閑話「アウィンのアイドル奮闘記」
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
お兄ちゃんが行ってしまった。
わたしを置いて、行ってしまった。
でも、きっと帰ってくる。
今までもそう。これからもきっとそう。
だから、わたしはわたしのできることをしなくちゃ。
お兄ちゃんがわたしに期待してることを、わたしのできる精一杯で。
「アウィンたん、こっち! こっち向いて!」
「アウィンたん、こっちで笑ってー!」
「こっちに手を振ってよー!」
「は、はいー!」
が、頑張らなくちゃ!
「ねえ、繭。アウィン、大丈夫なの?」
「大丈夫。危害を、加えようと、したら、捕縛する。それに、これも、アウィンのため」
「“アウィン親衛隊”ねぇ。テイクがいいって言ったんなら考えがあるんでしょうけど」
「ユズも、変な、動きがあったら、その人、倒して」
「簡単に言ってくれるわね。それに、変な動きしてる奴なんてそこら中にいるわよ。特に最前列のターバン野郎とか」
ユズお姉さんと繭ちゃんが何か話してます。
でも、よく分からない!
それよりも、色んな声が聞こえてきて目がグルグルです!
どうしたらいいの!?
「マイエンジェルアウィンたーんっ! 目線! 目線を俺ちゃんにプリィィィーズっ!」
「コイツ倒せばいいのよね、繭」
「やや! 君はオッドボールのユズ! 噂に違わぬ絶壁の持ち主だね!」
「…………」
「ちょいちょい!? 無言で剣向けないで欲しいな!? あと、俺ちゃんの腕はそっちには曲がんないよ! システム上ね!」
「ユズ。それは、変態だけど、違う。一応、重要人物」
「そうだよ! だから、ビップ待遇を要きゅ、しない! しないから剣を突き立て続けるのは勘弁!」
わ、最前列で飛び跳ねてた人がユズお姉さんに捕まった。
でも、ユズお姉さん、優しいから大丈夫だよね。
えとえと、次はこっちの人から何か言われてたはず!
と、とりあえず笑っとこう!
「アウィンたん、可愛い。マジ天使」
「ねえ、繭。私の独断でコイツ処罰していいかな。いいわよね」
「……いいかも」
「繭ちゃん、それは酷い! 酷いよ! 俺ちゃん、泣いちゃう!」
「そもそも、このアウィンを囲んだ撮影会に何の意味があるのよ。アウィンに攻撃しようとする奴を捕まえるのが目的でしょ?」
「なら、今俺ちゃんを捕まえてるのはおかしくないかい? はーなーしーてー」
「あら、私は目的通り、アウィンに不利益そうなやつを捕まえてるだけよ」
「むー、ならいいや。自分で抜け出しちゃうもんね」
「そう簡単に……え?」
「ほい、脱出。はーい、みんな! 撮影会はご満足いただけたかな? とりあえず、撮影会は終了でお願いしまーす! お次はメインイベント、アウィンたんとの握手会でーすっ!」
うわ! わわわ!
凄い声! 集まってる皆さんが叫んでます!
それよりも、わたしとの握手会?
そういえば、お兄ちゃんもそんなこと言ってた気がします。
握手かあ。手を洗っておかないと失礼になっちゃうかな?
「アウィンたん、お疲れ様!」
「あ、お、お疲れ様、です」
「アウィンが怖がってるじゃない。やっぱり、先にアンタをどうにかした方がいいんじゃないの?」
うう、この人苦手です。
咄嗟にユズお姉さんの後ろへ隠れちゃいました。
わたしのことを色々考えてくれているのは何となく分かるんですが……。
「千里の道も一歩から! 俺ちゃんは諦めないよん」
「アンタとアウィンの間に道があるなんて思わないことね。不愉快だわ」
「なら開拓するまでだね! それはそれで楽しいものだよ!」
「はあ。もういいわ。それで、なんだっけ? 握手会?」
「そうそう。これが今回のメインイベント! ユズサンにもお手伝いしてもらうよー」
むむ、またまたわたしにはよく分からないお話をしています。
お兄ちゃんやこのたーばん? というものをしてる人は難しいお話が大好きなようです。
今もユズお姉さんと握手会について話しています。
わたしがお兄ちゃんとそんなお話ができるようになったら、お兄ちゃんも喜んでくれるのかな?
「繭ちゃん、繭ちゃん」
「……アウィン、どうしたの?」
「難しいお話はよく分からないので、教えてください!」
「……んー、アウィンが、色んな人と、握手する。そうすると、テイクの、敵が、分かる」
「そうなんですか!?」
「そうなんです」
「お兄ちゃんのためになるなら、わたし、頑張ります! 一回、手を洗ってきますね!」
「……アウィン、ごめんね」
手を洗おうと洗面所へ向かった足がピタッと止まる。
繭ちゃん、苦しそう。どうしたのかな?
友達としては放っとけないよね。
クルッと一回転。向かう先は繭ちゃんに変更です!
「繭ちゃん?」
「……ごめん、アウィン。やっぱり、さっきの、嘘。半分、嘘で、半分、本当」
「えっと、どういうことですか?」
「アウィンが、握手すれば、敵が、分かる。それは、本当。でも、ちょっとだけ、違う。……ごめんね、アウィン。繭達は、あなたを、囮にしようとしてる」
ふむふむ、わたしでも分かってきましたよ。
お兄ちゃんの敵さんが、わたしに襲いかかってくるってことですね。
握手しようとしたら、攻撃してくるのかな?
「……アウィン。あなたが言えば、きっと、この作戦は、無くなる。まだ、間に合うから」
「繭ちゃん、お兄ちゃんはね、わたしを信じてくれたんですよ! 頼んだぞ、って」
「アウィン?」
そうです。
お兄ちゃんは出掛ける時、わたしに後を託して行ったんです。
きっと、わたしがここでやることはとっても重要なことで。でも、お兄ちゃんの向かった先でも重要なことがあって。
きっと、それもまた、わたしのため。
「だからね、わたしは逃げたりしません。そりゃもちろん、お兄ちゃんがいないのは不安ですが、ここには繭ちゃんとユズお姉さんがいます! お兄ちゃんも、だからこそ出掛けられたんだと思います!」
それに、ちょっとした攻撃ぐらい、パパッと避けちゃいます!
きっと、それだけじゃお兄ちゃんは安心できないんでしょうけど。
お兄ちゃん、ちょっと過保護さんだからなぁ。
「でも、そんなところもお兄ちゃんらしいですけど」
「アウィン」
「まあ、そんな訳で、わたしのことは大丈夫です! 心配しないでくださいね、繭ちゃん」
「……そう。分かった。繭も、アウィンを、守るため、頑張る」
よし、これで繭ちゃんも元気になったかな?
さあ、後はお兄ちゃんの敵さんを返り討ちですっ!
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~
「それじゃ、アウィンたん、またね! また来るからね! ばいばいっ!」
「は、はい。ばいばいですー」
「アウィン、大丈夫? 疲れてない?」
「ま、まだ大丈夫です、ユズお姉さん! でも、ほんとに敵さんなんているんですか?」
握手会が始まって色んな人と握手しました。
皆さん、わたしと握手するだけでとっても笑顔になってくれますっ!
ただ、時々抱き着いて来たり、変な事を聞いてくる人もいましたが、そういう人は隠れていたユズお姉さんやターバンの人、あと、ターバンの人が連れてきた大きな女の人が連れて行っちゃいました。
「もおー、躾のなってない子ねぇ。アタシが教育しなおしてあげるワ」
「ひぃ!? なんだこのオカマ野郎は!? 離せ! あ、アウィンちゃん、助け」
大きな女の人はとっても強いみたいです。
わたしもあれだけ強くなったらお兄ちゃんに褒めてもらえるかな?
今度、どうやったらそんなに強くなれるのか聞きに行ってみようっと。
「はーい。次の方どーぞー。マイエンジェルに手を出したりしたら噛むから気をつけてねー」
「アウィンたんがか!?」
「俺ちゃんと絶壁ちゃんだよ!」
あ、そろそろ次の人が入ってくるみたい。
笑顔、笑顔!
「アイツ、後で殺す」
「あ、あははは……」
わたしの後ろでユズお姉さんが怖いこと言ってるから引きつった笑顔になっちゃった!?
あわわ、戻して! ニッコリ笑って、わたし!
「おおー。君が町盗賊のアウィンかあ。受け答えとかもNPCとは違うんだろ? てか、町盗賊の面影ねえな」
「あ、えっと、今日は来てくれてありがとうございます! はい、わたしがアウィンです! それじゃ、握手を」
「おう、それじゃお言葉に甘えて」
わたしが手を差し出すと、男の人も片手を出して握手。
ここで、わたしがニッコリ笑うと相手の人も笑ってくれたり、照れたりするんだよね。
「あなたも、闘技大会を見て来てくれたんですか?」
「そうだね。でも、探してたのはずっと前なんだけど」
「え?」
「今日の目的は報復かな?」
グンっと手を引かれる。
あ、ダメ! そんなに引っ張られると!
「あ、やっぱり手が取れちゃった」
「な、これはどういう!?」
繭ちゃんに貰った、わたしの手そっくりな偽物。
本物だと思って握手してくれていた人達にはごめんなさいだけど、その分、お話や笑顔を届ければいいって繭ちゃん言ってたから頑張った。
で、その手が取れちゃったってことは。
「なっ、お前らどこに」
「アウィンたんを攫おうなんざ、俺ちゃんがログインしてる内にできる訳ねえですぜぃ」
「アウィンに何しようとしたのか。どうせ碌なことじゃないんでしょうけど、教えて貰いましょうか」
「くそ、こうなりゃ、ログアウトを」
「《トリックカース》」
「……!?」
わあ、凄い。
一瞬でターバンの人とユズお姉さんが捕まえちゃった。
特に、ターバンの人。動きが全然見えなかったです。それについていったユズお姉さんも凄いけど。
男の人は動かなくなっちゃいました。
どうしたんだろう。それに、今の声は繭ちゃん?
「へい、ユズサン! 俺ちゃんの動きに合わせるなんてよくやるねー!」
「残念ながら、ほぼ勘よ。それより、コイツどうするの」
「とりあえず、剣を俺ちゃんの喉元に当てるのはやめて欲しいかなー、なんて。絶壁ちゃんって言ったのはあやま、って今振り抜いた! 振り抜いたよね、今!?」
「……じゃれ合うのは、そこまで。繭の、《トリックカース》は、プレイヤー相手だと、時間制限ある、から」
「あららん? なーんだ、もう終わっちゃったのねん。それじゃ、アタシのお仕事はここからかしらねぇ」
……うーん。じょーきょーがよく分かんないです。
こういう時はお口チャックが一番ですね!
お兄ちゃんに「一旦、お前は黙っとけ」って言われ続けたわたしは学んだのですっ!
大きな女の人に担がれていった男の人はどうなっちゃうんでしょうか。
お仕置きって言ってましたし、お説教かな?
うわわ、それは怖いです。
それにしても、あの男の人はどうして急に動かなくなったんでしょう?
うん、やっぱり気になっちゃうし、聞いちゃおっと。
お口は喋るためにあるのですっ! チャックは開けちゃいましょう!
「繭ちゃん、繭ちゃん。あの人、どうしたんですか?」
「……今は、“麻痺”と、“睡眠”の、状態異常に、なってる。《呪い》スキルの、技で、装備を、入れ替えたの」
「ふぇ?」
「……繭が、金縛りにした。そう、思ってれば、いい」
「なるほど!」
繭ちゃんって、金縛りにすることもできるんですね!
お金を縛る……。そんな恐怖、身も凍って動けなくなっちゃうに決まってますっ!
「やっぱりいたわね。ああいう奴」
「これからドンドン増えていくはずだよん。後半は俺ちゃんが連れてきたプレイヤーじゃ無くなっちゃうだろうしー」
「ここからが勝負ってことね」
「はい、アウィン。偽物の、手。付けて」
「あ、はい! ありがとうございます!」
繭ちゃんの作った偽物の手。手袋みたいに装着するとわたしの手が一回り大きくなった。
手の感覚は無くなっちゃうんだけどね。
「おーいぇー。気合入れて次行っちゃうよー。アウィンたんは俺ちゃんが守るから安心して握手しててね!」
「大丈夫よ、アウィン。あのターバン付けた変態からは私が守ってあげるから」
「繭は、また、待機してる」
「はいっ!」
皆がいなくなって、わたしの握手会場は見た目ではわたし一人になった。
でも、皆はわたしを守ってくれる。
だけど、わたしはそれでいいなんて思っちゃダメ。
お兄ちゃんに任されたんだもん。わたしがしっかりしなきゃ!
さあ、次の人はどんな人かな?
笑顔で出迎えましょうっ!




