第七十三話「デメリット」
ああ、やっといつもの「極振り好き」に帰ってきた気がします……!
小難しい説明回なんてなかったんや。
ほのぼのした冒険が「極振り好き」ですよ!
「お兄ちゃん?」
「うぇい!? なんだアウィンか。考え事してるんだ。いきなり話し掛けないでくれ。それで、どうした?」
「あ、えっと、お兄ちゃん、急に帰っちゃったからどうしてかなー? と思ったので」
「……そんなに不自然だったか?」
『ご主人様の帰りたいという思考は、部屋に閉じ込められた時からずっと読み取れました。ですので、急に、と思われることはないはずです。ご安心を』
『アウィンは後から来ただろが。そのせいでそう思っただけだっての。あの青い奴には何とも思われてねえって』
「そうか、だといいんだがな」
だが、言い方的にラピス達にはバレバレだったようだ。普段と変わらないように振る舞ったつもりだったんだが。
今はエリー達のいた一軒家からオッドボールへと帰っている途中である。
もしかすると、カリムという名のNPCを壊したのは俺達かもしれない。ということは結局胸の中にしまったまま。
どうしよう、流れで帰ってるけど言った方がよかったんだろうか。でも、言ったからって治るとは思えないし。
それともう一つ、カリムさんについて気になることがある。
俺があの人に会ったのはリリース初日以来の二回目。そのはずだ。
だが、それとは別にどこかで会ってるような気もするんだよな。全く思い出せないし、そもそもほんとに会ったのかどうかも自信ないけど。
ま、そんな後ろめたいことや曖昧で些細なことは一旦忘れてしまおうじゃないか。
やっと見えて来たいつもの果菜店。その向かいにある路地に入ればオッドボールはすぐそこ。
「ついでだし、リンゴでも買ってくか?」
「……」
あれ、おかしい。
いつもならここでテンション振り切って店へと突撃する町盗賊がいるはずなんだが。
俺の横にいる町盗賊はキョロキョロと辺りを見回すので忙しい様子。
なんだ、珍しいな。
「アウィン」
「は、ひゃい!? あ、ごめんなさい! なんですか、お兄ちゃん?」
「いや、リンゴ買おうかと言ったんだが、お前が反応しないのも珍しいな、と」
「リンゴっ!? リンゴ買ってくれるんですか!? 行きましょう! いつものお店ですよね! さあ、早く早く! 先に行ってますよーっ!」
ああ、どうやらいつものアウィンだったようだ。
さっきのは何だったんだろうか。何か警戒しないといけないことでもあったのか?
とにかく、今はリンゴ買ってオッドボールへ戻ろう。
それからユズ達と今後の計画を立ててみるかな。
『ご主人様、お急ぎください! アウィンが!』
「おおう!? なんだ、急にどうしたラピス」
『いいからボヤボヤしてんな! 旦那、さっさと走れ! いや、旦那は走った方が遅いし頑張って歩け!』
「トパーズまで何だよ? 急げってリンゴか? お前らそんなにリンゴ好きだ……っけ」
言われた通り少し急ぎながら前を向く。大通りは人が多く、その先があまり見通せないが、今、はっきりと見えた。
今のは誰だ。アウィンの手を掴んでいたのは誰だ……!?
嫌がるアウィンへと迫っていた男はどこの、どいつだ!
「あ、あの……」
「君、やっぱり闘技大会に出てたアウィンちゃんだよね? NPCアイコンも出てるし絶対そうでしょ? お、俺、さっきの客だぜ。ほら、二十四番の。急にいなくなるからどうしたのかと思ったよ。じゃ、じゃあ改めてあく」
「おいコラてめぇ、何汚い手でアウィン触ってんだ。さっさと離しやがれや」
「あ、お兄ちゃん!」
やっと着いた。くそ、こういう時にDEX初期値は厄介だ。急ごうと思えばステータスが反映されて極端に遅くなる。
これは移動だ。単なる地点と地点を結ぶ道のりを自分の足でなぞっているだけ。
怒りと焦りを小難しいことを考えて塗り潰し、ついに到着だ。
「ラピス」
『お任せ下さい』
「トパーズ」
『おっしゃ、ぶちかましてやんよ』
「アウィン」
「お、お兄ちゃん、あのね」
「遅くなって悪かったな。ちょいと我慢しろよ」
ラピスを男に掴まれているアウィンの腕へと移動させたところで、トパーズが俺の肩から飛び出す。
一閃。
「お、お兄ちゃんって、まさか……! ぐおっ!?」
「きゃっ!」
トパーズの《跳躍》スキルを乗せた蹴りの衝撃を見たか。
町の中でダメージが通ることはないが、少しの衝撃は与えられる。
トパーズにはその少しで充分だ。普通の攻撃で少しの衝撃。トパーズの攻撃の少しは並大抵なものではない。
ラピスはそんな衝撃でも全て吸収、無効化してしまう。アウィンへ至る衝撃は無い。
「《リコール》」
上空へと飛んでいったトパーズを呼び戻す。俺のMPは5,950。《リコール》を使ったことで千のMPが減ってしまったが《MP自然回復》で少しずつ回復もしている。
さて、あと何発の衝撃を撃ち込めるのかな?
アウィンを背中に隠すように男へと向き合う。
装備からするとハンマー使いのタンカーか。分厚い鎧を装備している。
ふむ、腰のあたりへ横から衝撃を加えれば、鎧のおかげで腰と脇の両方へ追加ダメージが見込めそうだな。
「お、おい。あんた、もしかしてアウィンちゃんの」
「気安く名前呼んでんじゃねえよ。アウィンは俺のテイムモンスターだ。これ以上は指一本触れさせねえ」
「んなこと知るか! こっちは金払ってんだよ! なあ、アウィンちゃんからも何か言ってくれよ」
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんがわたしを守ってくれています……! わたしのために……! お兄ちゃんが……!」
「あの、聞いてます? アウィンちゃん?」
金、ねえ。
そういえば、さっき二十四番とか言ってたか。
ってことは、アレか。
ったく、開設早々やらかしやがって。
仕方なかったとはいえ、無事に機能するんだろうか。
とりあえず、掲示板開いて、っと。
「なあ、お前。あー、アイコンでは、ハンリアくん? かな? さっき二十四番って言ってたよね」
「ああ、そうだよ。権利は買ったはずだ」
「でも、その時にルールも教えて貰ったはず、だよな?」
「んなこと、いちいち覚えてねえっつの。いいから、そこどけよ」
「“アウィンにはオッドボール以外で触れてはいけない”。言われたはずだけど?」
「だから、知らねえよ!」
「あっそう。とにかく、もうプラベの掲示板には報告しといたから。俺もどうなるかは知らねえけどさ。ほら、アウィン帰るぞ。リンゴはまた今度な」
「はい!」
アウィンを連れてオッドボールへと続く路地へと向かう。
後のことはリーダーさんが何とかしてくれるだろう。めっちゃ張り切ってたし。
「あ、おいてめぇ、話はまだ終わって――」
声が聞こえた気がして振り返ったが、既にハンマー使いの姿は跡形もなく、すぐにいたはずの場所も雑踏に紛れて見えなくなった。
ま、いいか。
なんか、長かった気もするがやっとギルドホームに帰れるな!
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「ただいまー」
「おかえり、テイク」
「ああ、やっと帰って来たのね。お帰りなさい」
……あれ、何かがおかしい。
ここは、オッドボールの入口。店舗部分だったはずなんだが、ちょっとだけいつもよりも広く感じる。
「なあ、繭」
「なに、テイク」
「ここにあったはずの“装備すれば生命力の下がる鎧の定義に疑問を投げ掛けた画期的な鎧”はどこにやったんだ?」
「売れた」
「ダウト」
「……嘘じゃ、ない」
そんな……!
最初期から店頭に飾ってあった装飾品だと思っていたのに!
そろそろ愛着だって湧いてきたところだったんだぞ!
それを、客が、買っただと!?
「なら、あの棚に飾ってあったグローブ“君も今日から世紀末! あれ、攻撃が、遅れてくるぞ?”は!?」
「売れた」
「カウンターの奥に展示してた大剣“ただただ重い! さあ、マッスルトレーニングだ!”は!?」
「売れた」
「この世の、終わりだ……!」
「……むぅ、さっきから、テイク、酷い。そもそも、全部、売り物。商品。飾り物じゃ、ない。……だから、売れたのは、当たり前」
おま、だって、どう考えてもネタ装備じゃねえか!
てか、繭のネーミングセンスもどうなってんだよ!
繭は装備名欄をキャッチコピー入力欄と勘違いしてんじゃねえのか!?
「テイク、あんたまさか全部の飾りの名称覚えてる訳ないわよね?」
「ユズ、これは商品」
「なあ、ユズ! お前は見てたんだろ!? 買ったのか? この装飾品達を客が買ったのか!?」
「だから、商品だって、言ってるのに」
「……諦めなさい」
「そんな……!」
「二人とも、大袈裟。繭の装備は、分かる人には、分かる」
ちくしょう、繭の店に客が来て、装備を買っていくなんて大晦日とハロウィンだけだと思っていたのに……!
よろよろと店に置かれたショーケースへと倒れ込む。
“この指輪で新たな境地へ!? 付ければ麻痺が付与されるシビレビリング!”。お前だけは売れてくれるなよ……。
「ま、確かに普通じゃ売れないわよね、こんな装備。お店の立地が悪いから人も来ないし」
「……隠れた、名店。そういう、コンセプトだった」
「迷店ねぇ。確かに来るだけで迷いそうだ」
「……そっちじゃない」
「ま、それでもお客さんが来てくれたのはアウィンのおかげね」
ああ、やっぱりアイツらが買って行ったのか。
こんな意味の分からん装備を買うのは変人集団しかいない。
闘技大会にて、アウィンを大々的にお披露目して、運営にアウィンを消させないようにする。その目的は成功した。
しかし、どうやらそれには大きな大きなデメリットも存在したのだ。
“アウィンちゃん親衛隊”。それが、あの変人集団のギルド名だ。
入隊員、随時募集中。




