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指輪の意味


 私とモモンちゃんは歩き出した。


少し下がって歩き出したモモンちゃんに、「友達なんだから」と言って隣に並んだ。


えへへ、とふたりで笑う。


「ハートさんは、行きたいところとかありますか?」


「うーん」


今まで観光とか、遊びに行ったことがない。


港の漁師さんのところにしばらく居たので海はよく見ていたけれど。


「わからないから、モモンちゃんの好きなところで」


案内を頼んだけど、本当はどこにも行ったことがないから知らない所ばかりなのだ。


「えー」


と言いながら、モモンちゃんはうれしそうに笑う。




「私、一度高台の高級商店街を見てみたかったんです」


そう言うので、ゆっくりと坂道を上って行く。うちの店は高台のすぐ下にあるので、高級住宅街は目の前だ。


今まであまり興味はなかったけど、うちのお客様はこの辺りのご婦人が多いらしい。


少し離れて白狼先輩が後をついて来る。ふたりで顔を見合わせクスクス笑う。


「隠れる気はないみたいだね」「護衛ですからね」


それでも先輩はこちらの会話に入ってきたりはしない。


私たちをまるで保護者のように見守ってくれている。なんだか姿がちらりと見えるだけでも安心できた。


正直に言えば、やっぱり私は不安だったのだ。なにかあったらユールさんに悪いし。




 やがて、通りの両側に大きな店が並ぶ区域に出た。


この辺りでもまだまだガラスは高価なので、お店の窓は小さい。


だけどそこからのぞく商品の数々は、高級店といわれるだけあってきれいに並べられていて見映えがいい。


「かわいいね、あれ」「うんうん」


洋服や靴を扱う服飾のお店や、道具屋もある。ただし売っている物はどれも高そうだった。


私とモモンちゃんは趣味が合うようで、外から見ているだけでもおしゃべりが止まらない。


飲食店もあるが、店構えだけでも高そうで入る気はしない。私はやっぱり庶民なのだ。




 ふいに白狼先輩が私たちを呼んで、宝飾店の看板を指差した。


羊の絵が描いてある。


「もしかして、ウウルさんのお店ですか?」


白狼先輩が頷く。小さいが趣味のいい、立派な店だった。


「あらー、お久しぶりね」


女性の店員さんが出て来て白狼先輩を捕まえていた。


何気なく聞いていたら、以前、先輩はこの店で働いていたようで、やはり売上はナンバー1だったらしい。


なにか残念なことがあってこの店を辞め、オーナーが同じである今の飲食店に来たみたい。


先輩は逃げるように私たちの背中を押して店の前を離れる。




「あそこなら手ごろな物がありそうですよ」


商店街を往復し、そろそろ下町に戻ろうと思っていると、小さな雑貨屋が目に入った。


扉を開けると、カラリンカラリンと涼しげな音がした。


見ると、ドアの上部に細長い貝殻が何本もぶら下げてあった。港町らしいなと目を細める。


「いらっしゃいませ。どうぞ、ご自由に見てらしてね」


上品そうな兎っぽいおばあさんが声をかけてくれた。




 かわいい小物に目を楽しませていると、気になるものを見つけた。


銀色のシンプルな指輪が、二つで一組として売られている。決して高くはなく、何組もある。


不思議そうに見ているとモモンちゃんが解説してくれた。


「これは婚姻の指輪ですよ」


誰でも気軽に買えるように雑貨屋さんや道具屋さんでも扱っているそうだ。


へー、そうなんだ。というか、指輪はこれしか置いていない。


「他には無いの?。こう小さな石がついていたり、小さな花の細工とか」


 モモンちゃんと店のおばあさんがポカンとしている。


あ、私、またやっちゃった?。


「ハートさん。指輪というのは結婚する人しか付けないので、そんなかわいらしいものとかはないですよ?」


「ええ。上流階級向けに宝石が付いたものや、金装飾のものはありますが、それはとても高価なので宝飾店で扱っています」


やっぱり私の常識はおかしいのか。


「あはは、そういうのがあったらいいなーと」


かわいい指輪とか、モモンちゃんに似合うと思ったんだけど、笑ってごまかす。白狼先輩は今更だという顔でこちらを見て溜め息を吐いた。




「それならモモンちゃんもユールさんにもらったの?」


聞いてみると、モモンちゃんは首を横に振った。


「私たちは湯屋で働いていますから、指輪が痛んでしまいますし、失くしたら大変です」


少し俯いて、残念そうな声だった。


「ああ、それなら」


私は近くにぶら下がっていた細い革紐を一つ手に取る。ちゃんとおばあさんに了解を得てからだ。


「こうして、指輪をこの紐に通して、はずれないように一回りさせて」


そしてそれをモモンちゃんの首にかけてみる。


「指にしなくても、こうして首から下げておけば失くさないし、普段は洋服の下で見えなくしておけば痛まないよ」


モモンちゃんが大きく目を開いて驚いている。


そして、すごくうれしそうに微笑んだ。


「いいですね、これ!」


 


 お店のおばあさんも目を丸くして感心している。


「いいお話ですね。よろしければ 、それをうちの店の宣伝に使わせていただけませんか?」


実は結婚していても、仕事の都合で指輪が出来ないという人はある程度いるらしい。


そういう人は外した指輪を大切にしまっておくそうだが、やはり新婚さんとかは身に付けたいそうだ。


「他のお客さまにも首飾りにすることを提案させていただけるなら、おふたりの分は無料で提供させていただきますよ」


店主のおばあさんににっこり微笑まれ、私たちは慌てた。


「いえいえ、私たちはただの友達で、そういう仲ではないので」


ふたり揃って首を横に振ると、おばあさんは、


「じゃあ、あちらのかっこいいお兄さんかしら?」


と、ちらりと白狼先輩を見る。先輩も慌てて、ぶんぶん首を横に振っていた。


せっかくのご好意なので、私は何か代わりになる物を探した。


「お言葉に甘えてこの革紐をいただけませんか?」


私はきれいな柄が刻まれた細い革紐を二本いただいた。



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