第百十二話「狂い始める計画」
小さなラピスに群がるカマキリを尻目に少しずつ移動する。
ラピスへと攻撃を仕掛けるタンクマンティス。そのタンクマンティスに阻まれて、近付くことができない特攻蜂と溢れたカマキリ。
攻撃目標がビー玉大しかないため、攻撃できるカマキリは二体が限度のようだな。
ラピスに寄っていくタンクマンティスは約半径五メートルのラピスを中心とした円の範囲内にいるやつらのみか。
後からその範囲に入った敵モブは反応していない。ラピスがカマキリの影に隠れたことになってるんだろう。
「そんじゃ、俺の遠投能力も考慮したらここら辺かな!」
『あーあー、ラピスちゃん可哀想ー。あなた、なかなか鬼畜ね!』
「うっせ、チンチクリン。ラピスだって嫌がってねえだろが」
『虫だらけのとこに投げ入れられるんだよ? 女の子なら誰だって嫌だと思うけどなー』
「……」
残っているラピスへと視線を向ける。
あーそのー、もしかして、嫌だった?
パワハラとかそういう感じになっちゃってた……?
『ご安心ください、ご主人様。虫に群がられる程度、何も感じません。もちろん、快適とは言えませんが、我慢できる範疇です』
すまねえ。すまねえな、ラピス姐さん……!
このパーティーではお前が一番の苦労人だよ……!
無事にこの防衛イベントが終われば、ラピスのお願いを何でも聞いてあげよう。
わがままでもいいし、散財してもいい。どうやら、思っていた以上に俺達はラピスを頼りにしていたらしい。
それでいて、不平不満が無さそうなのが凄いやつだよなぁ。
初めは、レベル一のマルチスライムをテイムしてしまってガッカリしていたが、テイム出来たのがラピスでよかった。本当に。
『さあ、ご主人様。次のワタシを使ってください』
「ありがとうな、ラピス。この埋め合わせは必ず……ん?」
『如何されましたか?』
『ふへえー、ラピスちゃん凄いねー! それで、わたしはいつまで鳥ちゃんと一緒にいればいいの?』
『……くーかー?』
「もう少し待ってろ。てか、退屈だからって自分で向かおうとすんじゃねえぞ!? 少しでも狂ったら計画がパーだ!」
ふくれっ面でハーピーの羽毛へ隠れるチンチクリン。
今、『バレたかー』とか呟いてなかったか? やめてくれよ、ほんとに。
ただでさえ、作戦が狂い始めてるんだから。
「一旦、引くぞ」
『えー! 早く、みんなのところに』
「ここに居たら全員死ぬんだ。説明してる時間はない。さあ、戻るぞ」
不平たらたらなチンチクリンとぽけーっとしているハーピーの横を抜けて、少し離れた木の影へと足を進める。
視線は視界の右上に写るミニマップ。そこには三つの光点が浮かび上がっている。
「《リコール》」
『うおおぉぉぉぉっとぉ! あっぶねぇ! 旦那ぁ! もうちっと早く呼んでくれよ! 死にかけたぞ! 間に合ったからよかったけどよ!』
「悪い、トパーズ。俺の見立てが甘かったみたいだな」
『あ、ウサくんが戻ってきた』
『……くぇー』
ミニマップに浮かぶ光点はパーティーメンバーのもの。
俺の場合はテイムモンスターの場所を表す。
トパーズが跳んで行った後、ある場所で《リコール》するのは予定通りだった。
だが、どうやら思っていたよりもその範囲は広がっていたらしい。
「トパーズ、ローツ北の扉は見えたか?」
『いいや、壁がチラッと見えただけだな。扉どころか、森すら抜ける前に虫だらけだ。あの量はヤバいぜ。こっちのが可愛く見えてくらあ。あと、仕込み針だっけか? あれもハンパなかったな』
「……そうか」
俺の計算違いだろうか。
二度目に壁を超えた時、つまり、ハーピーに運んでもらった時に見た、北の扉前で集まっている量も相当なものだった。
そこから、このフェアリーの里へ向かう間に遭遇した敵の数やドルク爺周辺の敵の数から、ローツの町を襲撃しに行く敵の数を計算したはずだったんだが……。
ミニマップ上で、トパーズだと思われる光点が想定よりも早い段階で進路を外れた時は驚いた。
『俺の突撃が曲がることなんざ、巨乳のネーチャンが真横を歩いてる時ぐらいしかねえよ!』
なんて言っていたが、命の危機が迫ってきても曲がるらしい。
敵の数が想定よりも多いことに関して、考えられるものは少なくない。
例えば、フェアリーのように他に自我持ちの集落があり、そこが壊滅させられたならローツの町へ流れる可能性は高い。
それに、俺が壁を超えられたなら、他のプレイヤーだって超えられるはずだ。
そうだ、どうしてこの可能性を考えていなかったんだ。俺は一般的でごくごく普通のプレイヤーなんだ。俺ができることなら他プレイヤーだってできるだろう。
最前線を裏技っぽいやり方で先取りしたなら情報公開だってしたくないはず。
きっと、別プレイヤーがいて、そいつが死に戻り、その分の敵がローツの町へ向かったに違いない。
うん。きっとそうだ。
「ってことはやっぱり俺の考え足らずだったってことじゃねえかー!」
『ねー、どしたの? なんで急にぶつぶつ言い出したの?』
『ほっとけ。時々こうなる』
『ご主人様の高尚なる思考の邪魔をしてはいけません。そっとしておきましょう』
『……けー』
いや待て。
別プレイヤーがいたとして、そいつが引き付けていた敵が全てローツにいくなんてことあるのか?
少しだけでも、こっちに流れて来ることだってあるかもしれない。
だが、実際問題こちらに新しく戦力が投下されてる感じはしない。
ドルク爺に群がるやつらと、ラピス二人を中心とした……。
そうだ、ラピス!
忘れてた! 何のために下がったと思ってんだ、俺!
「《リコール》!」
『……? 攻撃が止んで……? あ、ご主人様、どうされましたか?』
『アウィン! もうすぐ、例の音がした場所に……あ、え? ご主人様……?』
『ど、どうされましたか、ご主人様? ワタシ達を呼んだりして……』
ミニマップは!?
トパーズを表していた光点は俺の近くに、二重に重なっていた光点は一つのみとなっている。
だが、その光点の動きが止まり……なっ、逆走し始めた!?
「アウィンと一緒にいたラピス! 向こうで何があった!?」
『え、えっと、ご主人様のご指示通り、周辺の敵をおびき寄せ、アウィンの足で逃げ続けていました。ただ、突如轟音が響いてきたので、その様子を確かめようと……』
なるほど、アウィン達がローツ北の扉へ動き出したのはそのせいか。
轟音の正体は恐らくトパーズ。こいつの跳んでいった先にある木々は、それは大きな轟音を立てて倒れていっただろうからな。
アウィン達がこのまま進んで行けば、確実に扉前の敵集団とぶつかっていただろう。
自力で素早く動けないラピスを先に《リコール》したが、なんでアウィンは引き返したんだ!?
んなことしたら、自分で引き連れていた敵から返り討ちにされるだけじゃねえか……!
早く。早くしてくれ。
《リコール》には短いながらもクールタイムがある。
この間にアウィンがやられでもしたら……!
大丈夫。
まだ、パーティーメンバーにあるアウィンの欄は黒くない。選択できる。やられていない。
ウィンドウから確認できるHPゲージだってフルで残って……。
その瞬間。
俺の目はアウィンのHPゲージの減少を見た。
「《リコール》!」
頼む! 間に合ってくれ……っ!