重なる白い手
雑貨屋さんを出たところで白狼先輩とは別れる。先輩は今日も仕事だ。
名残惜しそうな先輩からはあまり遅くならないようにと念を押された。まるで子供扱いで、モモンちゃんとふたりで苦笑いを浮かべた。
やはりお上品な土地柄だったのか、高級住宅地では周りからじろじろ見られるということはあまり無かった。
しかし下町に入るとあけすけに物珍しそうな目線を感じる。
「えっと、ごめんね。じろじろ見られちゃうね」
モモンちゃんには私のせいで不快な思いをさせて申し訳ないと思った。
「ううん。ハートさんがかっこいいからですよ。私、ちょっと贅沢な気分です」
モモンちゃんは楽しそうに笑ってくれた。いい子だー。
私たちはごく普通のカフェのような店でお茶を楽しんだ後、暗くなる前に帰った。
翌日はいつも通りの仕事。
久しぶりにユールさんが来てくれた。珍しく一人だ。
「こんばんは。こちらにおいでになるのは久しぶりですね」
「お、おう」
私はにこやかに対応しているつもりだけど、若旦那の反応がおかしい。
「部屋へ上がるぞ」
早々に大金を払い、二階へ上がる。相変わらず太っ腹だ。
「あー、モモンのこと、ありがとうな」
帰ってからもすごく楽しそうだったと言う。
「こちらこそ、楽しかったです」
初めての同性(といえるかどうかは分からないが)の友達だ。うれしかった。
何故か若旦那はむーっと唸ってしまった。
「どうかしましたか?」
私、知らないうちにまたやらかしたのかな。
ユールさんが迷いながら、懐から小さな革袋を取り出した。
その中から銀色の指輪が二つ。
「もしかして、モモンちゃんにあげる指輪ですか?」
若旦那は少し赤くなりながら頷く。
「ずっと渡しそびれてるんだ」
「温泉の湯で変色したり、傷付いたりするのも嫌だしな」
湯屋で働く者たちは、結婚してもやはりあまり指輪をしていない。
「白狼から、ハートが指輪を首飾りみたいに下げるといいって話をしてたって聞いて」
その話を聞きに来たらしい。
それなら、と私は立ち上がって自分の荷物の中から、雑貨屋でもらった革紐を取り出す。
「ちょっと貸して下さいね」
そう言って指輪を一つ借りる。
真ん中で二つに折った紐の輪になった部分を指輪の中に通す。
輪の反対側、折り返した端の部分を輪に通し、引っ張ると指輪は固定されて止まる。
紐の両端を持って交差させ、私はゆるい結び目を二つ作る。これで二つの結び目の間を紐が移動するので、長さは調節出来る。
私の手元を見ていた若旦那が驚愕の目をしている。
「な、なんだそれ。もう一回やってくれ」
「いいですよ」
紐を分け、もう一度同じ結び方をする。
片方の紐を反対の紐で巻いて、輪を作る。同じように反対の紐に巻いた紐で輪を作る。
「あとはぎゅっと結んでほどけないようにっと」
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雑貨屋で革紐を見ていた私は何かを思い出した。
私はかわいい物が好きだ。見ていて楽しくて、自分でも作ってみたくてうずうずした。
石鹸の時とは違って、獣人さんたちには迷惑はかからないと思う。たぶん。
昨夜、部屋でずっとこれをやってみていた。何故か出来ると確信があった。
紐の端を交差させ、端ではなく、途中で結び目を作る。その結び目の中をもう片方の紐が通る形で、通した紐を軸になった紐も巻き込んで結び目を作り、抜けないようにする。
こうして二つの結び目を動かすと長さを調節出来る輪になるはずだ。
いろいろ試行錯誤していた自分の傷だらけの手に、ふいに白い女性らしい手が重なって見えた。
気がつくと、手元にある革紐に思い通りの結び目が出来ている。
これは多分、私だけに見ることが出来る幻だ。もしかしたら、私の中の記憶かも知れない。
「あ、ああ」
私の目から涙があふれ、白い手をすり抜けてテーブルの上に零れ落ちた。
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今、目の前でユールさんが自分でやろうと悪戦苦闘している。
この、何事にも一生懸命なところがいいなあと思う。
モモンちゃんはきっと幸せになるに違いない。
「お、出来た!、やったー」
忘れないうちにと若旦那は急いで帰って行った。
玄関まで見送りに出ると、白狼先輩も出て来て見送っていた。
「何かあったのか?」
「はあ。特になにもー」
本当に心当たりはない。何故、紐程度のことで若旦那が喜んでいるのか、わからなかったし。
それにしても白狼先輩って本当に心配症だなあ。
昨日のモモンちゃんのときもそうだったけど、それだけこのふたりの幼馴染を大切に思っているんだね。
私はなんだかうらやましくなった。
翌日、若旦那はまたやって来た。
「あの結び方は金になる!」
と、また私の名前で商工会に申請してきたと教えてくれた。
「お前さんも見たと思うけど、店売りの指輪ってさ、大きさがあんまり変わらないだろ?」
獣人には種族によっては特徴的な姿形をしている者がいる。そして彼らは必ずしもその指輪が入るわけではない。
婚姻のために必要な指輪を買っても、今までは身に付けることが出来なかったのだ。特注品など買える者は限られる。
「雑貨屋のばあさんにも事情を説明してきたからな」
今まで諦めていたカップルにも薦められると、おばあさんは本当に喜んでいたらしい。
指輪と革紐をセットで売り出し、売れる度に僅かだが私にアイデア料のようなものが入る仕組みになっていた。若旦那の提案に、おばあさんはすぐに納得してくれたそうだ。
さすが若旦那である。
そして後日、私は何故か山の上にある神殿にいた。
隣には正装のきっちりとした、いつもの派手なスーツではない白狼先輩が並んで立っている。
「じゃあ、さっさとやるか。誓いの口付けを」
「はい」
照れ隠しで声が大きくなっているユールさんと、赤くなったモモンちゃんがキスをする。
目の前で愛を誓う一組のカップルに祝福の拍手をした。
私と白狼先輩はふたりの婚姻の立会い人としてここにいる。