第百一話「すっとぼけ」
時が止まった。
違う。そう錯覚しただけだ。
今まさに俺へと突き刺さるはずだった短刀の動きが止まったから。だから、時が止まったと感じたのだ。
変わらず動き続けるものは二つ。
右斜め前へと飛んでいく火球と、左上空へと飛んでいく闇球。
しかし、それ以外に動き続けるものはない。
ドサリ、と。
すぐ近くから音がする。
アイクの膝が地面へとついた音だ。
「う、あ、ぁぁあ」
アイクのHPは残り二割。
先程まで九割残っていたHPは一気に七割削れている。
このゲームの痛覚設定はHPの減り幅で決まる。
だからこそ、プレイヤーはVITやHPを育てていく。
アイクだって例外じゃない。実際、VIT等のステータスは俺達とは比べ物にならないほど高いのだろう。
今まで、七割も削られたことはあったのだろうか?
その時の痛みは尋常ではないぞ。
「なん……、てめ、一体……」
膝をつき、胸を押さえて苦しそうにするアイクを見下ろす。
コイツは強い。恐らく、プレイヤーの中でも最上位に位置するプレイヤーだ。
だからこそ、こう言おう。
「雑魚だな」
「く、そがぁ……っ! 《火の、癒し》!」
「トパーズ」
『死にさらせや、ゴルァァッ!』
一足で跳んできたトパーズの角が刺さり、回復したHP諸共に消し飛ばされたアイクはポリゴンと化した。
俺の勝利を讃える電子文字が浮かび上がり、PvPフィールドが解除されていくのを確認し、座り込む。
とりあえず、MP回復薬使おう。
MP切れはやっぱ辛い。あったま痛ぇ、死ぬぅ……。
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「やりました、お兄ちゃんっ! リベンジ達成です!」
『あの野郎、前は俺が蹴られたからな。蹴り返してやったぜ! ざまあみろってんだ!』
『さすが、ご主人様です。作戦通りの筋書きを一寸の狂いも無く、見事遂行されました』
「ねぇ、タケルーン。そろそろ何が起こったのか教えてよー」
「…………」
『……くぇー』
第二の町ローツ東エリア、マングローブ林。
アイクとのPvPをした後、MP切れで苦しむ頭を抑えて何とか移動を開始した。
アイクがリスポーンした時にまだ俺達がいれば、絶対面倒なことになるだろうしな。
マングローブの木には足場が組まれていて、木と木を繋ぐ通路のようなものがあった。
周りは木で囲まれ、PvPをした場所も全く見えない。
この辺りまで来れば大丈夫か。
で、教えろって言われてもなぁ……。
「教えるようなとこあったか? 見たまんまだと思うが」
「この子速すぎでしょ! それにウサちゃんの破壊力! 闘技大会でも思ったけどどうなってるの!?」
「そのステータスを重点的に育ててるだけだ」
あえて極振りとは言わない。
ここにはエリーだっている。あまり情報は出したくない。
レベルが高めだと思ってくれれば御の字だ。
他のステータスにもいくらか振ってると勘違いしといてくれ。
まあ、他のゲームで俺に会ったことがあれば、すぐにまた極振りしてるってことがバレるだろうけどな。
「じゃあ、ウサちゃんが攻撃を弾いたのは? この子が相手の剣を持っちゃったのは?」
「そういうもんじゃねえの? 言葉が通じねえから、俺にも知らない特徴がまだまだあるんだろうな」
『よくもまあ、スラスラと嘘を並べられるもんだな、旦那』
『虚偽も場合によっては方便です。さすが、ご主人様』
こいつらの声は俺にしか聞こえない。
アウィンは話せるが、町盗賊というモンスターには違いない。
プレイヤーとは別なんだから、俺の知らない仕様があったとしても不思議ではない。ってことにしとこう。
実際はラピスの《物理攻撃無効》と《盗む》スキルが効果を発揮しただけだが。
知られないに越したことはないよな。
「むぅ。何かはぐらかされてる気がするー」
「人を疑うのは良くないぞ、お姫サマ」
「じゃあ、最後! ムカつくアイツを倒した時! 魔法二つ撃ってたよね!? しかも、二つ目は足元から出てた! それに、一回目の闇球と二回目の闇球のダメージが全然違うしっ! なんで?」
「あー……」
やっぱ、そこ気になっちゃうよなぁ。
魔法は一度に一つまでしか出せないのに二つ撃てた理由は《魔法複数展開(Ⅱ)》スキルのせいだ。
スケルトンウィザードのソロ討伐報酬だな。
ただ、これは不意打ちしてこそ真価を示すもの。
アイクだって、一つ撃ったから魔法は飛んでこないと思ったからこそ攻撃を仕掛けて来たんだろうしな。
これも、知られたくはない。
そして、足元から魔法が出てきた件だが。
これは俺が特訓した成果だ。
奇襲対策で自分の身体の好きなとこから魔法が撃てるってことを使ったが、今回のはその応用編。
右手を伸ばしたまま、左膝からアイクへと闇球を撃ったのだ。
いや、これめちゃくちゃ難しいんだからな?
右手を伸ばしてるから指向性は既に存在してる。そんな中で、空想上の枝を見えない膝から伸ばすように意識するとか、言ってて自分でも混乱してくるぞ。
オッドボールの屋上で練習していたのはこれがメインだったな。
右手は“アウィン親衛隊”のギルドホームを狙いながら、頭上へと魔法を撃つ。
何度“アウィン親衛隊”へと火球を撃ち込んだか覚えていない。
でも、そんなことを長々説明するメリットも無いし……。
「見間違いじゃね?」
「そっかー、私の見間違いかぁー。それで納得すると思ったのかな、タケルン?」
「あ、威力が変わったのは消費MP量を変えたからだぞ」
「え、あのチョー燃費悪いやつ?」
「意外と便利だぞ、あれ」
四倍の闇球で一割削れたのは確認したからな。
後は、いい感じに削れるくらいの威力に調整してぶち当てるだけだ。
二発目の闇球は五千四百ほどのMPを注ぎ込んだ。
痛覚設定には苦しめられて来たが、対プレイヤーならこれを逆手に取ることだってできるってことだな。
普通はチクチクとダメージを与えて削りきるってのが一般的なんだろうが、俺の場合大量のMPがある。
一発で痛覚が発生するほどのダメージを叩き出すこともできるのだ。
MP切れでちょっと辛くはなるが、これを利用しない手はないだろうな。
「便利魔法を戦闘で使ったりしてたし、タケルン変な戦い方するねー?」
「やっぱ、便利魔法は戦闘用じゃなかったか。結構使えると思うんだけどな」
「そんな意図で作った訳ではありませんわ」
お、さっきまで黙ってたエリーが口を挟んで来たな。
自分のギルドで一位のやつが簡単に負けてさぞ悔しかろうて。
俺としてはやってやったぜっていう達成感しかないがな。
罪悪感なんぞ、一片もねえからな。
「それとも何か? アイクの仇討ちですわーってか? 受けて立つぞ」
「何を仰っているのか私にはよく分かりませんが、貴方はもっと気にしなければならないことがあるのではなくて?」
あれ、あんまり悔しがってねえな。
一泡吹かせてやったと思ってたんだが、そう簡単にはいかないらしい。
こいつへのリベンジ戦はまだできそうにないか。
それに、俺がもっと気にしなければいけないことだと?
……そういえば、アイクと戦う前に何か聞こうとしてたような。
『……くーかー』
「そうだ! お前何かユニークがどうとか言ってたんだっけか?」
「どれだけ頭に血が上ってらしたのでしょうね。直前のことくらい、忘れないでくださいませ」
「で、このハーピーがユニークとかだっけか? どういうことなんだよ?」
「ええ。歩きながらお話致しますわ。エゾルテでも問題になっていること。ユニークモンスターの発生についてを」
すみません、最近忙しすぎて……!
本日、5月9日の更新はおやすみさせて頂きます。
できるだけ隔日更新をするつもりではありますが、仕事が落ち着くまでは更新できたりできなかったりが多くなるかもしれません。
申し訳ありませんが、どうかこれからも「極振り好き」をよろしくお願い致します。