005 ~女子トーク 魔術編~
町で最も格式高い宿屋には、王族、貴族御用達の部屋が存在する。
その部屋は常に空けられており、事前に政府より連絡がない限り使われうことのない部屋である。
と言うのは表向きの話であり、実際には大手商会の会長や政府の役人などのご機嫌取りに使用されていたりする。
王族と同じ部屋に泊まれるという特別さは、権力を有する者たちに優越感を感じさせる。
元々、宿屋が格式のために用意した部屋であるからして、使用してはいけない決まりなどない。
だがあまり公にすれば、王族の信頼を失うため、結果部屋の使用は秘密とされている。
「すごい豪華な部屋ですねぇ・・・ほ、ほんとうに泊まって良いんでしょうか?」
部屋に入ってまず目につくのが豪奢なシャンデリア。
それほど大きくない部屋のためか、大きさよりも緻密さを追求したそれは、光石から発せられる明かりを綺麗に反射させ、まばらなく全てを照らす。
その真下に配置された、見事な彫刻が施されたテーブルとそれを囲む四脚の椅子。
奥に配置されているふたつのベッドもまた、見るからに温かみのある空気を含んだ純白の毛布が掛けられている。
見たこともない綺羅びやかな雰囲気にムゥムは気圧されて、内装をキョロキョロと怯えるように体を縮こませる。
アリアは鞄をベッドの上に放り投げ、帽子とローブを衣紋掛けにかける。
「いいのよ、好意は遠慮するものじゃないわ。」
「はぁ、そういうものなんですねぇ。」
それでも落ち着きなく、もうひとつのベッドに自分の荷物、帽子にローブを置く。
アリアはベッドの上に腰を掛けると、ムゥムの姿を改めて眺める。
ローブの上からでも分かる程の大きな2つの膨らみは、いまはその主張をよりまざまざと見せつける。
庇護欲を掻き立てる常に怯えた感じの表情との相性は抜群で、アリアですらグッと来るものがあった。
「さっきから気になっていたんだけど、ムゥムさんのほうが年上ですよね?
わたしに敬語を使う必要はないですよ。」
「うぇっ!? これはあのぉ、癖なんですぅ。それにですねぇ、アリアさんはそのぉ、聖都アカデミア出身なんですよね?」
「ん、ああそういうことね。」
壁に掛けられた帽子を見やる。アリアの帽子のリボンは白色で、ムゥムのは橙色。
これはアカデミアごとに色が分けられており、卒業時にリボンを贈呈される。
一種のステータスである。
その中でも聖都アカデミア卒業の証である白リボンは、最高ステータスであり、その帽子を見るだけで魔術師たちは頭を下げずにはいられない。
「まぁ、そういうことになるわね。わたしとしてはあまり気にしてほしくないけど。」
「ででで、でも、あれっ、もしかして、えっ、えっ、もしかして、聖都アカデミアの天才少女って・・・」
「そんな呼ばれ方されたこともあるわね。」
「えええええええーーーっ、すごい若い方だと思ったらやっぱり!!!」
ムゥムは一歩後ろに下がると、やはり怯えた表情でアリアに問いかける。
「初年度の討伐研修で、魔術師50人体制で半年かけるはずだったオルパス魔窟を、たった一夜で壊滅させたって・・・。」
「まあそんなこともあったわね。」
「二年生のとき、先輩魔術師たちに目をつけられて実技の時間に多数囲まれたのに、たった数秒で全滅させたって・・・。」
「・・・そうね、あったわね。」
「聖都で開発されていた最硬度ゴーレムが暴走して100人の魔術師が為す術もなく倒されたとき、導器に纏わせた魔導剣でひとた・・・」
「ねえっ、ちょっとなんで物騒な話題しか無いのよっ!!」
「ひぃぃっ!!」
ずいっと身を寄せてくるアリアにすっかり怯えるムゥム。
「でも、ななななな、何で求道者なんてやってるんですかぁ!?」
ぷるるんと揺れるムゥムの胸を見ていると、アリアの目つきは鋭くなる。
「・・・まあ色々あるのよ。わたしには求めるものがあるから、求道者になったの。
そういうムゥムさんは、どうして求道者に?」
「あ、あの、ムゥムで結構ですぅ。
わたしはですね、第16アカデミアの出身なのです。」
聖都アカデミアを第一とし、各所に設立された順にナンバーが振り分けられている。
各都市の名前がアカデミアに付随される形が正式名称となっているが、紹介される時は専ら番号で呼称される。
アカデミアの番号は同時に優秀さをも表すからである。
通常の学術機関と異なり、アカデミアでは試験結果を一括で選別し、成績順に各アカデミアに振り分けられる。
地元であるからといってそこへ入ることは叶わない。
第16アカデミアはお世辞に言っても優秀とは言い難い。
そんな者から見たら聖都アカデミアの、しかも首席で卒業したアリアはまさに天上の人間。
学内であれば話しかけることすら憚られる存在だ。
「第16アカデミアねぇ。とは言っても就職口に困るような場所じゃないと思うけれど。」
一般人にしてみれば魔術師という存在そのものが畏怖するべき存在。
身近に存在する魔術師といことで尊敬の念を抱かれる事がほとんどである。
しかし、アカデミアからしてみれば就職も出来ず各地を放浪する落伍者、いわゆる落ちこぼれ。
決して尊敬されるような人間ではないのだ。
アリアは特別として、好き好んで求道者になる者はいない。
何かしら理由があるのが常である。
「実はですね、わたし魔術が下手くそなんですぅ。」
「・・・・・・・・・・・・・それは、それは。」
魔術師の根幹に関わる事象だった。
「あ、でもでも、初級魔術は問題ないんですよ。
ある魔術がどうしてもうまく発動できなくてですね。
それで、卒業試験のときに、先生から言われたんですよ。
おまけで卒業はさせてやる、しかしその魔術が使えるようになるまで就職は認めん!! 旅でもして技を磨いてこいっ!!って。」
「うまく発動できないっていうのは、暴発ってことかしら?」
アリアの秀才ゆえの好奇心が刺激された。
元々凝り性であるアリアは一度興味が湧くと追求せずにはいられない。
若くして最優秀の成績を収めるのにはそれなりの変態性があるものだ。
アリアの触覚に何かが引っかかったのをムゥムは捕食される側として知覚した。
「あわわわわ、あのですね、なんというか、暴発とはちょっと違うんですが。
どちらかというと、暴走?」
「・・・ふーーーーーん、まあいいわ、今度見せてくださいな。」
「ええ、それはもちろん構いませんが・・・。
でも、わたしいまお仕事の途中でして、明日にはこの町を立つ予定なんです。」
生活するためにはお金が必要、お金を得るためには仕事をしなければならない、当たり前の道理。
求道者であれば基本仕事に困ることはない。
異能の力を操る魔術師にしか頼めないような仕事が、世界にはごまんとある。
仕事の数に対して求道者は少なすぎるのが現状。
これが求道者が重宝される理由の一つでもある。
「しょうがないわね、それわたしも手伝うわ。」
「えっ!!?」
突然のアリアの宣言にムゥムは虚を突かれた。
これはムゥムの仕事であり、アリアが手伝う理由がないのだ。
「仕方ないじゃない、着いていかないとあなたの魔術が見れないんだもの。」
「だって、お金はひとりぶんで、わたしそんなに余裕はないんで。」
「いいわよお金は、まだ路銀は困るほどじゃないし。」
「そういうことじゃなくてぇ・・・。」
聖都アカデミア首席卒業生と一緒に旅をするなんて耐えきれない。
ムゥムは心の中で叫んだが、とても口に出せる雰囲気ではなかった。