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右ニ剣、左ニ銃ヲ  作者: 明日今日
終幕 背負うべき業
19/19

(2)

 溢れ出す水の上を浮き、いや、スケートの要領で滑るようにして、浮き島の区画までやってきた。

 だが、既に大半の浮き島はパージされ、前方には乗れない人が僅かに溢れていた。一段高い箇所から、衛士や執行官達が対応していたが今、溢れている人達だけで手一杯だろう。

 自分達が乗れる余裕があるようには見えない。

 恐らく、逃げられた人間は本当に一部なのだろう。ここの生活に慣れきった人々は他の土地で生きていくことが困難なのは目に見えていた。

 それに避難がはかどっていないのは主要な執行官がオギュスティーヌやキメラとの戦いでその数を減らしていることが原因なのだろう。

 《姫》の呪詛と言えば、呪詛なのだろうか。

 ここに着くまで一緒に沈むことを選択した人間が自宅に引き篭もってたり、自分の家の倒壊に巻き込まれる姿を見れば、助けるのが正しいのか正直、分からない。

 第一、ヒューロ達には時雨桜や都市群に事の顛末を報告する義務もある。ここで死ぬ訳にはいかない。

 アトラスから少しでも離れないと、自分達もアトラスの崩壊に巻き込まれてしまう。

 突然、前方の道路の一部分が割れ、迫り上がる。間に合わなかったのか。

「カルネアデスの舟板か。本当にそうなってしまったわね」

 パトリツィアは苦い顔で手前の角を右へ曲がって、ヒューロとヴァシリーサもそれに続く。

「あんたが綺麗事を言わないなんて珍しいわね」

「騎士団では効率が優先されたから、味方を見捨てることなんて良くあった。割り切らなきゃいけないこともある。最小の犠牲で抑える必要が」

 ヴァシリーサの皮肉にパトリツィアが重い独白で答える。

「見捨てられたのは私達の方だろう。パトとリーサが悪い訳じゃないだろう。どうして、気にするんだ」

 ヒューロは今の状況下で酷く憤慨した。それに二人が吹き出した。

「そんなことで引き摺らないから、それより、報酬を払ってもらえない方が痛いし」

「一つくらい増えても吹き飛ばしてくれる人がいるから落ち込みませんよ。それに『悲しまないで下さいな』言われたばかりなのに」

 二人の答えを返した途端、地面が揺れ、ヒューロは道路に両手両膝を接地させて堪える。

 パトリツィアとヴァシリーサも似たような姿勢で揺れに耐えていた。

 ヒューロは二人の手を握る。彼女達もこっちの手を握り返した。



 揺れが治まった時、ヒューロは顔を上げた。二人ともこっちを見て笑う。

 それを見て安堵の溜め息を吐いた。

 三人がいた区画はアトラスからパージされた。そして、海流とパージされた勢いで浮き島となった大きな舟板は沈みゆく都市から急激に離れていった。少なくとも、発生する渦には巻き込まれないで済みそうだ。辺りを見れば、パージされた他の浮き島にも人々が溢れていた。

 一夜にして滅んだ伝説の都市もこのような呆気ない最後を辿ったのだろうか。

 恐らく、都市群はヒューロ達か、レオーネから真相を知らされれば、アトラスに攻め入っただろう。しかし、その攻め入るべき相手は――既にない。

 所有者に莫大な富をもたらす筈だった金の卵を産む鶏……いや、海上都市は人間の業によって、その存在を消失した。

「終わったね」

「ああ。専門家が来る前に場所自体が消えるなんて、どう報告するかな」

 二人の手を離して立ち上がった。パトリツィアの一言に何気なく答える。

「感傷に浸ってるところ、申し訳ないけど……これ、沈んでません」

 ヴァシリーサが冷静な分析を告げた。ヒューロが自分の足元を見れば、水かさが増してきているように見えた。どうやら、欠陥品を引いてしまったらしい。或いは単に亀裂でこの区画が割れて切り離されただけなのかもしれない。

「靴と手袋……役に立ちそうだな」

「そうね」

 皮肉にヴァシリーサが本当に不愉快そうに返した。

 思い返してみると、クラウチの仕事は毎回ろくなことがない。だから、二人が押しつけられた時に逃げ回っていたのか。ヒューロは自分の鈍感さが嫌になった。



 欠陥品の浮き島を乗り捨てた。他の浮き島には結局、余所者であると言うこと、人数制限で乗れそうもなかったので、当分、この長靴と手袋の世話になりそうだった。

 遠くに見えたアトラスはその定めから脱出できなかった多くの魂を道連れに沈没する幽霊船の如く、海の底へと呆気なく消えた。

 結局、待っていても仕方がないので、ヒューロ達は歩いて陸地を目指す羽目になった。

「いつになったら、陸に着くんだよ」

 最初は悲観的だったが、その気持ちも引き摺る間もない。ヒューロ達も危ない状況だった。

 崩壊は日の出。それから歩き続けて、六時間は経っている。それだけ歩けば、いい加減、ウンザリもする。ヴァシリーサが前に教えた腕時計を使った方法で方向を確認してくれているので迷っていない筈だが。

「当人は良いわ。きっと、満足して死ねたんだから」

「あの人の選択は……正しかったのかな」

 二人は自分の意志でアトラスを呪い、最後には憎悪の楔から解き放たれて死んでいったカタリーネのことを話していた。

 当分、話は続くだろう。

「それより、契約書書いた時、『帰らない』と言いましたけど、どっちに対して……ですか?」

 ヴァシリーサが唐突に話を蒸し返す。何も答えられずにヒューロは固まった。

「自分に言ったに決まってるでしょう」

「自意識過剰な馬鹿女! 自らに対して!」

 喧嘩腰の声に後ろを振り向くとまた、パトリツィアとヴァシリーサがいがみ合っていた。

「なあ、アトラス沈んでしまったけど、都市群は報告を信用してくれるだろうか? ちょっと心配なんだが」

 勿論、そんなことを本気で思っていない。気を逸らせれば、僥倖。

「「今はそんなこと重要じゃない!」」

 二人は息を合わせて、全力で怒鳴る。……本当は彼女達は姉妹じゃないのか。

「当人が目の前にいるんだから直接聞けばいい」

「馬鹿パトにしては珍しく意見が一致したわね」

 パトリツィアとヴァシリーサが団結を確認するようにお互いを見た。

 ヒューロは有無を言わずに走り出した。逃げ切れる気はしないが。

「あ、対象が逃走」

「呪力解除で」

 敵同士だった二人はいきなり、連携し合う。こんなところで解除されたら、海の藻屑になってしまう。弁明しなければ――

「言葉通りだ。それ以上に意味はない。――いや、ある。あるよ」

 止まって振り返って、パトリツィアとヴァシリーサを宥める。

「そう言えば、もう一つの約束を忘れてない。『終わったら』の約束を」

「……順番については……ヒューロを確保してから、ゆっくりと話し合いましょう。勿論、ヒューロ自身にもゆっくりと話を聞かないと。そう、ゆっくりと」

 女同士はしたり顔で笑った。その表情こそ穏やかだが、目は笑っていなかった。

 こんな目で迫られても嬉しくはない。それこそ、こちらの都合を御構いなしに死ぬまでつき合わされそうだ。

 ヒューロは一目散に走り出した。勿論、どっちが陸か――見当もつかない。

「「待てぇぇぇ!」」

 二人の声は見事にハモりながら、近付いてくる。

「ほら、重婚は禁止だろ?」

 説得を試みながら、力の限り、海面を蹴った。だが、波打つ海面が歩き易い筈もない。

「残念ながら、流界者との重婚は禁止されてません! 最終手段としてそれもありかもしれないけど……ハッキリさせてくれた方が嬉しい」

「ほら、カタリーネも言ったわ。女を二人も同時に不幸にする気? 甲斐性見せて。それと、どっちも選ばないなんて……なし!」

 足に関して、パトリツィアとヴァシリーサの方が明らかに早い。しかも、反論は逆効果にしかなっていない。

「男を追っかけるのって楽しいわね」

「これだから堅物は……照れ隠しは分かったから、そこのヒューロ! 立ち止まりなさい。女の情念は怖いの分かったでしょう。自ら達に過ちを犯させるつもり。大人しく」

 振り返ると、二人とも愉しげにヒューロを追いかけてくる。まるで戯れるみたいに。

 そんなに愉しそうにされると逃げるのに罪悪感が湧いてくる。

「「どちらかと結婚しろ! 責任取れ! 所有物。記憶が戻ろうと、それに因る所有権喪失しようとも絶対に放さないからね!」」

 パトリツィアとヴァシリーサに二人がかりで左右から腕を引っ張られた。

 左右、まったく違う香りに身を預けてもいいと思わされてしまった以上、ヒューロはバランスを崩して海面に顔を打つ。

 膠着状態に堪えられなくなった都市群が船を出してくれることを祈る。

 ヒューロは海水を吐いて、体勢を立て直して仰向きに天を仰いだ。すかさず、パトリツィアとヴァシリーサが抱えるように両腕を絡め取る。

 二人の表情は笑っているようにも、怒ってるようにも思えた。

 ヒューロは肩を竦めようとしたが、押さえられてそれもできない。まったく真逆の意味を有する二つの悩みを込めながら溜め息を吐く。

 ――陸は遠い。ポケットの写真を渡すのはまだ先になりそうだった。


                                     [了]

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