特別編「ドタバタバレンタイン(完結編中編)」
昨日、久しぶりに更新したにも関わらず、沢山の方に読んで頂けたようでとても嬉しいです!
ありがとうございますっ!
物凄く嬉しかったので、連日更新してしまおうかと思います!
明日、完結編後編も出しますので、よろしくお願いしますっ!
「おーい! 兄ちゃーん! おーいっ!」
「お兄さん! ハッピーバレンタイーン!」
いつの間にか下がっていた目線を上げて、聞き覚えのある声の方へ向けると厨二忍者テオと猫耳神官ココの二人が近付いてきていた。
そうだ。まだココがいたじゃないか。
テオとココは俺のことを“師匠”と言って慕ってくれている。誠に遺憾な師匠認定だが、今この時は師匠でも親方でもなんでもいい。
このイベントはチョコが貰える千載一遇のチャンスなんだ。俺に、チョコを……!
「兄ちゃん、兄ちゃん! チョコはどれだけ集まったんだ? オレはギルメンとか色んな姉ちゃんからたんまり貰っちまったぜ!」
「あん?」
「おおぅ……どうした、兄ちゃん。殺気漏れてんぞ」
「荒れてるにゃー、お兄さん。まさか、こんなことになっちゃうとは」
テオの煽りがクリティカルに胸を抉る。
いや、テオに悪気がないことはわかってる。わかってるんだが……。
今の俺に貰ったチョコの個数を聞くんじゃない。八つ当たりの餌食になってしまう。
それと、気になることが一つ。
ココの言葉に違和感。まさか、ココは俺がチョコを貰えないことに関して何か知っているのでは……?
「ココ、お前」
「そういや、さっきの見てたぜ兄ちゃん! さすがだなー!」
「うんうん!」
「……は?」
さっきの? 何かあったっけか?
「オレたちもさ、最初はイベントのチョコを渡してるだけかと思ったんだよ」
「でも、チョコ出てこないからおかしいって! ちょっと見とこう! って!」
「そしたら、姉ちゃん二人がクルッと後ろ向いちまってさ!」
「仕方ないよね!」
「兄ちゃんカッケーもんな!」
「畏れ多い!」
「話しかけらんねぇ!」
「それでそれで! ついに渡したかと思ったらビスケット!」
「イベント関係ないものまで貰っちまうのかよ!」
「そしてまさかのトパーズちゃんにあげちゃう!」
「食いきれねぇほど貰いまくってんのか、兄ちゃん!」
「なんて罪な男なの、お兄さん!」
「でもそんなところも……」
「「かっこいいっ!」」
「お前らの目は節穴か! ちゃんと光通してんのか、あぁ!?」
このマシンガン褒め殺しはお決まりにでもなってんのか!?
しかも、今回はゴリ押しにも程があるぞ。どんだけ濃い色メガネつけてんだこいつら……。
いや、もういい。
テオとココはこういうやつらだ。それに、今はかっこいいと思われていると都合がいい。
「あー、えーっと、ココさん? そういや、まだココからチョコ……イベントアイテムを貰ってないと思うんだが……」
「そうだねー。あたし、お兄さんにはあげてないよ」
「ココ、聞いてくれ。このイベントは、譲渡と受取の試行回数が非常に重要だろ? だが、譲渡の対象は一人一度のみであるからして、重要となるのは試行回数から個数有利にシフトするわけだ。つまりは、譲渡側も受取側もその行動回数ないしは所有者を跨ぐ物質の個数を稼ぐために、イベントの対象となるアイテムを俺に渡す方がお互いに有益であると考えるんだがどうだろうか」
「よくわかんない」
「兄ちゃん、何言ってんだ?」
なぜだ。イベントアイテムを俺に渡すことで得られる利益をキチンと丁寧に話したはずだろ。どうして伝わらない?
あれか、利益のみを開示したから胡散臭いと思われているのか。確かに女性プレイヤー側は素材を集める手間があったりと不利益を被る場合も……。
「兄ちゃんよ」
「なんだ、テオ。俺は今、利益と不利益の相互関係を見直しているところで」
「よくわかんねぇから、一言で頼むぜ」
「チョコくれ」
「わー、すごくわかりやすい」
いやしかし、これじゃダメだ。
懇切丁寧に説明した方が成功確率は飛躍的に上昇するはず。
今回のイベント報酬はなんだった? デメリットよりも報酬が上回ることを証明しなければ……!
「お兄さん、お兄さん」
「すまん。今、公式サイトを確認してる。もう少し待ってくれるか」
「いや、それがねー。あたしはお兄さんにチョコあげられないの」
「よし聞け、ココ。今回のイベント報酬はだな……」
「違う違う! どれだけ説明されてもダメなものはダメなの」
どういうことだ。
チョコを渡せない理由があるのか? それは一体なんだ?
イベントアイテムを全部渡してしまって残りがないとかか? あとは、誰かに脅されているとか。ココに嫌われるようなことはしていないと思うんだが……。
「わからん。なんで渡せないんだ?」
「そうだぞ、ココ。兄ちゃんにチョコ渡してやれよ」
「んーっとねぇ、あたしは恋する女の子の見方だから、かにゃ?」
わからん。
ココは何を言っているんだ。
女ってのは本当によくわからん。
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武具店オッドボール。ギルド“オッドボール”の活動拠点だ。
その二階にある談話室で項垂れている男が一人。隣には、大量のお菓子をパリポリしているウサギも一匹。
ウサギってのは、なんでも食うのか? ……一応、こいつも魔物だし胃袋が丈夫なんだろう。
机に突っ伏しているのは、言わずもがな俺だ。
とぼとぼと長期遠征から戻って来た訳だが、成果なんてありゃしない。結局、貰えたチョコはゼロ。ひとつもない。
どうやってここまで帰って来たのやら。長いこと、彷徨っていた気がする。具体的には一年くらい。
「何を、バカなこと、言ってるの、テイク」
「体感的な話だ。バレンタインが一年も続いてたまるか」
バレンタインデーならぬ、バレンタインイヤーとか地獄すぎて死ねる。
チョコのありがたみが無くなりそうだ。
で、俺の前に置かれたアップルティーと一緒に現れたのは繭。
“オッドボール”の鍛冶師でもあり、れっきとした女性プレイヤーである。
「なあ、繭」
「……なに」
「チョコ、ほんとにないのか?」
「ない。皆無。雲散霧消」
「うさん……それは元々あったものに使う言葉だ」
そもそものチョコがなければ、雲散も霧消もするはずない。
……なんて、揚げ足取りしてるからチョコが貰えないんだろうか。まさか、一番期待していた繭からも貰えないとは。
「……実はチョコ、あるのは、あるけど」
「くれっ!」
「テイク、がっつき過ぎ。あるけど、渡せない。渡す気が、雲散霧消。そんな感じ」
どんな感じだ。
意味がわからん。わかるのは、繭が俺の揚げ足取りにムッとして反論してきたことぐらい。
俺には渡せないってのは、ココも同じようなことを言ってたな。偶然じゃないなら、きっと同じ理由なんだろう。確か、「恋する女の子の味方だから」だったか。
苦手分野だ。
「繭、変な揚げ足を取ったのは謝る。すまん。だが、せめて渡せない理由を……ん?」
繭に理由を聞く前に、視界の端に現れた光点が主張を始めた。
トパーズはここにいるし、これはラピスかアウィン……いや、ラピスだな。間違いない。
ラピスがオッドボールへと戻って来たようだ。
「失礼しますー。テイクさん、帰って来てますかー?」
階下から癒香の声。光点のスピードから、誰かに連れられているのはわかっていたが、癒香だったか。
癒香は雑貨店“aroma”を持つプレイヤーであり、女性である。
今度こそは……!
「ごめんなさい。私からのチョコレートはないんです」
「ジーザス……! 俺は、神に見放されたのか……」
「あの、繭さん。テイクさん、どうしたんですか……? こんな方でしたっけ?」
「気にしない。悪いことが続くと、一周回って、面白くなってるだけ。それで、オーバーな、リアクションしてる。それだけ」
「冷静に解析してんじゃねえよ」
癒香もダメだったか。まあ、そんな気はしてたが。
だが、俺の名前を呼んだということは、俺に用があるはず。チョコじゃないなら、何の用だ?
『お、やっぱ癒香ちゃんじゃねえか。かぁーっ、今日も立派なもん見せ付けてくれるねぇ!』
「あっ、トパーズちゃん! やっと帰って来てくれたんですね! トパーズちゃんにチョコレートを作って来たのでぜひ食べてくださいっ!」
『な、また菓子か……。もう口ん中が甘ったるくて仕方ねえんだがなぁ……』
とか言いながら、満更でもないのがありありと伝わってくる。
癒香と繭はトパーズを連れて二階の談話室へと移動するようだ。
トパーズは当たり前だと言わんばかりの顔で豊満なバストに包まれてやがる。
……なるほど、こういう時に血涙のエフェクトを使うんだな。
『ご主人様、ただ今戻りました』
「ああ、おかえり。バレンタインイベントのチョコ作りだったか? ユズが無理やり付き合わせたみたいで悪かったな」
『い、いえ、それに関しては問題ないのですが、その……』
ラピスには珍しく歯切れが悪い。いや、歯どころか口もないんだが伝わってくる感じが口ごもっている雰囲気なのだ。
どうやら、ラピスはカウンターに乗っかっている包みを気にしている様子。癒香が持ってきて、置いてったやつだな。
『ご主人様、実はその箱の中身はワタシたちが作ったチョコレートなのです。本日はチョコを渡す日だとユズ、癒香から聞きましたので』
「なるほど」
『…………』
「……ん?」
あれ、なんだか気まずい。
ラピスが俺の対応を待っている気がする。
「もしかして、俺に?」
『勿論です』
「マジか! おおぉ……、ついに、ついにチョコレートを貰えたのか……!」
てっきり、もう貰えないものだと諦めていた。まさか、テイムモンスから貰うことになるとは……!
ラピス達、テイムモンスはNPC扱いになるから、恐らくイベントアイテムにはならないだろうが、そんなことはどうでもいい。
重要なのは、バレンタインに、女性から、チョコレートを貰ったという事実のみ! ゲームキャラクターだとか、スライムだとかは些細なことだ。
……些細な、ことなのだ!
「開けていいか?」
『ええ、どうぞ』
包装を解いて箱を開けると、丸いチョコレートが八つ、綺麗に並んでいた。
白いパウダーがかかっていて、黒に白がとてもよく映えている。
なんだっけ、トリュフチョコとか言うやつだろうか。
『ご主人様、できれば一口で頬張ってください』
「ん? 一口でか? まあ、出来なくはない大きさだな」
『はい。 そして、一気に飲み込んでください』
「それは無理じゃないか?」
チョコレート丸呑みはしたくないぞ。せっかくのバレンタインチョコだ。ゆっくり噛み砕いて味わいたい。
しかし、ラピスはどうしても飲み込んで欲しいようで、水を用意しようとしたり、詰まった時に衝撃を与えるためトパーズを呼ぼうとしたりと、あの手この手と策を弄してくる。
手元にある丸い物体を見る。
なんか、食べるのが恐ろしく感じてくるんだが。
「ラピス、このチョコに何したんだ?」
『……いえ、何も』
絶対に何かしている。確信した。
『強いて言うなら、愛を込めさせて頂きました』
なんてことをちょっと溶けながら仰るラピスさん。
愛に関して具体的な内容が知りたいところである。
そういえば、ミニマップで光点を見付けた時、ラピスだと判断した理由があったはずだ。
テイムモンスの光点には差がない。それでも、確実にラピスだと思った、その理由。
……いやな予感がする。
『それでは、トパーズを呼んで来ます。少しお待ちくだ』
「……《リコール》」
唱えた魔法はテイマー用の魔法。MPを消費することで、任意のテイムモンスを一人呼ぶことができる魔法だ。
指定したのはラピス。その結果、目の前には階段を登ろうとしたラピスが転移してきている。
そして、小さなラピスが八人。
『…………』
「ラピス、これはどういうことなんだろうな? 《リコール》をしたら、どこかにいたラピスが八人も来てしまったみたいだ」
『…………』
「八人かぁ。そういえば、ラピスから貰ったチョコレートも八個だったよな。偶然だろうけど」
『…………』
「チョコ、ゆっくり食べていいか?」
『……はい。ご賞味ください』
すっかり大人しくなってしまったラピス。だが、真実は知らないままでいたい。
きっと、この小さなラピス達は俺の知らない用があって分裂していたんだろう。ミニマップ上で、いくつかの光点が重なっていたのも、俺の見間違い。一口で食べろと言っていたラピスも、やっぱり悪いと思って折れてくれた。
だから、中に空洞があるチョコレートも、きっとそういうデザインに違いない。
こういうチョコも面白いと思うよ、うん。
明日、バレンタイン編完結……っ!