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右ニ剣、左ニ銃ヲ  作者: 明日今日
第四幕 パンドラの函
17/19

(4)

 中心に近付くと金属トカゲと執行官の死体が転がっていた。戦った後らしく辺りには鉄の匂いが漂っていた。

 そして、中心に近付く度に戦闘が激しくなっていった痕跡が床や壁、天井に見られた。

「やっぱり、仲間割れなのね」

 パトリツィアが呆れたように呟いた。執行官が現れないのもそのせいだったのか。

「……と言うより、人間以外の反乱」

 ヴァシリーサは生き残りが混じっていないか、銃口を向けて警戒している。

「もうすぐ、中央動力炉です」

 通路の切れ目が見えた。


 通路を抜けた先で一瞬、目が眩む。大規模な冷却システムがあるのか、近付くほどに冷気が肌を刺す。……これが日記に書いてあった水冷式だろうか。

 床には執行官とグレゴリオが倒れていた。

 ドーム状の天井に一部の床が吹き抜けである巨大な部屋の中央にオギュスティーヌの姿をした人物が巨大な装置に組み込まれ、彼女がその装置を制御しているらしい。

 それを調整するボディースーツ姿のオギュスティーヌと傍に立つレオーネがそこにいた。

 グレゴリオは辛うじて生きているようだが――傍にはもう一人の、白いドレスを着たオギュスティーヌが彼を抱え上げる。

 それと同時に白いドレスが司教の血を吸い上げ、赤く染まる。

「オギュスティーヌ。どうして、都市群のスパイに通じて、こんなことを」

 息も絶え絶えに司教が喋った。

「あたくしはずっと己の身を忌んできた。ただ、このアトラスのメイン・コンピュータを動かす為だけに生かされてきた。死ぬこともできず……体の大半に機械を入れてまで――それなのに今度は体のDNAが劣化してるから、切り捨てる。ふざけないで。こんなにも《姫》として尽くしてきたのに。

 あたくしは必死に外の連中を、査察団の奴らを素体に使って、DNAの交換も試してみたけど、男だろうが、女だろうが延命は叶わなかった。交換した相手はあたくしのDNAで魚人化して――」

 怒り狂うオギュスティーヌの顔に皺が亀裂のように浮かび上がった。

 パトリツィアとヴァシリーサが驚きの声を上げる。少女の顔に急に皺ができれば、驚きもする。

 それに、その光景は女性にとって悪夢みたいな物だろうし。

「テロメアの限界か。クローニングで複製してもサイボーグ化で補っても限界がきてしまったのか」

「ヒューロ様。流界者たる貴方様なら何とかできるんじゃないの? 引き換えに元の世界に送り返してあげるわ」

 ボディースーツのオギュスティーヌが縋るようにこっちを見た。

「……悪いが私には何もできない。遺伝子学に造詣がある訳でも、科学者でもない。それにそんな便利な物はここにはない。違うか? さっきの取引も君がグレゴリオに成りすまして、持ちかけたなら分かるだろう。嘘ならもっとマシな嘘を用意しろ」

 オギュスティーヌの表情が鬼女のように変わった。

 視線を感じて左右を見るとヴァシリーサとパトリツィアが睨んでいた。嘘でもいいから話を合わせろと言うニュアンスだったのだろう。

 ――二人との約束を守ったのに。

「もう、いいじゃないですか。元々は《あたくし達》が志願したことじゃない。やめましょう」

 白いドレスのオギュスティーヌがもう一人の自分を宥める。

「生まれた時から強制されたことが志願? ふざけないで! それに、貴方はそいつらと街を回ったり、楽しんだりしたじゃない! あたくしだけ、あたくしだけに押しつけて」

 泣き叫びながら、自分の言葉に幼子のように拒絶の意志を示す。

「同じ《あたくし達》です。記憶を共有しています」

「そんなの。お前だけだ。実体験は共有できない。こうなったら、みんな」

 だが、ボディースーツのオギュスティーヌが突然、口から血を吹く。腹には日本刀の刀身が生えていた。

 それが引き抜かれると同時に彼女は倒れた。金属と思しき材質の床に赤い色が上塗りされていく。

「話長いんだよ。俺様はそんな御託を聞く為にここにいる訳じゃない。第一、女のヒスって見っともないよ」

 レオーネが血に濡れた日本刀を手にしていた。だが、血と違う液体が混ざっている。

「おやおや、どうやら、表現が気に入らなかったか? この都市はこの嬢ちゃんの力によって運営されている。まあ、言うなれば、人身御供と言うヤツさ。もうすぐ死ぬのはこいつさ。それとも、そっちの女の話だと思ったか? 若い女を二人連れてる割には年増好みか? 人は見た目に――」

 傭兵は隙だらけで言い放った。その余裕が不気味に見える。

「人を嬲るな!」

 いつも戦闘時には冷静なパトリツィアがレオーネに突っ込んだ。

 ヴァシリーサも仕方なしにパトリツィアを援護する為、右へ移動する。ヒューロも反射的に左へ動く。

 パトリツィアが必殺の間合いに入った。

「おい。兄ちゃん。この女、傷物にしても問題ないだろう」

 その言葉と同時にレオーネが右手で刀を振る。剣速が速い。

 パトリツィアの右腕から血が飛び散る。二の腕内側で鎧のカバーできない箇所。そして、動脈がある部分。

「ぬぅ」

 流れ落ちる血を止めることもできずに防戦に回るパトリツィア。

 パトリツィアが先に剣を振るったにも関わらず、それを紙一重で避け、傷を負わせた。初見で感じたとおり、かなり危険な相手だ。

 ヴァシリーサが発砲。パトリツィアを掠めるようにレオーネを銃撃。彼は舌打ちしながら、慌てることなく簡単に銃弾を回避。メイン・コンピュータの根元まで下がる。

 その後の銃撃ですらも日本刀で弾丸を弾いて弾道を逸らす。

「錬金銃士。お前は銃に頼りすぎだ。錬金術で、多分、水素を火薬の代用にしてるんだろう。水に濡れても撃てるからって、頼りすぎじゃない? 弾切れしたら、斬りかかるよ」

 ヒューロはレオーネの気が逸れている隙に圧縮空気を放つ。

 だが、それはこちらを見ずにあっさりと回避される。

「最後に兄ちゃん。狙いは悪くない。躊躇いのなさも。だからこそ、分かり易いんだよ。

 ……上々の連携だが甘いね。本気を出しなよ。お前達のお仲間は頑張ってくれたぜ。こっちもまだ本調子じゃないし。本気を出せないと言うのなら、すぐに終わりにするよ。お前達と戦うのも今回の仕事で数少ない楽しみの一つだからねぇ。死体がない? 大半は遺伝子が必要とか言って、嬢ちゃんが分解しちまったよ」

 レオーネの左手が不意に動いた。本能的に何かを感じ取る。

「そいつから火薬の匂いが」

 パトリツィアが悲鳴のように警告を発する。

「リーサ、動け!」

 ヒューロは咄嗟に体を動かす。

 言葉に反応して、装填中のヴァシリーサが足を滑らすように身体を投げ出した。

 発砲音と共に自分のいた場所に弾丸が通った。同時にヴァシリーサの右肩から血が飛び散る。

「銃なんて、ここでは珍しくない。油断しすぎだ。こうすれば、少しは気合入るかい」

 レオーネの手にはリボルバーが握られている。

 その銃口は次にカタリーネに銃口を向けた。彼女は逃げようともせず、怯えた様子も見られない。まっすぐに冷めた眼差しを見せた。

 銃声が鳴り響いた。



 撃たれたのはカタリーネでも、レオーネでもなかった。白いドレスを着たオギュスティーヌだった。

 射線に立ち塞がった為にその胸から出た血がドレスに新たに赤い花を咲かせる。

 ヒューロは咄嗟に強風を生み出すが、レオーネは避けるまでもないと判断して、そのまま、引き金を引き、銃のハンマーが落ちた。

 再び、銃声が鳴り響く。……二発。

 一発はオギュスティーヌの腹部に命中し、立って耐えていた彼女に駄目押しの一撃を加え、床に叩きつけた。……致命傷だ。

 もう一発はレオーネのリボルバーのシリンダーに被弾し、二度と使い物にならないように破壊した。

「油断しすぎだ。馬鹿野郎。動きを止めれば、当てられるに決まってる」

 ヴァシリーサが床に這ったまま、リボルバーの銃口を向けていた。その銃口から煙が上っている。

「わたくしなど助けなくても」

 カタリーネが自分を庇った姫ではなく、ヴァシリーサに慌てて駆け寄った。

 命の恩人でも、心境的にこの都市の人間を助けたくはないのだろうか。

「死ぬのを見届けるんでしょう。なら、依頼人の目的を遂げさせるのが自らの仕事だから……当然でしょう。礼なら、あの子に言いなさいよ」

 ヴァシリーサは皮肉を込めて言った。撃たれた痛みと自分で身体を叩きつけたダメージで動けないらしい。

「アドバイス、ありがとよ!」

 レオーネが止めを刺そうと走る。この位置から攻撃すると避けられた時に二人に攻撃が当たってしまう。

 横から滑り込むように粒子を纏うパトリツィアが上からロングソードを振り下ろす。

 完全に反応できなかったのか、レオーネは切っ先で右の大腿部を切られ、床を転がる。

「騎士を舐めないでくれる」

 パトリツィアは治癒式で止血したのか、出血は止まっていた。あくまで応急処置だろうから、早く倒さなければ――

「そう言えば、君は魔女騎士だったな。必須技能の治癒式のことを失念していたよ」

 レオーネが右手で剣を構える。左手はシリンダーを破壊された時、中の弾薬が暴発したのか、火傷のような傷を負っていた。これで左手は使えない。

「だが、今ので仕留められなかったのが、ミスだ」

 再度、傭兵とパトリツィアは剣を交えた。だが、力負けして押し飛ばされたのは魔女騎士の方だった。

 彼女が怪我を負っているのは利き手である右腕。そして、男女の力の差。接近戦でまともに戦えるのはパトリツィアしかいない。

 今はカタリーネが傷口を押さえているが、ヴァシリーサの怪我の容態も長い間、放置できるような状態ではない。

 ヒューロの独力ではレオーネに対して勝機はゼロだ。

「許さない。決して。あたくしだけ苦しませ」

 ボディースーツのオギュスティーヌがメイン・コンピュータらしき物の根元にあったボタンを押す。そして、床に崩れ落ち、力尽きた。

 それと同時に海上に浮いている筈のこの都市が地震のような揺れに襲われる。恐らく、このアトラス存続の根幹に触れることを行なったのだろう。

 メイン・コンピュータらしき物に繋がっていたケーブル類が一斉にパージされた。それは想像以上に長く。天井から床に届きそうなほど垂れ下がり、そのうち幾つかの先端は放電している。

 こういう場合、押したボタンは自壊。恐らく、この場合、アトラス自体を自沈させ、完全に破壊すること。

 ヴァシリーサとは目が合った。そして、虚空を揺らめくケーブルに視線を移す。顔の表情で察してもらえるだろうか。

「私が相手だ」

 パトリツィアから意識を逸らす為にヒューロは敢えて、レオーネの前に姿を晒す。

「おいおい。時間がないから、気でも狂ったか? 兄ちゃん、お前に何ができる」

 突如起きた緊急事態にパトリツィアへの追撃を中断していたレオーネが呆れる。

「オギュスティーヌに頼む」

 ヒューロはタリスマンの呪力を確認する。使えて、二回が限度だろう。

「逃げて!」

 パトリツィアが叫ぶ。こちらの意図に気付いてくれないと無意味どころか、無駄死にだ。

「冗談でも面白いな。男の意地か? いいぜ。兄ちゃんから殺してやる。先に逝って、女二人の到着でも待ってるんだな。俺様も時間がないから、すぐに送ってやるよ」

 言うなり、レオーネが襲いかかってきた。勝機は限りなく薄い。

 ヒューロは圧縮空気を放ち、間合いを離して少しでも勝機を上げなければ――

 しかし、移動する速度に圧倒的な差があった。こちらが一歩動いているうちに向こうは五歩は移動している。

 足元に圧縮空気を放ち、その勢いでヒューロは押し出されるようにメイン・コンピュータを駆け上がる。先に頂点へ登れれば――

「賭けはお前の負けだな。これで終わりだ!」

 だが、相手は既にメイン・コンピュータの上に登っていた。

 ヒューロは天井からぶら下がっていたケーブルを掴む。レオーネとの距離が一時的に離れる。

 敵が追撃に移ろうとした目の前を通り過ぎる銃撃がそれを阻止する。

「健気だね。だが、俺様を感電させるつもりだったんだろう。思惑が外れたな」

「「ヒューロ! 逃げて!」」

 パトリツィアとヴァシリーサの悲鳴にレオーネが鼻で嗤った。

「本気で惚れられてるみたいだな。これで――」

 最後まで言葉を続けようとして、メイン・コンピュータを煙が覆った。……そう、メイン・コンピュータの冷却に使われている超低温の液体が噴き出した。

 その一部しか浴びなかったとしても凍傷は免れない。

 超低温の霧を突き破り、レオーネは落下する。彼を狙って、銃弾が走る。

 全身に凍傷を負って尚、傭兵は弾丸を日本刀で弾いた。だが、それが落下地点に迫るパトリツィアの渾身の一閃に対応する時間を奪った筈だ。

 パトリツィアが駆け抜け、珠になった血液が桜のように舞い散るのを見届けた後、ヒューロは耐えられず、ケーブルから手を離して落下する。

 必死にタリスマンの力を使って、落下速度を軽減するが腕と足から床に叩きつけられた。

 痛みに耐えながら、レオーネとパトリツィアを見比べる。頼む。勝っててくれ。これで倒せなければ、打つ手がない。

「まさか、剣でも銃でもなく、お前の知恵に負けるなんて思わなかった……だが、結構、愉快だったぜ。大した度胸だ」

 難敵は血を吐いて、胴から半ばまで切り裂かれ、崩れ落ちた。死に行く間際であってもその声は力強い。

 パトリツィアは――慌てて、メイン・コンピュータから降ってくる冷却液から離れながら手を振る。五体無事のようだ。

「このくらいしか取り柄がなくてな。実は彼女達任せだったんだ」

 しかも、オギュスティーヌが手伝ってくれるどうか、賭けに過ぎなかった。

「流界者、お前の本当の名前は?」

 凄腕の傭兵だったのか、今尚、この世に命を繋ぎ止めるその生命力は驚嘆に値する。

 ヒューロはゆっくりと立ち上がって、起き上がれないレオーネと相対する。

「陣貝浩嗣」

 偽りを教える理由もその情報が己を危険に晒す可能性もないので素直に答えた。

「ジンカイ……ヒロツグ。変な名前だな。死んじまう俺様には関係ねぇが――結構、楽しかったぜ。神って奴に感謝するか。……お前達もさっさと逃げな。……あの機械女、この都市ごと海に沈めちまうつもりだ。女って奴は……まったく……こ」

 レオーネはカタリーネの方を向いて、そこで息絶えた。正直、ホッとしている。人を殺めてこんなに安堵することは今までなかった。彼はそれほどの敵だった。

 元の世界とやらに帰れない自分がいることを強く意識する。生き残る為とは言え、この手を汚したことは確かのだから。

 この半年間、何一つ意識しなかったことだ。今頃、気付くなんて、自分は相当……業が深いのかもしれない。

 ヒューロは無意識に肩を竦めた。

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