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右ニ剣、左ニ銃ヲ  作者: 明日今日
第四幕 パンドラの函
15/19

(2)

 カタリーネ宅で昼食と夕食を済ませた後、準備を整えていた。既に二十一時を回っている。

 解決の兆しも見えない以上、向こうの企みに乗ってやるしかない。

 ここに引き篭もっていても火を放たれたら、話にならない。ただ、海上都市と言う場所柄、火災が起きると全滅する可能性がある手段を選択する可能性は低いが。

「準備できたよ」

「こっちも」

 パトリツィアもヴァシリーサも準備を終えて、ロビーにやってくる。二人ともプロだった。戦闘に不要な道具は全部この家に置いていくつもりで必要な物しか持っていなかった。

 勿論、クラウチが選別として渡した救命用具もかさ張るので置いていく。

「二人とも近くに寄ってきてくれるか」

 ヒューロの願いに二人が寄ってくる。少し遠いので手招きして距離を調節する。このくらいだろうか。

 パトリツィアとヴァシリーサを同時に抱き寄せる。二人とも驚いたのか、微かに声を上げる。

「こういう風にハグしたことはなかっただろう。言っておくけど、最後じゃないからな。これは……生きて帰ってくる為にまじないだからな」

 二人の違う感触と匂いと同時に片方ずつの腕がヒューロの背中を撫ぜる。

「まあ、悪くはないかな。パト、言ったとおりでしょう。この人、スケベだって」

「自分は構わない。騎士団で色々な思考の人を見てきたから、普通の思考の人は落ち着く」

 二人の少女が好き勝手述べると同時にヒューロの両肩にそれそれの顎を乗せた。

 それそれの肌の温もりを確かめ合って、離れた。

「では、出陣」

 パトリツィアは先頭を切って、玄関のドアを開けた。

 早速、誰かが待ち構えていた。すぐに全員で臨戦体勢に移る。

 役所であった職員の中年女性だった。その手にはナイフらしき物が握られていた。

「貴方がホテルで襲撃してきた生き残りね。もう一人いるような気配がしたけど、なかなか、ハッキリしなくて」

 パトリツィアがロングソードの柄に手を置く。

 女性以外に誰かが隠れているような気配もない。この辺りには街路灯が多いのでヒューロにも周囲には誰も潜んでいないことが分かった。

「あの子だって、あの時、テオが司教様に反対しなければ、こんなことにはならなかった。

 この海上都市は市民を統制していなければ成り立たない。オギュスティーヌ様のようなカリスマを持った御方がいなければ、とっくの昔に滅んでいる。外部の人間も滞在させるだけで決してここには住まわせない。

 この世界でこの都市を維持する為に必要なことだ。古代と同じ過ちを繰り返さない為に。お願いだから何も言わずに去って」

 構えは訓練を受けた者だと分かったが、その声は震えている。

「だからと言って不義を見逃す訳にはいかない。それに自分達が調査を放棄しても、査察団が見つからなければ、いずれ、アトラスと都市群の武力衝突に発展する。こうなった以上、遅いか早いか……それだけの差でしかない」

 パトリツィアの声は静かだが容赦がなかった。

「あんた達が引けば、少なくとも、今は命の遣り取りなんかしなくて済むんだよ」

 今度は矛先をヴァシリーサに向ける。だが、彼女は無表情で感情を表さなかった。

「ここで消えた人間を探すのも自らの仕事。同僚を探すのもね」

 同時にヒューロも首を横に振って否定の意志を示す。

「交渉決裂ですか」

 その言葉が発せられると同時に職員が襲いかかる。だが、パトリツィアは一瞬で勝負を決めた。

 職員は腕ごと腹部を斬られ、地面に倒れ込む。

 不意打ちでも倒せない相手に正面から挑んだ時点で勝負は決している。

「あの子を……カタリーネを助けるつもりなら、急ぎなさい。子を生せない人間はこの都市では廃棄処分されてしまう。今まであの子が無事だったのはグレゴリオ様の娘だったから。

……中央動力炉へは役所の政務室の奥から……役所までは裏通りを通れば、人目には。

 役所には、一階東側の窓を使いなさい。開いてるから。……あの子を頼みます。このアトラスから、解放し」

 そこで彼女は完全に息絶えた。本当は誰もこのアトラスに住むことを望んでいないのか。それとも、彼女自身がここで生きることに疲れたのだろうか。

「わざと自分に斬られて……急ごう」

 パトリツィアはロングソードを振って、血を落とし、鞘に収める。

「ここは高級住宅街だから、人通りは少ない筈。中央に出たら、裏通りって意味か。それにしても、未来の都市なのに何に囚われてるんだよ……むしろ、逆か」

 ヒューロは見た目とは裏腹の縛られ続けたこの都市の惨状に怒りを覚える。

 ヴァシリーサが無言で走り出した。ここで愚痴っていても状況がより悪化するだけなのだから、その行動は正しい。

 パトリツィアと一緒にヒューロも走って追いかけた。


 裏通りに出た辺りでヴァシリーサに代わり、パトリツィアが先行する。誰も出歩いていないのにも関わらず、異様な雰囲気が高級住宅街を包んでいる。

 街中なのに、いや、ここは巨大な島だったことを失念していた。閉鎖空間コミュニティーなら、近代技術は監視に使われる。

 この状態こそ、華やかな装飾を取り払ったアトラスの真の姿なのだろう。

「体力温存しておいて。長くなりそうだから」

 ヒューロの内面を察したのか、隣を走るヴァシリーサが助言する。

「嬉しくない忠告。それに持久走は嫌いだ」

 皮肉に隣から笑うような息遣いが聞こえた。

「違う持久走は? 得意かどうかは別にして」

「それ、どういう意味?」

「変な意味に受け取るから、そう聞こえるだけ。この街の件も。……カタリーネを気にしてるのは分かってる。救えなくても、ヒューロのせいじゃない。だから、身体の力を抜く」

 動揺を見越して、正面を向いたまま、ヴァシリーサは諭した。

「ありがとう」

「礼なら、銃振り回して、年中、薬品と火薬の匂いをさせてる女を認めてくれたら、それでいい」

 ヒューロはその言葉に苦笑いするだけで答えなかった。



 役所には苦労せずに入り込めた。恐らく、職員の彼女がヒューロ達を見張っていたのだろう。

 今はその監視網の空白ができたことで行政側はカタリーネ宅にいると誤認している。その隙に乗じて中央動力炉へ辿り着くしかない。

 政務室に入り込み、奥のドアに立つ。

 奥への扉には一見、何の差異も感じられない。ドアノブを回して、ドアを開ける。

 剣を構えたパトリツィアが勢いよく中に入る。銃を手にしたヴァシリーサが続く。

「何もない。嵌められた」

「ヒューロ。あれは?」

 待機していたヒューロは奥の部屋に入る。視界に入ったのは金属製の合わせ扉。エレベーターだ。パトリツィアが分からないのも無理はない。

 エレベーターの近くに昇降ボタンの隣にカードリーダーがある。

「昇降機。知らないのも無理ない。ここ以外にあってもこんな形じゃないし……開け。ゴマ」

 ポケットからカードキーを取り出し、溝に通す。電子音がして、昇降ボタンが点灯する。

 魚人間の傍に倒れてた少女もオギュスティーヌと同じ種類の存在なのだろう。

「ビンゴ」

 ヒューロは一つしかない降下ボタンを押す。

「大丈夫なの? 罠とか」

 パトリツィアが不安がる。未知の体験なのだから。

 電子音と共に金属の扉が開いた。ヒューロは一番に乗り込み、手でドアが閉まらないように押さえる。

「時間がない。進もう」

 そう言って、小部屋に入ったヴァシリーサに促されて、パトリツィアはエレベーターに乗り込んだ。

「端っこの壁に隠れて」

 ヒューロは押さえていた手で一箇所しかない行き先を選択し、金属の扉は閉まった。


 数十秒してエレベーターの扉は開いた。不快感はない。と言うことは質の高いエレベーターでかなり深い位置まで降りてきたことは間違いない。

 パトリツィアとヴァシリーサは壁に隠れて、その安全を確かめてから、エレベーターを出た。勿論、ヒューロもそれに続く。

 ここを喩えるなら海の中にいるような気分にさせる水族館――ただし、客はヒューロ達以外に誰もいない。

 フロアはマラカイトグリーンのガラスで覆われ、得体のしれない液体が漂い、薄気味の悪さを演出していた。もっとも液体の色かもしれないが――

 幸いにも電力が確保されてるのか、照明は点灯している。突然、照明を落として、不意を衝く為にわざと点けているかもしれないが。

「ホムンクルス研究所でも、ここまで気持ち悪くないのに」

 ヴァシリーサが銃を持ったまま、それらには近寄ろうとせずに嫌悪感を表す。

「よく分からないんだけど」

 パトリツィアは逆に剣を鞘に収めて、至近距離でそれらをジーと見つめていた。

 持ってきた日記を開いて、位置を確かめる。

「この奥を通ると研究施設があるみたいだ。そこから、中心部にいけるみたい」

 ヒューロは正面を指差す。

「馬鹿パト。その手の容器には失敗作が入れられてて、人間に襲いかかる。

 獲物になった人間を捕食して、自己を完全にしようとするの。そして、襲われた人間は代わりがくるまで容器を漂う羽目になるけど……襲われたい?」

 その言葉に慌てて、パトリツィアが距離を置く。

「錬金術に関わる人間に伝わる作り話。ただの怪談の類よ。そんなに怖いの」

 それを見て、ヴァシリーサがからかう。全身を震わせながら、否定する。

「そんな訳ない。騎士は悪霊と戦ったりもする」

「でも、怪談は怖いのね」

 ヴァシリーサはそれを見て面白そうに笑う。それに対して、パトリツィアが睨み返す。

「先を急ごう」

 喧嘩の兆候を押し流すようにヒューロは奥へと向かって歩き出す。


 扉をカードキーを使って開け、個人の研究室のような部屋に出た。

 デスクの上に資料があるページで開かれたまま、書かれている。難解な単語ばかり並べてあるがヒューロにも少しだけ読めた。

 遺伝子の類似性による限界。人口を招くことによる技術流失。古代技術の独占。

「力とか、利益の独占に関して生で見てるから知ってるけど……ヒューロ、遺伝子の限界って具体的に何を示してるの?」

 パトリツィアは資料から目を離して、周囲の警戒に戻る。

「今の技術力では古代の遺産の恩恵を世界中に満たすことなんてできない。

 つまり、この目を見張るような裕福な暮らしができる人間は限られてる。だから、この都市は人口コントロール……出産から葬式に到る全てを管理してる訳さ。

 管理の果てに同じ遺伝子を組み合わせ続けると、負荷がかかって……最後には死滅する」

 ヒューロの返答にパトリツィアは虚空を見つめていた。

「なんか、貴族の権力争いに似てるわ。馬鹿みたい」

 彼女は溜め息混じりに言った。

「それより、自らにはカルネアデスの舟板に思える。

 全員で貧しい暮らして死ぬよりは一部の人間を管理と言う輪の中に入れて、他の人間を海に放り込む。ある意味、正しいけど」

 ヴァシリーサは肯定も否定もしない。

「リーサ、肯定するの」

「思想的には理解できる。でも、自らは仕事で、ここにいる。だから、やりべきことをやる。……それだけ。それに輪の外に投げ出されたら、誰だって嫌よ」

 パトリツィアの怒りに彼女は素っ気なく答えた。

 ヒューロはカードキーで奥にあった扉を開けた。

 扉の奥には研究施設で見たのと同じ、培養カプセルが並び、中には色んな形のキメラ――いや、金属トカゲにもなれなかった人間大の生物が押し込まれていた。

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