女友達
「や、やっぱり、これ、変ですよね」
片手を私の手に乗せ、小さな声でモモンちゃんが聞いてきた。目線は着なれていない自分の洋服を見ている。
「え?、とってもお似合いですけど。まるで草原に咲く花のようです」
にっこり微笑んで彼女を見る。
本当にそう思ったんだけどー。ヒュー、と小さく野次る声がしてそちらを向くと、白狼先輩がにやっと笑ってこちらを見ていた。
きっとモモンちゃんが心配で様子を見ていたんだろう。
ぐっとお腹に力を込めて、先輩に向かって「大丈夫です」のサインを送る。だから先輩は今夜のメイン客のほう、がんばってくださいなっと。
先輩の顔が驚いた顔になって、それからまたにやっと笑って自分の仕事に戻っていった。
丸いスタンド型のテーブルは小さな身体のモモンちゃんには高過ぎる。
トラットが急いで高めの踏み台を持って来てくれたが、彼女は
「あ、あの、これでお部屋へ行けますか?」
と、おそるおそる大金を出してトラットに渡している。
「はい!、ありがとうございます。では、お部屋へお飲み物と軽いお食事をお運びしますね」
元気に返事を返す少年の声に若干引きつつ、モモンちゃんは頷く。
「ありがとうございます」
私はゆっくりと腰を折り、お礼を言う。
そのまま彼女をエスコートして二階の部屋へと向かった。
たぶん、モモンちゃんはユールさんに頼まれて来たんだろう。
いや、もしかしたら私が部屋から出て来ないことを気にした白狼先輩かも。
婚約者の湯屋とはいえ、居候している従業員の彼女がこんな大金を持ち歩くわけないし。
同情、してくれたのかな。嫌がる人もいるけど、私はそういうのは決して嫌いじゃない。
やさしい感情だから。
私だって、近しい人が辛い目に会っていたら同情するし、力になりたい。
そうだ。近い人なら。
「モモンさん、ありがとう」
部屋に入ってテーブルに一通りセットが済むと、私は改めてお礼を言った。
「いえ、私がハートさんにお会いしたかったから」
はにかむモモンちゃんもかわいい。
「ユールさんといつも一緒にお会いしてて、ハートさんは他人を傷付ける人じゃないってことはわかっていました」
「少し抜けてるところはありますけど」と、モモンちゃんは微笑む。
「あはは、でも弱っちいし、失敗ばかりで」
私がそう言うと、彼女は首を振る。
「いいえ。何もわからない国で、知り合いも誰もいない場所で。私には出来ません」
モモンちゃんは哀しそうに笑う。
ああ、やっぱり心配してくれている。そう思うと胸が痛くなった。
「それに石鹸を作ってる時のハートさんは、とってもうれしそうでかわいかったですよ?」
「そ、そうかな」
私たちは笑い合う。暖かい気持ちが伝わって来た。
知らぬ間に私たちの間は近くなっていた。ユールの旦那や白狼先輩を抜きにして。
「そろそろ帰らないと」とモモンちゃんが席を立つ。
楽しい会話につい時間を忘れていた。
「明日はユールさんが来るかも知れませんよ」
とモモンちゃんは言ったが、明日は私がお休みをいただいている。
「そうなんですか?。私もです」
早起きしなくてもいい日だから、今日は思い切ってお店に来たそうだ。偶然に休みが重なり、驚いた顔をしている。
「よかったら一緒にお出かけしませんか?」
思いがけずモモンちゃんからお誘いを受けた。
もうすぐこの町の名物である大きなお祭りがある。それぞれが自分の家庭での祭りの準備のために交代で店を休む。
モモンちゃんは実家である西の湯屋には帰れない事情があるし、若旦那は年中忙しい。
「あ、それなら町の案内をお願いしていいですか?」
私の言葉にモモンちゃんの顔がぱあっと明るくなった。
「はい、喜んで」
初めての女性の友達。これってデートになるのかな。
翌朝、といっても昼近くに待ち合わせをしている。
この町に来て初めての友達とのお出かけである。私はウキウキしていた。
デート用の服など持ってないから普段用の服だけど、あまり出かけた事がないので、真新しい。男性用はよくわからないし、まあいいか。
約束の時間の少し前に、裏の湯屋の前まで行くとユールさんが立っていた。
「こんにちは、若旦那」
「お、はええな。今日はモモンをよろしく頼む」
少しだけ胸がチクリと痛んだけど、もう大丈夫。私は、笑顔で「はい」と答える。
その時、私は背後に寒気を感じた。
「せ、せんぱい」
「おう」
振り返ると白狼先輩が、寝不足の顔のまま立っていた。昨夜は、というか明け方近くまで先輩は客に絡まれていた。その顔、大丈夫なの?。
お待たせしましたーと普段着より可愛らしいお出かけ服のモモンちゃんが湯屋の玄関から出て来た。
私がかわいいかわいいと褒めていると、
「俺も行く」
と、先輩が言い出した。
「へっ?」
ユールさんとモモンちゃん、そして私は耳を疑った。
「ハートはまだまだ女性を守れるほどの腕じゃないからな」
自分が護衛代わりについて行くと言う。
白狼先輩は剣術の腕も店のナンバー1である。
「頼りなくてすいません」
私が頭を掻きながらモモンちゃんに謝っていると、ユールさんがこそっと耳元で囁いた。
「すまん。白狼のやつ、あれでもモモンを妹みたいにかわいがってるんだ」
心配でしょうがないんだろうな。わかる気がする。
私とモモンちゃんは顔を見合わせた。そして相談の結果、白狼先輩に同行してもらうことにした。
まあ正直、断ると後で面倒そうだし。
「よろしくお願いします」
ふたりで頭を下げる。
白狼先輩はふんっと息を吐きながらも尻尾がゆらりと、うれしそうに揺れていた。