特別編「ドタバタばれんたいん!(中編)」
バレンタインって……
バレンタインって……!
……ばれんたいんハ五月ノいべんとダヨ。
すみませんっっ!
複雑怪奇な根っこと、大きな枝の間に掛けられた木製の橋。
眼下には茶色く濁った水が流れ続けてる。この川はローツの町とは反対方向から流れてきて町の手前でUターン。その後、また反対方向へ流れていってるのをこの目で確かめたわ。
考察班の一人、ユズとして川の出どころが気になっちゃったんだもん。そういうことはちゃんと確認しなきゃ気が済まないからね。
残念ながら、不可視の壁に阻まれてどこから来て、どこへ向かって行くのかは分からなかったけど。
不可視の壁の向こうに小さな家が見えたことから、どうにかすればもっと東のエリアへ行けると思うんだけど。今のところはなんのヒントも見つかってないわね。
「あ、アウィン。そっちの……えっと、右の方にある二又に分かれてる枝の裏に一匹潜んでるみたい。行ける?」
「任せてくださいっ! 行ってきます!」
横にいた女の子、アウィンがすぐ横の木へと一足で飛び乗り、軽い足取りで目的の場所まで登っていく。
ほんと、この子の身体能力には驚かされるわね……。
普通は襲ってきた敵モブをカウンターで片付けていくのが定石なんだけど、アウィンならマングローブ林の枝へ跳び乗れる。
ま、できちゃうなら利用しない手はないわ。
それに。
「戻りました、ユズお姉さん! いたのはヘビさんでしたよ!」
「おっけー、スネアキャンサーね。後はお姉さんに任せときなさい」
ここは第二の町ローツ、その東エリアのマングローブ林。
出現するのは“栗投げ鼠”、“バインドサーペント”、それと“スネアキャンサー”ね。
リスじゃないなら、バインドサーペントとスネアキャンサーのどっちかだけど、サーペントは水の中から襲ってくる。
つまり、今から来るのはスネアキャンサー!
「《光の加護》。かーらーのー、《スライス》!」
ここで出てくるヘビ系のモブは水属性に耐性を持ってる。
私の剣は、常に水属性付きだから別の属性で上書きしてから攻撃しなきゃいけないのがちょっと面倒ね。
でも、属性付与魔法を使うために《光魔法》がレベル四になったのは多分、いいことなはず。
基本攻撃は水属性で、魔法は光属性、たまに風属性の攻撃も混ぜる。
うん。これぐらいが一番バランス的で扱いやすいわね!
テイクみたいなスタイル、私には絶対に無理だわ。
「おおー! すごい! ヘビさんが一撃で消えちゃいましたっ! トパーズさんみたいです!」
「あはは、ありがと。でも、トパーズちゃん並の火力は無理かなぁ~」
ほんの少しだけHPの減ったスネアキャンサーを、光属性エンチャントした《スライス》で屠る。
テイクじゃないけど、このモブ相手ならこれが一番効率的。
ポリゴンとなって消えていった跡に残るのは、私のアイテムボックスの中に増える素材達。
でも、今はイベント中だからちょっと特別なアイテムも手に入る。
「アウィンの方はどうだった? キャンサーのHPは減ってたから、大丈夫だとは思うけど」
「もちろん、ちゃんと盗んできましたよっ! それがわたしのお仕事ですから!」
「うんうん。これで、テイクもあなたにメロメロよ!」
「は、はい……! ついに、お兄ちゃんがわたしに……っ!」
赤らめた頬を両手に挟み、小さく俯くアウィンちゃん。
あー、もー、やっぱり可愛いわね、この子。
お金お金って言ってるよりも、純粋な恋する乙女の方がよっぽど似合ってるわよ。
アウィンには、癒香の言う極一部のバレンタイン解釈なんかじゃなくて、ふわふわできゅんきゅんな乙女チックなバレンタインをちゃーんと教えてあげたわ。
女の子の手作りチョコレートを渡したら、相手の男の子はイチコロ。例えそれが兄妹であっても……。
これはまた、面白くなりそうね!
「ユズお姉さん! は、早く次に行きましょう!」
「そう慌てなくても大丈夫よー。あなたの想いはあいつに届くに決まってるわ」
「はうぅ……」
それに、私の目的も着々と進んでる。
このバレンタインイベントは、リアルで起こってる訳じゃなくてゲーム内のこと。当然、ルールもあって報酬だって用意されてる。
そのルールを考えれば、より多くのイベント素材が必要になるの。
そこで、アウィンよ。
アウィンはテイクの魔の手によって《盗む》スキルを極振りされてる。
素材集めにはうってつけって訳ね。
それに、バレンタインは女の子にとって特別な日。それを知らないまま過ごすだなんて、同じ乙女として見過ごせないわ!
アウィンにはこのゲーム世界が生きる世界なんだから、存分にバレンタインを楽しんで貰うとして。
私は私で、イベントなら思う存分楽しませて貰わなきゃね!
さってと、ミニマップ上には《気配察知》スキルのおかげで敵の位置が丸わかり。次のチョコレートはどこにいるのかしら?
イベント報酬をもっともっと手に入れるために、ガンガン狩って、ジャンジャン盗んじゃおう!
あ、でも、アウィンのために、私のフレンド全員にあのことだけは伝えておかなくちゃね。
付き合ってもらったんだし、私にできる最高の舞台を整えてあげなくちゃ……!