第百十八話「目標ロスト」
『ヒメさん! 何処にいるんですか!? ワタシの声が聞こえたなら、戻って来てくださいっ!』
「…………」
視界に入る光の玉を注視しながら、チンチクリンだと思われる光の玉が飛び去った方向へ歩く。
ラピスの声が届く範囲が半径何メートルなのかは調べていないが、近くでフワフワしている光の玉は違うと見ていいか。
素早く飛び去る光の玉があれば、それは恐らくフェアリー。チンチクリンである可能性は高い。
面倒なのは、木と話している場合だ。
木の近くでほとんど動かない光の玉なんてそこら中に浮いている。その中からフェアリー入りを見付けるなんて至難の技だろう。
ただ、有利なこともある。
ひと所に留まってくれるのなら、俺が近付くこともできるからな。飛び続けられると追い付ける気がしない。
と、なるとやることは一つ。
「ラピス、できるだけ《分裂》して周囲の観察だ。呼び続けるのは一人でいい」
『ワタシの大半はトパーズやタンクマンティスの方にいます。あまり数は増やせませんが』
「つっても、十人以上はいけるだろ。俺だけじゃ視界に限界がある。頼んだぞ」
『お任せ下さい』
目の前に広がる奇怪な森。
そこで漂う不思議な光。
目に入るだけでも百に届くかどうかという数が見える。
もちろん、木々の影から、枝の裏から、死角となっている場所から見えなかった光の玉がひょっこり顔を出すことだってザラだ。
これを全て観察する。
なに、フェアリーはこの辺りにいないはず。
新しい光の玉が生み出されることはない。
ラピスだっている。きっと、上手くいくだろう。
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「…………」
『ヒメさーん。ほんとに聞こえてないんですかー? あのー、戻りましょう……?』
ラピスの言葉にも覇気がない。歩きながらではあるが、ほとんど変わらない景色に変わらない作業ってのは結構辛いしな。
ラピスに喉があるのかは知らないが、声を出し続けるってのもしんどいはずだ。
「動いたか?」
『気配は皆無です』
『急に動く光の球体、ですよね。依然、発見できません』
「……そうか」
最後にチンチクリンらしき光の玉を見たのはいつだったか。
全ての光の玉を見ようと決意してから二度はそれっぽいものを見付けられたんだが……。
木との会話をしなくなったのだろうか?
もう結構、近付けたと思っていたんだが、遠くに行ってしまったら見付けることは難しくなるぞ。
視力には限界がある。見える範囲は限られているんだ。
仕方ない、魔法を使ってみようか。
歩きながら考えてはみたのだ。自分の持っている手札で効率を上げる方法はないかと。
その一つが《風種》。
というか、一番穏便なのが《風種》だな。
攻撃魔法なんて撃ったらどっかの敵モブが反応する可能性があるから論外。
《水種》と《土種》は有効な方法はないし、《闇種》で生み出した小さな遮光カーテンによって一つ一つ光の玉を囲んでいくとかやりたくもない。効率が悪すぎる。
《火種》で森を焼き尽くすのは色々と問題があるし、《光種》はハーピーが……。
いや、さすがにないとは思うんだけど、あいつに関してはほんと何をしでかすかわからん。飛んで来ないと確信を持てないのが恐ろしいとこだな。
とにかく、使えるものは《風種》のみ。
息を吹きかければ光の玉が飛んでいくことは確認済みだ。
便利魔法も魔法の一種。使うことで敵モブに影響することも十分考えられる。
だが、今ここで使わなければチンチクリンを見失ったまま。最悪、またあいつが死に戻りしてしまう。
その時はきっと、俺達のことを忘れてしまうのだろう。
アウィンへ向かって『はじめまして』と声をかけるのだろう。
できれば避けたい未来だ。
だからこそ、今できることはやらなければ。
「ラピス、全方位、敵が迫ってこないかを確認していてくれ。それと、風に抗おうとする光の玉も見つけ次第報告だ」
『風……ご主人様の魔法ですね。承知致しました。範囲は如何程に』
「広範囲は危ないし、とりあえずは近くに上昇する風を起こす。上は枝葉で遮られてるし、上を蜂が飛んでたとしても当たらねえだろ」
魔法を使ったことで魔力を検知、とかしてきたらどうしようもないがな。
蜂って温度を見てんだっけ? サーモグラフィー的な。
それっぽい動きは見てないし、特攻蜂はその代わりに魔力を検知しますとか……。
うわ、待って。なんかそれ、ありそうな気がしてきた。
でも、さっきカマキリと戦った時は魔法使ったし……。
いや、確かあの時は近くに蜂はいなかったはずだ。
それに、その後すぐにアウィンのとこ行ったからタゲ移ったかもしれないな。
おっと、なんだか魔法、撃たない方がいい気がどんどんしてきたぞ。
大丈夫か? やっちゃって大丈夫なのか?
『……ご主人様?』
「いやでも、このまま何もしない訳には。だが、ここで俺が死に戻ったら向こうにいるラピス達も戻ってしまう訳で。そうなったら引き付けてるカマキリや蜂が全部フェアリーのとこ行くってことじゃねえか。やべえ、死ねねえ。だが、チンチクリンを見殺しにする訳にも」
『あー、例の思考が始まってる様ですね』
『ワタシ達は周囲を警戒しておきましょう』
『ええ。ご主人様なら、最適な答えを導き出してくれるはずです』
『ワタシ達はワタシ達の出来ることを……』
『っ! ご主人様! 五時の方向から特攻蜂です!』
「としても、可能性があるなら不用意な行動は避けるべきじゃないか? 今までの方法で見付けられる可能性だってある訳だし。でも、暫く見付かってないなら変化を入れた方が効率的だし……」
『『ご主人様!』』
おわっと!?
両耳からステレオで大音量な叫び声が!?
いや、これ耳からなのか? そう聞こえたように錯覚してるだけで頭の中に直接……。
って、そうじゃない!
視界もラピス色に染まってるし、きっとラピスが何かを伝えたいのだろう。
「悪い、聞いてなかった。なんかあったのか?」
『とにかく、木の影に隠れてください!』
『特攻蜂です!』
『五時の方向です!』
『進路は外れています!』
『見付かれば厄介です!』
「ちょ、待て一気に喋るな。なんだって?」
『『『『いいから、隠れてっ!』』』』
「りょ、了解した!」
ラピスの声とは別の、鼓膜を震わせる音が聞こえて俺も状況を察した。
この羽音は特攻蜂。後ろ側から聞こえてくる!
ラピスにせっ突かれるように近くの木へと身を潜め、様子を伺う。
ラピスが隠れろと言うんだから、まだ見付かってはいないはず。
サーモグラフィー機能搭載だとマズいが、もしそうならもっと早くに見付かってるだろ。
「……行ったか」
『ご主人様、思考の海へ沈むのは構いませんが、沈みすぎないよう注意して頂けませんか』
「気付いたら深みに嵌ってっからなあ。にしても、今の特攻蜂はどこへ向かってたんだ? 特攻蜂はもっとフラフラと近くを巡回する動きだったはずなんだが。今のは直線的だった。どういうことだ? 狙いは俺達ではなく……」
『……ご主人様。もしかして、ネタでやっているのですか? 言ったそばから再度行うなんて』
「ヤバい。ヤバいヤバいヤバい! 今の蜂を追うぞ!」
『マ、ご主人様?』
あの特攻蜂は既にターゲットを持っていた。
標的となるものはプレイヤーの俺ではなく、もちろん、テイムモンスのラピス達でもなく。
「チンチクリンが、狙われてる……!」
防衛イベントは継続中。
チンチクリンが、危ない……!
(2017/10/15)
すみません。
リアルでのお仕事が滞っておりまして、更新ができそうにありません。
また、個人的に満足できない小説をお見せする訳にもいきませんので、少々お時間を頂けばと思います。
どうか、よろしくお願い致します。