第零話「β」
「はぁ、はぁ、これ……ッで!」
俺の振り下ろした剣が目の前にいる醜い小鬼、ゴブリンの脳天に突き刺さる。
ゴブリンは断末魔を残す間もないまま青いポリゴンにその姿を変え、跡形もなく消え去っていった。
残念、ドロップはなしか。
「えーと、さっきので何体目だっけ? まぁ、いいや。次、次っ!」
木々の隙間に見えた別のゴブリンへと躍りかかりながら、視界の右上に表示させている時計へと視線を移す。
15:45。
「あと十五分か。十五分あれば二十、いや、三十は仕留められる!」
βテスト終了時間である十六時になり、強制ログアウトさせられるまで俺は殺戮を続けた。
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「ぬあーっ! 二十七体、目標達成ならず!」
「おっ、タケおかえり」
「あーあ、強制ログアウトはあんまり体によくないんだよ?」
俺がVRMMOのゲーム、「Each Story Online」通称ESOから現実へ帰ってくると、二人の友人が出迎えてくれた。
挨拶をしてくれた優男は好森 堅碁。帰ってきて早々、小言を吐いてきたのは柚木崎 莉子である。
まぁ、帰るといっても、寝てた体を起こしただけなんだが。
二人とも、小学生から仲のよかった友人達で、高校生になっても「やゆよトリオ」なんて呼ばれたりする。
ああ、俺の名前は矢柄 健。ユニット名の冠担当だな。
「おー、ただいま。強制ログアウトが怖くて特典が狙えるかっての。てか、堅碁はともかく、莉子には言われたくねーな」
堅碁も、もちろんゲーマーだが、俺と莉子はもっと、とてつもない時間をゲームに費やす廃ゲーマーである。強制ログアウトぐらい絶対やってんだろ。
いや、むしろ莉子なら自分からやる。
終了時間前にログアウトしてるとか、そっちの方が違和感凄えぞ。
「うわ、けん、聞いた? 私だって女の子なんだからお肌には気を使ってるんですー」
「そういう、体に悪いって意味じゃねーだろが」
「あー、はいはい。じゃれあうのは後で。莉子が最後までいなかったのは、僕がこれをチェックしようって誘ったからなんだ」
堅碁の後ろにはパソコンが立ち上がっていた。うん、気にはなってたんだよ。なんで俺のパソコンが勝手についてんのかなーって。
ま、見られて困るものは巧妙に隠してあるから心配はしてないがな。
「あ、ゴミ箱フォルダ内は見てないから」
「なっ、何で知ってんだよ!?」
「もう、いいからさっさと見なさいよ」
じと目の莉子から促され、パソコンの画面をチェックする。
……後で、sampleフォルダに引っ越しさせとかねば。
「えーと、なになに? ……っ! これ! ESOの特典一覧じゃねぇか! 発表されるなんて言ってたか!?」
目の前にあるのは、β版ESOで何をすればどの特典が貰えるのかが、ズラッと書かれた公式サイトだった。
実はβテストが始まってしばらくした後、運営から特典のことが通達された。βテスターの皆さんは何をすれば貰えるのかやら、どんなものが貰えるのかやらの考察で忙しそうにしていたな。
しかし、先を見越していた俺は開始直後から誰よりも殲滅数を稼ぐことを目標に行動していたのだ!
これで、殲滅数による特典はいただきだな。
……大体のβテストが早々にやることなくなるから、前もって目標決めてただけってことは内緒だ。
「タケはずっと向こうにこもってたから知らないのよ。β版はチャットも未実装で、呼ぶに呼べなかったし」
「莉子は町にいたから声掛けれたんだけどね」
「発表直前に見れなかったのは残念だけど……。とにかく、殲滅数関連の特典は何だ!」
飛ばし飛ばしでスクロールしていくが、なかなか殲滅数に関係するものは出てこない。
「職:剣士を選ぶ βソード」「ボスを三体倒す 守りのアミュレット+2」のような簡単に手に入りそうな項目もいくつかあったが、手を止めずにバーを降ろしていくと、ついに目当てのものが見つかった。
『殲滅数上位プレイヤー抽選 特別職(※)』
『殲滅数下位プレイヤー抽選 特別職(※)』
「抽選って何だよぉぉおっ!」
「くじ引きよ」
「意味は知ってる! 何で抽選なんだ!」
しかも、この書き方だと全てのプレイヤーに抽選権があるじゃないか!
俺のあの努力は一体……。
いや、棚ぼただったんだけどさ。
「落ち着いて、タケ。※印のところを見てみなって」
「こめじるし……?」
(※ランキング中、上位、下位それぞれ十番内に入っている方々は抽選の当選とは別に特別職を選ぶことができます。)
「よっしゃ、特別職ゲットぉっ!」
「まだ決まってないのに、よくそれだけはしゃげるわね。特別職が何なのかも分からないのよ?」
「元々、一位を取ることしか考えてなかったらしいからね。十位以内なら確実って思ってるんでしょ。とりあえず、タケはキャラのジョブを変えるのかな?」
「確か、タケは物理攻撃寄りの平均的な剣士だったわよね。今までのことを考えると悪いものでも食べたのかと思ってたけど」
そう。βテストでは極々一般的な剣士を作った。
ゴブリンを三回切りつければ倒せるATK。大体五連戦のダメージを回復薬一つで全快できるVIT。牽制に使う魔法で怯ませる威力を出すINT。ゴブリンが使う程度の毒を無効果するMIN。そして、楽に移動でき、ゴブリンへの攻撃を九割外さないDEX。
だが、そんな周囲に埋没したキャラでいいのか。否。
ありふれたキャラを作って、ありふれたゲームをして楽しいのか。否!
どんなモブでも一刀両断。どんな攻撃でも湛然不動。撃てば鎧袖一触。走れば韋駄天。
そんなキャラを一人に詰め込むのはオンラインゲームでは無理がある。それならば、と俺がゲームをする時に必ずすること。
極振りである。
極振りってのは、一つのステータスのみを極端に成長させることだ。
他のステータスに比べて重点的に成長させることや、他のステータスが勝手に成長させられる時でも極振りと言ったりもするんだが……。
やっぱり、他のステータスは初期値。一つのステータスだけが絶大な数字を叩き出す!
それこそが極振りってなもんだよな!
「で、今回のはβだからノーカン。俺の冒険は製品版からだ!」
「やっぱり、最初からなかったことにするつもりだったのか」
「あっきれた。タケ、今まで極振りしてきてどんな目にあったか覚えてないの?」
「忘れた」
過去は過去。今は今だ。
筋力値極振りだと三体に襲われたら詰んだとか、生命力極振りだと遅すぎて進むことも逃げることもできず遠距離から弄ばれたとか、知力だと不意討ちに対処できず、精神力は活躍の機会がない。素早さは歩けば壁にぶつかって移動どころじゃなくなるとか全く覚えていない。
「バッチリ覚えてるね」
「MIN極振りした時は目が死んでたよね。魔法や状態異常使う敵モブなんて、先の方に行かなきゃいないのに」
「うるせー。そん時だけはキャラ再作成しただろ。あれ以来MINだけは振らないって決めたんだよ」
「で、INT振って毒にやられるとか、ギャグよね」
お見それしました。MIN大先生。
いつか、MIN極振りのリベンジもしてみたいんだが、どうにも莫大なMINを生かす方法が思い付かない。
普通、魔法攻撃や状態異常攻撃以外にも攻撃手段があるからなぁ。
盾となるにも、ATKやINTが初期値だと攻撃力がないから、一人だと確実に詰んでしまう。
ま、これはおいおいの課題だ。
今回のゲームは別に目玉ステータスがある!
「それで、今回は何に振るの? 僕、タケが極振りするの、結構楽しみなんだけどな」
「まあ、見てる分には面白いからね。付き合わされる分、楽しませてよね」
「言ってろ。今度は今までと違うんだ。聞いて驚け。俺がESOで極振りするのは、MPだ!」
特別職が何なのかは知らないが、ESOの仕様を見た瞬間、極振りするのはHPかMPにしようと決めたのだ。
ESOのレベルアップやステータスへのポイント振り分けはまたの機会に説明するとして、まずはESO中のHP、MPについて話させて頂きたい。
多くのMMORPGではHP、MPを増やすには、VITやINTなどを上げるしかないのだ。
例えば、知力を上げるということは魔法を使おうとしているのだからMPが必要。だから、INTを上げたならMPも上がる。そんなことは当たり前。
確かに、ESOでもINTを上げればMPも若干増える。
しかし、ESOはHP、MPにもポイントを割り振り、大幅なステータスアップをすることができるのだ!
「これは、どちらかに極振りするしかないでしょうっ!」
「極振り自体をやめよう、とは思わないところがタケらしいなー」
「で? MPに振る理由は何よ?」
「んー、HP上げてもあんまり面白くなさそうだからな。あと、膨大なMPで力任せに魔法ぶっぱなしたい」
INTがほぼ無くてもそれぞれの魔法スキルと消費するMPがあれば魔法は撃てる。
また、魔法の威力はINTをベースにはしているが、消費MPを増やすことで高めることができる、らしい。
らしい。と言うのもゴブリン特化型だったβの俺は、余分につぎ込むMPはほぼなく、検証しようと、消費を少し多くしたが余り違いは見られなかったのだ。
多分、恐らく、極振りにしたら化ける! と思う! きっと! メイビー!
そんなわけで、俺の極振りはMPにするつもりだ。
ちなみに、規模とスピードも消費MPで変えることができる。他にも変えられる要素があるらしいので夢が広がりんぐ、待ったなしである。
「きっと、射程とか数とか、もしかしたらホーミング性能が付いたりしてな!」
「ほんと、いっつも妄想だけはたくましいわね」
「タケ、悪いことは言わないからHPとVITは上げといた方がいいよ」
「そうよ。まさか、ESOの痛覚設定まで知らないなんて言わないわよね?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。何とかなるって」
製品版発売が待ち遠しいな!
この作品は原則16時更新です。
少ないですが、書き終わっているところまでは毎日更新して行きます。