特別編「ドタバタバレンタイン(完結編後編)」
ついにバレンタイン完結っ!
長い長いながーいバレンタインもやっとのことで終わることができました!
次の特別編を書く時は、全部書き終えてから書こうと思います。
「ふぅー、大漁大漁。たっだいまーっ! って、テイク、あんた、なんて顔でチョコ食べてんのよ」
「ん? あぁ、ユズか」
目からハイライトでも消えてたんだろうか。……消えてたんだろうな。
顔を上げると、若干引き気味のユズと目が合った。
そういえば、狩りに行ってたんだったか。
イベント素材が大漁だったんだろう。上機嫌での凱旋だ。
俺の顔を見るまではな。
「ま、あんたのことは別にいいわ。テイクがいるなら、トパーズちゃんもいるわよね! あ、でも癒香に私の分を貰いに行かなきゃ」
「トパーズも癒香も二階にいるぞ」
「わお、ラッキー! じゃあ、早速……っとと」
二階へ繋がる階段へと歩く足を止めて、俺へと向き直るユズ。
まあ、ユズからは毎年貰ってるしな。ゲーマーとしても、一人でも多くチョコを渡したいはずだ。
「あ、チョコはないわよ」
「嘘だろ!? 毎年くれんじゃねえか!」
「残念でした。いつもいつも貰えるとは思わないことね。来年に欲しかったら、より一層私に尽くしなさい」
なんて奴だ、チョコレートを人質に取りやがった……!
確かに、幼馴染という関係へ胡座をかいていたところも無いわけではないが……。
ちょっと反省しよう。テイマーの仕様とはいえ、ソロで活動しすぎたか。でも、経験値美味しくないしなぁ。
「そんなことより、テイク、しっかりやんなさいよね」
「は? なんのことだよ?」
「……あ、いや、あんたにゃ説明してもわかんない気がするわ。だから手を回した訳でもあるし」
俺の前で、何かをぶつぶつ言い始めたユズ。
呪いか? え、チョコ貰えないのに加えて呪いまでかけられんの、俺?
レベルが上がらないとか言ってる場合じゃない。早急に手を打たなければ……!
「ユ、ユズ。悪かった。どっか、効率のいい……あ、いや、要検証な狩場とかあったら付き合うぞ」
「狩りはもう十分してきたわ。でも、そうね。テイクがそこまで言うならMP関係の検証をさせて貰おうかしら」
「……試行回数は」
「百は軽いわね。今から覚悟しときなさい」
あ、あの地獄が再来する……!
だが、今度は心持ちが違う。耐えればチョコが、バレンタインチョコレートが約束されるのだ!
やってやろうじゃないか。こんな惨めなバレンタインは今年で最後になるだろう!
で、地獄へ誘う鬼ことユズさんは入口の方を気にしている。
え、もしかして、今からじご……検証に向かわれるんですか?
「あー、もぅ! ほら、早く入って来なさい!」
「ん? 誰かいるのか?」
「あうぅ、ユズお姉さぁん。なんだか、ダメなんです……! 入れなくて、だって、お兄ちゃんがぁ……!」
「くぅー! 何よ、アウィンちゃん! じれったいなぁ、可愛いなぁ、ちくしょうめ!」
キャーっ! と、一人盛り上がっているユズさん。置いていかれた俺はどうすればいいんだ。また、チョコ食いながらハイライト消せばいいのか?
ミニマップを見れば、確かにオッドボールにはラピス、トパーズとは別の光点が重なっている。全く気付かなかったな。目の焦点と一緒に注意力まで散漫になっていたようだ。
で、光点の正体である、アウィンはというと……。
「っ! ひゃぅ!」
「何やってんだ、あいつ」
「ほら、アウィンちゃん、おいでって!」
入口から頭を出しては、俺と目が合い引っ込み続けている。
また新しい遊びを思い付いたのか。今度のも何が楽しいのか見当もつかんな。
お、見かねたユズがアウィンを引っ張ってきた。
抵抗はしていないが……。借りてきた猫のように大人しい。不気味だ。
「んじゃ、後はよろしくね、テイク」
「よろしくって、どういう」
「アウィンちゃん、頑張って! ねっ!」
「あ、えと、はうぅ……」
物凄く、不気味だ。
アウィンに何があったらこうなるんだ。
そして、軽やかに階段を登っていくユズ。最後に振り返ってニヤニヤ。
なんか腹立つな。さっさと上がれ……って、おい待て、今、ラピス抱えてなかったか、あいつ!?
カウンターのどこを探してもラピスの姿はない。分裂して小さくなってるのなら見つけにくいだろうが、ラピスに隠れる理由はない。
ユズに拉致されてしまった……!
「マジか……」
「ひぅっ!? あ、えと……」
そして取り残される、俺とアウィン。
アウィンは、後ろ手のまま俯き続けている。時折、俺の方を伺おうとするが、またすぐに顔を背けてしまう。
おい、今のは目すら合ってねえだろが。せいぜい、胸くらいしか見えてねえぞ。
はぁ。なんだか、アウィンが怯えてるせいで、傍目からは俺が悪者に見えてる気がする。や、誰が見てる訳でもないんだが、気分的にはNGである。
「後はよろしくだとか、しっかりやれだとか、ユズは時々意味のわからないことを言うんだよなぁ。困ったもんだ」
「あ……ぅぅ……」
「あー、そうだ、ユズと一緒に狩りに行ってたんだろ? 大変だったな」
「ふい!? そ、そんなこと、ない……です」
「そ、そうか」
「…………」
気まずい。
なんだこの会話。
やっと少し顔が見えたと思えば、俯かれて見えなくなってしまう。
なるほど、顔から火が出るという表現はあながち間違っていないな。こんなにも真っ赤な顔は見たことがない。
まあ、ゲームのエフェクトと言えばそれまでなんだが。
そもそも、俺がアウィンに気を使う理由なんてないはずだ。
アウィンは俺のテイムモンス。なら、もっと傍若無人に振舞って、ラピスたちを顎で使役しまくれば……言ってて無理な気がしてきた。俺にはできそうにないな。
とにかく、こんなこそばゆい空間からは撤退するのが吉。
せめて、二人きりという状況をなんとかしなければいけない……!
「アウィン」
「ひっ、はっ、はひゅぃ!」
「何もないなら、上に行かないか? というか、用があるなら談話室で済ませてくれ」
「え、あ、あの」
「な、そうしよう。ほら、行くぞ」
「や、その……待って! ……くだ、さぃ」
階段に足をかけたところで、後ろから服をつままれる。
振り返ると、ふるふると震えるアウィンの頭が見えた。
表情は、見えない。
だが、後ろに持っていたのであろう箱は見えた。
「お兄ちゃん、まって……」
「……わかったから、服を離せ」
思っていたよりも力の入っていた指を開かせ、アウィンに向き直る。
当のアウィンは、目を閉じて深呼吸を繰り返し落ち着こうとしているようだ。
目を開く、俺と目が合う、おお、見事に真っ赤になっていくな。
「お、おおお、おに、お兄、やん!」
「落ち着け」
「は、はひぃ」
「……大丈夫か?」
「はい。……ごめんなさい」
別に謝らなくてもいいんだが……。
初め、アウィンが大人しいように感じたが、結局、いつもと同じで空回りしてるだけみたいだ。
そう思えば、なんだかおかしくて思わず吹き出してしまいそうになる。
そんな俺のこともアウィンは全然気付いていないようだが。
「えっと、お兄、ちゃん」
「おう」
「こ、これ! 受け取って、くだ、さぃ……」
最後の方は消え入るような声でほとんど聞こえない。
だが、目をぎゅっと瞑って、後ろに持っていた小さな箱を両手で差し出している姿を見れば、言いたいことは十分に伝わってくる。
「バレンタインのか?」
「は、はい」
「そうか」
全くチョコレートを貰えず、いつも通り散々なバレンタインだと思っていた。
ゲームの仕様を味方につけても成果はゼロなのかと諦めていた。
だが、違った。
ラピスとアウィンの二人からチョコレートを貰えたのだ。
血の繋がりがない人から、貰うことができたのだ。
これ以上のことはない。
「アウィン、ありがとう」
「は、はい」
アウィンの差し出すチョコを受け取るため、手を伸ばす。
ユズに作り方を教わったのだろうか。あいつ、料理だけはめちゃくちゃ上手いからな。アウィンのチョコも期待が持て――
スカッ
「…………」
「…………」
……そういえば、アウィンの作る料理ってのは初めてかもしれないな。ちょっと不安ではあるが、興味はある。
果たして、アウィンはどんなチョコを――
スカッ
「…………アウィン」
「っ! ……な、なんでしょう?」
「なぜ下がる」
アウィンの持つチョコに手が触れる直前、アウィンが素早く下がることで手が空を切る。
渡したくないのか? 見せただけなのか?
それ、なんつー嫌がらせだよ。今の俺にはクリティカルヒットだ。
「や、あの、その……これをお兄ちゃんに渡しちゃうと」
「渡すと?」
「お、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなっちゃうんですっ!」
「……は?」
俺が俺でなくなる?
どういうことだ。別の人格に乗っ取られるとでも言うのか。どんな兵器だ、怖ぇよ。
それか、俺が“兄”でなくなるという意味なのだろうか。
そんなもん、元から違う。アウィンが勝手に兄妹だと言い張っているだけだ。最近は面倒で否定してないが、肯定だってしていないぞ。
「説明してくれ」
「ゆ、ユズお姉さんが! その、バレンタインって! だから、あの、チョコを渡したら兄妹が、その……。わたしはお兄ちゃんの妹で、お兄ちゃんはお兄ちゃんで……。でも、今回は不思議な魔法があるって、ユズお姉さんが言ってて……。あの、えっと、わたしは! ……わたしは、お兄ちゃんのことが、ユズお姉さんの言ってた、その、好き、なのかどうかは……。でも、お兄ちゃんのことは好きでもうなにがなんだか、わたしは」
「んー、よくわからん。とりあえずチョコくれるってことでいいのか? 貰うぞ」
「あっ!」
「《リコール》」
俺の手がチョコに触れる直前、アウィンを二十八センチ前に《リコール》する。二十八センチってのは、アウィンが一歩で遠ざかる距離だな。
その結果、俺から離れたアウィンが元の場所に戻ってくることになり、俺の手はチョコレートを掴むことができた。
本気でチョコを掴まれていたら俺のATKじゃ取れなかっただろうが、アウィンは抵抗することもなくすんなりと渡してくれた。なんだか、力ずくでチョコレートを奪ったような感じだが、アウィンも取り返そうとしないし、多分大丈夫だ。そう信じよう。
包装紙の上から結ばれた青いリボンを解く。左右で蝶結びの長さが違う辺りアウィンらしい。DEXが高い割に、こういうのは不器用だからなぁ。
箱の中に入っていたのは、チョコクランチ。ビスケットがチョコレートの中に入っているやつだ。
「……髪の毛とか、爪とか入れてないよな?」
「え、え!? い、入れてない、ですけど……。ダメでしたか?」
「いや、入れてないならいいんだ。絶対に入れるんじゃないぞ」
「わ、わかりました」
なんか、変に過敏になっている気がする。
ラピスの……というか、恐らく癒香のせいだな。
「じゃあ、いただきます」
「あわわわわ……」
「…………」
アウィンがめっちゃ見てくる。食べ辛い。顔を手で覆うなら隙間から見るなよ。意味ねえだろ。
一つだけつまんで口に入れる。
うん、美味い。少し硬い気もするが、ビスケットの食感もあって、食べてて楽しいな。歯応えがあるのも好きな方だ。
食べすぎると顎が痛くなりそうだが。
「ど、どう、ですか?」
「ん。美味いな。もう一個食っていいか?」
「よ、よかったぁ……」
……食っていいんだろうか?
まあ、いいか。食べてはいけない道理もない。
なかなか癖になりそうだな、これ。作業中に置いてあったら無意識に食べ続けてしまいそうだ。
だが、今は置いておこう。さっきラピスに貰ったチョコも食べたばかり。チョコが健康にいいとしても、食べ過ぎるのはよくない。
「アウィン、ありがとう。美味かった。意外に料理できるんだな、また作ってくれ」
「え、えぇ!? それって、まさか、繭ちゃんが言ってた『俺のために毎日ミソシルを作ってくれ』というプ、プロ」
「何言ってんだ、お前。てか、繭のやつ、また変なこと吹き込みやがったな」
「え、あれ? お兄ちゃん? でも、魔法が、あれれ?」
「用はチョコだけか? なら、上に行くぞ」
「あ、待ってください、お兄ちゃんっ!」
俺が俺でなくなるってのがよく分からなかったが、とにかくバレンタインチョコレートを貰えてよかったかな。
プレイヤーからの譲渡じゃなかったし、イベントには関係ないんだろうが、そこはしょうがない。
しかし美味かったな。もう一個食ってみるか。
「そんなに一気に食べなくても……」
「いいんだよ、ゲームなんだから」
後日、一日に一定数のチョコを食べたプレイヤーには一時的に『デバフ:小太り』が付与された。
アウィンに「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなっちゃいました……っ!」と嘆かれたのは余談である。
ユズが手を回した内容も入れようかと思いましたが、読めば大体わかると思うので書きませんでした。
恐らく蛇足になると思いますし……汗
次回からはストーリーを進めていきますっ!
前書きにこれまでのあらすじを書くつもりですが、読み返して頂けると嬉しいなぁ……チラッチラッ