第二十二話「リンゴ」
「このリンゴっぽいのください」
「まいど! リンゴ二個で1Gだよ!」
「名前もリンゴなのか。えーっと、お金お金……」
「……」
今いるのは、大通りのNPCが出している露店。おばちゃんがやっている果菜売りの露店だ。
そこで俺は、大きな革袋を取り出して、1G硬貨を探すフリをする。
「…………それじゃ、これで」
「1Gちょうどだね! リンゴ二つ! また来てね!」
この、おばちゃんとのやり取り、きっとこれから何度もすることになる。
またすぐ来るんだろうからな。
「……今回も、来ませんでしたね」
「ああ、またハズレだな。癒香も食うか? リンゴ」
「ありがとうございます。頂きます」
ラピスとトパーズ、あと俺のために、一つのリンゴを十字に切りながら、片方を癒香に手渡す。
……別に、癒香と楽しく夜のお買い物デートしてる訳じゃないぞ。
傍から見るとそうなのかもしれないが、実際はそうじゃない。
これは、釣りだ。
ココ達と別れてから。
俺はすぐにオッドボールへと足を運び、繭に、持っていた素材を全て渡した。
こっからはそん時の会話な。
「なあ、繭。これで、ラピスとトパーズの装備が作れるんだよな? MINとATKが上がるやつ!」
「……まだ、確証は、ない。けど、一つ、言えることは、ある」
「お、なんだなんだ!?」
確実な強化になる、とかか? それとも、最強になりすぎて、ゲームバランス崩壊するとか!
ついに、極振りで俺TUEEEEEが出来るのか!?
「ラピスの装備、繭には、無理。作れない」
「……え?」
「専門外。鍛冶とか、細工とか、裁縫とかじゃ、どうにもならない」
「……つまり?」
「繭には、ラピスの強化は、出来ない」
オー! マイ! ガーッ!
マジかよ! ラピスは装備での底上げが出来ないなんて!
……いや、薄々感じてはいたんだよ。ラピスのどこに、装備可能な場所があるのか、と。
でも、繭なら、こう、全身コーティングとか! なんかそんな感じのやつ! やってくれんじゃないかと!
「無理」
「おおう……」
……仕方ない、ラピスには裸一貫。己の肉体のみで戦っていって貰おう。
大丈夫。極振りには無限の可能性が広がってるんだ。
「ほら、見てごらん、ラピス。あの宇宙が見えるかい。あれは、キミだよ」
「トリップしてる最中、申し訳ないけど、テイクに、朗報。というか、相談」
「ん? どうした? 俺も、町盗賊のことで忙しいから、あんま動けねえぞ。あ、そういや、そのことで繭に頼みが」
「ラピスの装備のこと」
「よし、何でも言ってくれ」
町盗賊? あれは俺のプライドの話だ。軽々しくどうでもいいとは言えないが、ゲームプレイに関係する訳でもない。
ラピスが強化できるなら、そっちが優先だ!
「……ラピスは、マルチスライム。その粘液の、性質に、詳しい人なら、何か分かる、かも」
「スライムの粘液? そんなもん、研究してる人なんていねえ……だ、ろ?」
その刹那、脳裏に鈍く煌めく痛みが走る!
スライム、粘液、注ぐ、フラスコ、MP、次、フラスコ、次、次、無限の、地獄、aroma……!
「あああぁぁ!」
「テイク……!? どうしたの、テイク! テイク!」
「いや、すまん。ちょっと大袈裟なリアクション取った」
「なっ……! 心配、したのに! もういい、アテが、あるなら、行けばいい!」
「え、ごめん。まさか、そんな反応取られるとは思わなかったから!」
ユズにやったら軽くスルーされるってのに、繭は、ええ子や。
てか、繭怒らせたらマズい! 頼み事だってあるのに!
「……許して欲しい?」
「欲しい欲しい!」
「なら、こっち来て」
「こっちって、工房?」
あれ、怒ってたはずなのに、いつの間にか取引みたいになってんぞ。
まさか、ここまで計算通り……。女って、怖ぇ。
繭に連れてこられたのは、集中が途切れるから、あまり入らないようにと言われている工房。
うわ、机の上ぐっちゃぐちゃじゃねえか。
「テイク、こっち。ここに、手をついて」
「これって、炉か? 熱くねえの?」
「大丈夫。それで、手をついたら、思いっきり」
「思いっきり?」
「MP、注入」
「……え?」
「MP、注入」
「あの、繭さ」
「M、P、注、入」
「……はい」
うん、すごい勢いで搾り取られたよ。一気にMPが無くなると、無限に続くのとはまた、別の辛さがあるんだね。
知りたくなかった。
「なるほど、それで、“aroma”に来て早々、テーブルに突っ伏しちゃったんですね」
「俺もよく、“aroma”まで歩けたよ。自分で自分を褒めてやりたい」
「ふふ、でもラピスさんの強化はお任せください。ちょっとやってみたいこともありますので」
「ほんとか! いやー、助かるよ、頼むな!」
「ええ、でもその代わり」
「分かった分かった! MPが3000超えたらaroma行きゃいいんだろ!」
「お願いしますね」
女って、ほんと、怖ぇ!
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「まいどあり! 暴れ牛の串二つだ! うめぇぞ!」
「ありがと、おっちゃん。……ここもダメか」
「ということはまた、リンゴを買った露店ですね。面白そうなので付いて来ちゃいましたが、もう少ししたらお店に戻らないと」
「NPCに店番を任せてるんだっけか。素材買取りを臨機応変に出来ないのはマズいもんな。むしろ、露店巡りを三周も付き合ってくれてありがたいよ」
片方の牛串をアイテムボックスに仕舞いながら、癒香にもう一本を渡す。
これは、付き合ってくれていることへの謝礼として、俺が半ば強引に渡しているものだ。
……何も無かったら、後でMPを搾取されるだろうからな。癒香の様子を見た感じ、杞憂だったようだが。
しかし、全く釣れない。
町盗賊の出現条件が間違ってたか? もう一度、考え直してみようか。
「なあ、癒香。町盗賊はいつも露店で買い物をした時に出現するんだよな?」
「お店の中や、歩いていて盗られたという話は聞いたことがないので、そうだと思います。“aroma”でも、盗られたところは見たことがありません」
「掲示板でも、露店で盗られたって話しかなかったから恐らくこれは間違いないな。それじゃ、次だ。所持金は多い方が狙われる率が高い、ってのは?」
「それは体感でしかないので、何とも言えませんが。高額のお金を盗られて、血眼になりながら探し回る方が多い気がしますね」
「少額で盗られたやつが、大事にしてないだけってこともあるだろうが……大金を持ってたやつが盗られたケースは、やっぱり多い気がする」
そこで俺は、デカい革袋に俺の全財産を詰めて、露店で買い物をしまくってる訳だ。目指すは、町盗賊一本釣り。
狙ってない時は来たくせに、狙い始めたら来ないのは何なんだろうな。これが世にいう物欲センサーか?
センサー、仕事しすぎだろ。
「テイクさん、もしかしてもう、町盗賊は消されたのでは」
「あれ!? ボクの革袋がない! なんで!?」
「……そんなこともないようだぞ。あれは、新規プレイヤーか。初期で貰える金額は結構あるし、再作成だろうな」
「今では、露店要注意が知れ渡ってますからね。再作成は特典を選べませんし、βプレイヤーでないことを願いましょう」
そうこう言っている間に、果菜売りの露店に到着。
そろそろ三周目が終わる。十周ぐらいは覚悟しとくか。
「おばちゃん、リンゴ二つ」
「まいど! リンゴ二個で1Gだよ!」
革袋に手を突っ込む。
ちょっと、ラピスどいてくれ。まだ最初に買ったリンゴ食べてんのか。
えっと、1G硬貨は、っと、あったあった。
町盗賊は……来ない、か。
「そんじゃ、おばちゃん、これで」
ここで、左の景色に写り込む影。
デジャヴ。既視感。前にもこんな事があった。
違うのは、俺の突き出した右手に握られた硬貨と、それを受け取ろうとする人物。
変わらないのは、左手の、喪失感。
来た……っ!
「1Gちょうどだね! リンゴ二つ! また来てね!」
「おうよ、おばちゃん! ありがとな! この露店はアタリだった!」
「テイクさん、行きましょう! 町盗賊はもう行ってしまいましたよ!」
「大丈夫。それは予定通りだ。勝負はこっから……!」
視線を右上に移動させると、素早く動く、一つの点。
それは、俺の革袋を盗って逃げた、町盗賊の居場所。
さあ。
「鬼ごっこの始まりだ」