申し出てくれることは珍しい。いつも以上に元気よく返事した。



 祠から出て、往路で来た道ではなく、もう一つの道である、迂回する道を通っていた。時間的に余裕があったため、安全策をとってこちらの道を選んだのだ。

 ドゥルンガの羽根はセシリールの肩掛け鞄の中に大切にしまわれている。前を歩くフィックを見ながら、往路よりも気持ち近づいて歩いていた。

「あの、一つ質問してもいいですか?」

「なんだ?」

「どうして私の護衛を引き受けようと思ったのですか?」

 それは今まで聞きたくても聞けなかった内容。だが距離も近づいた今なら聞けると思ったのだ。手をぎゅっと握りしめて、固唾を飲んで返答を待つ。

 フィックは体を横に向けてセシリールを見てくる。風が木々を揺らしながら吹いていく。彼は目を伏せた後に、視線を地面に落とした。

「報酬でもよかったのですか?」

「いや、そこまででもない」

「誰かに強く頼まれたのですか? 工房長あたりにでも」

「違う。選択できる頼まれ方だった。断ることもできた」

「なら、どうしてですか?」

 セシリールは視線をフィックの顔に向けていたが、彼は視線を合わせようとはしなかった。その様子を見て、胸の中がざわついてくる。風が吹く度に寒くなってきた。

 それから程なくして堅く握っていた手を緩めた。軽く笑いながらセシリールは歩き出す。

「変なことを聞いてしまい、すみません。今のは忘れてください」

 横を通り過ぎていくと、彼は慌てたように言葉を発した。

「待て、先を行くな! 危ないだろ!」

「何もいませんよ。早く村に戻りましょう」

 整えられた道を先に進んでいく。フィックも後ろから駆け足混じりで追ってくる。すぐに追いつくだろうと思った瞬間、左にある茂みから瞳が赤い中型犬が飛び出てきた。

 大きいとは言えないが、鋭い牙は人を噛み砕くには充分な鋭さ。それを目の前で見て、足が固まってしまった。動けないでいると、後ろから体を押される。その勢いでセシリールは草が生えた地面の上に倒れ込んだ。

 すぐ近くで何かが噛まれる鈍い音がした。セシリールの視界には大きくもたくましい体つきの青年が立っている。彼は眉をひそめ、中型犬にかまれた状態で赤い血が滴る左腕を懸命に動かしていた。

「どけよ、てめぇ!」

 彼が犬の腹に蹴りを入れ込むと、犬の口が開く。その隙に腕を抜き取った。

「フィックさん、腕……!」

 セシリールは顔を青ざめて、真っ赤になった彼の左腕を見る。

「かすり傷だ」

「で、でも……」

「気が散るから、今は黙っていろ!」

 そう言い捨てて、右手で乱暴に剣を抜き、襲いかかってきたマナ生物の腹を躊躇なく切り裂いた。血がほとばしり、マナ生物は地面に倒れる。喉元がぴくぴくと動いているが、体を起こすまではできなかった。フィックは冷淡な表情のまま、マナ生物の首を突き刺す。数秒後、マナ生物はぴくりとも動かなくなった。

 フィックは長剣を抜き、少し下がって地面に剣を刺した。それを杖代わりにして片膝をつける。そして堰が溢れたように、荒々しい呼吸をし出した。

 泣くのを我慢しながら近寄ったセシリールは、おそるおそる彼に触れようとする。だが触れようとした瞬間、目で制された。

「大丈夫だ。これくらい唾でも付けておけば治る」

「そんな冗談が通じると思っていますか!? ごめんなさい、私が勝手な行動をしたばかりに……!」

「お前の行動を予想できなかった俺も馬鹿だった」

 フィックは左腕からでている血を見て、舌打ちをする。血は止めどなく出ており、地面にも血が落ちていた。右手を剣から離し、軽く傷に触れると、声を漏らした。

 彼の辛そうな表情を見て、浮かんでいた涙を拭う。そして歯を噛みしめて、上着を脱いで持っていたナイフで服を切り裂いた。

「何やっているんだ!?」

 驚きの声を出されている間も、上着を細長く切り、破った。

「簡単にですが止血をします。村に行ったら、すぐに医者に診てもらいますよ!」

「だから、これくらい――」

「もう少し自分を省みてください!」

 きっぱり言い切って顔を上げると、フィックは口を開きかけていた。セシリールは淡々と伝える。

「痛いかもしれませんが、我慢してください」

 細長くなった布を持ち、傷の部位に当てる。案の定呻き声をあげられた。心を鬼にして、左腕にしっかり巻き付けていく。彼は抵抗せずに布が巻かれるのを見ていた。

 最後は固結びをし、簡単に落ちないことを確認すると、フィックの顔を覗き込んだ。

「歩けますか?」

「……動きは鈍くなるが、歩くことはできる」

「じゃあ行きましょう。そういえばフィックさん、魔物やマナ生物除けみたいな粉か何かありますか? あるのなら私に少しください。また襲われたらそれを使って追い払います」

 フィックは目を見開いた後に右手で頭を抱えた。

 彼の仕草を見て、なぜかむっとした。

「何ですか」

「どうして女は土壇場で強くなるんだよ……。今のお前を見ていると、妹を思い出す……。すっげぇ癪だ……」

「はい?」

「わかった、わかった。リュックの中に小さな袋がいくつかあるから、それを一つ持っておけ。だが使うときは――」

「こちらの存在が向こう側に気づかれたとき。極力何もしないようにやり過ごします」

「その通りだ」

 言われたとおりにリュックから五つある袋のうちの一袋を取り、セシリールのポケットの中に突っ込んだ。袋の中には青色の粉が入った小瓶が二つ入っていた。

 フィックは長剣を支えにして立ち上がる。それを鞘にしまい、右手で軽く左腕を支えながら歩き出した。セシリールは彼の横にぴったりとついて、周囲に視線を走らせる。

 また横から襲われるという怖さはある。だがそれよりもフィックをこれ以上傷つかせることなく連れて行く決意の方が上回っていた。


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