第六十九話「処遇」
「わざわざ、足をお運び頂き誠に痛み入りますわ。ですが、私は貴方が“お一人で”来ることになっていたと理解していたのですが」
「別にお前の長話を聞きに来た訳じゃねえよ」
とある一軒家のリビング。
ただの背景だと一蹴されるようななんの変哲もない場所にて、闘技大会の優勝者と準優勝者が相見える。
参加人数五人の大会だとかは言っちゃいけない。
俺の前で、前回と同じ席に着いているのはエリー。
だが、俺は座らない。コイツの話を聞きに来た訳じゃないしな。もちろん、エリーに決勝の後に来いと言われたから来た訳でもない。
エリーに用があって、ここにいることを知っていたから来たまでだ。
『ここは、どこなのでしょうか。対面しているのは“森林の大狼”の主人だと認識しているのですが。ご主人様の意図が推測不可能です。何の為にココへ?』
『なあ、それよりも、旦那。オレはそこに立ってるメイドの姉ちゃんが気になって仕方ねえんだが。旦那の知り合いか? ちょいと、お近付きになって来てもいいか!?』
「連れているのはマルチスライムとホーンラビットのみですわね。ということは、私に謝罪しろ、と。そういうことでしょうか」
うん、とりあえず、トパーズを押さえ付けておこう。面倒な真似だけはすんじゃねえぞ。俺の肩で大人しくしとけ。
今、俺が連れているのはエリーが言ったようにラピスとトパーズだけ。アウィンはいない。
本当はアウィンも連れてきたかったのだが……。それは、後で説明するとしよう。
俺のここに来た目的。
謝罪? いいや、そのために来たんじゃない。
「そう、ですわね。テイクさんが私に謝罪を要求するのであれば謝罪も致しましょう。正直なところ、私も侮っていた節がありますし、予想以上に抗われました。なので、謝罪もやぶさかでは」
「ちげーよ。何言ってんだ。謝罪なんかしてみろ、ぶっ飛ばすぞ」
「え?」
思わぬ言葉に目を白黒させるエリー。
コイツ、本気で俺が“負けた癖に謝罪を要求しに来た”と思ってたのか?
どこまで俺をバカにすれば気が済むんだ。
そんな小物に成り下がるようなことしてたまるか。
別に大物になりたいと考えてる訳じゃないが、小物でいいとも思っていない。
次は勝つ。勝って謝罪させる。それぐらいのプライドは守りたい。
今回の闘技大会は“第一回闘技大会”だった。
恐らく、“次”はある。もちろん、闘技大会までにPvPをしてもいい。
その時は、絶対に勝ってやる。
今回は俺の負けだった。それは紛れもない事実。
それよりも、俺はコイツに聞かなきゃならないことがある。
「お前、前に話した時、運営サイドの人間だと言ってたよな。今回の闘技大会だってリリース直後に予言していた」
「運営サイドではありません。エゾルテサイドです」
「……ああ、異世界とか言ってたな。異世界エゾルテだっけか。それはどっちだっていい。重要なのはお前が運営に関わっているってことだ」
プレイヤーに扮しているコイツがどこまで知っているのかは分からない。
だが、俺の知る運営側の人間はエリーとメリー、そして姉貴だけだ。
姉貴にはまた今度聞くとして、今できることはしておきたい。これは、俺にとってとてつもなく重要なことだから。
「頼む、答えてくれ。アウィンは、アウィンの処遇はどうなる……!?」
「アウィン……。確か、町盗賊の生き残りでございましたね」
「そうだ。俺がテイムした後に町盗賊は消された。だが、アウィンだけは消えずに残っている。闘技大会の表彰式であんなことをしたんだ、何かしらの動きはあるんじゃないのか!」
アウィンが消えずにいた時からずっと考えていた計画。闘技大会で活躍した後に町盗賊だと告白すること。
闘技大会に参加してしまえば、アウィンが町盗賊だってことはバレる。
それで活躍もできなければ人知れず消されることだってあったかもしれない。
結果的には準優勝。しかも、決勝では“森林の大狼”と相打ちという印象に残る形だ。
もちろん、優勝できればそれに越した事はなかったが、充分及第点だろう。
さあ、運営はどう動いたんだ。
少しでもいい。なんでもいい。
ヒントが見えればこれからの計画が立てられる!
「ユリが何か仰っていたと思ったのですが、違っていましたか」
「ユリ? そんなプレイヤー知らねえぞ」
『ご主人様、表彰式にてそのような名前の人物がいたと記憶しております』
「ああ、あのお姫様か」
確かに、何か言ってた気もするな。全く覚えてないけど。
NPCとの会話は基本スキップ安定なもんで。
「結論から言いますと、エゾルテでは町盗賊に関して何の動きもありません。いえ、動くことができない、というのが正しいでしょうか」
「……どういうことだ?」
「町盗賊は存在自体がイレギュラーでした。ですが、貴方はそんなイレギュラーをテイムしてしまいました。テイムモンスターにはこちらから関与することはできません。貴方の町盗賊へは関与しようとも思っていませんが」
「つまり、アウィンは消されないんだな……?」
「ええ。消してしまってはこちらも不利益となりますので」
よし。よし! よしっ!
よかった! アウィンは消されない!
大分、気になることはあるが、今はアウィンが消えないってことが何より嬉しい!
「ラピス! トパーズ! アウィンは無事だ! 消されねえぞ!」
『消される。ということがよく理解できていませんでしたが、ご主人様が仰るのなら本当に消去されそうだったのでしょう。大変、喜ばしいことです』
『おう、何かよく知らねえが、よかったな旦那! だけどよ、とりあえず落ち着こうぜ』
「ああ、そうだな! マジでよかったな! 早く、アウィンに知らせてやんねえと!」
『聞いてねえし』
『ふふ、ご主人様可愛いです』
さてと、聞きたいことは聞けたな。しかも、予想以上の朗報が聞けた。
もちろん、エリーが嘘をついていることも考えておいた方がいいんだろうが、コイツに嘘をつく理由は恐らくない。
俺がぬか喜びしてるのを見て越に浸る趣味でも無けりゃ、今のは真実だと考えていいだろう。
「貴方、何をそんなに一人で盛り上がっていますの?」
「ん、ああ。気にすんな。それより、礼を言っておく。思っていたよりも早く安心できたからな。俺がお前に礼を言うなんて二度とねえんだから貴重だぞ」
スキルリングに付与されている《精霊言語》は装備者のみに有効。ラピス達の声は俺以外に届かない。
つまり、人のいるところでラピス達と話せば変な目で見られること間違いなしだな。気をつけよう。
「それじゃ、俺の用は済んだ。帰らせて貰うぞ」
後ろを振り向き、開いているドアへと向かう。
さあ、早くアウィンに知らせてやろう。きっとアウィンもよく分かってないんだろうが、それでも知らせた方がいいに決まってる。
「メリー」
「お嬢様の仰せのままに」
「あ、おい!」
ドアのそばにいたメリーが俺の目の前でドアを閉める。そして、そのままエリーの後ろへ。
なんだ? 何がしたいんだ?
とにかく、さっさとドアを開けて……。
「……開かない」
「エリーお嬢様のお話がまだ終わっておりませんので」
くそ、鍵で閉まってるってより、空間に固定されてやがる。
そうだ、この家は物が固定されているんだった。何故か、エリーやメリーは物を動かすことができるようだが。
「さあ、ご着席なさって。これでも、貴方のことを少しは認めているからこそ、ここにいますのよ」
エリーの声が響くリビング。
肩にいるトパーズの動く音がよく聞こえる。
全ての物が動きを止めた密室空間。
逃げられない。出られない。
「さあ、お話の続きを致しましょう」




