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002 ~魔術師の業火~

「いてててて・・・」


アリアは後頭部にいまだ走る鈍い痛みに顔をしかめた。

舗装されているとはいえ、馬車の振動は時折痛みを刺激する。


「なんだ嬢ちゃん、どっかいたむんか?」

「ご心配ありがとうございます、でも大丈夫です。」


同じ馬車に乗り合わせた乗客のおじさんに人懐っこい笑みを浮かべた。

後頭部にはいまだ鈍い痛みがじんじんとアリアを苛んでいる。


(むぅ、エルザのやつ、あんなに本気で叩かなくても)


数日前のことを思い返す。

巨乳になるべくして求道者となることを言った途端、エルザはあろうことか導器で殴りかかってきた。

悪いことにエルザの導器は最硬度のティタンをで構成されており、仮に本気で殴打されれば頭蓋骨は陥没必死。

手加減したとはいえ激情に駆られたエルザの勢いは、アリアを悶絶させるには十分であった。


(やっぱり持つ者に持たざる者の気持ちは分からないのね。考えてみればエルザは少し短気なところがあったわね、これは胸の大きさが関連して・・・)


傍目から見れば流れる風景を物憂げに見つめる少女だが、その実は”胸の大きさと短気の関連性”についてレポート調に考えを馳せていた。

西に向かう馬車の中、アリアは窓から覗く流れる木々を眺め物思いに耽る。


聖都は大陸の東側に位置しており、西へ遠のくほど文明は廃れていく。

大陸の西方にはかつての聖都があったが、300年前に"大災害"が起こり人の住めぬ土地となっている。

そこには手付かずの遺跡が数々残っており、また近隣の村には口伝が残されているという。

聖都にもない知識を求めるにはうってつけの場所だと、アリアは最初の目的地として西方連合を目指すことにした。


西方連合へは順調に行って半年以上の道程となる。

旅が始まりまだ三日目、アリアは決して急ぐ旅ではないと心穏やかにして、久々の旅を楽しんでいた。

馬車の移動のなかにもやることはある。

ひとつは情報収集。アリアの旅は噂を巡る旅でもある。

世界各地から情報を収集している聖都アカデミアにすら無かった知識を得るためには、図書館巡りなどしても仕方がない。

伝承や伝説、噂レベルまでの信憑性に乏しいものこそ可能性が見いだせる。

こうして馬車の中で乗り合わせた客同士の会話の中に、それらしいものが無いのか聞き耳を立てたり、時には会話に加わる。

もちろん有用な情報などそう簡単には得られない、千ある中に一あればいい程度の地道な作業。


もうひとつは精神鍛錬。

魔術師の基礎中の基礎トレーニング。

これを怠る魔術師に良い魔術師はいないと言われるほど、根幹をなすトレーニング。

目を閉じ、自らの意識を深く深く精神世界へ潜り込ませる。

環境を選ばず行えるようになってこそ、一流の魔術師でもある。


目をつむり深く深く潜る・・・というところで、馬の嘶きとともに馬車がおおきく揺れ停止した。


乗客たちが何事かと窓の外へ顔を覗かせると、綺麗な身なりをした女性が小さな悲鳴をあげた。

何があったのかと尋ねるまでもなく、馬が停止した理由は外から聞こえてきた声で判明する。


「なっ、なんのつもりだお前たちっ!!」

「ひゃっはっはっはっは、なんのつもりだぁ、おいお前なんのつもりだなんて言われちまったよ。」

「くくくく、おかしいことを言うな、さすが馬車に乗るような御仁たちは違うね。この状況を見て、何のつもりだなんてな。」


焦った御者の様子と、下卑た複数の男たちの笑い声が外から聞こえてくる。

答え合わせをするまでもなく何が起きているのかは分かっていたが、それでもアリアは窓の外を覗いてみる。

手入れが全くされてない武具を身にまとった不清潔で屈強な男たちが10人ほど、馬車の周りを取り囲んでいる。

各々が武器をちらつかせ、御者を脅している。


紛うことなき盗賊である。


(盗賊なんて聖都の周りでは見かけたことなかったけど、今後はこういうことがたくさんあるのかしら・・・はぁ。)


馬車の中の客たちは一様に慌てていた。

盗賊が普段出ることのない街道であったゆえ、ここを通る馬車に護衛がついていることは稀。

この馬車も例に漏れず戦えるものは乗っていなかった。


馬車の中の人数は15人。

人数は勝っているとはいえ、そのほとんどは商業を生業にしている男性や、女子供。

戦力になるわけがない。


そんな中、視線が一身に集まるのをアリアは感じた。

溜息がまた一つ。

仕方がないとばかりにアリアは席を立ち、馬車の外へ出た。


御者を脅しからかう盗賊たちの視線が、馬車の入り口に集まる。

成人である15歳にも満たないであろう少女がひとり、怯える感じも見せずまるで散歩でもするかのように降りてきたのだから。

何より彼女の服装に盗賊たちが警戒する。


彼女の小さな体を包む漆黒のローブ。

頭の上には同じく漆黒のとんがり帽子。

首から掛けられたネックレス、見たことのない色の宝石が嵌まるブレスレッドにピアス。

そして右手に握られた導器。


どこからどうみても、誰がみても、百人中百人が、天がなんと言おうと、魔術師である。

その力を見た者は多くないが、一般人とは隔絶した力を持っているというのは常識。


「兄貴、あれって魔術師なんじゃ。」

「どどどうるすんですか兄貴、聞いてないっすよ魔術師がいるなんて。」


魔術師の格好をした少女を見た途端焦りだす男たちをよそに、兄貴と呼ばれた男は一笑した。


「ははははっ、ばかやろう、お前ら。なーに信じてんだよ!

 魔術師ってのはな、なるのが難しいんだ、こんな所にホイホイいるようなやつらじゃねえ。

 馬車に乗って移動する魔術師なんてものは、求道者っていわれる、アカデミアを卒業しても就職する当てがなかった落ちこぼれ。」

「・・・落ちこぼれですって?」

「それにだ。

 こーーんなちっちゃい娘っ子がアカデミアを卒業してるわけねえだろう。

 成人になってようやく入学できるってのが普通の世界なんだぜ!」

「・・・ちっちゃい娘っ子?」

「これはあれだ、コスプレってやつだよ。

 全くお前ら何びびってんだよ、そんなんで盗賊やっていけるのか、はーっはっはっはっは!」

「・・・コスプレ?」


盗賊(兄貴)が喋る度にアリアは俯いてその言葉を繰り返す。

僅かに肩が震えているのを見て、盗賊たちは怯えていると勘違いした。


「はーっはっは、なるほど兄貴、そりゃそうだ!!」

「ぷぷぷぷ、ほらほら見透かれちまったから嬢ちゃんが怯えてるじゃねえか!」

「怖くないですよーー、おじちゃんたちは優しいでちゅからねー!」

「いや~~~、娘っ子の演技に一瞬信じちまったじゃねぇかよ!」

「ほらほらお前達、少し落ち着け、仕事はまだ始まったばかりだ、まずはやることやってから楽しみな!」


すっかりと兄貴の言葉に納得した面々はいつもの調子を取り戻し、野次を飛ばし始める。

少女の姿をした魔術師がこんな所にいるわけがないという常識が、彼らの運命を決めた。


「やりきれないわね。精神鍛錬の修行を邪魔された挙げ句、見も知らない人間にここまでなじられるなんて。」


帽子の影に隠れてアリアの表情は窺いしれない。

それでも彼女が感情は可視化された魔力の波となり周囲の人間の肌をピリピリとひりつかせる。

その様子に盗賊たちも馬鹿騒ぎをやめ、及び腰となる。


「あああ兄貴、なんか様子がおかしいですよ。」

「ばばばばば馬鹿野郎、ビビるんじゃねえよ!

 仮に、万が一仮に、だ。あいつが本物だとしても普通に考えてこの人数に勝てるわけがないんだよ。

 一斉に襲いかかっちまえば、うん、大丈夫だ!」


恐怖が隠しきれない盗賊たちをよそに、アリアは導器を体の前で水平にかざす。

耳の奥で知覚できる音を僅かに超えた超音波が盗賊たちの精神を揺さぶる。


「あなた達は間違いを犯したわ。

 ひとつ、人に仇なす盗賊となったこと。

 ひとつ、私が乗った馬車を襲ったこと。

 そして最後に、この私を貧乳だと罵ったこと!!」

「いや、貧乳だななんてひとこt・・・」

「来世で罪を贖いなさい!!!!」


アリアは導器を振り上げ天にかざす。


火天柱ヘブンズ・フレイム!!!!」


アリアの力ある言葉とともに、幾つもの火炎が盗賊たちを取り囲んだ。

阿鼻叫喚すら掻き消すそれは天をも衝く。

その光景に馬車の客たちも呆然と火柱が伸びる空を眺める。


魔術師の適正があるのは全人類のおおよそ0.2%。

そのほとんどはアカデミアを卒業し、専門の機関へと進む。

一般人が魔術を見る機会は無いに等しい。

伝聞するその様子は尾ひれがついているとはいえ、人々を畏怖させるには十分であった。


そして今、人々は改めて納得した。

魔術師は特別であることを。






「あのぉ、殺しちゃったんですか??」

「威力抑えてるんで見た目ほどじゃないんですよ、あれ。」

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