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003 ~初めてのフリマ~

馬車は盗賊たちを縄で引き連れ、その日の夕方には街道沿いの町・ナヴァランに着いた。


「求道者さま、本日は本当にありがとうございました。

 あなたがおられなかったら皆どうなっていたことか。」

「いえいえ、これもまた巡り合わせです、お気になさらず。」


アリアは聖人のような穏やかな微笑みを浮かべ御者に向けた。

御者はいたく感銘を受けたかのように「さすが求道者さま」と念仏のように唱えている。


「しかしよろしいのでしょうか、盗賊の賞金をわたしなどが頂いても。

 私どもは何もしていないにもかかわらず。」

「私は一旦この町に留まります。盗賊を引き渡すとなると大きな街へいかなければなりませんし、かといって放って置くわけにも行きません。

 手間賃ということで、ぜひこの先の街へ進む御者さんにお願いしたく思います。」

「ううむ、そういうことであれば。

 ではこの盗賊共はわたしの方で受け持ちます。

 しかし何もお礼をしないわけには行きません、こちらに滞在する間の宿代は私どもの方で持たせていただきます。

 こちらの宿へ行っていただければ、話は通しておきますので。」


渡されたメモには宿屋の名前と、そこへ至る道筋が描かれていた。

町の中では比較的裕福な箇所にある宿屋で、決して安くないであろうことが想像できた。


一礼しその場を離れていく馬車を見送りながら、アリアは胸を撫で下ろした。


「・・・ふぅ、正直助かったわ。路銀もそれほど潤沢にあるわけではないし、宿代は一番の金食い虫なのよね。」


馬車の荷や客の安全を失わずに済み、なおかつ盗賊の賞金首がプラスになるとすれば、その金額は宿代程度ではない。

御者側からみればお礼して有り余る結果。

とは言え、お礼はあくまで相手の良心次第であるから、言葉だけで終わる可能性もあった。

お金に余裕がないとは言え自分からお礼を要求するのも、いち魔術師としていかがなものかと思ったアリアは成り行きに任せた。

「次の街に行くときも盗賊でてくれないかしら」などと不審な妄想を巡らせながら、アリアは宿屋へと向かう。





ナヴァランの町は元々は宿場町であり、街道を旅する客相手に発展してきた。

特産品はなく、宿場、食事処、繁華街、荷運びの中継箇所としての産業が主である。

そのため、町の大通りは昼夜問わず賑やかであった。

そういった所には必ずと行っていいほど「蚤の市」が開催されている。


10000あれば9999が価値なきものであるが、たったひとつの確率で掘り出し物が存在する。

歴史の中の動乱に紛れ市井に流れた高貴な品や、価値を知らず掘り出した古代の遺物。

そういったものを見つけ出す事を生業とする者もいると聞く。


アリアは幼少期を田舎町で育ち、10歳になってからは聖都で暮らしていた。

噂では聞いていたが実際に蚤の市を見るのは初めてであった。

素通りするにはあまりに魅力的であり、その熱量に浮かされるのを感じた。


格子状に配置された風呂敷の上には持ち寄った雑多な商品が並べられ、あちらこちらで主人と客が値を交渉しあっている。

人々の間をすり抜け並べられた商品を横目に歩いていると、目の端に意識を引っ張るものがあった。


「なにかしら・・・」


雑多な市のなかで人一人寄り付かぬ風呂敷の店。

並べられるのは木を削って作られた器や、錆びて使い物にならなくなった鍋やフライパン。

その中に一つ、古びた巻物がある。


客が来ないあまり晴天のもと、うつらうつらとしている老人にアリアは声をかける。


「すみません、この巻物を見せてもらっていいですか?」

「んぁっ・・・ぬ、ぉおおっ! なんだい嬢ちゃん。」

「そこに置いてある巻物を、見せてもらっていいですか?」

「ああ、これかい、ずいぶん物珍しいのを欲しがるなぁ、ほれ。」


老人が手渡してきた巻物を、するりと広げるとそこには識別不能な文字がびっしりと描かれていた。


「不思議なもんじゃろ、そりゃあ。

 絵でもなければ、誰かにあてた文でもない。

 なんかへーんな線がぐにょぐにょ描かれた、んまあ不思議な巻物じゃ。

 古物商へ持っていったが、ぽいってされちまった、はーっはっはっは!」

「・・・ええ、不思議な巻物ですね。」


老人の話に生返事するアリアは、巻物に描かれた紋様を食い入るように眺めた。


(うわぁぁぁぁぁぁぁ、いきなりビーーーーーンゴ!!)


アリアは巻物を握った手に僅かながら魔力を流し込む。

墨で書かれたような黒い紋様は、アリアの魔力に反応し僅かに赤みを帯びる。


(赤色巻物・・・はじめて見たわ。)


古代魔術技術の中のひとつに巻物スクロールというものが存在する。

これは魔術を巻物の中に封じ込めた遺物である。

現代でも研究は進められているが、未だ実現できていない古代の技術。

巻物が発掘されることは非常に稀であり、その多くは西方の古代聖都が主となっている。

ほとんどは西方連合の有力者に占有され、聖都アカデミアといえ所有する巻物は少なかった。


そして巻物には七つの種別存在する。

魔力を流した時に発光する色で識別され、赤、青、緑、橙、紫、黄、白がある。

これは魔術の系統と同じであり、赤は「錬金」の系統魔術が封じ込められている。


「ねえおじいさん、これいくらかしら?」

「・・・ん、むぅ、そうじゃのう。」


相手が欲しがるものと分かれば値段をできるだけ釣り上げようとするのが、売り手の心理。

アリアは決して買い叩きたいわけではない。

だが不用に値を吊り上げられても敵わない。


「うーーん、まあ物珍しいだけだから、2000サクルってところかしらね。」

「えっ、ちょっ」

「いや、ちょっと出し過ぎかしら、やっぱり1200サクル・・・」

「2000っ、2000サクルじゃ、嬢ちゃん!」

「ええっ・・・まあしょうがないわね、それじゃあ2000サクル、ちょうどね。」


アリアは紙幣を二枚取り出すと、老人に手渡し巻物を受け取る。


もちろん、巻物の値打ちはそんなものではない。

魔術としての威力は大したことないが、研究素材としてあまりに希少である。

その価値は相場にして500万サクルはくだらない。


いくら払ってでも手に入れたいものだが、下手に値をつけ過ぎると相手が売りたがらなくこともある。

アリアは相手にとって多少高い金額を提示して、勢いで買い取る手段をとった。

商売の経験はないアリアだが、優等生は臨機応変が得意である。


すっかり味をしめたアリアは、蚤の市を端から端まで練り巡った。





宿屋へ着いたのはすっかり陽が傾いた頃。


「・・・結局見つかったのは最初の一個だけ。そううまくは行かないわね。」


3時間近く蚤の市を巡ったが、目ぼしい商品は見つけられず、疲れ切った足で宿屋の門を叩いた。

中央通りに面する3階建ての大きな宿屋。

客層も身なりの良い御仁ばかりで、宿場町とは言えそれなりの値段を思わせる。

少なくともこの町一番の宿屋であることは間違いないだろう。


ここに無料で泊まれることを運良く思いながら、宿屋の戸を押し開ける。

受付には美人な女性が二人座っており、アリアを見るなりニコリと笑みを向けた。


「いらっしゃいませお客様。本日はご予約されているでしょうか?」

「予約ではないのだけれど、ここを紹介されてやってきたのですが。」


受付嬢はアリアの服装を見ると、一瞬顔をしかめる。

隣に座りもうひとりの女性に顔を向け無言でやり取りを交わすと、「少々お待ち下さい」とアリアに一言言い残し奥へ消えていった。

一分と経たずに、奥の部屋からどたどたと大きな足音を立てて、恰幅の良い男性がやってきた。


「こここ、これはどうしたことなのだ、求道者さまがここにもっ!!」

「ご主人様、やはり先程の求道者さまがおっしゃられてたことは本当だったのでは。」

「・・・すまんが、求道者さまを奥の部屋から連れてきてくれんか?」

「はい、急いで。」


奥へ受付嬢が消えていくと、宿屋の主人は腰を低くしてアリアに近づいてきた。


「いらっしゃいませお客様。わたくしはこの宿屋の主人をさせてもらっている者です。

 ひとつご確認したいのですが、もしかして御者の方から紹介されて来た求道者さまとは、あなたのことでしょうか?」

「ええ、せめてものお礼にとここを紹介されましたの。」

「・・・おおう、やはり。」


アリアの返答を聞くと、主人は顔を抑え崩れ落ちた。

何が何やらわからないアリアは、続いてやってきた一人の少女を見て、少し厄介な空気を感じ取った。

奥から受付嬢に引き連れられやってきたのは、黒いとんがりボウシに、黒いローブに身を包んだ女性。

アリアと同じ求道者であった。


彼女はいまにも泣きそうな顔をしていた。


「ふぇえええええ、わ、わたしは違うんですぅぅ。」


いや、既に泣いていた。


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