第九十八話「ユリ姫」
このキャラ、覚えてますか……?
「えっと、貴方はメグミの……確か、タケルさんですわね」
「サラッと本名言ってんじゃねえよ! テイクだ!」
「…………」
「で、そのテイクさんが如何いたしましたの? 私たち、急いでいるのですが」
第二の町ローツ、その建物の影でローブを被った二人の人物を引き止めた。
片方はエリー。ギルド“青薔薇”のギルマスで、イワンの町東エリアボス、“森林の大狼”をテイムしたプレイヤーだ。
あと、異世界がどうとか言ってる変わったお嬢様だな。
自己中なやつ。
もう一人は知らないな。
いつも一緒にいるメイドのメリーではない。あいつはもっと背が高かったはずだ。
このローブはエリーよりも少し背が低い。
「決まってんだろ。この防衛イベントのことだ。お前、何か知ってんじゃねえのか。明らかにおかしなイベントだろ!」
「……さあ。私は何も知りませんわ」
「何言ってんだ。闘技大会のことだってリリース初日に知ってたお前なら、この防衛イベントのことだって分かってたはずだ」
「ですから、何も存じあげませんの。そもそも、私たちだってそれを調べようとしているのですから」
どういうことだ。
運営側であるエリーが、防衛イベントのことを調べる?
本当に何の情報もないってことか?
「……分かった。なら、メイドはどうした。あいつと話した方が早い」
「それはどういう意味ですの!? ……それにメリーは今、魔王様のところですわ」
「エル!?」
「いいのです、ユリ。この方は既に知っています。ですわね?」
「信じてはいないがな。こいつの言い分なら把握してる」
あれだろ。
異世界の魔王がMP無くなって死にかけてるから世継ぎが欲しいとか、そういう。
そのために、このESOは作られたんだったな。
当事者である姉貴に聞ければいいんだが、一人暮らししていて直接会うこともできない。
メールは送ったんだが、返信はまだ来ていないな。
「メグミとは連絡がつかないようですわね」
「どうせまた引きこもってんだろ。昔からしょっちゅうだ」
「弟さんからの連絡にも気付かない程ですのね」
「……え、メグミ? それと、弟ってまさか!?」
ん? 今まで黙ってた方のやつが何か言い出したぞ。
てか、こいつまで姉貴のこと知ってんのか。
ってことは、まさか……!?
「おおー! メグミから話は聞いてたけど、貴方がタケルくんね! 思ってたよりおっきいねぇー」
「マジか。おい、こいつまで運営側のプレイヤーってことか?」
「プレイヤーではないですわ。どちらかと言うと、NPCでしょう」
『ご主人様、この方、闘技大会でお会い致しましたよ』
『そうなのか、ラピス姐? んー、いたか? こんなちみっこいの。貧相な奴だな』
トパーズの記憶は胸のあるなしで決まるらしいな。
だが、俺にもこんな奴がいた記憶は……。
いや、そういえば、前にもこんな話をした気がする。
そうだ、思い出した。
闘技大会の表彰の時だ!
「あの、お姫様か!」
「ユリ・フォートライン・ガランドと申します。以後、お見知りおきくださいませ。なーんて、固っ苦しいのはやだよねー」
「お、おう? てか、NPC? アイコンはプレイヤーだが」
「プレイヤーにログインしてるだけですわ」
「お姫様として、NPCにもなれちゃうわけだよ!」
「あー、つまり、そういう設定ってだけで、本当はお姫様なんかじゃないと」
「いいえ。ユリはガランド国の姫ですわよ」
「ま、細かいことはいーのー。そっかぁ、メグミの弟くんはキミかぁ。なかなかカッコイイね!」
頭が混乱してきた。
どういうことだ。異世界のお姫様がゲーム内でプレイヤーになったり、NPCになったり……。と、そういうことか?
てか、エリーは魔王側だろ。そんで、お姫様つったら王国側。
今、その二つが争ってんじゃねえのかよ。
いいのか、そんな仲良しこよしで。
あと、お子様にカッコイイと言われて喜ぶ性癖は持ち合わせてないんで、ノーサンキューです。
「とにかく今は時間が惜しいですわ。話は移動しながらに致しましょう」
「あ、もう連れてっちゃう?」
「有象無象のプレイヤーでは問題ですが、テイクさんなら事情を知っています。大丈夫ですわ」
「だってさー! 良かったね、タケルン!」
その呼び方はマジでやめろ。
というか、面倒なことに巻き込まれ始めてねえか、俺!?
いや、確かに俺から首突っ込んだことではあるが、何かしらの情報があればいいなくらいの軽い気持ちだったんだけど!?
「なあ、俺はそこまで深く突っ込むつもりじゃなかったんだが」
「これから行くのはエゾルテと通信するための場所です」
「なんでか、エゾルテに帰れなくなっちゃったんだよねー」
「現在、エゾルテで何が起こっているのか把握する必要がありますわ」
あー、くそ。
異世界との通信手段か。
もし、異世界があるとして、姉貴がそれに関わっているのなら、それ、知っときたいかもだな。
リアルの連絡はなかなか気付かないようだし。
あの姉貴のことだ。異世界と行き来できるなら、どうせ異世界の方へ入り浸ってるんだろう。
いざと言う時に、通信できるならそれに越した事はないよなぁ。
ま、そもそも異世界なんて無ければ全てがハッピーエンドなんだが。
仕方ない。ついて行ってみようか。
防衛イベントなんて、俺一人が抜けたところで変わんねえだろ。
ミニマップ上では、ローツの町の北東へ向かっているようだ。
壁と、壊れた兵器群が見えてきた。
その東側には森もあるな。確かマングローブ林だっけか。
「この樹海のある場所ではエゾルテと通信が可能となっていますの」
「その場所だったら、タケルンがエゾルテにいる私達に連絡することもできるよ!」
「つっても、お前ら登録してないがな」
「それでは、致しましょうか? フレンド登録」
エリーが何か言い出した。
ふざけんな。誰がお前なんかとフレンドになるかってんだ。
それならまだ、ちみっこいお姫様の方で妥協する。
「ってことで、ユリ……サマ? フレンド登録頼むわ」
「……ふん。勝手になさいませ」
「あーあー、エル拗ねちゃった」
「拗ねてなんていませんわ!」
「あ、タケルン。様付けなんてしないでね! エゾルテじゃないとこでは、お姫様なんかじゃないんだから!」
「そうか。なら、俺の方もその呼び方は」
「タケルンはタケルン! もう決めちゃったもんね! 姫からのお達しなのです!」
はあ。
もう、放っとこう。子供がなんか言ってやがるくらいに思ってれば腹も立たねえし。
『タケルン……。ご主人様がタケルンですか……』
『旦那、ちょいと名前多すぎねえか? いくつ名前持ってんだよ』
本名とプレイヤーネームだけだと思うんだがな。
実際、俺の呼び名は結構増えてきた気がする。
現実では、矢柄としか呼ばれねえってのに。
家族や、幼馴染みの莉子、堅碁は例外としてだが。
まあ、現実でその例外以外の奴と会うことすら滅多にないか。
そういえば、呼び名っつったら、あのフェアリーのチンチクリン達やハーピーはどうなったんだろうか。
あいつらも敵モブではあるし、まあ大丈夫か。
北エリアへ行けるプレイヤーもいない。
あいつらの方から町へ攻めてこない限り、やられることなんて……。
そう思いながらふと、左に見える壁を見上げると、何やら騒がしい。
……なんだ?
敵は町の中心を目指しているはず、こんな北東にある壁の上になんて敵モブはいないはずだが……。
『ギギャキャーッ!』
『クォァーッ! ケアーッ!』
『ギーキィャーッ!』
『く、くぁー……! くぇっ、かー……!』
「おい、おいおいおい!?」
「何事ですの?」
「どしたのタケルン?」
『ご主人様、あの子は!』
『なんだ!? どういう状況だ!?』
訳が分からん。
どうして、こんなことが……!?
俺の目に映るのは崖近く、空中での争い。
風に乗って聞こえてくるのは、いつもは脱力するような気の抜けた声が、切羽詰まったような語りかける声!
なんで、あのハーピーが仲間に襲われてるんだ!?