特別編「ドタバタばれんたいん!(後編)」
奇数日更新!
ギリギリ間に合ったぁ……汗
バレンタイン後編です。どうぞ!
特別編「ドタバタばれんたいん!(後編)」
「さてと、それでは私達のお仕事を始めましょうか、ラピスさん」
イワンの町、大通りに面した私のお店“aroma”。
そのキッチンに立つ、私が抱えるのはいつもの可愛いトパーズちゃんではありません。
今日は、同じ女性としてバレンタインの準備をラピスさんと一緒に進めていきます。
トパーズちゃんは男の子ですからね。トパーズちゃんにも美味しいチョコレートを作ってあげなくてはいけません。
見返りはモフモフがいいなぁ。
「ラピスさんも、テイクさんに作りますよね? 頑張りましょう!」
『──ッ!』
私が声を掛けると、ピクッと反応を返してくれるラピスさん。
この“aroma”にあるキッチンへ来てからというもの、ラピスさんの雰囲気がいつもとは少しだけ違うような……そうでもないような?
アウィンさん達と話している内に、テイクさんのテイムモンスター達とは、何と言えばいいのでしょうか。意思のようなものを感じられるようになりました。
アイコンはNPCなのに、まるでプレイヤーと話しているかのような。
きっと、トパーズちゃんやラピスさんにも意思があると思うんです。
思うんですが……。
トパーズちゃんもラピスさんも、表情がよく分からないんですよね。トパーズちゃんの幸せそうな顔は間違いなく判断できるとは思いますが。
私が抱っこするとまるで天国に来たかのような……。自意識が過ぎているだけでしょうか?
ただ、ラピスさんの考えていることは全く分かりません。
テイクさんのことを大切に思っているらしいということはユズさんや繭さんから聞きましたが、先ほどの動きも私の言葉に反応してくれたのかどうかも定かではありません。
嬉しいのか、寂しいのか、怖がっているのか、怒っているのか。
武者震いなのか、泣いて震えているのか、怯えているのか、怒りに打ち震えているのか。
そもそも、バレンタインに乗り気なのか、そうではないのか。
どこが正面で、どちらが背中なのか。
「……ま、気にしても仕方がありません。逃げようとせずにここまで来てくれたんです。手伝ってくれると信じて作業を……」
カランカラン
お店の奥にあるキッチンに来客を知らせるベルが鳴り響く。
今日はお休みにしていたはず。システム的にもお店へ入れる人は私が許したプレイヤーのみ。
ということは……。
「あ、やっぱり繭さんでしたか。お疲れ様です」
「……ん。この、繭に、外へ出る、おつかいを頼むとは……。ユズめ、鬼か、悪魔か、絶壁か」
「あはは……。それ、ユズさんの前では言わないでくださいね?」
「……わかった。……メールしとく」
「そういう意味ではないんですけど……」
繭さんならやりかねない。
そんな言いようのない不安が私に冷や汗をかかせる。
特にそんなエフェクトは実装されていないので気分の問題ではありますけど。
繭さんは長い前髪に表情が隠されていることも相まって、何を考えているのか分かりませんからね……。
今も虚空へと指を伸ばして、私には見えないウィンドウを操作しています。
これがメールの操作だとしたらユズさんの怒りを買ってしまうのでしょうが、どうやらその心配は無さそうです。
私の目の前に現れたウィンドウは譲渡されたアイテムを受け取るか否かを決めるもの。
ちょっとしたアイテムならプレイヤー間で手渡しすればいいですが、商品の素材などを譲ってもらう時にはこの機能が重宝されます。
今回も手渡しできない程の量が……。
「あ、あの、繭さん? この素材はユズさんと」
「ん。アウィンの成果。と言っても、これは、テイクに来たもの。盗品。アウィンだけ」
「《盗む》スキル、ですよね。まさか、こんなに多いとは……。素材集めに出て、まだ時間も経ってないはずなのに」
「これが、極振りのチカラ」
おお、何の関係もない繭さんがドヤっています。感情の読み取れない繭さんの貴重なワンシーンですね。
繭さんから渡された大量のバレンタインイベント用素材達。
これらは全て、アウィンさんの《盗む》スキルによってテイクさんのアイテムボックスへ送られてきたものです。
テイクさんがギルドにいる時、アウィンさんはユズさんやココさん達と素材集めに行くことがあるそうです。
その時に送られてきたアイテムはギルドで共有できるアイテムボックスへと逐次入れているらしいので、恐らく今日もテイクさんはいつの間にか増えていた素材アイテムを片っ端から共有ボックスへ入れていったのでしょう。
その中のバレンタインイベント用素材を私のお店、“aroma”へと持ってくるのが繭さんの役目。
その代わり、素材のいくつかを繭さんの取り分とするはずでしたが……。
「いい。いらない」
「いいんですか? 男性プレイヤーに渡せば渡すだけ報酬が増えるはずですけど」
「繭が、渡すつもり、だったのは、一人だけ。それも、ユズの、メールで、必要なくなった」
「……いいんですか?」
「いい。初回サービス。初年度特典。……次回は、知らないけど」
二度確かめて、それでも答えが変わらないのなら、もう私から言うことはありませんね。
それに、私は《イワン生産職連合》の方々や、お得意様にチョコレートを作って渡さなければいけません。早く作らなくては。
繭さんが自分のお店へ帰るのを見送って、私もキッチンへと戻ります。
自分の分だけでなく、今受け取った素材でユズさんの分も作る必要がありますからね。
ユズさんの交友関係は底知れないものがあります。気合いを入れ直しましょう!
……あれ、そういえば繭さんには幼馴染の男性がいたような。
渡さないのでしょうか? 二度確かめた訳ですし、いいか。
「さてと、ラピスさん。アウィンさんから大量の素材を頂きました。ここから大仕事です! ラピスさんには型をお願いしますね」
『…………』
んー、やっぱり何を考えているのか分かりません。
と、とにかく、やって欲しいことを説明してみましょう!
ラピスさんはマルチスライム。そして、テイムされることで分かったスキル《物理攻撃無効化》。
このスキルは物理的衝撃まで無効化してしまう優れものだと聞いて、すぐに作ってみたものがあります。
それが、スライムの粘液で作った“ESO美肌パック”です!
“イワン生産職連合”でのイベントのひとつ、ネタアイテム選手権で入賞を勝ち取った一品。熱や湿度だって、言わば物理的事象なんですから、その変化を無効化。保温保湿効果があると思った訳ですね!
結果的に、保温のみで保湿まではさすがにしてくれませんでしたが……。
ちなみに、“ネタアイテム選手権”で優勝したのは、匿名で、しかも代理のプレイヤーが出品した、“君も今日から世紀末! あれ、攻撃が、遅れてくるぞ?”という商品名の格闘家用武器であるグローブ。
性能だけでなく、名前、そしてそのどこか見覚えのあるデザインの全てにネタを仕込んだその心意気が優勝を持っていったのでしょうね。
賞金も商品も、何も受け取らずその代理人さんは帰ってしまいましたが、一体どなただったのでしょうか?
『…………』
「あ、すみません、ラピスさん。話がずれてしまいました。えっと、マルチスライムの粘液には保温効果があるんです。なので、ラピスさんにもその効果はあるのではないかな、と思った次第でして」
『……?』
チョコレートにおいて、形というのはとても重要なもの。
その形は金属でできた型を使って整えることが一般的です。温めて溶かしたチョコレートをムラなく綺麗に型へ流し込む……。この作業、大量に作るとなるとなかなか大変なんですよね。
「そこで、ラピスさんにはこの形作りをやって頂きたく!」
『……』
「う、うーん、やっぱり何を考えているのか分かりませんね。そもそも、私の言葉は伝わっているのでしょうか?」
『…………』
「じ、実践した方が良さそうですね!」
イベント素材を湯煎して溶かしたチョコレートをある程度の量ごとにトレーの上へ置いていきます。
ラピスさんは恐らく、型を使わなくても大丈夫だと思うので、ここは私も型を使わずに形を整えてみましょう。お手本ですからね。
リアルだと、髪の毛が入ったりしてしまう可能性がありますが、ゲーム世界ではまずありえません。
本命チョコには自分の一部を入れる……なんて噂もありましたっけ。その気持ち、分からなくもないですが、そんな勇気はありませんね。
「うん。こんな感じでしょうか。ラピスさん、どうですか? こうやってチョコレートをここに置いていって欲しいのですが……」
『…………』
「あ、そうですそうです! すごい! 上手ですねっ!」
器用にチョコレートを自分の体で包み込み、体内でチョコを変形。トレーの上にそっと置けば、そこには可愛らしいチョコレートが。
型はないので薄い板チョコにはなっちゃいますが、量を作るならこちらの方が有益なはずです。
イベント素材を溶かし、混ぜ、形作り、冷やせばチョコレートは完成します。チョコレートを作る工程をなぞれば“バレンタインチョコレート”を作ったことになるという仕様を逆手に取った訳ですね!
よしっ、それじゃ私もドンドン素材を溶かしていきましょう!
まずは溶媒に、マルチスライムの粘液とスケルトンの骨、ウィスプの魂片を混ぜたものを用意して……。
ハイ。
まさかの、まだ続きます汗
特別編「ドタバタばれんたいん!(完結編)」を乞うご期待!
その後は、本編進めますので、どうかご容赦を……!