閑話「癒香's キッチン!」
一人称視点ですが、いつもとは違った感じで書いています。
ご注意ください。
「う、あが……。あぁぁぁああ」
「お兄ちゃん! お兄ちゃんしっかりしてください! 死んじゃ嫌ですぅっ!」
「アウィンちゃん、テイクさんは今、MP切れでとても辛い状態なんです。私も自分でMP回復薬を作っているので気持ちはよく分かります」
「癒香さん! お兄ちゃんが! どうしましょう!? わたしはどうしたら!?」
「傍にいてあげてください。それだけでテイクさんの力になれるでしょう」
「わ、わかりましたっ! わたし、お兄ちゃんのそばにいます! ずっとっ!」
「はい。それでは、私はテイクさんへお渡しする報酬の方を用意してきますね」
何か聞こえる。
だが、今はそれどころではない。
今は、自分自身の置かれている状態を把握することで精一杯だ。
否、それ以外にやることなどない。
オレの置かれている、この至福の時間を傍受するのだ!
『ああー。癒香ちゃんの胸やっぱいいぜぇー。なんつーか、こう、安心感というか、母性っつーの? 包まれてる感じすげえわぁー』
「それでは、トパーズちゃんは危ないのでここにいてくださいね」
『おお、時間よ止まれ。この天国よ、永遠に……! って、あれ、癒香ちゃんもう終わりかよ?』
「そんなに見詰めないでくださいよー。また抱っこしたくなっちゃいます。でも、今からお料理するのでごめんなさいね」
かぁーっ! たくよぉ。ここでお預け食らうたぁ、ツイてねえなー。
でもま、それも仕方ねえか。
なんたって、人間の言う“リョウリ”って奴は動物の肉をかっ捌いて食っちまう過程らしいからな。
何とも恐ろしい。
オレだって動物の端くれ。んなとこには一秒たりともいたくはねえよ。
にしても、早くもっかい抱っこしてくんねえかなー。
こう、ちょい伏せて上目使いに目をキラキラさせときゃ飛んできてくれたりしねえかね。
『トパーズ』
『……!? お、おう、ラピス姐じゃねえか。旦那のとこにいなくていいのかよ?』
『ご主人様にはアウィンが付いています。それに、ワタシの半身も。ですのでワタシはトパーズの監視に』
『んだよ。別に何もしやしねえっての。今は癒香ちゃんとも離れてっしな』
『……ええ。それは想定外でした。癒香はトパーズを離さないと予想していましたが』
『リョウリだとよ』
『なるほど』
調理場と呼ばれる処刑台に立つ癒香ちゃん。
エプロン姿は可愛らしいが、その手に持つ刃物が怖えぜ。
どうやら今は、何かの肉を切り裂いて焼くという、死体に鞭打つ行為を行っている最中だな。
この世は弱肉強食。
オレがとやかく言う筋合いはない。
あの行為も、恐らく意味のあることなのだろう。オレには分からんが。
「さてと、これで待てば串焼きは完成ですね。後はタレなのですが……」
お、癒香ちゃんがこっち見た。
ここで、猛烈アピール! ゴロンと寝そべりお腹を上に向けて目線は相手へ!
さあ、食らいつけ!
「まあ、トパーズちゃん達なら大丈夫でしょう。企業秘密が漏れることはありません」
『なっ!? 反応なし、だと!?』
『癒香は薬師のこととなると周りが見えません。トパーズ、アナタのことも眼中に無いのです』
くぅ、計算外だ。
あのポーズは幾度となくチャンスを物にしてきた伝家の宝刀だってのに……!
オレの苦悩も虚しく、癒香ちゃんは手馴れた様子で準備を進めていく。
すり鉢、すり棒、ビーカーにバーナー。あれは確か薬包紙とかいう薄い紙だな。
リョウリには色んなもんが必要になるようだ。
『で、今出てきたもんは何だよ。骨か? 人間はスケルトンまで食う気かよ!?』
『ワタシの仲間であるマルチスライムの粘液もありますね。あちらにあるものは悪戯エイプの歯ですか。しかも大量に』
『げぇ、あれって角だよな。ホーンラビットの。コウモリの羽まであるし、人間の食欲ってのはどんだけ底なしなんだよ』
『……まさか。食べるはずがないでしょう。どれも食用には不適切です』
「よし、材料は揃いました。お料理の続きですね!」
やっぱ、食う気じゃねえか!
人間はなんつーもんを食料にしてんだよ……!
「サバイヴミートのお肉には、ホーンラビットの角。スマッシュポークにはケイブバットの羽でしたね。ドライブチキンには悪戯エイプの牙っと」
『おいおい、癒香ちゃん、マジで何する気だよ』
『すり鉢の他に、ミキサーも出てきましたね。ということはつまり』
「さてと、それぞれにスケルトンの骨を混ぜ合わせてすり潰しましょう!」
癒香ちゃんがすり鉢の中に骨と羽を入れてゴリゴリ。
次は骨と牙でゴリゴリ。
もちろん最後に、骨と角でもゴリゴリ……。
『…………』
『これは、直視したくはありませんね。自分にもある体の一部が骨と合わさり砕かれていますよ』
『実況すんなよ、ラピス姐……!』
「さて、後はミキサーに入れてよくよく粉々にしたら、マルチスライムの粘液を入れて」
うわ、デロデロになった。
だが、確かに何かしらの作用が働いているようで、少しずつ色が変わっていってんな。
角が入った奴は薄い赤色に。
羽は薄い青色。牙は薄い緑色だ。
『トパーズ、ワタシも気持ち悪くなってきました』
『ラピス姐はほぼ自分と同じもんがかき混ぜられてるようなもんだかんな。無理すんなよ』
「さて、ここでワンポイント! 味と色彩を整えるために……はっ! トパーズちゃんとラピスさん!?」
え、何。今更気付いたの?
てか、材料足りないからあなたの角をーとか言わないよな!?
それはさすがにアブノーマルすぎるぜ!?
「ああ、どうしましょう。すみません。企業秘密のことで頭がいっぱいで、配慮が足りていませんでしたね!?」
自分の体で何とか赤や青色のデロデロした物体を隠そうとする癒香ちゃん。
ああ、俺達と同じ種族を材料にしてることをやっと気付いたのか。
いや、別に同種族を狩ったり、食べたりすることには何も言わねえよ?
俺達だって生きるためだし、旦那のとこに来てからは同種族でも倒してるし。
ただ、スプラッタはさすがに耐性ねえから辛いもんがあるかなって……。
見なければいい話だってのは分かるんだが、そういうのって逆にギリギリまで見ちゃいたくなるじゃん?
『だからさ、オレ達のことは気にすんなよ。無理だと思ったら向こう行くから』
「ごめんなさい! 辛かったですよね! すみませんでしたぁっ!」
目の前で閉まるカーテン。
そして、程なくして聞こえてくるミキサーや何かを叩いたり、割ったりする音。
オレにはカーテンを自分の手で開く勇気は、なかった。
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そこからの惨劇はあまり思い出したくもない。
今でもスケルトンの骨と、オレと同種の角が一緒くたになって砕かれている音が耳に残っている。
「お、これ癒香が作ったのか」
「凄い! とっても美味しそうです!」
「ええ、どうぞ。お金とは別に、今回の報酬としてお渡しするつもりでしたから」
「そうか。んじゃ、早速一本。おお、美味いな」
「お兄ちゃん! わたしも! わたしにもください!」
「ふふふ、たくさんあるのでトレード画面からお渡ししますね」
「悪いな、助かる」
オレは今、人間の狂気を目の当たりにしている。
癒香ちゃんに抱かれているというのになんだろうか、この薄ら寒い感覚は。
一刻も早く出直したい。
一度、この店から出て仕切り直せばきっと天国へ行けるはずなんだ……!
「いえいえ。あ、トパーズちゃんをもう少し抱っこしていてもいいですか?」
「ん? トパーズを?」
な、なななななぁっ!?
いつもなら歓喜する言葉だが、今だけはダメだ!
何か、とてつもなく怖い! 角取られんじゃねえか!? 俺のアイデンティティが失われちまわねえか!?
『旦那! 後生だ! 助けてくれ!』
「まあ、戦闘する予定もねえし、いいぞ」
『くっそ、聞こえてねえ! アウィン! 頼む、止めてくむぎゅぇ』
「ほんとですかっ! ありがとうございます、テイクさん! トパーズちゃん、もう少し一緒にいられますよっ!」
「わぁ、お兄ちゃん、これ! これ、すっごく美味しいですっ! 凄い! 美味しい!」
ダメだ、興奮した癒香ちゃんに押さえられて幸せと絶望に潰される。
アウィンは使い物にならない。こうなったら事情を知っているラピス姐だけが頼りだ……!
頼む、ラピス姐……っ!
『トパーズ、少しは痛い目に遭ってきなさい。……角が無くなっても生え変わりますよ、きっと』
ラピス姐……!
ちくしょう、もうダメだ。おしまいだ。
店を出ていく旦那を天国と地獄の狭間で見送る。
ああ。
人間って、怖い。
これ、ショートストーリーズっていう短い話3つの内の1つだったはずなんですよ。
3600文字て……
もう、一つの話として投稿する他ないじゃん……




