第七十一話「謝罪は誰のため?」
「姉貴と俺だけが魔王の魔力を持ってると分かってる? 他のテイマーだって全員そうなんじゃ」
「テイマーは必ずしも魔王様の魔力を持っているとは限りませんわ。ただ、魂の器が大きいだけかもしれませんの」
魂の器? なんじゃそら。
さっきから、意味のわからないものをポンポンと並べ立てやがって。
「テイマーは抽選で選ばれたはずだ」
「いいえ、違いますわ。テイマーを選ぶ権利は、テイマーとなり得るポテンシャルを秘めた方にのみ与えられましたの。β特典とは、その人の才能を見る機会だと思って頂ければ」
「βテストに参加していない、これからESOを始めるプレイヤーだっているだろ」
「それは、自力で才能を開花させて頂かないことにはどうしようもないですわね。そうなれば、ユニークスキルとして発現することになってはいますが、現在自力でユニークスキルを手に入れた方は存在していませんわ」
ユニークスキルなんてもんもあるのか、このゲーム。
そして、β特典の裏事情。才能を見る? うさんくせえ。
そろそろ、潮時だろうか。姉貴が異世界召喚されたやら、魔王が死にそうやら、挙句の果てに俺が魔王の跡取り候補だ?
もう、これぐらいの材料でいいだろう。これだけあれば姉貴に真偽を聞くことができる。
笑いながら「寝ぼけてんじゃない」なんて言って突っぱねてくれればいいんだが。
なんだろう、嫌な予感がする。
「どうでしょう。ご理解頂けたでしょうか」
「……まあ、お前の意見は理解したが」
「そうですか」
「だが、信じるか信じないかは……って、何してんだ、お前」
俺が話を理解したと聞いたエリーはおもむろに席を立ち、俺へと頭を下げる。
その一歩後ろではメリーも同じように。
「謝罪すんなって言ったはずなんだが」
「それは、貴方のテイムモンスターに関してのことだったはずですわ。これはまた、別件のこと」
頭を下げたままのエリーが俺へ謝罪の言葉を投げかける。
ラピスとトパーズとは関係のない、俺へ謝らないといけないこと。
となると、やっぱり。
「貴方のお姉様メグミは、ともすれば永遠にエゾルテへ縛られることになっていたかもしれません。もしそうなっていれば貴方は家族を奪われたのと同義。謝って済む問題ではないことも重々承知しておりますが、どうか謝罪をさせて頂けませんか」
「やっぱ、そう来たか」
コイツの立場なら当然ではあるな。俺達からすれば拉致監禁のようなもんだ。
姉貴は実家を出て一人暮らしをしていたし、両親との連絡もそこまで頻繁じゃなかった。もし、姉貴が異世界へ連れて行かれていたとしても、何ヶ月かなら気付かないこともあるかもしれない。
それでも、本当にそんなことをしていたのなら、立派な犯罪だ。異世界でも通用するのかはわからないが、いい気はしないな。
「私は、貴方がメグミのご姉弟だと知った時からずっと謝らなければと考えていましたわ。ですが、謝罪するためにはエゾルテのこと、魔王様のことを話さなければなりません。これは、誰にでも話せる内容ではありませんの」
「…………」
「そしてついに、魔王の魔力を持ち強者であるとエゾルテに認められた貴方に、話し、謝罪することが、やっと……! 本当に、本当に申し訳」
「……あのさあ」
黙って聞いてりゃ、ペラペラと自分がどれだけ辛かったか喋りやがって。なんだよ、不幸自慢か?
コイツの話を信じれば、そりゃいきなり事情も説明せず「貴方の姉を拉致しました。許してください」なんて言われても理解不能だ。
かといって、異世界とか魔王が危篤やらはコイツらにとってトップシークレットだろうし言えない。
謝りたくても謝れない。そんな板挟み。
だから、なんだってんだ?
「お前、自己中心的って言われんだろ」
「えっ、そ、それは今関係ないですわ」
「大いに関係してんだよ。今、俺がどういう状況か分かってんのか? お前が謝りたいから謝ったとして、俺がそれを受けるとでも?」
「テイクさんに私の話を理解して頂けたからこそ、私は……。それに、貴方だって理解したと仰っていましたわ!」
「ああ、お前の言い分は理解したさ。人の姉貴を拉致してたまたまこっちに帰って来れたからよかったものの、最悪戻っては来れなかったんだろ? で、しかもそっちの都合でまたいい感じのやつがいれば拉致します。お前もその標的だから覚悟しとけ、とこんな感じか」
「ちがっ」
「違わないだろ。俺の立場から見ればこういうことなんだよ」
それを一切考慮せず、いきなり謝罪なんてされてもな。
しかも、この事が本当のことなのかも俺には分からない。姉貴に聞くまではコイツの妄言だとしか考えられない。
本当のことだったとしても、姉貴がこの事をどう捉えているのかも知らないと謝罪に対してどう応じていいものかの判断もできない。
「だから、その謝罪は受け取れない。何の返答もできない」
「そう、ですか。……分かりましたわ」
「まあ、謝罪されたってことと、お前が自己中野郎だってことは覚えとくさ」
「ううっ」
「テイク様。今の発言は撤回して頂けますか」
「メリー……!」
「エリーお嬢様は野郎ではありませんので」
「メリー!? つまり、貴女にとっても私は自己中心的だと言うのですか!?」
「そうか、すまん。自己中女郎に訂正しよう」
「女郎なんて言葉、聞いたこともありませんわ!」
「ありがとうございます」
「どうして、メリーはお礼を言っているんですの!?」
乗っかった俺も俺だが、メリーの言葉で重苦しい空気が一掃されたな。
エリーにお小言を貰っているメリーを見ると、軽く会釈が返ってきた。
狙ってやったのか。お固い、上から目線なメイドだと思っていたが、気の回る有能なメイドなのかもしれない。
これだけじゃ、何とも言えないが。壁に叩き付けられたこと、まだ覚えてっからな。
さて、空気も緩み、エリーの長話もひと段落ついた。
そろそろ、こいつの話も聞いてやらなきゃならんか。
俺の肩で終始ソワソワしていたトパーズ。首に毛が触れてくすぐったいやら、耳近くなのでうるさいやらで散々だ。
虚空のアイテムボックスからスキルリングを取り出し左手に装着。すぐに《精霊言語》のスキルが発動して……。
『おっせえよ旦那! なんで腕輪を外しやがんだ! オレらの声が聞こえなくなるんだろ!?』
『ご主人様、申し訳ありません。トパーズには後で言い聞かせておきますので、今はどうかトパーズの話を聞いてください』
ん? てっきりトパーズはまたメリーを紹介しろだとか、抱っこして貰えるよう仕向けろだとか言ってくるのかと思ってたんだが。
ラピスまでこう言ってくるなら、重要なことなのか?
エリー達の手前、ラピス達に話しかけることもできない。視線でトパーズの話を促す。
『旦那、やべえぞ。この家、気持ちわりい奴が二階に潜んでいやがる!』
『トパーズはお粗末ながら気配察知が可能です。恐らく、その効果かと』
『ラピス姉、お粗末ってそれは酷いんじゃねえの?』
『事実です。もしかすると、それが原因の可能性だって存在しているのですよ』
『まあ、確かにそれはあるかもしんねえけどな。気配があったり消えたりしてんだ。しかもすっげえ微かな気配しか感じねぇ』
トパーズの《気配察知》スキルか。Lv.1のままだし、精度には欠けるがそれに反応があったのなら恐らく、二階には何かがいる。
《気配察知》は敵モンスターに反応するのか? それとも、潜んでいるやつなら反応があるのだろうか。
俺が《気配察知》を持っていないから調べることはできないが。
「前々から思っていましたが、メリーは私のことをどう思っているのですか!?」
「私が仕える、崇高な主人であらせられます」
「そうです! 分かってるじゃありませんか」
「……あと、からかうと可愛らしいです」
「何か言いましたか?」
「いえ、特には」
「なあ、ちょっといいか」
主従で話し合っているところに割り込む。
別に重要な話をしてる訳でもないし、問題はないだろ。
「ああ、テイクさん。すみません。えっと、とりあえず私が話さなければならないことは全て話させて頂きましたので」
「つまり、帰っていいってことか。ま、それはそれで朗報だが、一つ聞きたいことがあるんだよ」
「あ、はい。答えられることならお答え致しますわ」
「あのさ」
顔の横に人差し指を立て、視線を上にやる。
釣られてエリーの首も上へ向いたところで一言。
「二階、何がいんの?」
「…………」
上を向いていたエリーの顔がイタズラの見付かった子供のように横へ逸れた。




