第二十三話「追跡」
「くそ、やっぱ早えな。距離がどんどん離される!」
「イワンの町から出てはいないのですか?」
「それは大丈夫だ。イワンの町の地図上にマーカーが見える! だが、この軌道、恐らく町盗賊は屋根を伝ってる……!」
「屋根!?」
右上に表示された簡易マップには、建物を貫通するように光点が移動し続けている。
大通りを走ってはいるが、追いつける気がしない!
ラピスとトパーズは振り落とされんなよ!
肩に捕まったトパーズと、いつもより一回り小さなラピスを手で押さえながら走る。
誰だ、DEX低いから、振り落とされるようなスピード出ねえよ、とか思ったやつは!
「あの、テイクさん? つい、勢いで走り出しちゃいましたけど、何故、町盗賊のいる場所が分かるんですか?」
「ああ、正確には、ラピスの場所が分かるんだよ」
「ラピスさん、ですか?」
癒香の目線が俺の頭へと移動する。
うん、そこにもラピスはいるんだけどな。
俺のラピスは一体じゃない。
「あの」
「言いたいことは分かる。簡単に説明すると、ラピスは《分裂》スキルで、今は四体まで分かれることができる。俺の頭にいるのはラピス(3/4)ってとこだな」
「では、残り、四分の一のラピスさんは……」
「俺の全財産と一緒に、革袋の中にいる」
これは、ココがポイズンバタフライの鱗粉の袋に、ピカリンを入れたことで思い付いた。
そして、あの双子とのやり取りで、テイムモンスの位置が簡易マップに映し出されることも再確認できた。
後は、繭に頼んで、ラピス(1/4)が入るほどのデカい革袋を作って貰い、それを町盗賊が盗めば!
「ラピスさんの位置イコール町盗賊の位置となる訳ですね」
「そういうこと。目論見通り、簡易マップにはバッチリ映ってる。これを追いかければやつのところまで行けるはずだ!」
よし、次の曲がり角を右だ!
そして、次は……。
「やっぱ、路地か」
「盗賊が大通りに潜むわけないですからね。ですが、テイクさんも路地は探したんですよね?」
「くまなく探したはずだ。路地は、な」
地図上で、ついに止まった光点の位置。
それは、ただの背景、進行不可領域だと思っていた、一軒の住宅だった。
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「この家だな」
「なんの変哲もない普通のお家に見えますが……。ここが、町盗賊のアジトですか?」
「それは、分からない。俺の革袋を持ってったやつだけがいるのかもしれないし、癒香の言う通り、町盗賊全員が集まってるのかもしれない」
「うーん、行ってみないと分からないってことですね。どこから入るのでしょうか?」
「いや、その前に確かめることがある」
町盗賊は恐らく、屋根の上を走っていた。どうやって登ったのかは知らないが、今も屋根にいる可能性がある。
他にも、ラピスに気付かれて途中で落とされたり、ラピスが落ちてしまった。なんてことも考えられるな。
もし、そうだったらお手上げになってしまうから勘弁して欲しいところだ。
「屋根を見るのは分かりましたが、家の中に入るよりも難しくないですか?」
「別に俺達が屋根へ登る必要はないだろ。重要なのは、屋根に何かがいるかいないか、だ」
「それこそ、どうやって?」
「こいつさ。やれるな、トパーズ?」
コクリと頷きを返してくれる、トパーズ。何だか顔つきも勇ましく感じる。
トパーズの跳躍力と、俺の投力が合わされば、きっと、この家の屋上まで届くはず!
問題があるとすれば。
「行くぞ、トパーズ。せーの! っ!」
うお、腕がもがれるかと思うほどの衝撃がトパーズの足から伝わってきたぞ。
なんつー、脚力だよ。頼もしいな、おい。
「ああ、ダメです! 角度が左に寄りすぎて、屋根に乗るどころか、このままでは上を見ることすら!」
だが、やはりネックになるのは俺のDEX。しかも、俺の掌という不安定な足場からのジャンプ。
見ると、大体角度三十度ぐらいズレたか? これぐらいなら想定内!
トパーズの体重は約1.5キロ。路地は無風。
屋根までの距離約0.8メートル。トパーズの風を受ける面積0.045平方メートル。今の気温なら空気の密度は2.4!
魔法で生み出した秒速二メートルの風が発生している時間は三秒。そこから屋根に上がるまでの加速度を求めれば!
よし、トパーズの速度がゼロになった時を狙って!
「風速は秒速十メートルあれば充分だ! MP持ってけっ! 《風種》!」
瞬間、突然の風が俺のいる路地を吹き抜ける!
あ、いかん。立ちくらみが。頭痛が。しんどい。ダルい。
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プレイヤー名:テイク
種族:ヒューマン
ジョブ:テイマー(Lv.15)
HP 1000/1000
MP 0/2415
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「て、テイクさん! 今のって《風種》ですか!? でも、あんな突風を起こせるなんて聞いたことありませんよ!」
「あー、うん。《風種》だよ。俺、INT振ってないから秒速二メートルのそよ風だけど。ただ、普通だと消費MPは10のところを、MPありったけ注ぎ込んだら、ああなるんだ」
「えっと、確か今は、2400でしたよね」
「ああ、そうだ。それを全部《風種》に使った」
ふう、結構楽になってきた。
ポーションや炉に吸われる時よりも、自分の魔法で放出した方が明らかに立ち直りが早い。これは、いい情報だな。
で、《風種》のことだが、この魔法は《風魔法》の初期便利魔法。消費MP10でそよ風を生み出す。
簡単なプロペラを紙で作って計測すると、大体秒速二メートルじゃないかな。という結果が出た。こんな実験じゃ、細かい風速なんて分からんがな。
そして、消費MPを増やしたんだが……。
秒速二メートルを秒速四メートルにするのにかかるMPは1000だった。
いや、仕方ないのは分かるよ? 秒速二十メートルとか、歩けなくなるぐらいの風速だし、そんな風がぽんぽん出せたらヤバいってことぐらいさ。
でも、MP1000消費して、旗がはためく程度の風って……。
で、計算したら分かるが、俺の全MP2415をつぎ込んでも実は、秒速十メートルには届かない。
秒速十メートルってのはパパッと計算した、屋根と同じ高さになるための風速だ。その風速にすら届かない《風種》では、トパーズも屋根には上がれないはずだった。
だったのだ、計算上では。
「ユズさんから聞いてますよ。テイクさん、計算が物凄い早いんですよね。トパーズちゃんを上がらせるための、計算をしたんですか?」
「いや、俺の計算だとトパーズは上がれないはずなんだ」
「え、でも」
屋根の縁からトパーズが顔を出す。何だよ、やり切った顔しやがって。
「ほら、来いよ、トパーズ」
頭のラピスを抱きかかえながら、トパーズを呼ぶ。
すぐに躊躇せず跳ぶトパーズの信頼には、応えてやらないとな。
「よっ、と」
「わ、ナイスキャッチです」
ラピスをクッション代わりに、トパーズをしっかり抱きとめる。
どうやら、《物理攻撃無効》は衝撃も緩めてくれるようなのだ。
ラピスは目立たないところで活躍してくれるな。
「あの、それでどうしてトパーズちゃんは屋根まで上がれたんですか? 計算ではダメだって」
「それは、トパーズのお陰だな。お前、いい感じに風に乗ってくれたんだろ?」
俺の顔をじっと見つめるトパーズ。これはきっと、ドヤ顔だな。
俺の計算はあくまでも物理的なもので、トパーズと同じ大きさの、直方体を持ち上げるような計算しかできない。
ラピスもトパーズも、データではあるかもしれないが、俺は二人共生きていると思っている。
生き物は、計算では計れない。今回のように、トパーズが体を曲げて、風を断面積以上によく受けられる体勢になってくれるなんて、計算できるはずがないのだ。
トパーズならやってくれる。ただそう、期待してただけだな。
あ、同じ行動しかできないAIとかは別な。
ルーティングさえ把握できれば、予測し放題だし。
「それで、トパーズ。屋根にはなんかいたか? 町盗賊か、ラピスのちっちゃいのか」
首を横に振るトパーズ。悶える癒香。
可愛いのは分かるが、跳んだり顔出したり、じっと見つめたりする度にキャーキャー言うのはやめてくれないかね。
とにかく、屋根にはいないなら中に入るしかない。
大量の町盗賊がいるアジトか。一人で立て篭もっている隠れ家か。
どっちなのかは知らないが、ここまで来たら踏み込むしかないな!