第二十五話「町盗賊」
玄関前にあった、階段を昇る。
どうやら、町盗賊は二階にいるらしい。二階の窓が全て閉められているってことは、外から見て分かっている。
鍵を開けても出られないなら、相手は袋小路に自分から突っ込んだ訳だ。
「トパーズ、あの部屋で間違いないか?」
頷くトパーズ。やはりか。
二階のドアは一つだけ開け放たれている部屋があった。
廊下を進んで左側。少し見えた壁紙は子供っぽい。あの女の子の部屋だろうか。
何故だろうか、あの子の部屋に町盗賊が陣取っていると考えると気分が悪い。
トパーズの《気配察知》によると、相手は一人。ここまで追い詰めたんだ。絶対逃がさねえぞ。
「ラピス、《分裂》頼む」
ラピス(3/4)は、体積もステータスも三等分して、三体に分かれる。
《粘着》スキルを持っているラピスは、罠としての有用性だって高い。狭い廊下なんて、これ以上ない設置場所だ。
ある程度のATKまでなら、ラピスから逃れることは出来ないだろう。
少なくとも俺は、くっつこうとしたラピスを剥がすことは出来なかったな!
「よし。それじゃ、ラピスは町盗賊が逃げ出した時のために、廊下でスタンバっててくれ。トパーズは俺と一緒に突撃だ」
町盗賊と戦闘する可能性は低いだろうが、準備しておくに越したことはない。
まずは、トパーズで一撃を入れる!
タイミングを計って、一気に突入!
全面女の子色に染まったピンクな部屋に、一つの場違いな黒いローブ。
町盗賊は何をするでもなく、部屋の片隅にうずくまっていたが。
「っ! トパーズ!」
俺達を認識した途端、素早く立ち上がるとこっちに向かってくる!
トパーズの突撃はヒラリと躱され、そのまま壁にぶつかった。うわ、痛そう。
って、それよりも! 町盗賊との間には何も遮るものはない。標的は俺か!?
「《水球》!」
消費MPを少し増やしてスピードを上げた水球は、直線を走っている町盗賊には当たるはずだと思っていた。
どうやったら、そこで身を躱せるんだ!?
しかも、無機質な視線は俺を捉えたまま。何度やっても当たる気がしない。
なら!
「お前の選択肢は攻撃か、逃走かのどちらか。だが、そのどちらも」
俺に近付く必要がある!
消費MPは2,400、120倍の規模。直径六十センチ程の球だ。そんなもんが突然出てきて避けられるわけがない!
MPをほぼ使い果たすことになるが、気にしない。
町盗賊はもう、すぐそこだ!
「《水球》っ! ……なっ!?」
加速、しやがった……!
MPが無くなったことで、悲鳴をあげる脳を酷使して考え続ける。今は情報を集めろ!
水球は、かする程度にしか当たっていない。しかも、奴は水球のこちら側に走り抜けている!
つまり、攻撃が、来る!
「ぐ、う?」
身構えた俺の隣を、黒ローブが通過する。
俺の動きを見詰め続けていた青い目は、傍を走り抜ける間も、一時も離れることはなかった。
しかし、攻撃は飛んでこない。どこまでも、逃げることのみを考えているのだろう。
町盗賊は俺の後ろにある、閉めることが出来ないドアを抜け、右の廊下へと曲がった。
後はもう、距離を離されるだけ。追いかけたとしても追いつくことはできない。
そう、結論を出した時。
ズダン、と。
盛大に、コケる音が響いた。
「……さすが、ラピス。曲がり角に陣取ってやがったな」
少しずつマシになってきた頭を押さえ、廊下に出る。そこには、足を取られ、顔面から倒れ込んだのであろう町盗賊がいた。
今は、ラピスを剥がそうと無駄な抵抗を試みている。
「おい、町盗賊」
『…………』
俺が声を掛けると、町盗賊は右手を懐に伸ばし、ナイフを取り出して投げようとした。
が、俺の仲間はそれを許すことはない。
町盗賊が取り出したナイフへと、革袋に入って一緒に盗まれていったラピスが絡みつき、手からナイフを投げさせない。
町盗賊は上体を勢い良く起こし、ナイフで俺を直接狙おうとするが……。その手へと部屋から飛び出してきたトパーズが飛びつき、床へと押し付ける。
トパーズのATKは体格を鑑みても、町盗賊のATKを上回っているようで、右手は完全に無力化することができた。
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町盗賊 Lv.1
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「……はあ」
レベルが1だろうと、町盗賊は町盗賊だ。
俺はこいつを仕留めるために策を練り、実行し、ここまで追い詰めた訳だが。
『…………』
上体を起こした時に取れたフードの下。俺達、日本人と同じ黒髪に無機質な青い瞳。
敵モブよりもNPCだと言われた方が納得できる容姿の、中学生ぐらいの女の子。
フードを被っている時は気付かなかった。ローブのせいで、女の子だと分からなかった。
だが、知ってしまった。
知ってしまったら意識してしまう。こんなことなら、フードが外れる前に魔法を撃ち込んでしまえばよかった。
無力化し、拘束した時点で、あれだけ仕留めようと思っていたことも霧散した。
そこに輪をかけて、自分よりも年下の女の子だ。手を掛けることなんて、出来そうにない。
例え、ゲームだったとしても。
「もういい。満足した。行けよ」
満足なんてしていない。むしろ、こいつの顔を見ていたら、空虚感が俺の胸を蝕んでいく。
勝手に乗り込んで、攻撃し、拘束したところで「もういい」だもんな。なんて自分勝手なんだろうか。ま、ゲームなんてそんなもんか。
「そういや、お前のその左手のは」
町盗賊が唯一、自由に動かせる左手。そこには半分まで齧られた、傷んだリンゴが握られていた。
別に憐れんだ訳でも、優越感に浸りたかった訳でもない。
ただ、つい、なんとなく。気付いてしまって、俺が持っているものだったから。
「ほら、新しいリンゴ、やるよ」
アイテムボックスから、さっき露天で買ったリンゴを取り出して手渡す。
座り込んだ町盗賊の目の前に右手を伸ばし、動きを止める。
もう、拘束はしていない。
トパーズは俺の肩にいるし、ラピスも一つにまとまり頭の上だ。
逃げるのなら追わない。受け取らないなら、それも良し。俺にとってはどうでもいいこと。
しかし、町盗賊にはそうではなかった。
『…………』
ゆっくりとリンゴへ両手を動かし、
『…………』
リンゴに指先が触れた瞬間。
『…………っ!』
輝きを失ったこの家でただ一つ。町盗賊の青い瞳に、光が灯った気がした。
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町盗賊をテイム可能です。
テイムしますか?
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ちょっとこれは、予想外だったけど。