アダルトDVDを二回借りる客
わたしはあるレンタルDVD屋でアルバイトをしている。大学生だ。その店は本屋もくっついているタイプの店で、大学の近くにあるものだから、稀には書籍目当ての同じ大学の知った顔が客としてやって来たりする。そしてその日は、鈴谷さんという知合いの女生徒がいたのだった。
まぁ、知合いと言っても、ほとんど喋った事もないのだけど。
彼女に関しては変わった噂がある。妙に勘が鋭く、まるで探偵小説の中に出てくる探偵のような名推理で、ちょっとした謎を直ぐに解いてしまうというのだ。
その時は客がいなくて暇だったという事もあって、わたしは興味本位から鈴谷さんのその推理能力を試してみようと思い付いた。
実はこの店には、そんなちょっとした謎のある妙な客がいるのだ。その客は変なDVDの借り方をする。
わたしは鈴谷さんに向けて手を上げた。彼女がそれに気付いたのを察すると軽く挨拶をしてから手招きをする。すると彼女は不思議そうな表情を浮かべつつも、こちらに向かって来てくれた。
「やっほ、鈴谷さん。どんな本を買いに来たの? 何なら探してあげようか? わたし、一応、ここの店員だから」
そう話しかけてみると、彼女は落ちいた様子でこう返す。
「遠慮するわ。実はこのお店に来るのは初めてで、どんな本が置いてあるのか見物しているだけだから」
「あ、そうなんだ。でも、鈴谷さんを満足させるような本は、この店には置いてないかもしれないなぁ」
鈴谷さんは民俗学関連が好きで、そういう本をよく読んでいるらしい。この店の本は娯楽が中心だ。
「あら? わたしだって、普通の娯楽本も読むわよ。雑学系が中心だけど」
「雑学系も少ないかもしれない。店としてはもっとバリエーションがあった方が良いとは思っているのだけどね、アルバイトの発言力じゃ、品種を変えるまでには至らなくて」
「色々なお客さんのニーズに応えられるから?」
「そう。色々なお客さんのニーズに応えられるから。でも、時にはどんなニーズがあるのか分からない、不思議なお客さんも来るのだけどね」
それを聞くと鈴谷さんは「へぇ、どんなお客さん?」とそう尋ねて来た。我ながら上手くやったと思う。自然な流れで妙な客の話に繋げられた。
わたしはそれからこんな説明をした。
「その客は主にDVDを借りに来るのだけどね、何故か同じDVDを二回借りる事があるのよ。それも、二回借りるのは決まってアダルトDVDで、普通の映画とかお笑いのDVDに関しては一度しか借りないの。
ね? ちょっと不思議でしょう? 特定の女優のファンって訳でもないみたいなのよね。まぁ、そもそもファンだったら借りないで買うだろうけど。店としてはありがたいけど、意味が分からないから気持ち悪くて」
店員の間でも、その客は“奇妙な客”として話題になっている。それを聞くと、鈴谷さんはちょっと考えるような表情になった。
やや下ネタ気味で、鈴谷さんのキャラには合わない気もするが、まぁ、女同士だから平気だろうと、わたしは彼女が考えている間でそんな事を思う。
一分も経たずに鈴谷さんは口を開いた。
「ねぇ、そのお客さん。本当に同じDVDを二回借りているのかしら?」
「借りているわよ。わたしだけじゃなくて、他の店員だって何回も同じDVDを借りているのを見ているもの」
「じゃ、確かめてみましょう。そのお客さんのレンタル履歴は参照できる?」
「参照できるけど……」
わたしは彼女がそう言うものだから、“何度も見ているから、無駄なのに”と思いつつも、渋々ながらその客のレンタル履歴を調べてみた。すると、驚いた事に、彼女の言うようにその客は同じDVDを一度も借りてはいなかったのだった。
「えー? うそぉ? だって、みんながあのお客さんが同じアダルトDVDを借りているのを見ているのよ?」
わたしがそう言うと、鈴谷さんは次にこう尋ねて来た。
「その人と同じ苗字で同じ年齢のお客さんがいるのじゃない?」
検索をかけてみると、なんといる。そして、その人のレンタル履歴を見てみると、先の人と同じアダルトDVDが……。
「えっと…… これって?」
わたしがまだ理解できずに鈴谷さんを見ると、彼女は澄ました表情でこう教えてくれた。
「だから、その人達は双子だったって事じゃないのかしら?
普通のDVDは家族だから、一緒に観るでしょう? それで、どちらか片方しか借りない。でも、その手のDVDは気まずいから、一緒には観ない。それでバラバラに借りるのだけど、やっぱり双子だから“好み”は大体同じで、借りるDVDが被ってしまう事が多くなってしまう」
わたしはその彼女の言葉に大いに納得した。
「なるほど。聞いてみれば当たり前の話ね。ちょっと調べれば分かったかもしれないのに、誰も調べないなんて。思い込みかしらね? ちょっと考えさせられるわ」
話の内容は非常にくだらないけど。
それを聞くと鈴谷さんは、ちょっとおどけた口調でこんな事を言った。
「まぁ、安易に個人情報を調べるってのもどうかと思うから、今回に限っては分からなくもないけどね」
鈴谷さんはそう言ってくれたけど、わたしは思う。これが分からなければこの双子のお客さん達はわたし達店員の中で“変な客”として気味悪がられ続けたのだ。そう考えるのなら、これは個人情報と偏見打破の為の情報開示の必要性がせめぎ合っているような、そんな意外に含蓄のある話だったのかもしれない。
いや、話の内容は本当にくだらないけれども。