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右ニ剣、左ニ銃ヲ  作者: 明日今日
第一幕 檻
3/19

(2)

 道中、馬車や蒸気機関車を乗り継ぎ、海へ出た。そして、最後に船を使い、都合、二週間かけて、ヒューロ達は海上都市アトラスへと辿り着いた。

 この世界は基本的なテクノロジーが中世と差がない為、蒸気機関車などコネがなければ、乗ることすらできないらしく、貴族などにコネを持つ者やそんな上流階級の人間に仕事を請け負った人間の専用車両と化していた。

 ダグラスが技術的に遅れている訳ではなかったがアトラスのターミナルに辿り着いた時、正直、驚きを隠せなかった。

 ヒューロのいた世界でもこんなに整った施設はなかっただろう。そして、こんなに豊かな海上都市も。

 従来のメガフロートと呼ばれる概念を通り超え、近未来都市のモデルにできただろう。

 しかし、ヴァシリーサの言っていた言葉が引っかかる。

 既に地平線の向こうへと消え去った陸地と豪華なターミナルに反して、閑散としていた。そして、受付にいる従業員達の視線。

 職務上、隠していたが招かざる客であると言うことは感じ取れた。

「ヒューロ。貴方がいた世界にここまでの施設は存在した?」

 完全に布地の薄い長ズボンに半袖――夏服姿のヴァシリーサが問う。一見、旅行者にも見えるが、羽織った上着やその手に持っている旅行カバンとショルダーバックには武器一式と調査用の道具が入っている。

 当人曰く、武器――銃が隠せないので薄着は嫌いだとぼやいていた。ヒューロにとっては彼女の胸は目福だが。

「いや、ありえないな。通常、メガフロートは固定されるんだがこの都市は移動できる。既に未知のゾーンだよ」

 新品同様の乳白色の床を歩きながら小声で返す。歓迎されていないのに話の聞かれる訳にはいかない。

「凄いな。自分、田舎の出だからカルチャーショック受ける」

 パトリツィアは半袖にショートパンツ。完全に旅行者と言う印象を受けた。鎧こそ着ていないが半袖の下には防刃性のあるインナーウエアを着込んでいるらしい。

 剣は隠せなかったので腰のベルトに鞘と一緒に吊り下げているがアトラスに入る直前に装備の一式はカバンの中に押し込んでいた。その収納技術には驚嘆すべきなのだろう。

 鎧を外した姿を頻繁に見ている訳ではないのだが服の上からでも分かる痩躯を見て、彼女を歴戦の騎士と想像できる人間は少ないだろう。その痩躯で唯一ふくよかな太股だけがそれを表しているように見える。ニーソが引き立てる絶対領域が眩しい。

「パト。気を引き締めなさい。ここはアウェーなのだから」

 一歳下であるヴァシリーサがパトリツィアに警告する。しかし、その必要もなく、少女騎士は柄に手を触れ、歩いてくる白服の一団を睨みつけていた。

 話に聞いていた案内役の執行官達だろうか、ダグラスよりもかなり南にあるにも関わらず、彼らの視線に肌が粟立つような感じを受けた。異端者に対する敵意だった。

 執行官というのはアトラスで保安と警備の任に就く治安当局の役職名らしい。保安官のような地位の立場か。

「アーネストだ。時雨桜から派遣された人物であるとお見受け致すが相違ないか?」

 派手な徽章の執行官長らしき精悍な顔立ちの男が重々しい声で問いかける。

「自分は魔女騎士のパトリツィア・グラヴィーナ。彼はアナリストのヒューロ・ジンカイ。そして、彼女が錬金銃士のヴァシリーサ・アレクサンドロフ。以上の三名です」

 パトリツィアは普段とは違い、堂々と言い放った。その姿は若く凛々しい騎士団長と名乗っても通じるかもしれない威厳と品格があった。

「……なるほど。確かに連絡のあった三名だ。だが、治安活動は我々の管轄だ。調べるというのなら、司教様に許可を得てくるのだな」

 癪に障る喋り方だが、パトリツィアも態度を崩さなかった。ヴァシリーサも対応を任せる気でいるのか表面上は何の反応も見せない。だが、彼女がムカついてるのは手に取るように分かった。

 以前、時雨桜内で聞いた最年少騎士長候補と言う話は嘘ではないらしい。

「止さぬか。時雨桜の方々、部下の非礼、アトラスの為政者たる拙僧がお詫び申し上げる」

 後ろから執行官達の群れを割るように男が現れる。声から高齢のようだった。

「申し訳ありません。グレゴリオ司教様」

 アーネストが司教と呼んだ男に道を譲る。彼はフードを下ろし軽く会釈する。

 ヒューロ達も会釈で返す。

 グレゴリオは顔を上げる。僧職にあるとは思えない精悍な顔付きで白髪でさえもその威厳を引き立てる為に存在していた。

「都市群の皆様に安心していただく為に調査を頼んだのだ。彼らの知る権利を阻害するような真似は差し控えよ」

 アーネストは頭を下げ、任務に戻りますと告げ、執行官達を引きつれてこの場を去った。

 パトリツィアは何の変化を見せなかったが、ヴァシリーサは眉毛を顰めた。予定では失踪した現場に案内してもらう筈だったからだ。

「案内役は遅れておる。しばし、お待ちいただきたい」

 司教が告げる。不意に彼の視線がこちらへ向かってくる一団に移動する。

 護衛とその対象である中学生くらいで白いドレスを着た少女がその中心にいた。長く茜色で燃える夕日のように波打つ髪と黄金色の瞳を持った可憐な少女がこちらを見ていた。

 ヒューロ達を物珍しげに眺めて、早足でこちらへとやってきた。

 護衛達の空気がピリピリと爆ぜるような緊張感と警戒感を有している。

「グレゴリオ司教。その方達は?」

「時雨桜より、連続集団失踪事件調査の為にこのアトラスへと派遣された方達です」

 少女の問いにグレゴリオは孫に答えるように穏やかに説明する。

「本職はオギュスティーヌと申します。このアトラスを取り仕切る《姫》と言う役目を持つ者です」

 少女が百合の花を連想させる白いドレスの端を持ち上げ、優雅に頭を下げる。

「ヒューロ・ジンカイです」

「パトリツィア・グラヴィーナと申します」

「ヴァシリーサ・アレクサンドロフ」

 ヒューロが名乗ると間を置いて二人が名乗り、頭を下げた。

「この都市以外の場所に住んでおられる方を初めて拝見致しました。外がどんな世界なのか、本職は興味があります。機会があれば、是非、お話を聞かせていただきたいと思います」

 ヴァシリーサがほんの少しだけ眉毛を動かした。オギュスティーヌに悪気はないのだろうがその言いようが余りにも露骨に聞こえたからだろう。

 特にヴァシリーサはアイリシアン大陸北東部の雪国出身らしいので馬鹿にされように感じたのかもしれない。

「オギュスティーヌ殿、その言いようは失礼です。言葉をお選び下さい」

「別に構いません。他意がないことはこちらにも分かっておりますので」

 司教の言葉をパトリツィアが遮った。その恭しい態度や姿勢はヒューロやヴァシリーサには真似できるような物ではなかった。勿論、その場しのぎで取り繕えるものでもない。

「それよりも自ら達は調査に赴いた者です。案内役がいなければ、依頼を遂行できません」

 ヴァシリーサは仏頂面で淡々と割り込んだ。この流れを続けたくはなかったのだろう。

「本当に申し訳ない。今、到着した。こちら側の不備、申し訳なく思う。我等は別の職務があるのでこれにて失礼する」

 司教はオギュスティーヌと共に護衛達に護られながらこの場を去った。入れ替わりにやってきた少年はいかにも見習いと言う雰囲気を纏っていたが服装は執行官の制服だった。

 やはり捜査に関して非協力的と言う印象は拭えそうにない。元々、都市群との確執は大きく、彼らとしては失踪した連中に責任があり、アトラスは事件に無関係と言うことにして今回の事態を収拾したいのだろう。ヒューロ達を早々に追い返せば技術流失も最小限に止められる。

「遅れて申し訳ありません」

 息を切らして、頭を下げる少年。当人にそういう意志はないのだろうが、この遅刻で足を引っ張られる方は堪ったものではない。或いはそのように装っているのか。

「……荷物を置いた後に現場に向かいましょう」

 ヴァシリーサが口を開いた。

 ヒューロもその意見に賛成だった。重い荷物を持ったまま、トラブルには巻き込まれたくなかった。



 向こうの世界と比べても遜色のないホテルに着いた。荷物を部屋に置いて、ホテルのレストランで少し遅い昼食を済ませた後、石造りの街並みを少年に案内されて、第一現場に着いた。

 繁華街から一つ路地に入ったところで現場と思しき場所には花が供えられていた。

 今更、何かが残っている訳でないがヴァシリーサが薄汚れた石畳の上を目を皿のようにして調べて始める。

「ここが第一の現場です。もっとも市民による目撃情報での話ですが――失踪人は査察団の錬金術師です。名前はカーク・サンドマンさん。失踪する前に精神的変調が見られ」

「資料を渡していただければ、勝手に調べますので……それに私達は自分で調べたことしか信じません」

 ヒューロは説明を交えて、少年に対して淡々と答えた。

 失踪にパターンはあるだろうし、これが言われている失踪ではなく誘拐や殺人なら、ターゲットになった裏の理由も存在するだろう。それを都市側の人間である彼に教える必要はない。

 また、アトラス側がその理由を知っているのならば、こちらに対して真相を隠し、偽りの情報を流す可能性も否定できない。ここが本当の犯行現場である保証など――どこにもないのだから。

 少年はこの申し出を想定していたのか、顔色に変化は見られない。

「ヒューロ。その言い方はないと思う」

 鎧姿のパトリツィアが怒った表情でこちらに歩み寄ってくる。置いていく気にならなかったのか、盗まれるのが嫌だったのか、ホテルで着込んだ後、その姿で歩き回っている。

 夏ではないが暑いので真似する気にはならない。当人は平気な顔をしている。

「パト。残酷なようだが、この手の調べで感情移入なんかしてたら思い込みで迷走する。感情は捨てて客観的に物証を検証していかないと……彼らに辿り着けない」

 諭すようにパトリツィアに話しかけるが彼女は納得がいかないようだった。

 少年は我関せずと言った様子で下を向いている。

「肝心の物証すらもないみたい。でも、連続して発生してるから、犯人のパターンはあるでしょうね。何か出てくればいいけど」

 ヴァシリーサが立ち上がって、かぶりを振る。

 昼食を食べながら見た資料には発生して一月くらい経過していた。海風と雨で何も残っていないだろう。

 時雨桜の先発隊がどこまで掴んでいたか、報告書すら届いていないのだから調べようがないのだが――

 それにどうして、時雨桜にこの仕事が回ってきたのだろうか? 人材派遣ギルドを除いても冒険者ギルドを加えれば、アトラスの近くに五つはある。

 それらが今回の件に動かないのは明らかにおかしい。やはりここはリーサが言ったように禁断の領域だったのだろうか?

「貴方達、《外》からの来訪者はいつもそんな風に僕達を見る。貴方達が何を考えてるか知らない。どんな風に生きてるかも知らないくせに」

 少年が顔を上げた。その目には怒りと言うよりは悲しみが宿っていた。

「だから? 結局、人なんて一人よ。同情を買おうとしない方がいい」

 ヴァシリーサの瞳はこのアトラスに吹く海風のように冷たかった。

「そんな言い方……」

 パトリツィアが言葉に詰まった。ヴァシリーサはまっすぐに少年を見ていた。

「騙されない方がいいと思いますよ。ここの人間は人の皮を被った野獣ですから」

 唐突にした声の方、後ろへと振り返った。

 路地の入り口には上下共に喪服のような漆黒の服を着た妙齢の女性が立っていた。

 その髪は猫毛でベリーロングのセピア色。その髪は彼女が思い出の中に生きていることを示しているように表現されていた。

 顔を見れば、少なく見積もっても二十代後半だろうが体付きはパトリツィアよりも細く子供のように凹凸がなく泣きホクロが印象的だった。美人と呼ぶには過大評価に思えたがその全身から溢れるオーラは常人のそれとは違って見えた。矜持が服を着ているような――

 少年が彼女を見た途端、怒りを表すような呻きを漏らす。

「貴方は?」

 ヒューロは無視して、現れた女性に問う。目撃情報情報は引き出しておきたい。

「カタリーネ・グリゼルディスと申します。皆様は人材派遣ギルドの方ですね?」

 カタリーネと名乗った女性のミッドナイトブルーの瞳が状況を面白がるようにこちらを眺めている。

「私はヒューロ。騎士はパト。こちらの少女はリーサ。時雨桜と呼ばれるギルドの者です」

 ヒューロの紹介に二人は頭を下げるが少年は反射的に後ろへと下がってしまった。

「ここの住民の方ですか?」

 パトリツィアが愛想よく話しかける。初対面の人間に警戒心を持たせないのパトの長所だ。

「ええ。北のブロックで生活しております。どうか、この一件……必ず解決に導いて下さい」

 彼女の背に繁華街側から住民の視線が突き刺さっているが当人は無関心だった。

「任せて下さい」

「また、安請け合いして」

「何か目撃してませんか?」

 パトリツィアとヴァシリーサの口論が始まる中、ヒューロは情報を引き出そうとする。

「残念ながら私は何も。ですが一つ忠告を。この都市の人間に気を許さない方が宜しいかと」

 カタリーネは矢のように突き刺さる視線の中を悠然と去っていった。

「北の方……地図を信じるならかなり身分の高い人だな」

 ヒューロは地図開いて繁華街から北を示す部分に目を落とす。

「あの人――」

 ヴァシリーサが珍しく他人に対して興味を示す。馴れ合わない彼女にしては珍しい。

「物騒な話を聞かせてしまって申し訳ありません。あの人は変わり者で知られている人です。

 査察団がお見えになられた時にもあのような虚言を口にしていました。いつもあんな感じなので気にしないで下さい」

 少年は慌てて繕ったが、ヒューロには彼を信じる気にはなれなかった。

 とうが立っていたがかなりの美人であるカタリーネが周りに煙たがられるのを分かっていながら、自分達に警告しにきた行動力とその忠告を無視する気にはなれなかった。



 最初の現場を含めて四箇所を巡っているうちに日がくれていた。途中、最後の場所を案内すると同時に少年は仕事があると言って先に帰った。

 それにヴァシリーサが反対したのだがパトリツィアが強引に帰してしまったのでヒューロは口を挟まなかった。少年がいたからと言って必ずしも状況が良くなる訳ではないのだから。

 最後の現場に着いた。川沿いでこの時間だと街灯が少ないこの付近ではヒューロの目には輪郭ですらもぼやけてよく見えない。夜目が効かないのは痛い。

「ヒューロ、パトはわざと帰したと思う?」

 ヴァシリーサが隣を歩きながら問う。相変わらず声は低く冷たい。

「尾行されてるか?」

「常に気配が四つ以上。勿論、あの子が帰る前から」

 前を歩くパトリツィアは振り向かずに呟く。その左手はこの一日、常に鞘に収められた剣の柄から離れた瞬間がない。

 性格的に甘さが抜けなかろうと体に叩き込まれた騎士としての技能は確実に周囲を抜かりなく警戒しているらしい。

「ここで死んだのは?」

「……えーと、失踪者いえ、消えたのは査察団の責任者で――資料には千鳥足で……酔っ払っていたみたい」

 ヴァシリーサの言葉に答えようとした瞬間、殺気を感じた。その数は四つ。時雨桜で訓練を受けてなければ、足手まといになってるだろう。

 水から何かが出てくるような音がする。

「リーサ。向こうの暗がりに子供が倒れてる。確保を」

「ヒューロに押しつけて」

 抗議の声を上げる暇なく何かが襲ってくる。

 選択の余地がないので、ヒューロは護身用として両手に填めている手袋に付属しているタリスマンから呪力解放の安全装置を外し、自分の身を護れる程度の力を解放する。

 勿論、罠の可能性がある以上、迂闊には接近できない。

「無茶は控えるように」

 ヴァシリーサが腰のホルスターから銃を抜いて先行する。初対面での発言が響いているのか、頼りないと思われているのか――

「ヒューロはその子を保護して。自分等が相手をするから」

「オマエタチモ、ワレワレヲ、バケモノダトイウノカ?」

 川の中から出現した魚人間らしい怪物は悲しみを込めた声で吼えた。

 その皮膚は鱗に覆われていたが人の形を保っていた。しかし、滑った肌は醜く塗料のような緑色だった。

 ヒューロは周囲を警戒しながら人影に近寄った。ターミナルで見たオギュスティーヌに良く似ていた。

 服は着ておらず、全裸だった。年の頃は十歳に満たない。

「女の子だ。……しっかりしろ」

 罠だと覚悟して少女を揺さ振ってみるが昏倒しているのか反応がない。

「駄目だ。意識が」

 暗がりに潜んでいた魚人間が剣を構えて襲いかかってくる。

 舌打ちしながら、腕を振り、手袋のタリスマンから呪力を引き出し、強風を作り、魚人間の動きを牽制する。

「ナゼダ? ナゼ、ジャマヲスル? オマエハ、ナニモシラナイノカ?」

 たどたどしいが明確な意思を持って、魚人間が質問を投げかける。

「意図が見えん。どういう意味だ!」

「……ナルホド。スベテ、シクマレテイタノカ。ナラバ、イウベキコトハ、ヒトツ。ダレモシンジルナ。コレハ、メッセージダ。オマエタチノ、アルジニ――ツタエロ」

 魚人間が持っていた剣で自らの首を掻っ捌いた。空気の漏れるような音と緑色の血が飛び散る。

「どうして、自分で首を掻っ切った?」

 金属音と銃声が響く中、首を掻っ切って、尚、異常な生命力で生きていた魚人間を抱え起こす。

「コレガ、アトラスニ、フミコンダモノノ……マツロ。モドレナイナラ、セメテ、チュウコクヲ――」

 途中で息絶えた。同時に後方の戦闘も決着が着いていた。

 一体は逃げたのか、倒れていたのは二体だけだった。

 当然ながら、歴戦の戦士である二人が遅れを取るとは思えない。

 パトリツィアは無表情で魚人間を斬って捨てていた。戦闘中には感情を見せないのが訓練の影響なのか、無頓着に何処からともなく取り出した白い布で剣の血を拭い落とす。

 ヴァシリーサは眼下の魚人間を見下ろしながら銃口を向けていた。魚人間はその身体的特徴から女性のように見えた。その肢体には銃弾がめり込んでいるらしく血を流していた。

「オネガイ。コロシテ。コンナスガタデ……イキテイタクナイ」

 ヴァシリーサはその願いを聞き入れるように引き金を引いた。音と共に魚人間は息絶えた。

 それを横目で見ながら、こちらにやってきたパトリツィアは少女を一瞥する。

「命に別状はないと思うけど、人を呼んでくる」

 パトリツィアが剣を鞘に収めながら背を向ける。それとは対照的にヴァシリーサがすぐ傍に立つ。

「物証は確保しておくから。その子は宜しく」

 ヒューロはその発言に肩を竦めながら、少女に上着をかけた。

「人と魚の融合種。……まるでキメラだな」

 あの魚人間の言っていたとおりなら、この楽園は想像以上の闇を抱えているらしい。

 彼らの言ったとおりならば、この怪物の一件には確実に錬金術師が関わっているようだがヴァシリーサの経験から語られた話を根拠にすると、人に相当する大きさのキメラと定義される怪物を作るには大規模な施設が必要な上に投資に見合うメリットがないと言うことだった。

 つまり、このキメラみたいな怪物は何かを作った時に副産物として生み出された技術を流用して作りだされた物だろう。

「とんだ楽園だな。……私だけで面倒を見させるな。素っ裸の子供なんて押しつけるじゃない」

 抗議の声にヴァシリーサが振り返った。

「……良かったわ。興味なくて」

「そんな目で見られてたのか?」

 ヴァシリーサが安堵するように笑って見せた。ヒューロにはその笑みをどういう意味で受け取っていいのか分からなかった。

 足音のする方に目をやれば、パトリツィアが警備兵らしき連中を連れてきていた。公的機関にしては異常なほど迅速すぎる対応のように思えた。そして、その視線は一様に冷たい。

 予想以上に面倒な仕事を引き受けたことは確かだった。

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